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文明の濫觴  作者: 烏木
第5章 ファーストコンタクト
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第6話 アメケレミメ

「色々聞きました。ハのやのカエさんとタロさんの功績は大きいです。二人が正しい事をしたので五人は生きています。そうでなければ皆死んでいたでしょう」


「サニさんは他の人の考えを聞くように。何でも話し合って決めなさい。みんなで話し合って決めた事に大きな間違いはありません。“和を以て貴しとなす”ですよ」


オリノコの主だった者を集めて雪月花がそう話した。

通訳(?)は岸本さんと美野里が頑張っているし、雪月花もなるだけ平易な表現にしているので通じてはいる。雪月花の言葉に二人の妻であるハキとハツは感涙している一方でサニは暗い眼をしている。


やっぱり課題はムラサの一家『サのや』の取り扱いだな。特に当代のムラサのサニは面倒な人っぽい。素直に神意(笑)に従ってくれれば楽なんだけど……

これまで聞いた限りでは“無能な働き者”とか“頑迷固陋(がんめいころう)”といった形容が思い浮かぶ。

彼女の代表的な施政実績は「火事になった事があるから竪穴住居内は火気厳禁」「落とし穴式の狩猟で怪我人が出たから落とし穴の禁止」など。このままだと焼畑禁止も加わるかな?


考古学でTピット(トラップとしての穴、つまりは落とし穴という意味)と言われる遺構は日本では縄文早期ごろから見られ、Tピットは定住生活をしていた傍証とされている。移動生活だと労力を要する落とし穴は非効率に過ぎるから落とし穴の近辺に一定期間住んでいた筈という理屈。

なので別に落とし穴があっても不思議じゃ無いんだが、六世帯程度で追い込みしてたというのはちょっと驚いた。


「先ずはこれからどうするかを話し合ってくださいね。栗は三年ぐらいは今までのような量は採れないでしょう……早乙女さん、何か良い案は無いですか?」

「夏粟を蒔けるだけ蒔くのと麻の精練までしてくれたら食料と交換するぐらいかな?後は一年後になるけど大麦まで持てば一息つける気がする」

「東雲さん」

「奈緒美案に加えて狩猟や漁獲に精を出すあたりが関の山じゃね?もういっそ廃村にして婿さんらの集落に移ってもらうってのも……うちらがガッツリ関わるならともかく、そうじゃないなら俺としては廃村一択。ジリ貧が目に見えてる」


山火事の自然再生は何十年から何百年というタイムスケールになる。

ちゃんと再生してくれるなら良いのだが、地表火が下草や枯れ葉、枯れ枝などを焼き払うので保水力が極端に下がって土砂災害が起きる可能性もある。

それを防止するために植林するなども考えられるが、現状のリソースでは難しいし維持もできない。“植えたらおしまい”だったらいいんだけど、苗木って水遣りとか色々手間がかかるのよ。それに鹿などの食害からも守らないといけないし、間伐もしないと碌でもない事になりかねない。


栗だって(ひこばえ)から再生したとしても真っ当に実が生るまで五年十年かかると思う。桃栗三年と言ってもそれは接木などをしての話であって人間が手を入れなかったら運が良くて六年前後かかる。オリノコの民に接木技術があるかと言われれば難しいと思う。


「確かに一理あるわね。でも逆に言えば私達が深く関与したら維持できるとも取れるけど」

「それをして美浦に何か良い事があるのかが大事なんじゃないか?」


そこらは昨晩さんざん話し合ったからアレだが乗っかっておこう。

メリットはあると踏んでいる。

少なくともこの辺りの地形や文化や他の集落の情報なんかも欲しいし、言葉は悪いが橋頭堡やテストケースとしての価値もある。


「このままだと食べ物が無くなりますよ。どうするかは皆さんで決めてくださいね。五人は明日また手当てしますのでお大事に。では今日はこれで」


言い逃げっぽいけど早々に野営地に引っ込む事に。

今回は食事の振る舞いはなし。

親切は二度三度とやる物じゃない。一度目は感謝されるかもしれないが二度三度となるとそれが当り前になっていき、そのうちに「なぜしてくれない」と不満に思うようになるものだ。親切は加減が大事。

点けた火?傷口を拭いた布とかを煮沸消毒するのに使ったよ。


オリノコの民も知性を持ち合わせているので、森林――特に植林していたと思われる栗林――の焼失が食糧危機を招く事は分かる筈だ。少なくとも今言ったので考えれば思い当たるだろう。

彼らの栗林がどれだけの生産性をもっていたかは不明だが、五ヘクタールぐらいあったように見えるので冬越しできる量が採れていた可能性が高い。そうだとすると秋までは何とかなっても冬を越せなくなる。


■■■

翌朝、テントを叩く雨音で目が覚める。

岸本さんの予想通り雨が降っていた。

一応は予想されていたので雨具は持ってきている。俺の雨具は防水された上着とズボンの組み合わせの奴、レインスーツとかレインウェアって言うらしいけど、家での言い方は「雨衣(うい)」だった。


雨具は数あれど、手が塞がる傘や身体に密着しないポンチョや基本的には外套(コート)でズボンが無いレインコートだと土木工事はできないので、家で雨衣と言ったら上下に分かれているタイプの物を指す。これだと胴付長靴とも組み合わせられるので(蒸れるのが致命的な欠点だけど)重宝している。ただそのせいで水系の仕事はいつも俺に回ってくる。回ってくるのは水系だけじゃないけど……


雨衣を着込んで外に出ると、山肌が白煙か湯気か雨粒かで白く煙っているのが目に入る。火はみえないからこのまま鎮火してくれる事を祈る。

大火事の後には雨が降るという俗説があるが、降る時は降るし降らない時は降らない。火災による上昇気流と煙などの雨粒の素になる粒子の供給はされるので降りそうなのに降ってない状況なら降雨が促進される可能性はあるが精々その程度。そうでなければ何日間も燃え続けるなんて有り得ない話になってしまう。


「おはようさん。今朝はイノシシは出なかったようだな」

「おっつ。毎回あって堪るか」

「ちがいね」

「まぁ一昨日は歯応えが無かったけどな」

「んな事言ってっと熊が来ても知らんぞ」


ポンチョを着込んだ文昭と軽口を叩いていたら全員揃ったので軽く腹ごしらえ。雨の中で焚き火で料理ってできないから生のままのベーコンとキャベツを齧る。

屋外での飯盒炊爨(はんごうすいさん)は普通なら雨天中止だし上級者や登山家でもそれ用の道具や場所がないと往生すると思う。そしてここには雨天調理可能な炊事場も無ければ携帯コンロもない。ワンゲルの人らが持っていたので携帯コンロ本体は無い訳ではないが燃料がね。


「久々に食うのに苦労する飯だな。せめて炒めるとか煮るとかできんかったのか」


火を通さなくても食べられる物であっても火を通した方が美味しくて栄養の吸収も良い事が多いから匠の文句も理解はできる。ただ、ここにいるメンバーで飯に文句を付けるのは匠だけ。後は悪食とか許容範囲が広いとか遠慮しているとかで出された物は文句を言わずに食べる。(当然だが美野里の創作料理は別)

文句は言わないが同じ食べるなら美味い物を食べたいのは当然だし、許容範囲内といってもそれで満足している訳じゃない。なので匠の愚痴に心の中で同意しておく。皆もそうだと思う。

せめてマヨネーズでもあれば違ったと思う。

まぁ酢ができてからの話だな。もしかすると酢の消費量が豪いことになるかもしれないけど。


ふと思ったのだが、彼らは雨の時の食事はどうしているんだろう。

竪穴住居に火炉は無かったから雨の時は火は使えないんじゃないか?

火を通さなくても大丈夫な食料で凌ぐとか空腹に耐えるとかか?

梅雨の時季とか如何するんだろ?


「あぁもう……義教、屋根と竃作るぞ」

「雪月花……匠がこう言ってますが」

「それは条件が整ってからよ。いつかやるにしても今じゃないわ」


「オトケレル」

「アメケレミメ、イライケる」


雪月花の見立てでは治癒には五日から十日ぐらいかかるそうなので昨日の今日で劇的に良くなる事は無いが、薬が合わなかったりすると拙いとの事で往診している。幸いな事に今のところは問題ないそうだ。



気になった雨天時の調理だが、そもそも彼らは一度に数日分の料理を作りそれを作り置きしているそうだ。中世欧州で庶民がパン窯を借りてパンを作り置きしていた事もあるそうだがそれと同じような事だと思う。火を点けるのに結構な労力を要するし柴薪も採れる量が限られているのでそうなっていると思われる。作り置きの切れ目と雨が重なったらおまんまの食い上げになるらしいけど……


その点では美浦は火を使い過ぎって気もする。美浦の人数は高が知れてるから森林も再生可能な範囲ではあるが、人口が増えればどこかで逆転する可能性がある。材料にも燃料にもなるので便利使いされ日本の森林は有史以来ずっと減り続け、江戸末期頃が一番酷かったらしい。時の政権がたびたび伐採の禁令を出すぐらいだったからこれはちょっと考えんとな。


それと雨の日は出歩かずに巣篭りしていて、石皿と擦石で稗の脱稃をしている事が多いそうだ。ただ、苦労しているらしい。

米や粟や蕎麦などは乾燥させてから打撃や摩擦で殻を剥がせられるのだが、稗は殻が強固で実が柔らかいから同じようにやると実が砕ける事が多い。なので一度蒸して実を膨らませて殻にヒビを入れて乾燥させてから摺った方がやり易い。


俺らも米の籾摺りには苦労してる。 手回し式籾摺り器は諦めて大川疎水に水車小屋を建てて杵でついて脱稃と精米をするようになった。


「栗がとおにアーバらぎ ネコナ アメケレミメ」

「ネコナ アメケレミメ ハセ ハネ トヨアシハラノミズホ はくぎ」


ハのやで、ハキとハツから十年(もしかすると五年?)栗が実らないとどうにもならないから子供たちを美浦に連れて行ってくれないかという事を頼まれる。

ハセとハネというのはハツの子供で三兄弟の下二人。長男は成人(といっても十代半ばぐらいだけど)しているので婿入りを早めるとかなんとか。

しかし豊葦原瑞穂国とよあしはらのみずほのくにって……美野里か奈緒美の仕業だな。


食糧源が半分になったら新たな食糧源を確保しない限り人口も半分になってしまう。人は食わねば生きていけない。歴史を見ても食糧に余剰がある飽食の時代ってのは極一部の地域の刹那の時間でしかなく、人類は常に飢餓と隣り合わせの世界で生きてきた。オリノコも基本的には限度一杯の人口なのだろう。

だから口減らしが頭を()ぎっても仕方が無いし、離別になるにしても生きていけるだろう選択肢に縋るのは母の愛だろう。


「まだまだ時はあります。オリノコの皆で話し合いなさい」


突き放すねぇ……アメケレじゃなくて雪月花さん。

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