表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
文明の濫觴  作者: 烏木
第5章 ファーストコンタクト
71/293

第5話 おや!?

「竪穴住居は方形で土葺の伏屋式(ふせやしき)で炉は無い形態。炉は屋外で共同の鍵穴型の石組炉が二基。高床倉庫はねずみ返しがないし低いな」


治療を終えて戻ってみたら、周りを見聞していた匠がブツブツ言っている。


「義教さぁあの高床倉庫だけと、あれって倉庫の役に立たないと思うんだけどう思う?」

「ん?高床倉庫?あれ倉庫だったんだ。あれじゃネズミやら鳥やらが入り放題だから夏場の涼み場と思ってた」

「倉庫だと思う。たぶん食べ物や種みたいな感じのものを置く場所って感じの説明だった」

「すごい曖昧な言い方」

「しょうがないだろ。何となくは分かるが、逆に言えば何となくしか分からん」

「ごもっとも」

「それと竹の食器に竹の折箸を使ってる。小物は出土しにくいから分からなかったけど使っていたんだ」

「すまん。あれ、一昨日俺が作ったやつ」

「……つまり一昨日までは無かった道具や習慣という事かな?」

「まぁそうなるな」

「何かアカルチュレーションが起きそうだな」


アカルチュレーションというのは「文化触変」などと訳されるもので、異文化と接触し文化に変化が起きる事とされる。変化するのは片方のケースもあれば両方とものケースもあるし、変化前の文化が無くなる事もあれば併存する事もある。


例えば、現代日本で日常的に和服を着用する人は少数にとどまり、大部分の人が日常的に洋服を纏う。一度も和服を着たことのない人もいれば、節目の時や冠婚葬祭には和装する人、日常的に和装の人とそれぞれだが、だからといって別に奇異に見られる事は無い。江戸以前だとほぼ全員が和装であったが、開国で欧米文化と広範囲に接触したことで日本の服飾文化が変容した例といえる。


反作用的な反文化変容運動ともいえるムーブメントもあり、コントラアカルチュレーションという。まぁ懐古主義とか復古主義とかが似たようなものかな?


「そうは言っても汁物を手掴みは難しいし匙を作るより楽だと思ったんだよ」

「別に非難している訳じゃねぇから。まぁどう変化するかは正直興味がある」


「ノリさん、何植えてたか分かったよ」

「何だったんだ?奈緒美」

「麻だね。食べたり服や縄にするっていうから服をみたら精練が甘い麻繊維だったわ」

「……時季が合わないんじゃ?」

「そうは思うけど……あっ!もしかしたら麻は二年目以降とか」

「ありうるんじゃね?俺の推測だと植物食中心だぜ。蕎麦とか(ヒエ)とか(アワ)とかあるかもだし」


資料を漁ったらあったのだが、遺骨などからの分析で縄文時代の平均身長は男性が一五八センチメートル、女性が一四九センチメートルとの研究がある。しかしオリノコはそれよりも五から十センチメートルぐらい低い感じがする。

まぁ古いほどサンプルが少なくなるし、残るような処置をされた人が当時なにかで選別されていない保証もないから確度は落ちざるを得ない。だからこれが普通なのかもしれないし確か遺骨は食糧事情が良かったと思われる関東地方が中心だったからは背が高かったのかもしれない。


件の研究によれば日本人の平均身長は古墳時代あたりで一度ピークを迎えるが、それ以降は下がり続けて江戸時代から明治初期あたりが一番低い。そこから急速に伸びて大正の頃には古墳時代のピークに追いつき、それ以降も急速に続伸している。


理由は諸説あるが、有力視されているのは動物性タンパク質の摂取量。

獣肉を全く食べなかった訳ではないがあまり好い事とはされなかった時代が低身長で「獣肉の禁忌?何それ?うまいの?」って時代は高身長になっている。

この説に従うならオリノコでは動物性タンパク質の摂取量が少なくて植物食が中心という事が考えられる。


「確かに稗や粟なら春焼きもありうるか……夏粟の後に麻とかありそうだし、もうちょい調べる」

「学術的には栗、鬼胡桃、団栗あたりが定番なんだけど」

「そこらは燃えたみたいよ。萌芽更新はできるだろうけど数年は厳しいかな」

「厳しいな」

「うん」


「話は終わったかしら?東山さん、東雲さん。松葉杖って作れます?それとサンダル。足に熱傷を負っている人は現状だと歩行困難だから三組ぐらい欲しいのだけど」

「……何とかする」


火の海を突っ切ったようで裸足だったのか靴が焼けたのかは不明だが下肢部に火傷が目立つ。最短距離を息を止めて駆け下りたのは最良と言って良い判断だと思う。火から逃れるため斜面の上方向に向っていたら命は無かっただろう。


松葉杖は困った時の竹頼みではないが、適当な長さに切った竹二本の片側を縛りV字に組み、脇に挟む部分と手で持つ部分を渡して括る事で作る事にしよう。全体重が掛かる竹馬だって似たような作りなんだから強度だって大丈夫な筈。

履物は木製サンダルの方がいいんだろうけど手ごろな板がない。仕方が無いので紐を編んで草鞋を作る事にする。松葉杖と草鞋で紐を消耗するから帰ったら雪風に補充をしておかないといけないな。


「それから日が出てる間に火を付けてしまいましょう」


ファイヤーピットの柴薪の具合を見て、雪月花がそう言って取り出したのは太陽光着火器ソーラーファイヤースターターという直径十センチメートルぐらいのパラボラアンテナ状の鏡。太陽炉の携帯版でアウトドアショップなどで売っている。ある程度強い光線がないと着火できないが、逆に言えば強い光線さえあれば何も消耗せずに簡単に着火できる優れものである。


「わ、わ、わ」


雪月花が火を付けるとオリノコの民が騒ぎ出した。

まぁ知らなかったら吃驚もするよね。

焚き付けが(まばゆ)く光ったと思ったら煙を噴いて燃えだしたのだから。


後で聞いたのだが、何が起きたか聞かれた岸本さんと美野里は「太陽の力を集めて火を付けた」旨の回答をしたらしい。日光とか光とか熱の言い回しが分からなかったとの事。


まぁ匠と俺は松葉杖と草鞋作りに取り掛かるのだが……


どういう訳かって当り前かもしれないが、雪月花は特別扱いになっている。

八拍手跪礼して「アメケレミメ」と口にするし跪礼の時間も長い。


その「アメケレミメ」だが、アメもケレも言い伝えにでてきた単語。

アメは空でケレは太陽を指しているらしいから「アメケレミメ」は「天空の太陽の御女」という解釈が成り立つ。


俺らはすっかり慣れてしまって気にも留めないが、雪月花は見事な亜麻色の髪(フラクスンヘアー)の持ち主である。光り輝く髪色から太陽を連想したのだろう。そしてソーラーファイヤースターターが駄目押しといったところか。


彼女のご母堂も見事な金髪でご母堂の故郷では八割ぐらいの人が金髪らしいが、一説によると金髪は世界人口の二%程度しかいないらしい。

金髪の人がいる人種はコーカソイドとオーストラロイドだが、それでも金髪は普遍的な髪色ではなく金髪が過半数を占めるのはバルト海沿岸辺りに限られる。


オリノコの彼らは掘りが深い顔立ちをしてはいるがモンゴロイドである。子供に蒙古斑があったから間違いない。モンゴロイドはほぼ全員が黒や茶といった黒髪系で金や赤などの色の髪は通常はみられない。(赤毛はそもそも稀だが)

つまり彼らは雪月花のような髪色を見るのは産まれて初めてなのだろう。


彼らの立場で考えてみよう。

周りが止めるのを振り切って指導者が火入れしたせいで大火事になり、栗林は焼けて男手の半数が火傷を負った。

太陽の欠片が落ちたと伝承で言われている地から巨人達が来て食べ物を施してくれた。

巨人達は一度帰るが、見た事もない光り輝く髪をなびかせた太陽の化身と思える方を連れて直ぐに戻ってきた。

彼女は火傷を負った五人を見舞い、巨人達を指揮して歩ける様になるための道具も生み出してくれた。また太陽の力で一瞬で火を灯した。


おめでとう雪月花。君はここでは神様扱いだね。

たぶんだけど雪月花は狙ってやってると思う。そうじゃなけりゃ態々ソーラーファイヤースターターなんて使わないだろう。彼女は自分の武器を自覚して最大限利用する強かさと腹黒さを持ってるからね。


美浦からオリノコまで、平山の山裾をぐるっと回って二十五から三十キロメートルぐらい。道路があれば一日で十分到達できる距離だし、道路がなくても川沿いに進めば一日掛ければたぶん到達できるんじゃないかと思う。

この世界での基準ではあるが、そんな近所にいれば否が応でも無関係にはいられない。どうせ関わる事になるならコントロールしやすい状態にするって感じかな?

俺は将司と雪月花(ご両人)の判断に異議は唱えんから上手くやってくれ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ