表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
文明の濫觴  作者: 烏木
第5章 ファーストコンタクト
70/293

第4話 とんぼ返り

帰りは流れに掉させば良く、往きのようにシャカリキに漕がなくてもいいので雑談する余裕もある。


「入れ墨って生で見たのはじめてっす」

「そうか、内風呂が当たり前だから銭湯とかで見る機会も無いか」

「銭湯とかって入れ墨はお断りじゃなかったっすか?」

「あぁそれはレジャー施設としてのスーパー銭湯とか温泉の話じゃないか?生活施設の方の銭湯は大丈夫だったよ」

「そうなんすか?」

「うーん……今はどうなってるかは自信ないけど昔は紋々(もんもん)あっても普通にいたぞ。祖父(じいちゃん)曽祖父(おおきじいちゃん)も紋々入れてたけど一緒に銭湯行った記憶あるもん」

「えっ?東雲さんのおうちって」

「東雲組ですけど、何か?」

「…………」

「ハッハッハ」


そこで笑うな文昭。折角いいネタなのに……


「代々続くただの土建屋だよ。何たら組ってのが多い業界なんだ。たいていは名字プラス組ってのな。匠んちは大工だけど東山会(とうざんかい)だぜ。そんで土木って昔はかなり危険な職だったんで安全祈願とか勇気付けとか個体識別として入れ墨入れる人も多かったんだ。海運とか漁師さんとかもだな。個体識別ってのは事故とかで一部しか見つからなくても誰か分かるって奴。まぁ親父や兄貴は入れてないし、じいちゃんから少し下あたりが限度かな?」

「ヤのつく自由業かと思いましたよ」

「菩提寺にあるうちの墓所の中には無宿人のお墓もあるから江戸明治の頃は侠客の親分だったかもしれないけど、今は真っ当な建設業者なのは間違いないよ。それにもし仮にそうだとしてもこの状況でそれが何の力になるってのよ」

「いや、まぁ……それは……そうなんですけど」

「話を戻して、推測だけど彼らの入れ墨は成人への通過儀礼というのと帰属意識という意味合いがあるんだろうな」

「そろそろ合流点だ。メシにしようぜ」


特に何事もなく水口に到着した。往きは八時間(大休止込み)掛かったけど帰りは六時間ぐらい。一.五倍ぐらいの速度か。


「芦原口まで下ります?」

「水口に泊めよう。直ぐに再訪する可能性が高い」

「……わかりました」


雪風を海に戻したいのは分かるよ。

確かに川では取り回しが悪いのは認める。

長さはともかくとして幅が広くてく平底でもないし喫水が深い。

でも選択肢がそうないから……


水口から黒煙はまだ見えているが、昨日一昨日に比べれば勢いが弱まっている。このまま自然鎮火して欲しいものだ。

雪風を水口に係留して大川疎水を辿り帰還した。


■■■

「山火事だが平山の北斜面で発生していた。但し、こちら側まで延焼する可能性は限りなく低く、このまま自然鎮火すると思われる」


全員集合の後、将司に促されてそう報告するとほっとした空気が漂う。大丈夫だろうとは思いつつも不安はあったのだろう。けれど、本番はこれからだ。


「火元と原因も特定できた。平山の向こうにオリノコという集落があって、焼畑を作ろうとして失火した」


ざわ……ざわ……ざわ……


「風が強いのに加えて風上の麓から火入れしたそうなので正直に言えば大火事になって当たり前っちゃ当たり前の話。ただ、その火事で五人ほど火傷を負っている」

「どの程度?危ない?」

「……良くはない。酷い人は二、三割ぐらいいってる」

「バーンインデックスが十から三十か……重篤な状態。ショック死やSIRSもありうるわ……何か薬あった?」

紫雲膏(しうんこう)神仙太乙膏(しんせんたいつこう)はあるけど……状況次第ではストックが切れるわ」

「再生産は?」

「主要な薬草の当帰(トウキ)がね……ここらはちょっと暖か過ぎるから難しいかも」

「分かった。じゃぁそれは別座敷にしよう。他には?」


「焼失範囲はどれぐらいになりそう?」

「今朝の段階で推定で二五〇ヘクタールぐらいかな?幅一キロメートル、奥行き三キロメートルぐらいあった」

「最終的には三五〇」


ピンと来ないなら日本で最も面積が小さい市町村である富山県の舟橋村と同じぐらいの面積とか伊豆諸島の利島の九割近くと聞くと「あちゃー」って感じになるかな?


「そういえば、焼畑って言ったよね?何栽培してるの?」

「すまん。分からん」

「集落の構成は?」

「河岸段丘上に竪穴住居六基、高床建造物三基、他の施設は有無含めて不明。住人は六家族三十人前後」

「大人が男女各九人の十八人、子供が男七人女九人の十六人、合計三十四人。大人と子供は入れ墨の有無で判定した」

「入れ墨?」

「鯨面文身……顔や身体に入れ墨があった。成人である事や出身地を表していると思われる」

「言葉は通じたの?」

「幸いな事に名詞動詞で通じるものがあるので言葉は朧げながらも多少は分かる。ボディーランゲージ交えれば十全でないにせよ意志疎通は可能。詳しくはビデオ見てくれ」


こちらから挑発するような事はしないが、向こうがそうしてきたらどうするか。

救える可能性が高い重傷者がいる以上、救護すべきではないか。

被害状況次第だが、今後オリノコが困窮する可能性がある。その際にどうするか。


主な論点はこんな感じ。

不安材料はあるが友好的に付き合えるならそれに越したことは無い。

もちろん?「放っときゃいいじゃん」って意見もあった。


■■■

「オリノコよ、私は帰ってきた」

「とんぼ返りで言う事?連続とんぼ返りだから壊れた?」


雪月花、冷静なツッコミは要らない。

ネタは分かる人がいないと寂しいもんだと確信した。

ともかく、またもやオリノコである。説明会の翌朝に美浦をたってまたもややってきた。今回は、前回の面子に加えて匠と雪月花と奈緒美も同行している。SCC(うち)のお留守番は将司と佐智恵。ある意味出せる戦力は全て出した本気の布陣。

匠は考古学的見地からのアドバイザーとして、奈緒美は農耕をしていると思われるので――原種とかへの興味か?――、そして雪月花は全権大使&薬師として来ている。


山火事は昨日よりは若干広がってはいるが、一昨日のように立木の枝や樹冠が燃えて焔を噴き上げる樹梢火(じゅしょうか)樹冠火(じゅかんか)の方が一般的かもしれないが立木の幹が燃える樹幹火(じゅかんか)と読みが同じなので個人的には樹梢火の方が……と思っている)は鳴りを潜めている。

ただ下草や藪などが燃える地表火(ちひょうか)はまだ治まっていないので油断はできない。


「うわぁ……こりゃ確かに三〇〇前後あるわ……ゴメン実物見るまで半信半疑だったわ」

「集落近辺は可燃物が燃え尽きて防火帯に成ってるし斜面の下だからあれだけど、そうじゃなかったら避難推奨案件と思う」


雑感を交えていたら集落の入り口(?)に到着し美野里が挨拶した。


「どうも、こんにちは。オトケレル」

「オトケレル」


オトケレルはこっちでの挨拶の言葉らしい。いつの間に……


「江戸川さん、さっそくで申し訳ないんだけど患者の所に案内してくださる?できれば重い順に」

「ノリさんの見立てではどんな塩梅?」

「ハのやの二人が重いと思う。次がラのやの兄の方。弟の方とナのやの二人はマシかな?」

「ではその順で回りましょう」


火傷を負った五人の治療が今回強行軍で戻ってきた大きな理由。

鎮火して落ち着いてからという意見もあったが、やれるだけやってみることになった。

これは一種の賭けだと思っている。それも分が悪い。

よしんば成功してもそれがもたらす効果は不確かなのに失敗したら目も当てられない状態になりかねん。

もう火傷を負ってから五日も経っているので既に手遅れの可能性が捨てきれないし、正直に言えば現状のリソースでは対処しきれず助かるかどうかは運次第で神のみぞ知るだと思う。こっちが手を出そうが出すまいが助かるなら助かるし助からないなら助からない。


火傷で死亡する原因は大きく三つある。

一つ目は高温にさらされた事で身体に回復不能なダメージを負ったため。

二つ目は皮膚組織などが広域に損傷して体液が大量に漏出してしまってのショック死。

三つ目は皮膚が抗菌作用を喪失するので、細菌などが深部や血流に侵入して起きる全身性炎症反応症候群(SIRS)などの感染症によるもの。

受傷直後は意識がはっきりしていても容態急変は十分にありえるのが重度の火傷の怖いところ。


「東雲さん固定をお願い」


そういうと雪月花が患部に霧吹きでアルコールを噴霧して消毒をはじめる。そしてそれを奈緒美が実に複雑な表情で見ている。「私の米焼酎が……」とでも思っているのだろう。噴霧したアルコールってできたてほやほやの米焼酎。

焼酎の度数は四十度ぐらいで消毒用アルコールは七十から八十度と度数が全然異なる。最低でも六十度ぐらい無いと殺菌効果が薄いらしいから効果は限定的だと思っていたんだが、実は加水前の原液で六十度は優に超える代物だとか。


消毒の後は軟膏を塗って油紙をあてて包帯代わりに布を巻いて固定する。

油分の多い軟膏を塗ることで体液の喪失を防止するとともに細菌などの侵入を防ぎショック死や感染症の予防に寄与する。そして薬効成分が皮膚の回復を促すという事。油紙は屋根などの防水用に作り溜めしてたのを取られた。


軟膏は症状に応じて紫雲膏と神仙太乙膏を使い分けるそうだが、今のところ紫雲膏の出番はない。神仙太乙膏には蜜蝋が使われているので浸出液がでてジュクジュクになった患部にも使えるが、紫雲膏はそういう患部には効果が無いか非常に低くなるそうだ。薬効としては漢方では火傷には紫雲膏が定番というぐらい効く薬らしい。裏を返せば紫雲膏が使えないぐらい症状が重いという事なのだろう。


もっと嫌がったり暴れたりがあると思ったのだけど、雪月花が「大人しくしなさい」と諭すように言うと不思議と大人しくなって治療を受入れている。言葉が通じてなくても本能レベルで通じたか?


雪月花は淡々と治療を続けていき、最後の二人は消毒して紫雲膏を塗ってお仕舞いにしていた。

これからやれる事はもろみ酢とカエデシロップと塩で作った経口補水液改を継続的に投与したり軟膏を塗布し直したりぐらいしかない。後は彼らの生命力に賭けて運を天に任すのみ。SIRSになってしまったらもう打つ手はない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ