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文明の濫觴  作者: 烏木
第5章 ファーストコンタクト
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第3話 郷に入っては

既に夕刻が近いのでこれから帰るという手はない。

だからどこかで泊まる必要があるのだが、プッツン(死語既に埋葬済み)したムラサが何をして来るか分からないからこの集落では拙い気がする。


「メシにしようぜメシ」


まぁそれも良いかもな。今持ってきているのが二十五食分で、オリノコの二十数人プラス俺ら五人……全員だと若干足りないか。


「美野里、火事の見舞いという事で食事をふるまおうと思う。火を焚いて良い場所を聞いてくれ、それとあそこの竹を何本か切って良いかも」

「はいな」


…………


「火はあそこなら良いって、それから竹は通じなかったけど……まぁ好きにして良いって」

「文昭、竹を二、三本取ってきてくれ。なるだけ太いの」

「何するんだ?」

「食器と箸……箸と言っても折箸って言って……トングみたいな奴だけどな」

「了解」

「安藤くん、ファイヤーピット作っておいて。できれば大小各一」

「はい」

「岸本さん、雪風から五食分持ってきて。明日の朝昼があれば大丈夫だろう。それと戻ったら安藤くんを手伝って」

「ん」

「美野里、薪拾いに行こうか」


河原には燃料にできる物が落ちている事が多い。さすがに毎日の分は難しいにしても一回二回の分ぐらいはたいてい何とかなるもので二十分ほどで両手一杯の柴や木端をかき集められた。文昭も竹を三本肩に担いで帰ってきた。


竹の下の方の太いところは輪切りにしてお椀代わりに、余った稈の部分は割って短冊状にしてからやかんの湯気で熱して曲げて竹製トングである折箸を作る。

残った竹は使い道が乏しい先っぽは切り落として中ほどの部分は唐竹割にして節の残りが良いところを皿に加工する。


折箸にしたのは、いきなりでお箸が使えるとは思わないし、汁物の具とか炒め物とかを手掴みでは辛かろうという事。こいつなら特に練習はいらんだろうし。

正倉院に収蔵されている現存する中では日本最古の箸とも言われる物は折箸。もっとも食事用ではなく祭事用と言われているけど……いいじゃん、須佐之男命(スサノオノミコト)八俣遠呂智(ヤマタノオロチ)退治では箸が流れてきてってのが導入部なんだからさぁ。

折箸を作り終えたら炒め物や焼き物にファイヤーピットを譲る。


「安藤くん、非常食のジャムを使わせて」

「えっ?……あっ……はい」


やかんで沸かしていたお湯を片栗粉を入れた器に注いでかき混ぜ、そこにジャムを投入する。別にジャムじゃなくてもというか本当は砂糖を入れるんだけど、無いのでジャムを使う。後は塩を入れて……濃度が肝心だからチビッと味見。うん、こんなもんだな。竹製のお椀というか湯呑みというかに注いで少し冷めたら完成。


「奈緒美、『ハのや』『ナのや』『ラのや』の人って分かる?」

「聞けば分かると思うけど……何?」

「経口補水液作ったから怪我人に飲ませようと思って。火傷は体液を失うからさぁ……例え気休めでも手は打ちたい」

「一人二杯以上あるね。後は引き受けた」

「頼む」


大きい方のファイヤーピットでは岸本さんが鍋で干し貝を戻しがてら湯を沸かしている。出汁がでて塩で味を調えたら貝汁になる。


着々と準備を進める我々を興味津々に見ている若年層と、理解の範疇を超えたのか首を振ったり傾げたりしている大人たちの図。


本日のおしながきは、ベーコンとキャベツの炒め物、牡蠣とアサリの貝汁、アジの開き、エイヒレの炙り、以上四品でございます。


彼らは折箸を使ったことが無いだろうから使い方の例示も含めて俺らも同じ食器を使う。食べ物の中には少々硬いのもあったけど、顎は強靭なようで問題はなかった。そしてまたしても幼子の「ケラァケラァダンス」に囲まれる岸本さん。「ケラァ」って言うのは「美味しい」って感じかな?

そうそう、引き籠ってる『サのや』にも差し入れを持って行ってもらったよ。


それから野営場所は雪風にしました。

テントの帆布を幌のように固定して風除けにしたらマストの前後で各二人ぐらい寝れる。ふと思ったのだが、冷静に考えたら川だと雪風は大き過ぎ。

とりあえず、大川支流のオリノコ近辺の雪風船上で一泊。


■■■

翌朝、事件は起きていた。

野生の王国で不寝番を置かずに寝るなんてしないから安藤くん、俺、文昭の順で番をしたんだけど、まだ暗い中「悪りぃ……ちょっと手伝ってくれ」と文昭に起こされた。眠気を(こら)えながら雪風から降りると鉈で頭をかち割られた死体が一つ。


「足音がしたんで明かりを付けたら突っ込んできた。だからとっさに蹴り倒してしまってな……暴れられても面倒だから鉈で頭ぶっ叩いた。川に放り込むの手伝ってくれ」

「……わぁーった……後ろ持つから……ふあぁ……前持て」

「いくぞぉ、いっせいので(せ)」


重い。起き抜けにこれはキツイ。七十キログラムぐらいあんじゃね?

死体が浸かるぐらいの水深のところに降ろして一応首に刃を入れる。


「ふあぁ……んじゃぁもう一眠りするわ」

「おう、あんがとな」


一眠りしたがスッキリしない。

山火事はまだ燃えてるなぁ……ただ火勢は衰えてきているように見える。風もそんなに吹いていないし、このままなら平山を越えたり回りこんだりという確率はかなり低いんじゃないかな?


「よっぽど条件が悪化しない限り恵森や美浦に直接の被害はないっしょ」

「そうだな。岸本さん」

「右に同じ」

「とりあえず第一目標は達成した。帰り支度だな」

「彼らをどうする」

「基本方針はここでは決められん。持ち帰りだ」


真面目に俺の手に余る事態なんで、とっとと将司と雪月花(適任者)に投げつける一手だ。


「そうねぇ……何れにせよ再訪は必要だから今はその時に好意的に迎えてくれるようにしないとってとこね」

「そうだな。ちょうどイノシシがあるから置き土産はそれでいいか」

「何?どうしたの」

「朝方突進してきたんだってさ」


船尾の方を指差す。


「まぁまぁの型ね。どうやって仕留めたの?」

「蹴ったら伸びた。根性なしだな」


根性の問題じゃないだろ。

第一お前に蹴られてピンピンしてる方が怖いわ。

お前の練習に付きあった時、防具とミットで固めてたけど三日ほど痛みが引かなかったし一週間ぐらい痣が残ったんだぞ。


またぞろ竹を一本確保して脚を縛って駕籠かきのようにして持って行く。担ぐのは安藤くんと俺。文昭だと背の高さが合わないから面倒なのよ。

どこに運び入れれば良いかは美野里に聞いてもらう。

獲物の処理をする場所は決まっている事も多いしタブーの場所があったりもする。美浦でも獲物の処理は滋養屋と決まっている。


それに儀式とか作法があるかもしれない。

現代でも山の神様に恵みを感謝して豊猟と安全を祈願する儀式を行ってから解体する人達もいる。俺らに狩猟を教えてくれた先達は「御神酒(おみき)と称して酒飲む口実」って笑っていたけど目は笑ってなかった。何だかんだ言っても狩猟に危険が伴うのは厳然たる事実。


「あっち回って……そんであの岩の上に置くんだって」


やっぱり作法があったか。聞いてよかった。


「頭のここ 縄がとる」


岩まで運ぶと置く場所や向きを教えてくれたので言われるがままに置いて言われるがままに縄を解く。

すると彼らは岩を囲んで輪踊りっぽく踊り出した。仕留めたのは文昭と説明したら順々にやってきて拍手(かしわで)を打って跪き、また踊りの輪に戻っていく。文昭は「何か神様扱いみたいで困る」って言うけど、魏志倭人伝(正しくは、三国志の中の魏書にある烏丸鮮卑(うがんせんぴ)東夷伝(とういでん)という列伝の中にある倭人条(わじんのじょう)と呼ばれる倭や倭人について書かれている部分)に、敬意を示す作法として「拍手を打って(うずくま)って拝む」とあるから、たぶん獲物を仕留めた者に対する礼法なんじゃないかな?ホントかどうかは分かんないけど。

ただ、祭事(まつりごと)の筈なのに『サのや』の二人が見当たらないのは気にかかる。


いつまでもここにいる訳にもいかないので儀式が終わったらお暇する。

拍手(かしわで)跪礼(きれい)をされたので答礼としてこちらも拍手跪礼してオリノコを後にする。


異文化間ではできるだけ相手の儀礼にそった方がトラブルになりにくいので良いと聞いた。母国の流儀を振りかざす外国人より、多少間違っていても自文化の礼儀作法を行おうとしてくれる外国人の方が好意的に思えるでしょ?

郷に入っては郷に従え。原典は中国だし、他言語でも同様の意味の言葉がある。


「明日の明日に雨が降り火は消える」


岸本さん、去り際に変な予言を残していかないでよ。もし降らなかったり今日明日に降ったらどうすんのよ。

気が付けば投稿開始から一年経ちました。お読みいただきありがとうございます。


この手のタイムスリップ物で定番の先住者がでてくるまで作中時間でもリアル時間でも一年掛かってしまいました。

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