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文明の濫觴  作者: 烏木
第4章 幕間
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幕間 第7話 スナイパー養成

それは塩屋から漁師にジョブチェンジしてからしばらく経ったある日の事だった。僕こと安藤一平と(岸本)由希は美浦ができて直ぐぐらいから塩づくりに携わってきたが流下式枝条架併用塩田ができてからキャンプインストラクターのアルバイトしていた黒岩さんたちに製塩は引き継いでいる。

夕食後に東雲さんから話があるからと言われて行ってみると、(榊原)謙二と(伊達)素弘も居て僕ら三人への話らしい。


「来週の話なんだが君ら三人にエアライフルの訓練を受けてもらいたいと思っている。もちろん拒否権はある」


謙二と素弘の二人は頷いている。


「榊原くんと伊達くんはその場にいたからアレだけど、鴨が来てるから獲ろうかって話があってね、良い機会だから三人にも撃ってもらおうって流れな訳」

「何で僕らなんですか」

「え?エアライフルの使い方はいずれ覚えてもらうって言ったよね?」


何か行き違いがあるようだ。そんな話ししたこと……あっ!


『そのうち獲物の見つけ方とか罠の仕掛け方とかエアライフルの使い方とか解体の仕方とかを覚えて貰うかも知れないけど、懇切丁寧に教えるから心配しなさんな』


思い出した。キャンプ場を出発して直ぐの頃にそんな話があった。


「今まで伸び伸びにしてしまってたけど、銃は色々な意味で重要だから慎重になっていたんだ」

「色々な意味……ですか?危険なのは分かりますが」

「危険ってのはもちろんあるんだけど……んとね。そろそろ相応の責任を持ってもらおうかなって事が大きな要因なのよ。今回だって鴨を撃つだけなら俺らだけで撃ってもいいんだからさ」

「まぁ確かに……でも責任って」

「美浦のみんなに対する責任って事。銃を持つことは人を殺せる力を持つという事でもあるんで、倫理と覚悟が必要になる。銃は力だけど、正義無き力はなんとやらってね。だけど逆に力無き正義は意味が無いから力を得るというのは自分の意に反する事に対して対抗する権利を獲得すると言ってもいい。最悪のケースだけど、俺らが極悪になったときは俺らを殺してでも止めて自分たちの身を守れるって事なんだよ。それが俺らが悪い事をしない抑止力にもなるしね」

「そんな事考えられませんよ!」

「どう思っているかは知らないけど、俺らは別に聖人君子でもなんでもないんだ。黒い部分も沢山あるし、この手だって決して綺麗な訳じゃない」


東雲さんが普段の温和は表情を下げて何とも言い難い表情を見せる。


「何事も妄信してはいけない。ちゃんと最悪に備える事も考えないと。平和を欲するならば戦争に備えよってね」


素弘が何とかかんとかべらむとか言って東雲さんが頷いているけど何だろ。表情はいつもの物に戻っている。さっきの表情は何だったんだろう。見間違えかな?


「人の集団が秩序を保つには程度の差はあれ強制力は必要なんだよ」

「強制力?ですか?何っすかそれ」

「他人にあることを強制する力の事。物凄く簡潔に言うと決まりを守らせる力の事。例えば法律とか先輩や上司の命令とかかな?ペナルティなどの嫌な事をさせる力を指す場合もあるけど、本来的には国家権力の事を指すんだけどね。分かり易い物としては刑事裁判。犯罪を犯した人に刑罰を与える判決を出しても刑罰を強制する力が無かったらその判決に何の価値もないよね?」

「逃げれるなら逃げますね」

「だから従う方が不利益が少ないと思わせたり、そもそも反抗させない力量が必要になる。これが強制力。古今東西裁判権は強制力を持つ者が持っている。民事訴訟も『判決は出したから後は知らん』だと全然解決しないよね。三国志の頃も江戸時代でも裁判は武力という強制力を持つ領主のお仕事だった訳。まぁ日本の民事は『判決は出したから後は知らん』だから判決文は紙屑みたいなもんだけどな」

「何っすかそれ」

「判決に従わなくてもペナルティはないに等しいから紛争解決に何も寄与しない。民事は基本的には金で解決なんだけど賠償金も『無い物は無い』で終わりだし」

「差し押さえとか強制執行とかってあるんじゃないですか?」

「たいていは差し押さえに要する金や時間や労力に見合わないから……なので、民事は判決にいかずに和解で終わらす方が原告、被告、裁判所の三者に特に裁判所にとって都合がいいのよ。司法判断しなくて良いし判決と違って和解なら履行する率が高いからね。本来なら双方で話し合って解決しないから裁判の筈なんだけど、不思議な事に裁判所は双方で話し合って決めろって和解勧告するんだよね。お上に民事トラブルの解決力がないから民暴を使おうとする奴もでてくる。話が逸れたけど、美浦の秩序を保つにはやっぱり強制力は必要なんだけど分かり易い強制力が武力な訳。日本の法律なんてここでは何の役にも立たないからさ」

「銃が武力で強制力というのは何となく分かりますが」

「銃って実は世界史的に大きな転換点なのよ。ある意味では民主主義や基本的人権の根源と言ってもいいぐらい重要なファクターなんだ」

「はいぃ?」


そんな事を学校で習った覚えは無い。


「例えばさぁ……片や毎日農作業をしていて武器は農機具で防具はなしって人と、片や毎日戦いの訓練をしていて弓矢や槍や剣を持って鎧を着こんでいる人が戦ったらどっちが勝つと思う?」

「そりゃ武器防具を持って訓練してる人でしょ」

「その通り。つまり農民は百回戦って一回でも勝てれば凄いと思う。実はこれが封建制などの領主がいて領民がいる社会を維持していた物なのよ。『俺の言う事を聞かないなら殺すぞ』っていう貴族階級に民衆は反抗できない。ここまでは良い?」

「……ええ」

「ところが銃は刀や槍や弓矢と比べて圧倒的に少ない訓練で使えるようになる上、命中したら防具を付けていようがいまいが大差ない被害を受ける。つまりこれまで貴族階級が持っていたアドバンテージが全てチャラになり、戦いは単純な数の勝負に変容したんだ。少数者である貴族階級は銃を持った多数の民衆をこれまでのように無下に扱えなくなった」

「……民衆に銃を渡さなければ良いじゃないですか」

「領内だけの話ならそうだよ。でも他の領地との争いで相手が領民に銃を持たせていたら自分も領民に銃を持たさないと負けが確定するからそうもいかない……世界史的に見れば刀狩りとかで民衆から武器を取り上げるのに成功して体制が変わっても民衆が武器を持たなかった日本って珍しい部類なんだ。だから欧米では『銃を持つ』って事は『自由と民主主義を守る』と同義に思われている節もある」

「アメリカの銃社会問題とかってのは……」

「あれはアメリカの治安や倫理の問題であって銃の問題じゃない。アメリカ以上に銃の保有率が高い国はあるけど銃器犯罪の発生率はすごく低いから……銃規制が厳しいのは独裁政権とかの非民主的な国家であって民主主義国家は概ね銃に対して比較的寛容なんだ」

「あっ!だから銃規制反対に一定の支持があるんだ」

「そういう事。だから銃には『自由とそれに伴う責任』って面があるから無責任に銃は渡せないってのがあってね。それに獲物を獲ってきてくれないと困るからちゃんとした訓練もしないとだし……みんなの胃袋を支えるって責任重大だろ?」


最後は茶化して軽めな話にしようとしてますけど、そもそも滅茶苦茶重い話なんですが……


■■■

訓練の最初は座学から。

かなり省略して基礎中の基礎のエッセンスとの話だったけど弾道計算なんて頭から煙がでそうなぐらいややこしかった。


「たくさんの要素があるから大変かもしれないけど一つ一つの要素は単純だから影響力の大きい順に解いていけばいいよ。使うものは一次関数と二次関数が主だから中学レベルの数学で解けるから」


距離と速度から所要時間を出すとか所要時間の間で重力でどれだけ落ちるとか確かに小中学校レベルの算数や理科の問題って感じではあるけど……こんな事なら数学や理科をちゃんとやっておくべきだった……


「猟師さん達ってみんな分かってるんですか?」

「そこらはマチマチ。理論を分かっている人、経験的に分かってる人、分かってない人はそれぞれ一定数居るよ。まぁ至近距離でしか撃たないなら必要ないからね。でも遠距離射撃は分かってないと当たらないから理論的か経験的かはともかく分かってる人の方が多いよ。早見表を持っている人もいたし」

「じゃぁ早見表じゃ駄目なんですか」

「理論が分かってないと早見表を読み解けないし応用もできない。早見表は計算を素早くするための補助でしかないから。ハイカラなおっちゃんはスマホに計算式を入れてたりする」

「射撃コンピュータみたいですね」


素弘はうんうん頷いていたからそんなこと言える余裕があんだな……


「弾道計算アプリってホントにあるから。コンピュータって初めは大砲の弾道計算の為に作られたってのが納得できる計算の多さだろ?大砲だとコリオリの力といって地球の自転による影響も加味しないといけないし……」

「兵隊さんもみんな分かってるんですか?徴兵とかだったら分かんない方が多い気がするんですが……」

「よし。じゃぁここらで小話をしてやろう。もう少し楽にしろ」


楠本さんから声がかかったので注目する。


「君らがどう思っているかはともかく、最前線で戦うティップ・オブ・ザ・スピア……槍の穂先って意味だが、実際に弾を撃つ可能性のある任についているのは精々二割までで八割以上の隊員は槍の柄で後方任務にあたっている。弾道計算が暗算で素早くできる必要があるのはその穂先の中でも精鋭って事になるので、さっきの質問の答えは『習うのは習うが狙撃手などの例外を除けば必ずしも必要というわけではない』となる」


基礎中の基礎のエッセンスじゃなかったんですか?


「しかし逆に言えば例外にあたる遠距離射撃が必要な者は全員が分かっていると言ってもいい。そして諸君らは遠距離射撃の訓練を行うのであるから分かっている必要がある」


そういう事ですか……


「弾をばら撒くのであれば分かってようがいまいが結果に大差はないからお大尽の軍隊はその辺はあまり求めていないようだ」


「某所に米軍の小銃射撃シミュレーターがあって、そこでは色んな戦場を想定したスクリーンに向かって反動(リコイル)まで再現した小銃を撃つ訓練ができる。あるときそこでアメリカの陸軍と海兵隊そして陸自の三部隊合同の射撃訓練が行われた事があった。確か丘の向こうから敵兵がワラワラと湧いてくるのを小銃で迎撃するというシチュエーションだったのだが……アメリカ陸軍はそりゃぁもう盛大にフルオートで矢鱈滅多ら撃ちまくって弾幕を張り続け、下手な鉄砲も数撃ちゃ当るを地で行っていた。もうね、フルオートをオミットしたタイプの自動小銃が配備される理由が心底納得できる光景だった。あれでは幾ら弾があっても足りないわ」


「次に将官からコックまで全隊員がライフルマンというアメリカ海兵隊は『予算がある陸軍は良いよねぇ』と言いながら偶に外しつつも遠距離単発撃ちでヘッドショットを連発していてアメリカ陸軍のオペレーターに『シミュレーターならタダなんだから景気良く撃っていいんだよ』なんて言われていた」


「で、我らが自衛隊の番なのだが自衛隊は『偶に撃つ 弾がないのが 玉に瑕』だから必中距離になるまで誰も発砲せず外れ弾なしだった。米軍の講評は『クレージー(訳が分からん)』だった」


「我々が持っている弾には限りがある。特に装薬弾は貴重品だ。だから必殺必中の距離でなければ見送る勇気も必要だし、一発でも無駄にしないようきちんと狙いをつけられるようにならなければならない」


うぅ……凄いプレッシャーなんですが……


空気銃(エア)の弾なら回収して鋳潰したらまた使えるからね。装薬弾のように貴重じゃないから安心して訓練して技量を上げてちょうだい」


東雲さんのフォローもフォローなの?


■■■

実技も銃を撃つ前に銃を構える練習からだった。

ライフルの撃ち方は、立って撃つ立射(りっしゃ)、座って撃つ膝射(しっしゃ)、伏せて撃つ伏射(ふくしゃ)とあってそれぞれの中にも複数の撃ち方があってTPOに応じて使い分けるそうだ。


この練習には雪月花姉さんと佐智恵姉さんが特別コーチとして来てくれた。


「実はライフル射撃競技は女性の方が優秀な事が多くてね。特に立射だとそれが顕著でさ……SCC(うち)も例外ではなく主席が南部で次席が天馬なんだ。なのでお手本として二人に来てもらった」


という事だったのだが……

お二人が射撃姿勢をとって楠本さんや東雲さんが解説してくれたところまでは良いんだけど……僕たちが構えて駄目なところを修正してもらい反復訓練になったあたりから雲行きが怪しくなってきた。


「体幹がずれてる!リコイルでひっくり返るぞ!どうすりゃ良いかちゃんと頭使え頭!首から上は飾りか?」

「どこ狙ってんだ!ちゃんと実戦をイメージして構えろ!お目々が節穴で的が見えんのか?」

「腕下がってんぞ!シャンとしろシャンと!ちゃんと玉ついてんのか!どっかに落としてないか?」


雪月花姉さんに某軍曹の霊が降りておられる。

楠本さん東雲さん敷島さんの三人は少し離れて話しているけど不穏な空気を感じる。


「東雲、目標としている照準時間は?」

「四秒以内です」

「四秒……豪く実戦的な数字だな。それは誰から……って敷島三佐?」

「ええ、うちの親父です。はっちゃけました。南部と天馬と東雲の三人が馬鹿正直に四秒照準で三百メートルを全中させたので文句も言えず……」

「うわ……隊員の皆さんご愁傷様って感じだな」

「どういう事ですか」

「あの人、隊員に発破かけるのによく『中学生の息子でもできるぞ』って言ってたのよ……たぶん『女子大生でももっと上手いぞ』とか言って四秒三百メートル全中とか要求しそうで」

「そんなに高難度ですか?六百ぐらいは平気で当てるって聞きましたけど」

「そりゃエスや西普連の連中なら平気で当てる奴はいるけど、六百当てられるのはかなりの精鋭だよ。陸自の最低技量は二百で四分の一ぐらいだから三百全中って……それも照準四秒なんだろ?早い照準と高い遠距離命中精度は選抜射手(マークスマン)の技能なんだから……あの人何やってんだか」


僕たちは精鋭並みの技量を要求されるんでしょうか……


■■■

バシュという圧縮空気が抜ける音に合わせて「右」とか「上」と声が上がる。僕も撃った後に弾がどっちに飛んで行ったかを申告している。「弾着の見送り」というらしい。


「発射された弾の行方が分かったところで弾道は変わらんが、発射された弾がどこに向かったかを気にする事で引き金を引いてから弾が発射されるまでの間に銃身が動いて弾が逸れる確率を下げる。引き金を引いたら終わりじゃないって事だ。引き金を引いた瞬間に銃口から弾がでる訳ではない。引き金を引いて撃鉄やコッキングピースが動き出してから撃針が雷管を叩くまでの時間をロックタイムというが、銃によって異なるがだいたい千分の三~五秒ぐらいかかる。中には百分の四秒もかかる六四式小銃という化け物もあるが……実際にはロックタイムの後に雷管が爆発して発射薬に点火して弾が銃腔を通って出て行く時間もある。合わせて千分の数秒の間ではあるが、それまで狙いを付け続ける必要がある。精密な照準はかなり神経に負担がかかるので気が抜けやすいが、引き金を引いて満足して気を抜くようになると何れ引き金を引こうと思った瞬間に緊張の糸が切れてしまうようになる」


短距離走などで「ゴールの何メートルか向こうがゴールと思って全力で駆け抜けろ」というのと似たような感じかな?


射撃訓練は昼食を挟んで二時間づつぐらい。

終わったら鋳潰して再使用するので弾拾い。さすがに全部見つけるのは不可能だけど七割ぐらい回収できている。


三日目ぐらいから五十メートル先だったら三センチメートルの的に当てられるようになり、五日目で立射、膝射、伏射のそれぞれで五十メートルで二センチメートルに集弾できるようになった。何発撃ったか覚えていないぐらい撃ったお陰でもある。


「三人とも合格。おめでとう」

「「「ありがとうございました」」」


教官のお三方は百メートルで二センチメートルに集弾してるから僕らはまだまだなんだろうけど、及第点はもらえたようだ。


「しばらくしたら後回しにした分解結合とかメンテナンスの講義もやるからね」


……まだまだ覚えないといけない事は多いみたい。


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