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文明の濫觴  作者: 烏木
第4章 冬篭り
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第16話 命の息吹

二月に入り一年で一番寒い季節を迎える。

雪は雪国の人からすれば雪にカウントされないだろうチラホラ舞う程度で、よしんば積もっても薄っすらで踏めば消えるぐらいにしかならない。留山は雪が降って数日間ぐらいは日陰に少し雪が残っている程度で済んでいる。


変わった事というか判明した事が二つある。

一つは雌狼(レイナ)がお目出度のご様子で巣穴に篭りがちになっている。雄狼(スコル)が甲斐々々しく餌を運んでいて、おそらく三月上旬には仔狼が産まれると思われる。楽しみだ。


もう一つの方は吉凶がよく分からんが凶事になるのかな?

キャンプ場のバイトだった栗原さんが妊娠していて六ヶ月ぐらいだそうだ。

俺は全く気付かなかったし、言われても「え?」って感じで分からない。「ノリ兄ちゃんは男だから難しかったと思うよ」とは静江さんの言。


静江さんと美野里は気付いていて、女性陣の半分は「もしかしたら……でも思い違いかも?」って感じで残りは気付いていなかった。

六ヶ月だとお腹もでてきてマタニティウェアになる頃じゃなかったっけ?全然そんな風に見えないので困惑する。


「私もそうだったけど四人とも元気に育ったんだ。人それぞれ教科書通りにはいかないさ」


どうも口にでてしまったらしく、お腹が目立たない人もいて中には臨月でもちょっと太った程度にしか見えない事もあるからと静江さんに窘められた。


父親は俺じゃないぞ。時期的にみて美浦に来る前だから物理的に無理だし。というか父親は不明だそうだ。彼女が話さないのではなく、複数人に乱暴されたので分からないという事らしい。彼女が本当の話をしていたとしてだが、本当にろくでもない事しかしねぇやっちゃらやな。


堕ろすのは色々な意味で難しいので、第一に彼女の心身の健康、第二に胎児の健康、後は出産、育児に備えての準備といったところか……しかし困ったもんだ。

準備期間は三ヶ月ぐらいはあるだろうから、漆原お祖母さん(静江さん)漆原お母さん(恵さん)楠本お母さん(奈菜さん)秋川お母さん(朱音さん)のお母さん大連合の力を借りつつ粛々と進めるしかあるまいが……


■■■

今週は大川の河川敷のヨシを刈り取る事になっている。

多年生宿根草のヨシは冬季に地上部が枯死するので刈り取っても問題は無いというか逆に刈り取った方が生長が良いという話も聞く。それにヨシは葦簀や衝立、茅葺屋根など色々と使い道がある。


特に葦簀は日陰を作るのに適していて直射日光や高温に弱い作物の栽培には必需品に近い。こういう作物は結構あって、椎茸などのキノコ類をはじめミョウガやミツバなどの陰性植物や寒冷地原産のものなどがこれにあたる。


悠輝さんと俺がヨシを刈り取り、匠が選別して使う分は春馬くんが束ねて麻紐で括り、榊原くんと伊達くんが荷車で美浦までピストン輸送する。

美浦からここまでは片道一時間以上かかるので一日三往復、できても四往復が限度なので大した量は取れないが、その分選別を厳しくして選りすぐりだけを運ぶ。

ハネたヨシやヨシ以外の草は後日野焼きするので乾燥を兼ねて井桁チックに積み並べておく。これは秋川親子と俺が担当していて合間を見てやっている。


第三便を送り出してしばらくしたころ、匠から今日の刈り取りは終わろうと声が掛かった。溜まった葦束を見ると四十近くになっている。明日朝一の搬送分もできているので切り上げても問題ないだろう。

ハネたヨシの整理をしていたら悠輝さんが話し掛けてきた。


「東雲くん、ちょっと話ええかぁ?」

「何でしょう」

「どうにも君らの関係がよう分からんでな……他は家族やったり幼馴染やったりサークルやったりとまぁ分かるんやけど」

「うちらもサークルみたいなもんですよ」

「何ちゅうか……その割にはできる事にあんま共通点が無いやろ?地縁や血縁の集まりやったらそんなもんやろうけど、そうやない集団はなんかしらあるもんやけどそれが分からんねん」

「そういう話なら……二組の合同体みたいな感じです。私と匠と佐智恵は幼馴染の箱で良いと思います。佐智恵はお隣さんで誕生日も一緒で家族ぐるみの付き合いでしたから家族の方が近いかもしれないですけど……匠は親同士の交流もあって小さい頃から知ってましたし中学からは学校も一緒でしたから……文昭は高校からですけど高校では四人プラスアルファでいる事が多かったですので私ら四人が県外組で、もう四人は地元県内組ってところです。将司と美野里と雪月花は学校はバラバラでしたが生徒会長とかしていた関係で元々交流があったそうです。統率力のある将司に、品行方正才色兼備な雪月花、明朗快活な美野里とタイプは違っても委員長とかにいそうでしょ?本人たちは同じ大学とは夢にも思ってなかったので入学式で鉢合わせた時は驚いたとか」

「ん?一人足りないけど」

「私ら県外組の下宿というかアパート……まぁSCCの事務所になるのに一年かかりませんでしたが……そこの大家が奈緒美です。大家の娘じゃなくて彼女の持ち物でした。小学生の時に作った品種の権利で建てたらしいです」

「四歳からやってた言うんはほんまやったんか」

「歳の離れたお兄さんがいて、お兄さん夫婦の助力が大きかったらしいですけど……彼女を植物コレクターにしたのは兄嫁さんで、飲兵衛なのはお兄さん譲りらしいです。……何でそこになったかと言うと、私ら四人揃って他県の同じ大学になるので親たちも共同でやってくのは計算に入ってたようで……できれば近所か同じ下宿って言われました。特に佐智恵は生活能力が皆無なので佐智恵の両親は私と同じ下宿じゃないと駄目。なんなら同棲でもいいと。そこは同居でしょって突っ込みましたけど……で、男女が入れるとなると学生向けではほぼ皆無で……農繁期に農作業するなら家賃割引って突っ込みどころ満載の条件が付いていたところに男女混合でいいか交渉したら大家が奈緒美だった流れです」


この家賃割引の条件が文昭と俺が奈緒美植物園でがっつり農作業していた理由だったりする。


「なるほどな。でもそれやったら三人との絡みが分からんが」

「そこはまぁ……馬が合ったとしか。農学部つながりで奈緒美と美野里が……とか化学系講義で雪月花と佐智恵が……といった感じですね。この後の諸々は本が書けるぐらいの量になりそうな気がしますんで」

「なら今はええわ。いつか時間があるときゆっくり聞かせてや。楽しみにしとく」

「期待せずにお待ちください」


■■■

四日間ヨシ刈りをして二ヘクタールぐらい刈り取りをして(半数近くハネているのだが)十万本ぐらいのヨシを確保した。屋根材には足りないだろうけど葦簀や漁具、囲いを作る分には足りるだろう。この後は火入れなのだが直ぐにはしない。刈った雑草やハネたヨシを乾燥させるのと潮汐の状況が良い塩梅になるのを待つため、葦原はしばらく放置しておく。


その間は奈緒美と雪月花のたっての希望――雪月花、お前もか――による逸出を避けたい植物群の為の農地……ハーブ園?薬草園?だかの開拓に取り掛かる。


基本的に比較的栽培しやすくある程度以上の需要がある物はニラ、ネギ、シソ、パプリカなど香辛料やハーブでありながらも野菜に分類される事もある。なので栽培しにくかったり少量しか需要が無いなどの植物が今回の栽培対象になる。


栽培は難しくはないが需要が乏しいものは栽培面積を少なくして集めて作業効率を良くすればいいので難度は低い。薬草や消費量の少ない香辛料などがこの箱に入りやすい。


問題は栽培が難しい奴だがこれには幾つかの原因がある。

一つ目は温度、日照、水分量などの要求がシビアなもの。

熱帯原産で耐寒性が乏しいなど美浦の気候に合わない物はハウス栽培などになるので現時点では難しい。


二つ目は病害虫に侵されやすいもの。

適切な農薬があれば話は別なんだろうけど、現状ではなるだけこまめに見回って防疫防虫に勤めるしかない。


三つ目は純粋に高い栽培技術がないと収量や品質に大きな差がでるもの。

これはもう専門家に頼るしかない。秋川家や奈緒美が頑張る話。


他にも、果実に多いが草本でも繁殖のさせ方が適切でないと有用な形質を失ってしまうものはあり交雑しないよう管理が必要とか、受粉などで特定のパートナーが必要なものはパートナーごとでないと栽培できないなどもある。


ここまではまぁいい。

問題は繁殖力が旺盛で逸出や雑草化の危険が高いもの。要はミントやドクダミなどの植物テロ兵器をどうするかという話。


鉢植えやプランターなどで地下茎やランナーが走らないようにするのが手っ取り早いが数は採れない。少量で済むものならこの方法。

まとまった数が欲しい場合は、周りを目を塞いだ石垣などで囲ってその中で育てるぐらいしか今は思いつかない。


なので、地面を五十センチメートルほど掘ってそこから石塀を立ち上げ地上五十センチメートルぐらい、都合一メートルの塀で囲い、その中に三十センチメートルほど客土する。考え方としてはでっかい石囲いの植木鉢みたいなもの。


設計と縄張り――工事をする地点を杭で示して縄などで囲う事――まではやるから工事は文昭と将司が中心でやってね。匠も俺も船やら倉庫やら家屋やらで手が回らんのよ。やり方は教えるからマスターしてね。


■■■

刈り取りから十日空けた今日これから火入れをして使わないヨシを焼く。

ヨシ自体は地下茎で休眠中なので地上部が燃えていてもダメージは受けないが、雑草や病原体には効果があるので健康なヨシの河原を作る一助になる。


ヨシは束ねると松明になるぐらい燃えるので、ハネたヨシ束に焚き火で火をつけて河原に移動して火入れする。バーナーがあれば楽なんだけど仕方が無い。

火入れはやっぱり危ないので危険作業担当が行う。はい。文昭と俺です。


燎原の火という言葉があるが、その言葉通りに燃え広がり辺り一面火の海となる。火は水辺で立ち枯れているヨシにも燃え移っていくがこれは計算の内。黒い考えかもしれないが、永原方面に延焼しないなら大川の河川敷が全焼しても良いとさえ……


幸いな事に多少燃え残りはありつつも想定範囲内で鎮火しつつあり目的はほぼ達せられた。明々後日あたりの満潮時には水に浸かって完全に消火し尽す筈。

焼かれた葦原は三月末には新たな芽がでてくるだろうし、焼け落ちて水に入ったヨシは流れ流れて魚の産卵場所を提供する事になろう。これも命のゆりかごの一つ。


あと一月(ひとつき)もすれば一年になる。何とか生き残る事ができそうだ。


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