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文明の濫觴  作者: 烏木
第4章 冬篭り
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第11話 どう調べる

会合がお開きになった後、弁天号に残って地図を睨みながら考えていた。

地文航法のためもあって留山から見える範囲の島嶼の位置は大まかだがおさえている。目撃位置と方位から出航地や目的地のアタリをつけようと思ったのだが、情報が全く足りないので二進も三進もいかない。

現状だと「犯人は男性もしくは女性で、未成年もしくは二十代以上。犯行前の七十六時間以内にDHMOが含まれる物質を摂取したと考えられる」ってレベルでしか特定できず、もっと情報がないと絞り込めない。


船を作って運用しているとなると、考えられるのはキャンプ場の彼らか原住民のどちらかで、状況的には後者の可能性が高い。


ポピュレーションサイズという個体の大きさや食糧などから一平方キロメートルに何個体が継続的に生存できるのかという数値があるが、ホモ・サピエンス・サピエンスのそれは(食糧は狩猟採取のみとしたら)〇.一~一.二ぐらいと言われている。俺が当初六キロメートル四方(三十六平方キロメートル)で三十人と言った根拠でもある。


最盛期の縄文時代の人口密度は一平方キロメートルあたり西日本が多くて〇.二ぐらいで、東日本が平均すると一.〇前後。ただし関東地方は特殊で三.〇ぐらいあった筈。関東地方の異常値を除けば概ねポピュレーションサイズに合致している。関東地方はよっぽど食料に恵まれていたとか栽培や養殖などができていたとかなのだろう。


もっとも縄文時代は一万年以上あるのでずっとその人口密度だった訳ではなく、今の時分だと関東地方は十キロメートル四方で百数十人ぐらいかな?最盛期の三百人には及ばないもののそれでも世界有数の人口過密地域だった。

だから関東地方だったらとっくにファーストコンタクトがあったと思う。


人口密度の他にも緯度とAT層の厚さからもここが西日本なのはほぼ確実だろう。西日本でも二十キロメートル四方ぐらいに広げれば十~二十人ぐらいいても不思議ではない。今まで百キロメートル以上踏破しているのに接触が無いのは不可解とも言えるので今回の船の目撃情報は捨て置けない。


不確かと断った上での目撃証言だが俺は船はあったと九割方信じている。

お調子者の安藤くんだけならともかく沈着冷静が服を着ている岸本さんも証言しているというのも大きい。

しかし、冷静に自己分析するならば半ば以上は「信じたい」のだと思う。

人は見たいものだけを見て信じたいものだけを信じる。

さっきからずっと原住民の船がある前提で考えているあたり、確証バイアスが入っている事は認める。


追加情報を得るために留山に物見櫓でも建てて航路を見張るか?

でも先入観なしに見れるかなぁ?

いっそ知らない人に見張らせるか?

でも寒風吹きすさぶ山で目的も何も知らされずに日長一日海を見る……それって拷問と言ってもいいかもしれない。自分が作らされた石垣を自分で壊させられる仕打ちに似た臭いを感じてしまう。


いかん。行き詰った。

とりあえず屋敷に帰ろう。下手な考え休むに似たりだ。


■■■

麦踏み――ローラーを押しているので踏んではいないが――をしながら一日考えていたが出口が見えない。不明船の出航地や目的地の割り出しは一旦棚上げにして調査船?探査船?の方を先にやっつけた方が良いように思う。食糧、物資の備蓄場所とか横井戸とか考えないといけない事は他にも山ほどある。


今ある雪風は全長七メートル、全幅二メートル、排水量二トン、最大積載量一トンといった感じ。計画段階だと積載量は一.五トンを考えていたのだが浮力や凌波性や復原性とかは大丈夫だったんだけど人力で動かすには一トンが限度だった。それも亀の歩みの速力で辛うじてといった感じ。五百キログラムぐらいが実用限界。


そして基本的に雪風では調査はできない。そもそも手漕ぎボートだから湾内など波が穏やかな平水区域に分類される水域での使用を想定しているから陸というか海岸線が見える範囲での使用に限定している。だいたい二海里以内って感じだから現代なら水上スキーとかが行っていい範囲と大きく違わないと思う。


そして目撃情報の島は留山からなら海岸線は見えなくもないので黒浜や御八津岬から南方の島が十五海里(約二十八キロメートル)で千丈河原沖の南西の島でも八海里(約十五キロメートル)ぐらいある。この距離を人力駆動の雪風で行くのはさすがに危険だ。巡航速度一ノットだとすると真っ直ぐ順調に進めても片道八~十五時間かかるとか無理ゲー過ぎる。


脱出計画で検討していたのは海岸線から二十海里(約三十七キロメートル)以内という沿海区域もしくは五海里以内か平水区域という小型船用の沿岸区域を安全に航海できる船というもので、更に大量の物資も運べるという条件も加わる。なので、大航海時代のキャラックか日本で二十世紀初頭から一世紀近く使われていた推進用エンジンを備えた帆船である機帆船が有力候補だった。

今回は、沿岸区域を安全に航行できれば積載量は問わないという条件なので現代の木造漁船をベースにした物の方がいいかもしれない。


屋敷の広間で江理ちゃんと和広ちゃんがよく分からない声を発しながらじゃれあっている。ダーとかマーとかウーとかしか発してないのに二人の間ではちゃんとコミュニケーションが成立しているようにしか見えないのが不思議。左肩に乗った雉虎のソピアと膝に乗ってきた鯖虎のミーミをもふりつつ二人を見て癒されていたら安藤くんが話しかけてきた。


「ほのぼのしてますねぇ」

「ん?あぁあの二人が会話しているように見えて面白いのよ」

「……ホントだ。由希、由希……こっちこっち。めっちゃおもろい」

岸本さんを手招きしている。

ん?由希?


「デジャヴュを感じる」


三人並んで座り二人を愛でながら癒されていたら唐突に横から声をかけられて吃驚した。

なんだ佐智恵か……気配を消して近寄るなって何度言ったら分かるんだよもう……


「どこかで見たような気がするけど……どこ?」


俺はお前の外部記憶装置じゃありません。


「あのビデオじゃないか」

「あのビデオ……ん、分かった」

「そういうネット動画でもあったんですか?」

「いやいや、俺んちと佐智恵んちのホームビデオ。映ってたのは赤ん坊の頃の俺と佐智恵」

「私が預けられた時のは義教んちの、義教が預けられた時のは私んちのビデオに撮られていた」

「第三者的視点だと謎言語で漫才しているようにしか見えん代物だった」

「ネットにアップされてたけど?」

「え?何それ?マジで?……俺は知らんぞ……あっ!兄貴か……くそ……はぁ……お義姉さん止めてよ」

「お姉ちゃんは嬉々としてた。乳児編、幼児編、小学生編、中学生編ってアップしてあった」

「何か凄く見てみたいんですけど」

「さすがに無理だよ……仮にあったとしても勘弁して欲しい」

「残念」


岸本さんもですか?……何か話題転換を……そうだ。折角安藤くんと岸本さんという雪風のヘビーユーザーがいるんだから調査船の方向性を探るためにもちょっと聞いてみよう。


「動画は諦めてくれ。それよかこれまで雪風を使っていて危なかった事とかここがもどかしいとかこうすれば良いのにといった要望とかってある?」

「雪風のですか?……そうっすねぇ……漕ぐのは大変ってのはありますが今まで転覆とか沈没とかの危険を感じた事はないっす。ただ、潮流は厄介ですね、上げ潮の時は東から西へ、下げ潮は逆で西から東の流れが強くて雪風じゃ逆らって進めないっす。ちゃんと潮汐表を見とかないと危ないなと」

「大潮前後は漕がなくても目に見えて進むぐらい沖の潮流は速い」

「上げ潮で西潟に向かって下げ潮で奥浜に帰るって方法で利用してますよ。逆らう時は海岸近くを這うように進むぐらいしか無いっすけど」

「下手すると遭難」


嵐にでもならない限り船体の安定性を脅かす程の波浪はないが推進力が足りていないって事か。

安定性といっても木造船は構造材が水に浮くから沈めようとしない限り滅多に沈むものでもないけど……でも転覆はありうるか。

しかし、逆らえないほどの潮流だとすると二~三ノットぐらいあるのかな?それなら五ノットぐらいは出せないと危険だな。できれば十ノット(時速十八キロメートルちょい)ぐらい欲しいところだ。こりゃエンジンのテコ入れが必要かな?


文昭が言うには、焼玉エンジンが二馬力でも単純な出力で人力の十倍ぐらいあり、櫓漕ぎとプロペラの変換効率の差もあるので十数倍から数十倍の出力があると思っていいそうなのだが、船の必要馬力って陸上のそれより多く要るから二馬力って駄目々々だと思うんだよ。トルク不足でプロペラが回らないとかありそうで怖い。


十トントラックは五百馬力ぐらいあったらほとんどの用途に使えるし、蜘蛛の糸号は二百三十馬力ぐらいだけどパワー不足はほとんど感じない。

だけど船舶だと五百馬力オーバーは小型船でもごろごろある。そしてそれだけ馬力があっても速力は十ノット程度の船も多い。

戦後から高度経済成長の頃に使われた三十九トンまぐろ延縄漁船の多くは焼玉エンジンだったけど三気筒百二十馬力ぐらいあった。

二馬力ってモデルにしたのが耕耘機の焼玉エンジンだったんじゃないかな?せめて一気筒あたり二十馬力で三気筒六十馬力ぐらいは欲しいから焼玉船のエンジンをモデルにするようお話しようか。


「なるほどね……推進力が丸で足りていないって感じなのか……こりゃエンジンを何とかしないと厳しいか……でもエンジンを載せるには大きな船体がいる……いっそガレー船にして漕ぎ手を山ほど乗せるとか帆船にするとか……」

「小さい船にしてモーターボートとかって駄目なんですか」

「ガソリンエンジンぐらいパワーウェイトレシオが良くないと……文昭に聞いてみるけど焼玉エンジンだと厳しいと思う……それよか帆船って操ってみたくないか?」

「え!?いやいや無理っす無理っす」

「ウインドサーフィンの延長みたいな感じで」

「ウインドサーフィンもやったこと無いっす」

「どんな名人だって初めてはあるんだから」

「……どこまで本気なんですか?」

「えっと……一割ぐらい……が冗談。まぁ今すぐじゃなくても何れは必要だと思ってるよ」

縦帆(じゅうはん)があった方がいい」

「ん?」

「長時間一方にしか吹かない事が多い」

「つまり風上に切り上がれない横帆(おうはん)だけだと苦労しそうと?」

「そう……それと一隻だけなのは不安」

「確かに」


一隻しか無かったら遭難しても救助できないものな。

雪風を帆走船に改造するのと機帆船を新造して、機帆船でエンジン搭載型の問題点を炙り出して次に繋げ、雪風改はサポート船として使う。


悪くない考えじゃないかな?

この線で諮る事にしよう。

文昭が酒蔵一号から帰ってきたらエンジンのお話だな。

それと匠とは船体用の杉材と帆柱や索具の確保について相談しよう。

後は……帆の素材だな。本当は木綿が良いのだが多分足りないから麻布か皮革……量からすると皮革が妥当かな?


「ありがとう。参考にして何案か纏めるわ」


佐智恵が小声で後でみんな連れて部屋にくるよう言っていたが聞こえなかった事にする。多分、俺が失う物はあまりない筈だから……


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