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文明の濫觴  作者: 烏木
第4章 冬篭り
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第8話 年末年始といえば

年末年始の準備が何時から始まるかは人によってそれぞれである。生協に勤めている佐智恵の叔父さんは「お盆の前から」って言っていた。これは極端だけど仕込みに時間が掛かるものは結構あって、奈緒美が手掛ける酒造も仕込みは年明けとしても準備に時間が掛かる物が多い。


十一月に入ってからの奈緒美は精米に掛かりっきりになっている。永泉(永原の自噴泉)の水を使った添水唐臼(そうずからうす)という鹿威し(ししおどし)と同じ原理の装置でチマチマと精米している。一度に精米できる量が限られるから回数で稼ぐしかない。籾摺りも大変だしね。


年末年始と言えば、クリスマス、大掃除、正月飾り、紅白、除夜の鐘、年越蕎麦、初詣、鏡餅、御節料理、お年玉、お雑煮、凧揚げ、羽根突き、七草粥、鏡開き、書初め、左義長などなど……他にも冬コミ、第九、年末ジャンボ、酉の市、十日戎、福袋、ひめはじめとか色々ある事だろう。全部はどだい無理だとしてもできる事はやりたいよねって事で、行事案の募集を行うと御達しがあった。


■■■

「漆原さん、楠本さん……クリスマスってやってましたよね」

「うん、やってた」

「やらないってのは無理だよ。子供でも……いや子供だからこそ嫌でも分かるって」

「ですよねぇ……やらない訳にはいかないですよね」


クリスマスは大人はともかく子供には楽しみなイベントの一つでもある。この状況で気の効いたプレゼントは凄く難度が高いけど、そこはお父さんお母さんの知恵と愛に期待しよう。

仕切りはクリスチャンにしてもらった方が良いかな?確か南部家(雪月花んち)はクリスチャンで彼女のご母堂の母国にはサンタクロース村があった筈。


「雪月花、クリスマス仕切るか?」

「やーよ。だいたい日本式ならお坊さんや神主さんもサンタコスするじゃない。あれはもはやキリスト教の行事じゃなくなってるから誰でも良いんじゃない」


キリスト教のクリスマスを祝って仏教の除夜の鐘を撞いて神道の神社に初詣というカオスな事が日本では当たり前の物になっているしな。

仏教と神道は江戸時代までは神仏習合で、神社の中の寺院である神宮寺や寺院の中の神社である鎮守社が普通にあったから神道と仏教を分けるのは難しいという考え方はある。それに帝釈天などの仏教の神様は本を正せばヒンドゥー教など他教の神様なので元々仏教は在地の信仰を内包する性質を持っているとも考えられる。


「だいたい何日にするのよ。うちは正教会だから聖ニコラオス(サンタクロース)は十二月六日で二十五日は聖体礼儀よ。お父さんは一月七日にもするけど……それにご降誕は五千年ぐらい後……今はどちらかといえば天地創造の頃の方が近いんだけど」


正教会の世界創造紀元は西暦の紀元前五五〇八年を天地創造として元年にしているから雪月花の言う天地創造の方が近いってのは正教会信徒的には確かにそうだ。


正教会ってのは東ローマ帝国の国教に端を発するもので、東方正教会ともいわれ、東欧とかロシアに信者が多い。ローマ帝国が東西に分裂した時に東ローマが正教会を、西ローマがカトリックを国教としたと思えば大過ないそうだ。


カトリックとプロテスタントは名称ぐらいは世界史で習うが、正教会はそんな事もなく日本での知名度は両者に比べると低く、プロテスタントの一派と間違えられる事もあるなど正しく認識されていないと感じる事もあるそうだ。「カトリックじゃなければプロテスタントか新興宗教というのは勘弁して欲しい」とは雪月花の言。


「日付か……一説によると元は古代ローマだか周辺地域だかの冬至の祭らしい。太陽の再生とか新年を祝うってのが元々あってそこに便乗したってのが異教徒の俺の見解だけど」

「個人としてはそういう説がある事は否定しない」

「ほう……新年なのかい?」

「ええ。だからクリスマスカードにハッピー・ニュー・イヤーってあるでしょ?二十五日から一週間お祭りしたら最終日が元日ってのもあるけど」

「そうなの?そういえばあれは疑問だったんだよね。じゃぁクリスマス・イブは大晦日?」

「「それは違います」」

雪月花とハモッた。

「日付が何時変わるかってのは大きく分けると『真夜中に変わる』『日の出で変わる』『日没で変わる』と三つあって、古代ローマは最後の日没で変わるだったんです。つまり二十四日の日が沈んだら二十五日なんです。だからクリスマス・イブはクリスマスの日のイブニングなんです。イブに前夜って意味はありません」

「教会暦は今でもそうなので祭典は現代暦の前日の日没から当日の日没までなんです。クリスマス・イブは二十四日の日没以降を指しています」

「知らなかった……じゃぁイブイブってのは」

「「噴飯物です」」

「ただ冬至を大晦日にしちまったからなぁ……無難に二十五日で良いんじゃないか?」

「それが無難でしょうね」

クリスチャンの雪月花が容認?黙認?しているならそれでいいか。日付については念の為に他の人たちにも聞こうと思うけど多分異論は無いと思う。


この後はやるとしてどんな事ができるかの雑談だけど、正直なところ余りできる事はない。

「とりあえず今年については飾りつけとかコスは無しでプレゼントだけとか」

「ツリーぐらいあっても良いんじゃね?将司にさせれば良い様に飾り付けてくれると思うぞ。それにツリーは後で薪にすりゃ良いんだし。後はなんかご馳走っぽいのでも用意すれば良いんじゃね?」

「七面鳥はいないからチキンは……まだだな。鴨で代用って普段と変わらんか……ケーキはバターやクリームがないから難しいか」

「お砂糖使うけどプリンなら作れるわよ」

「じゃぁプリンは当確として他には?」

「うーん……栗があるからマロングラッセとか」

「後一つ二つ欲しい」


そうそう無いってば。小麦粉と乳製品は偉大です。

普段食べてる物だとハレの日って感じがしないから、例え現代日本だとあまり食べられない物であってもご馳走にならない。肉三昧とか採りたて野菜とか鮮度ばっちりの魚介類とか……ハッハッハッ……ハァ

基本的に現代日本なら極ありふれた物がここでは垂涎の的。

嗜好品だとコーヒー、コーラ、チョコレートなど、日常の食生活では昆布、鰹節、牛乳などなど。


「なに話してるんですか?」

傍を通りかかったワンゲル部の副部長の辻本結那さんが話しかけてきた。


「年末年始のイベント案。クリスマスに子供が喜びそうな食べ物が何か無いかって」

「どんなのが挙がってるんですか」

「今んとこプリンとマロングラッセ。他に何か無いかって」

「……ゼリーとかどうですか?」

「良いねぇ……佐智恵か美野里にゼラチン作らせよう」

「ゼラチンって作る物なんですか?」

「そうよ。牛とか豚とかの動物の皮や骨や腱を煮込んでコラーゲンを熱変性させて不純物を除去して脱水したらできるの。純度の低いものは(にかわ)といって画材とか接着剤として使われていたけど、皮を煮て作るから「にかわ」って説もあるわね」

「何でそんな事知ってるんですか」

「ゼラチンも医薬品よ。アレルギーとか宗教とか色々あるから製法ぐらい知ってなきゃ話にならないわ。まぁそれはそれとして、辻本さん」

「はい」

「あなた達も幾つか案はお願いね。やりたい事ややって欲しい事で構わないから」


■■■

早天ワンゲル部の提案は「百人一首」と「なまはげ」だった。

両方とも準備は要るにしてもできない訳じゃないから採用でいいんじゃないかな?

なまはげって昔は小正月(一月十五日ごろ)で今は大晦日の行事だそうなので年末年始のイベントではある。

百人一首は奇をてらって小倉百人一首じゃない百人一首ってのも浮かんだけど誰も得しないので心の中でボツにする。


彼女らにある程度配慮したという()を作らないといけないってのが将司と雪月花の非公式非公開の意見。


今現在、彼女らは拙いことになりかけている。

上級生と下級生の間に溝ができているようで水面下で反発しあっている。そしてそれを何とかしようとしているのが、上級生では辻本さんで下級生では柳原沙紀さん。

八名なんて少人数で派閥抗争もくそもないとは思うが三人いたら派閥はできるものらしい。


SCCの女衆に派閥がないのは基本的に利害が一致していて争う必要が無いからで、SCC全体でもナンバーワンとツーの利害が一致しているから結束しやすい構造というのが雪月花の分析。ちなみにナンバーワンは将司でツーは雪月花。専務という外形からすると俺がナンバーツーに見えるかも知れないが、逆らってはいけない人の方が強いに決まってるし、不満もない。


ある意味では構成員を自ら選択して結成しているSCCとは異なり、ワンダーフォーゲル活動という目的で結成されているサークル活動では構成員への統制は目的に合致していない部分では弱くなりやすい。

順境であれば余程理不尽でない限り上級生の指示に下級生は従う事が多いが、現状ではそうもいかなくなっているようで、美浦では上級生の部長と渉外担当が初っ端に雪月花にやり込められた事で権威が揺らいでいるのも統制が利かなくなっている要因の一つらしい。


以前はあったであろう学年や教員という後ろ盾は機能しない以上、自らの器量でもって心服させない限り統制は難しいって分かって欲しい。DQN達はどうだったか知らないけど美浦では鼻毛を読ませる男も居ないから粉かけられても鬱陶しいだけってのもいい加減分かれ。


いやぁ……困った物だ。

こういうのをトラブルメーカーって言うのかな?

誰がとは言わんが面倒事は起さんでくれよ。

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