第7話 鴨狩り
銃と狙撃についての座学と銃の取り扱い方法――さすがに分解結合は後回しにしたが――をマスターし、悪夢の射撃姿勢教練の後に射撃訓練を始めて早一週間。三人ともそこそこ集弾できるようになった。促成栽培だが三名の駆け出しスナイパーがここに誕生した。俺らも三年目だから駆け出しだけどね。
新米はベテラン(?)と組めるようベテラン組の政信さん、美野里、文昭、匠、俺は一~五の籤を、新米組の榊原くん、安藤くん、伊達くんは一~四の籤を引いて二人組を四組作る。ベテラン組は相方が居ない者と五を引いたものが組になる。そして初日は一の組、中一日あけて次は二の組が狩りに向かう。
里川の各所に匠謹製のデコイを設置し潜伏ポイントも確保した。
第一次鴨々大作戦発動の時である。
「それじゃ行ってくる」
一の組は伊達くんと俺。道具の点検をして払暁に出立する。
里川を西に見るのでこっちからは順光、向こうからは逆光になる筈。
幸先が良い事に第一潜伏地点から取水口の水面に五羽の鴨が羽を休めているのが見える。鴨と一口に言っても、広義の鴨はカモ科の鳥類のうち、雁に比べて体が小さくて首があまり長くない物を指していて、たいていはオスとメスとで冬羽は色彩が異なる。もっともこの分類は体系的な物ではなく慣例的な分類に過ぎない。日本に生息する代表的な鴨は、カルガモやオシドリが通年、冬季にはマガモ、コガモ、オナガガモなども渡ってくる。日本の狩猟対象のカモ科の鳥は十一種ありもちろん狩猟対象外の種もいる。雁は絶滅危惧種なので当然ながら禁猟。
メスの鴨は羽色が似ているし交雑もあるので単独だと種の特定が難しく、禁猟の種を間違って撃ってしまわないため、確信が得られるまで撃たないって先達もいた。
俺が唯一判別できるのがオスのマガモ。他の鴨はオスとメスの違いぐらいしか分からない。カルガモは雌雄の差が小さいから分からないかも知れない。
ちなみに雁の家禽化がガチョウでマガモの家禽化がアヒル。
一番槍は譲るよ。
伊達くんにジェスチャー先に射るように指示した。
別に自分達の命は掛かっていないので落ち着いて狙えよ。
周りに注意を払いつつ見ているが総合的に考えると彼が射止められる確率は半々だろうな。
伊達くんが撃った弾が獲物の手前の水面を叩き鴨たちが飛び立っていく。舌打ちが聞こえたが俺には跳弾して当たった様に見える。その証拠に一羽が上手く飛び立てずにいる。
「よくやった。近付くぞ」
「え?」
「当たって飛び立てずにいる。止めを刺すぞ」
近付いて十メートルも無い距離から撃つ伊達くんだが、止めを刺すのに三発使った。二発は外れ三発目でやっと捉えた。
「すみません。無駄弾使っちゃいました」
「いい、いい、そういう物だから」
不思議に思えるかも知れないが六百メートルで的に当てられる狙撃銃を持った狙撃兵が五十メートルの的を外すなんてよくある話。ゼロインより極端に近いと当てようが無くなるので、軍隊では狙撃兵の傍に近接防御の為の自動小銃を持った歩兵を観測手として配置してエスコートしている事が多い。
もっとも今回はガク引き気味なのでそれが原因だろうけど……次もそうなったら注意しよう。
止めを刺した鴨をタモ網ですくったら、先ずはいわゆる腸抜きを行う。
バードフックという鉤爪を総排出腔に突っ込んで何回か回してから引っこ抜くと腸がでてくる。内臓全部を取り出さなくても腸だけ取れれば概ね大丈夫だが、腸だけはできるだけ早く抜いた方が良いと教わった。
そうしないと肉にドブの臭いのような悪臭が移ってしまうので、やるか否かで食材としての価値が大きく変わるらしい。まぁ鹿であれ猪であれ鴨であれ、未消化の摂取物や糞尿が体温にさられたまま長い時間体内に留まっていて良い事はない。
現代の屠殺は餌断ちして腸を空にしているところも多い。
処理した獲物をクーラーボックスに入れて次の潜伏ポイントに向かう。
取水口から若干上流に行ったところの淵にもいた。
大物――オスのマガモ――も一羽いる。
鴨の中でもマガモ、それもオスのマガモの味は最高らしく、首から上の羽色がメタリックグリーンなのでアオクビと呼ばれている。緑なのに青というのは深く考えるな。青草も青虫も青汁も色は緑だろ。なぜか緑は緑と呼べない事が多いのだ……絵の具も……
頭部がメタリックグリーンなのは他にも何種かいるが、マガモは嘴が黄色いので大きさと併せれば判別できる。
ここは俺に撃たしてくれるそうなので、プレチャージしている圧縮空気の気圧を確認する。簡易計だが、だいたい百八十気圧弱ぐらい。一応二百気圧以上入るのは入るのだが弾道が安定するのが百六十~百八十気圧ぐらいで多くても少なくても初速が落ちる。さっき伊達くんのペレットが手前に落ちたのは百八十気圧を超えていたのも可能性の一つだと思う。
籾殻を詰めた袋に銃床を預けて構える。依託射撃といって一番精度が高いと言われる射撃方法。ペレットをセットしてスコープを覗き込み大物に狙いを付ける。
右目はスコープ左目は裸眼という両眼照準をする。左目を瞑ってスコープだけを見ているとターゲットを追尾できなくなる事もある。それと片眼照準すると目が疲れて視力が落ちると脅された事がある。本当かとうかは知らないけど。個人的には顕微鏡も両目を開けているから特に違和感はないが、両目なのか片目なのかはケースバイケースという意見もある。
朝もはよからチョロチョロ落ち着きなく動きやがって……狙いが付かん。
まぁ焦ったり慌てても良い事は無いから次善の目標に切り替えよう。
左手奥のメス……君に決めた。
よしよし良い子だ……そのままじっとしてろよ……
レティクル(照準線)のミルドット(目盛り)で距離の再確認と照準修正値を算出し……息を吸って少し吐いて呼吸を止める。
呼吸を止めて四秒、照準を頭に合わせて引き金を絞ると圧縮空気が直径五.五ミリメートル重さ一三.六グレイン(約〇.八八グラム)のペレットを一瞬にして音速近くまで加速する。
スコープ越しにペレットの軌跡を追うと頭部あたりに吸い込まれていく。良し!っと思った時に右から影が……アオクビによる「かばう」が発動。
アオクビはそのまま左に受け流されて行き、奥のメスも変わらずそのまま。
鴨の耐久力は矢ガモ事件でも分かるように意外と高い。急所にさえ当たらなければピンピンしている事もままあり、網で捕まえた鴨を捌いたら散弾がでてきたなんて事もある。
発射音が聞こえたのかバタバタと鴨が飛び立っていく。
アオクビはスコープ外だが、メスはスコープ中央で微動だにせず……って事は仕留めたと思う。「かばう」は不発だったようだ。
「やったか?」
「正に一石二鳥……さすがですね」
確認したら二羽浮いていた。オスを貫通した上でメスにも命中した?何それ?庇った方も庇われた方も仕留められたという事?えっ何それ怖い。
この後伊達くんが二羽、俺が一羽仕留めて三羽ずつの六羽で切り上げる。
まだ初日。乱獲は駄目。
◇
銃をガンロッカーに仕舞ってからメンバーの待つ滋養屋に向かう。
「イェーイ!」
滋養屋で待っていて猟果を聞いてきた榊原くんに指を三本立てて応える伊達くん。この辺りは歳相応な感じもする。
「おっ!アオクビあるじゃん。やったね。他は……オナガ、ハシビロ、カルガモと……これはマガモだけどこっちは……マルガモかなぁ?」
さっそく美野里が鑑定をしている。
マルガモというのはマガモとカルガモが交雑した奴の俗称の事。鳥類は乱婚の傾向が強く同種内に留まらず近縁種といたす事も自然環境下であっても普通に見られる。なんというかファンタジーで精霊や獣人といたすのと同じと思えばいいのかな?
「にへへへへ……重畳重畳……羽をばむしり候へ」
オナガガモの首を掴んで旦那に差し出す奈菜さん。
それ言いたかっただけっしょ。
あんたが獲って来た訳でもないし十九歳の漂流者でもないでしょ。
「お手透きか」
はいはい。きっとこの為に来たのだろうから付き合って進ぜよう。
楠本夫婦と俺で某漫画のワンシーンを演じる破目に……
羽根と羽毛は分けて取っておく。根元を掴んで地道にコツコツ抜くのが実は早道で乱暴にやったら皮が破れるし弾痕のあたりは結構慎重に作業しないといけない。生えかけの羽(棒毛)は毛抜きで抜いて全身鳥肌にしてやる。寒いだろうから(違うって)次は火渡りの儀式を……って火で炙って産毛を焼く。
さっと洗ったらいよいよ捌いていく。
腸の一部はもう取っているけど他の臓器もあるので内臓の処理から。
小型の鳥だと腹を裂いて取り出すが、大き目の鴨なら壷抜きもあり。
捌き方も色々あるが、俺が習った方法はこんな感じ。
尾部を切開して、ケツから手ぇ突っ込んで奥歯ガタガタ……じゃなくて、砂肝(肝ではなく砂嚢という胃の一部なんですけどね)、肝臓(肥大してたらフォアグラですよぉ)、心臓、肺の順に手で引っ張り出してきて切り取る。この時に念の為に内臓を診察して病気やらなんやらが無いかの点検もする。食べる部位は点検したら洗って取っとく。
後は首を落としたら食道も取れるので首と足の先など食べない部分も切り落として内も外も洗う。そうするとクリスマスの頃の食肉専門店などで見かける一羽物のアレになる。
今後、ニワトリを捌く事もあるだろうから全員できるように仕込むぞ。
政信さん、美野里、匠、文昭は当然(?)できるので……
奈菜さん、逃がしませんよ。ここに来たのが運の尽きです。勇者になってもらいましょう。和ちゃん?恵さんがいれば大丈夫ですよ。政信さんも笑ってるでしょ?
榊原くん達も怖くないからね。
手本を見ながら一人一羽あるからね。
大丈夫。怖いのは最初だけ。一度やればどうって事無くなるから。
鹿や猪が捌けるんだからハードルなんか地面すれすれでしょ?
焼き鳥と鴨蕎麦と鴨鍋。美味しゅうございました。
今週来週は鴨猟をするので日によって増減はあるが鴨週間。再来週は休猟の予定。その次は……どうすんだろ?その時次第かな?