第1話 暖房
冬になると食べ物が乏しくなるのは仕方が無い。山林で採れる山菜は秋が終わるとほとんど採れなくなる。魚だって活性が悪くなるし深場に移動してしまう。
畑で採れる野菜も時間当たりの生長量は目に見えて小さくなる。
なので、秋のうちに保存食を作り溜めしておくのが安心安全。当り前だが自分達の分だけじゃなくニワトリとヤギの分も用意しておかなければならない。冬の飼料が用意できない分は秋に潰して冬の食糧にしていたとも聞くが、冬に家畜に餓死されるよりはマシという物だ。
刈り取れる草原はまだまだあるので干草を山ほど作っている。
悠輝さんにサイズの使い方を教えてもらったので捗っている。悠輝さんが日本ではほとんど使われないサイズの使い方をなんで知っていたかというと学生の頃に山林の除草剤空中散布に反対して人力で下草刈りを企画した集団の下草刈り合宿に参加していてそこで覚えたとの事。
刃の入れ方や戻し方といった基本的な動きは刈払機と似ているところが多く、相違点に注意すればうちの連中なら直ぐに会得できると思う。何か佐智恵が喜んでサイズを量産するんじゃないだろうか。
あっ!草原から小鳥が飛び立った……ん?あれウズラじゃね?ウズラ卵につくねに……いやいや手が回らん。何羽かは獲ったとしても飼うのは来年以降かな?
刈った草は干草じゃなくてサイレージにした方がいいとは思ったんだけど、サイレージにするには嫌気発酵じゃないと駄目なので現状だと難しい。
よく誤解される事があるそうだが、サイレージはある意味では干物である干草とは根本的に異なり牧草の漬物のような物なのだ。俺も初めは干草の貯蔵と思っていた。
嫌気発酵で乳酸菌が優勢になり、乳酸や酢酸が増えてpHが低くなり(酸性になり)カビや好気性菌類の繁殖が抑制されることから長期保存可能な飼料であるサイレージができあがる。有機酸がもたらす柑橘系のにおいがするのが良いサイレージとの事。
昔は牧場のサイロというと思い浮かべるであろう塔型のタワーサイロで作る事が一般的だったのだが酸欠や水没などの危険が多く、圧縮と気密ができれば作れるという事で三方を壁で囲ったところに牧草を敷き詰めて踏み固めビニールシートを被せるバンカーサイロや、平地に積み上げて踏み固めた牧草にビニールシートを被せるスタックサイロという手法も開発された。
よく使われる手法としては、刈り取った牧草を掻き集めて圧縮してシート状にし、それをロールに巻き取って外周をポリエチレンラップで包んだロールベールラップサイロだろう。北海道の牧場などで巨大な円筒がゴロゴロしている風景が見られるがその円筒がロールベールラップサイロ。
どうにか作ろうと思えばタワーサイロだろう。その他の方法は気密できるシートが無いので無理。そしてそこまでして作るほど逼迫はしていない。
牛がいるなら考えなくもないけど、ヤギは干草でも大丈夫なのでそこまでしなくてもいいというのが美野里の意見で、ヤギは水分が多い草ばっかり食べると下痢するので干草も与えないといけないというのは美結さんの補足意見。
要はヤギは干草と水の方が管理し易いので干草作れって事ね。了解。
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鶏舎用のストーブは匠と佐智恵が中心になって製造している。
選択肢なんてそんなに無いから鋳造製の薪ストーブを作り、煙突は陶製の土管を継ぎ重ねた物になっている。
薪ストーブは暖炉をより燃焼効率をよくして尚且つ安全性を向上させた物と言えるのだが、こいつの肝は煙突との事。薪ストーブは煙突でドラフト(気流)を作るので排気効率の良い煙突が必要になる。
排気効率が悪い煙突の場合、煙などの本来煙突から排気すべき物が室内に漏れたり不完全燃焼を起して一酸化炭素などを生じたりしてしまうので煙突が駄目だと使用に耐えないらしい。
基本的には高く真っ直ぐで断熱性が高い煙突の方が排気効率が良くなるので煙突の高さをどれ位にするのが良いかと相談されたけど……
んなもん分かるか!そりゃ都市計画の用途地域とか高さ制限とかは知ってるけどこちとら建設であって建築じゃないしストーブ屋でもないってば。
窯炉の設計施工ができる剛史さんに相談した方が良いと振っておいた。
もう一つ候補として上がっていたロケットストーブならドラフトはヒートライザーで生じる上、ほぼ完全燃焼して煤煙はあまり生じないからから煙突に断熱性はなくても良いし低くても曲げても構わないなど比較的自由に設計できる。
自由度が高いんだからロケットストーブにしたらっていう意見も無かった訳ではないけど、薪ストーブにしたのは焚口の大きさと燃焼スピードが関係している。
薪ストーブは焚口を大きく取れるし吸気口や排気口の開度で燃焼スピードの調整も可能なのだが、ロケットストーブは焚口の大きさに限度があり燃焼スピードの調整も難しい。効率は落ちるが一定速度で長時間稼動するのが薪ストーブで、高効率だがオンとオフしかなくて調整が難しいのがロケットストーブといった感じ。
ロケットストーブは焚口が小さいので薪ストーブに比べて薪の継ぎ足しが頻繁になるので……鶏舎だと凄く面倒です。
現時点での目論みとしては『晩に薪を満載しておけば余熱含めて朝まで持つ』という物。甑炉の限度一杯の大きさで作っているらしいので朝まで持たないなら夜中に薪を足すしかない。その場合は夜番を組む事になるだろう。
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一方住居用の暖房にはロケットストーブを熱源にしたファンヒーターを考えている。
住居はこまめに燃料を継ぎ足せるので燃焼効率の良いロケットストーブにして薪の節約――薪ストーブに比べると三割から五割減らせると言っていた――を図る。
ストーブの熱と室内の空気の温度差でスターリングエンジンを駆動し、熱交換器にした煙突に向けてファンを回す事で室内を暖める。
ロケットストーブの製作は秋川一家が主体で動いてくれた。ご自宅で自作のロケットストーブを暖房などに使用していたので目星は付くらしい。
草刈りボランティアといい、ロケットストーブといい、悠輝さんってそっち系の人っぽい。
そうは言っても現代日本とは使用できる部材は大きく異なるのでその部分は色々あったそうだ。
例えば燃焼室とヒートライザーは秋川家にあった物はステンレス管とパーライトだったがここでは耐火煉瓦製で周りを粘土で覆って断熱性を上げている。
「耐火煉瓦を特注できるなんて贅沢があっていいんだろうか」とは悠輝さんの言。耐火煉瓦を使いたかったが形状の問題や経済的に難しくて諦めた経緯があったとか。
剛史さんは「断熱煉瓦もあったらもっといいんだけど」と言っている。
「珪藻土とか木節粘土とか断熱に向く素材を早く探そうよ。薪が勿体無い」とも。
高温に耐える耐火煉瓦と熱を遮断して閉じ込める断熱煉瓦は機能が異なるので別の煉瓦を使う事が多いとの事。中には耐火断熱煉瓦という両方の機能を持っている物もあるそうだが……
ヒートライザーの出口から煙突の立ち上がりまでの部分は盛り土して埋めている。そのため焚口から煙突までの間が土の塊が続き(厨房の土間に設置しているのでなおさらだが)竃の出来損ないに見えなくも無い。
この盛り土も意味はあるそうで、火傷防止と蓄熱の機能を持たせているとの事。まぁ何かを賭けても良いけど盛り土部分はぬこ様の指定席になると思う。
煙突は鋳造鉄管になっていて滅茶苦茶重い。あんまり薄くすると破損するので分厚めに作られているので仕方が無いが……美浦で鉄管を作ろうとすると鋳造か削り出しの何れかがだが、後者は手間暇が掛かり過ぎるので実質的には鋳造一択になる。
現代では鉄管(鋼管)は鉄板(鋼板)を丸めたり螺旋状に巻いて筒状にして継ぎ目を溶接なり鍛接して作る溶接菅が一般的な作り方。もちろん鋼鉄を筒状に圧延して作る継目無管ってのもあるけど、溶接技術の進歩で大概の用途は溶接菅で事足りる。
後あるのは削り出しだけどこれこそ出番はほとんど無い。
黒錆加工した内径十センチメートルほどの鉄管を配管して煙突兼放熱部を組み立て、壁をくり抜いて外部に排気する。竃や囲炉裏と異なるのでさすがに屋内排気は躊躇われた。
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大量の砂鉄と木炭を消費してストーブの準備は完了したが、燃料つまりは薪なのだがこれの準備もしておかなければ成らない。
薪にも注文があって、ストーブに使う薪は乾燥させていないと駄目なのだ。
水分が多いと気化熱でストーブの温度が下がってしまい、ドラフトが弱くなって排気効率が悪化したり煙突内部に可燃成分が付着したりして良い事が一つも無い。
初めは五十%程度ある水分量を二十%程度まで乾かさないといけないのだが、ここまで薪を乾燥させるには本当は二年ぐらい最低でも一夏を越えて半年は乾かしたいとの事。
そうはいっても無い物は無いのである程度乾いた薪を十日分ぐらいストーブの近辺に置いて順繰りに燃やす。……本当は乾かしていた薪もあるにはあるんだけど、それって基本的には窯炉用の薪なのよ。こっちもこっちで譲れない物がある。
なので薪にする原木を今年の許容量一杯まで伐採に取り組む。
どれだけの薪が要るかだが、秋川さんちの実績では一冬で百二十~百三十束ぐらい使っていて原木にすると二十本分ぐらいらしい。
屋敷のロケットストーブが同等として二台ある鶏舎の薪ストーブが倍使うとして……六百三十束ぐらいで原木換算で百本……うあっ……結構使うな。
エンジンチェーンソーがありゃ半日で伐倒できるけど斧だからツーマンセルで一日四本ていどが関の山……一組なら一ヶ月弱は掛かる。
数を増やそうにも斧での伐倒スキルを持っているのは匠と文昭と榊原くんと俺の四人しかいないので二組が限度。四人が半月フル回転するか技能持ちを増やすか……
何れにせよ切り出した後の枝払いや玉切りや薪割りは分担して貰わないと身体が持たん。薪ストーブは木を伐採する時と薪割りする時と燃やす時の三度暖かくなるなんていうけど楽な方が良いに決まってんじゃん。