表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
文明の濫觴  作者: 烏木
第3章 難儀な人たち
39/293

第8話 案内

十月十六日の視察初日は俺とソピアがアテンドして秋川さんと白石さんに美浦の各施設を案内する。

最初は生活設備という事で厨房・便所・洗濯場・栄湯(風呂)といった水回りからだが、蛇口っぽい物があって捻れば水が出るのに驚いていた。ポンプや給水塔などで加圧はしていないので水道の様に勢い良くは出ないがウォータージャグ程度には出る。


「水道があるの?」

「水道ではなく天水桶っぽい物です。屋敷は建坪が百坪ありますので一ミリの降水で三百リットルほどの雨水が溜まります。そこで二キロリットルほど溜められるタンクに雨水を溜めて生活用水に使っています。飲料水はそこからカルキで消毒とか活性炭で濾過などをして使っています。足りない分は用水路から汲んで来ますが生活用水の七割方は雨水で何とかなっています」


以前は用水路から桶で汲んできていたが、釘が使えるようになったのでここらの設備が色々と捗っている。

また、焼物ができるようになったので、土管で配管もできているし、素焼き釜で食塩水を電気分解して得た塩素を、貝殻を煆焼(かしょう)して作った貝灰に吸収させてカルキ(次亜塩素酸カルシウム)も少量ながら作れている。貝灰が足りないときは食塩水を電気分解して作った次亜塩素酸ソーダで済ます事もあるけど。


天水桶が二キロリットルあっても風呂に水を張るとかなり消費するので晴天が続くと足りなくなる時はでてくる。そういう時は用水路から汲み上げるのだが、今はその汲み上げる用水が非常に乏しくなっているので早めに大川と繋げたい。


厨房の次は便所に案内する。

「トイレはバイオトイレにしています。トレペは無いので落し紙です。これはもう慣れてくださいとしか言えませんが」

樹皮などから作っているから少々ゴワゴワだし、漂白もしていない茶色っぽい粗悪な紙なので痔主には辛いかも知れないけど他に手がない。

「臭いもそんなにしないし凄く清潔に見えるよ」

「それはこれが新築だからだと思います。一ヶ月ほど前に建て替えたんです。やっぱり木製だと処理漕も腐ってきますので寿命は半年ぐらいに設定して建て替え前提で組んでいます。コンクリートとかが使えたら話は別なんでしょうけど……このピクトグラムは子供用でこっちが女性用、これが男女兼用です。あの衝立の裏が男の小用です。男用は完全に手抜きですので悪しからず」


洗濯場では手回し式の洗濯機と洗剤(といっても粗製石鹸だけど)が、風呂場では檜風呂が驚かれたけど、洗濯機は更新予定なんだよね。

未だ洗濯は重労働の部類に入っているし、台数も足りていないから洗濯板を使う事もある。


■■■

続いて工房群と倉庫群を案内するのだが、ソピアが肩から飛び降りて滋養屋(食肉処理場)に猫まっしぐらしてしまった。

見ればぬこ様は全員集合しているし狼のスコルとレイナもいる。


「今朝は大猟だったのでお零れがでるのが分かってるみたいですね」

今朝は鹿と猪が二頭ずつ獲れたのだ。苦笑しながら状況を説明する。

個人的な意見だが、鹿は夏が美味くて猪は秋から冬の方が美味い。

今は入れ替わりの時季って感じでどちらもまぁまぁいける。


食肉の解体現場は見たくないとか見てしまって肉が食べられなくなったとか色々あるので見るかどうかを二人に聞いたところ「見る」との事。メンタル強いね。

滋養屋を覘くと美野里、伊達くん、志賀さん、大林さんが捌いている。

美野里はプレデターだし元からアレだけど、三人ともすっかり板についていて頼もしい限り。


「ごめんよぉちょっと邪魔するよ」

「らっしゃい。今日は良いスペアリブが入ってるよん」

「おうそりゃいいねぇ。じゃぁ後で届けといてくれ」

「へい若旦那まいどあり」

「……えーっと……ンッ……そこにある水路で洗浄と冷却をした後、ここで腑抜きなどをして皮、精肉、骨、その他諸々に捌いていきます。衛生面とか諸々の理由で原則として内臓は食べていません。内蔵をはじめ使い道が乏しい部分は肥料に加工していますが肥料化の処理能力は慢性的にキャパオーバー状態ですので狼と猫の餌や焼却処分にする事も多いです」

モツが詰まった桶を両手に持って出て行く志賀さんの後ろを行儀良くついていく一行を横目に、どの部位がどれぐらい取れるかとか、何に使うのかとか、どういう処理をするといった解説を続ける。


滋養屋を出た物の行き先という事で次は革工房。

「ここで革や毛皮に加工したいんですが、鞣剤(なめしざい)が足りていないので大部分は塩蔵しています。クロム鞣しやミョウバン鞣しは鞣剤が入手できないのでタンニン鞣しですね。もう開き直って油鞣しをしようかって話も出ていますが」

「あの並んでいる桶は?」

鹿革(ディアスキン)をタンニン液に漬け込んで鞣しているところです。左が一番薄くて順に濃度が高くなっています。順につけていかないといけないので鞣し終わるまで一ヶ月以上掛かります」

「そんなに時間が掛かるの?」

「鞣剤や方法に因ります。ミョウバンだと三日ぐらい漬けておけばまず大丈夫です。タンニンでもドラムで攪拌しながらだと二日掛からなかった覚えがあります。タンニン液に時間をかけて漬ける方法はかなりトラディショナルというかコンベンショナルなやり方ですね」

「革は何につかってるの?」

「鹿革は靴ですね。長期戦が前提で作業靴もあった私達と楠本さんは換えの靴がありますがその他は壊れたらお仕舞いですので。それに子供達が成長したら換えないといけませんし赤ちゃんは結構切実になってきています。スクスク育ってくれている証ではありますけど」


続いてはもう一つの搬入先の謎工房(肥料製作所兼化学工場)だったのだが佐智恵がいないので肥料やら化学物質の製造をしているという大雑把な説明に留める。化学物質については消毒薬、BDF、洗剤などの分かり易く当たり障りの無い成果物を挙げておく。あんな物やこんな物は説明したくない。


「製造に使う薬品には毒性があったり発火したりする物もありますので、あの扉から向こうは施設責任者の天馬の許可無く立ち入りは禁止ですのでご注意ください」


子供達が入らないように鍵を掛けてはいるが、大した鍵じゃないので大人なら入ろうと思えば入れてしまうので一言添える。


立入禁止つながりでもう一つの場所に案内する。

「ここが四零九六(よれくろ)と名付けられた菌類を培養をしているところです。雑菌などは大敵ですので施設責任者の早乙女の指示以外で入るのは禁止です」

「菌の培養?」

「種麹の製造とか酵母の培養とかですね。施設と原料がそろっていないので、仕込みはこれからですが醸造を目論んでいます。造る予定の物は、味噌、醤油、酢、味醂、日本酒、焼酎、ビール、ウィスキー、薬用アルコールってあたりですかね。季節とか原料とか色々あるので直近は日本酒と焼酎、それと酢と味醂用のアルコールでしょうか。味噌と醤油は来夏に少量を生産予定です。本格的には大豆と麦の生産が軌道にのってからですが、できれば来年か再来年には……それとビールはホップが無いのでホップを使っていなかった頃のエールかウォッシュ ――ウィスキーの蒸留前のお酒――に近いものになりそうです。日本酒と焼酎については水を探しているって言ってました」

「水?」

「麹を使う酒造だと鉄、マンガン、銅などが含まれている水だと着色してしまって味や香りも悪くなるそうです。特に鉄は禁物だそうで、里川の水は農業用水や飲料水としては合格でも仕込水には不合格との事です。見つからなかったら除鉄するか麹を使わない方法も考えると言っていました」

「そんな事まで……ところで四零九六って何ですか」

「酵母は条件が整えば約二時間で倍に増えますので二十四時間で四〇九六倍に増えるってところからと聞いています」


どの施設も常時人がいる訳ではないというか日替わりで居ない方が多いので、倉庫はここには何を蓄えているもしくは蓄える予定なのか、施設の方は燻製製作所(命名:モクモク)や漆の熟成や漆を乾燥させる為の風呂がある小屋(命名:うっちゃん)、紙漉き小屋(命名:バシャバシャ)などの無人の場所を回っていく。これらの命名は子供達なので肯定的な意見以外は要らない。


次は一番人数がいる繊維関係施設(命名:つむぎ)に顔を出す。

今日はここで静江さん、美恵ちゃん、奈菜さん、岸本さん、雪月花の5人が糸車を使って綿糸を紡いでいて、片隅では史朗くんと宣幸くんが仲良く竹籠を編んでいる真っ最中。竹細工は竹木屋でしていたんだけど倒壊したからここでしている。


「綿繰り機でコットンボールから種を取り出したら綿打ちして糸車で撚糸します。今日は綿糸ですが、麻もあるので綿糸と麻糸は用途によって使い分けます。機織機(はたおりき)はあちら。全て人力ですが一応布は作れます。今のところ下着類や冬に備えての防寒着とかがメインですが袋とか網も作っています」

「………………」

「今のところ目処が立っている染料は渋と藍なので生成り、茶、紺がベースですね。一応漂白はできますがカルキは漂白より消毒に使う方が優先順位が高いもので……渋も防水防腐や補強に使うか……何れ他の天然染料もと画策はしています」


製材所は解体中なので飛ばして、こちらにある分としては最後の御前場(鍛冶場)に向かう。窯場と炭焼き小屋は留山の麓にあり橋が直るまでは休業しているから口頭説明だけ。


「佐智恵、居るか」

「義教か……いい加減厭きてきたーもう釘はうんざり……替わって」

今後予定している建物の木材使用量を減らすため釘を大量生産中でこのところずっと釘を作っている。

「そうなのか……剣鉈と腰鉈を二柄ずつ欲しかったんだけど駄目っぽいか」

「ちょっ……何それ!良いの!?」

「匠と将司に割り込ませてくれって頼んどいたけど」

「やるやる!どんなの。どんなのが良い?」

「初心者用の四寸ぐらいの奴。切れ味より丈夫さが欲しい。どれぐらいでできそうだ」

「ちょっと待って。原料見てくる」

そう言い残して奥に引っ込んでいく。


「あっすみません。この通りここで鍛冶仕事をしています。隣に鋳造用の甑炉(こしきろ)が、その向こうに製鉄用の踏鞴場があって鉄製品を作っているところです。もっとも炭や貝灰などが足りていないので少量生産に留まっていますが」

「鉄も作れるって……何者なのよあんた達って」

「通りすがりのただの便利屋です。ちゃんとした原材料と道具があったらもっと色々できるんですけど、今のところここらが関の山って感じですね」

「随分豪華な山車(だし)だ事で」


「義教。二柄だったら何とかなるけど四柄だと吹かないと材料が足りない」

「そうか。じゃぁ一柄ずつ明日の晩までにできる?」

「それは大丈夫」

「じゃぁ頼むな」

「任せて」


美浦の施設視察はこんな感じで無事(?)終えた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ