第6話 無害ならいいんだけど
「ウィッシュクリエイト」なんて宗教団体は聞いた事が無いから新宗教か新新宗教なのだろう。俺が知っている範囲では、熱心な新興宗教の信者でも普段は普段着を着ているもので、制服めいた服を着るのは教団関係者しかいない場所か精々教団のデモンストレーションの場合に限られていた。
その何れでもないリクリエーションにまでそのような格好をする時点でどうよと思わなくも無い。もしかしたらデモンストレーションを兼ねていたのかな?
宗教にのめり込む人には幾つかの類型がある。
しかしそれは特異な存在でも無ければ忌避されるような気質でもなく、多かれ少なかれ誰しもが持っている気質であり、そうでない人との間に特に差がある訳ではない。
論理的思考が苦手、依存心が強い、疎外感が強い、自分に自信がないといった分かり易い信者像もあるが、単に縋る先が神仏や教義なだけで、親や配偶者や子供などの家族に依存している人はそれなりにいる。
真面目で正義感にあふれ高い理想に向かって邁進するという依存とは正反対な人も実は宗教にのめり込む人の類型の一つで、こういう人が教祖や側近、幹部にいると良い悪いは別として活動的になりやすい。
キャバクラに入り浸る、ホストに貢ぐ、アイドルの追っかけをする……これらで身代を潰した人と宗教に填まり込んで身代を無くした人の間に根本的な違いはない。
ぶっちゃければ、癒しや安心といった「幸福」を何に求めたかの違いでしかない。だから「Aさんがホストに入れ込んで大きな借金を抱えた」というのと「Bさんが悪い宗教に騙されて家屋敷をとられた」というのは同じぐらいどうでもいい話でしかない。どちらも自制できない人というだけの話。
極端に言えば趣味にのめり込む人と宗教にのめり込む人は同根で、要は趣味が宗教という人が宗教にのめり込んだ人といえる。
物凄く悪い言い方をすれば、古くからある伝統宗教はどんな物でどれだけの対価を取ればいいのかの匙加減ができているので、商品(安心感や幸福感)と値段(喜捨や奉仕)の釣り合いが取れている老舗と思えば理解し易い。
また商品も基本的には冠婚葬祭であり、出世や金運や難病治療や奇跡といった奇抜な物はほとんど売り物にしていない。
新興宗教は逆に伝統宗教がとっくに取り扱いをやめたそれら奇抜な物を売り物にしている事がままある。なので、宗教にはまって身代を持ち崩すのは新興宗教が多くなってしまう。
ただ、宗教に填まった人は、他の事に填まった人とは異なる問題がある。
それは増殖しようとする志向がとても強いのだ。
他の趣味の場合は揶揄として「布教」と言ったりする事もあるが基本的には他者の勧誘には余り熱心ではない。しかし、宗教は広めてナンボの世界なので、放っておいても勝手に信者ができる伝統宗教はともかく新興宗教は布教に熱心な事が多い。
そしてこれがまた人の話を聞けないのだ。
宗教は数あれど生き残っている宗教に共通する事が幾つかある。
『この教えが正しくて他は間違い』
『正しい教えを広めようとすると悪い存在が妨害する』
この二つはだいたいどの宗教にもある。
一つ目は当然だね。
自分達が正しいという事は自分達と異なる他は間違いにしないと矛盾が生じる。
そして二つ目が無いと実は布教ができない。
伝統宗教は態々布教しなくてもよくなっているので声高には言わないが、世界三大宗教もそういう意味の事が経典に載っている。
布教した相手が入信しないとか邪険にされたり迫害されたりというのは「悪い存在が妨害しているからで、それはこの教えが正しいからに他ならない」という解釈をして正しい教えと確信し布教するモチベーションにするって具合。そうでもなければ飛び込みのセールスで輪ゴムを売りつける位のメンタルが無いと布教なんて先ず無理だから。
それに入信させた者が家族や親しい人に制止されるのを防ぐ意味も持っている。「あなたが正しい教えに目覚めたのを良く思わない悪しき存在が家族や親しい人を使って妨害している。家族や親しい人を正しい教えに導くための試練なのよ」という理屈を捏ねる訳だ。
傍からどう見えるかなんて当の本人達はどうでもよくて「自分は幾らでも話すが相手の話は悪しき存在の妨害だから聞く耳を持つ必要がない。いや悪しき存在から救ってあげるためにも、もっとちゃんと話を聞かせなければならない」というテラアリエナスバルス病を発症してしまうことになる。
一日にも満たない付き合いではあったが、WCは十分以上に発症している様に感じている。理屈も何も通じないから疎遠にするのが一番だけど現状では布教先が限られているから面倒だ。
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本丸より先に四家族(村井家・長岡家・高岡家・村岡家)を訪ねて暮らしぶりなどをヒアリングした。
そうしたら意外と言うと失礼かも知れないがWCは献身的な行動をとっていて、畑の開墾、狩猟の勢子、薪柴の採取といった重労働を率先して行っているらしい。
模範的な人物像というものに目覚めたのか?
狩猟は鹿を主なターゲットにしてスリングショットなどを用いて仕留め、畑もWCや秋川さんと助け合いながら奈緒美謹製の栽培カレンダーに則って栽培し、成果物を分け合って暮らしているとの事。
子供達は小中学生(一人は園児)で、中学生のお兄ちゃん(双子)がまとめて子守りをしていて、上手いことお手伝いをさせていた。
決して楽ではないがそれなりに何とか暮らせてはいるようだ。
ダラなスタッフ(例外あり)に対して勤勉なWCという図式なら、よっぽど何かがないとWCに付くよ。
敢えてスタッフに付いたのは柵であったり、権力欲であったり、宗教への忌避感であったりという事なのだろう。
彼らに何か不足している物は無いか聞いたところ、いの一番に言われたのが「米が無いのが一番辛い」との事。他にも衣料品をはじめとした日用雑貨類、農具や種苗や肥料などの農業関連、鉈や斧や縄などの林業関連、それとスリングショットも結構ヘタって来ているので猟具などが足りてなかったりそもそも無いとの事。雪月花は検討すると言うに止め、いい加減日も落ちてきたのでお暇する事にした。
今晩はモグちゃん号で寝ることを考えていたが、美結さんが奈緒美と話がしたいとの事で、ニワトリに飼料をあげたら管理棟で一泊する。
俺と文昭は交代でモグちゃん号で休むけど……
それと、宿帳を見せてもらえたので全員の所在と氏名は確認できた。中には本名じゃない人もいるかも知れないけどそこは知らん。宿帳の虚偽記載で検挙されたのは過激派とかの別件逮捕ぐらいだし。それと個人情報云々も知った事か。
確認できた内訳は、美浦移民団(俺らね)が二十五人、WCが三十人でWC寄りの四家族が十七人の計四十七人、管理棟にいたのがスタッフ十人とワンゲル部八人と四家族十八人の計三十六人……十九人は故人なので管理棟組の残りは十七人。
宿帳に記載されていない人がいる可能性はあるが、半年間も目撃情報が無いのだから居ないのだろう。
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翌朝はここに来た最後のお勤め。WCとの会談です。
奈緒美と文昭は四家の畑の土壌調査があるので、担当は雪月花と俺。
もうね。雪月花にお任せ。正直なところ俺は話したくない。
WCは円の中心部、つまり俺らが野営していた場所にあばら家を建てて陣取っている。一応昨日も先触れしておいたが念の為に今朝も先触れに行って手土産をわたしておく。面倒な話だが向こうは全人口の三分の一を信者に持つ宗教団体の現地トップ。ある意味大げさに言えば教皇猊下にあたる。
まぁ余り権威付けしてしまうと図に乗るだろうからアレだけど、礼儀破りが推奨される訳でもない。雪月花の指示通り一般的なプロトコルに近いもので動くのが無難だろう。
モグちゃん号との間を何往復かして手土産を搬入する。
塩、煮干し、開き干し、ボタンやモミジのコンフィ、ハム、ベーコン、大根と茄子の漬物が各々三キログラムぐらい。そうそう、珍しいかは分からないけど松茸も三十本ほどあったか。
彼らに飼料は必要ないだろうから飼料は管理棟に搬入済み。
人間用も一部置いてきているけれど人口比からいって人間用の大半はこっちに渡す。
目録と照合してもらったらいったん引き上げる。
指定の時間に改めて雪月花と二人で訪れると直ぐに通された。
あちらさんは男性五人女性二人の七人……恐らく青年部の幹部だったと思われ、全員が三十代と思われる。
こちらの手土産に気を良くした訳ではないだろうけど、基本的には友好的な雰囲気ではある。
ただ、相手はオルグ(組織化を意味するOrganizeの略で勧誘行為の事)の猛者だという事を肝に銘じておかなければ面倒な事になる。マルチと宗教は概してしつこい。そして下手な受け答えをするとグイグイ突いて来る。
なので雪月花に促された時以外は一切口を挟まないつもり。
DQN達の顛末について管理棟でしたのと同様の話をし、それから暮らしぶりの話から困っている事や不足している物、余っている物などの話に繋げていく。
隙をみて布教にもって行こうとすると思いきやその素振りもない。
こちらとしては「近くに来たので顔を見せただけ」というスタンスだし「困っているのなら少しだったら施してもいいけど当り前だと思うなよ」「こちらに何かさせたいならこっちが納得できるちゃんとした対価を用意しとけ」を崩さなかったから話の接ぎ穂がなかっただけかも知れないが、正直拍子抜けもいいとこ。
管理棟にいた人たちが占有していた物はこちらが好きにして良いという言質もしっかり取ったし平和裏に会談を終えられた。
意外とちょろかった気もするが、そう思わせている孔明の罠なのか?
雪月花は「今後はともかくとして現状は放置で問題ない」と言っているので気の回し過ぎかもしれない。
会談中に俺は何をしてたかって?案山子ですよ。やること無いもの。
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ここに来た目的は果たしたので帰路につけたらよかったんだけど、今からだと美浦に着くのは日が暮れてからになりそうなのでもう一泊する。
それと帰路は人数が増える事になった。
最終的に移住するかは実際に美浦を見てから決めるというのは尤もな話だろ?
さすがに全員連れて行く訳にもいかないので代表者を決めて帰路に同道してもらい、もう一度来る時に送り届ける事になっている。
同道者は白石さんと秋川父さんの二名で三泊四日か四泊五日ぐらいで戻ってくる予定。