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文明の濫觴  作者: 烏木
第3章 難儀な人たち
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第5話 世間は狭い

明るいうちに畑や牧場を見たいので、雪月花と文昭には今後の事などを残って詰めてもらう事にして、奈緒美と俺は秋川父さんと共に退室して畑に向かう。


「ここが畑や……かあさん、春馬、美結……ちょう来てくれ」

五十~六十メートル四方ぐらいの畑で作業をしていた母子に声をかけると面倒くさそうにやってくる。

はぁ……これまで色々と邪魔されてきたんだな。


「覚えているかあれやが……最初に開拓に出た人らや。軌道に乗りそうやからうららもどないやって誘いにきてくれはった……そうそう、あっぱ共は川に流されておっちんだそうだ。天罰覿面やな」

何とも言い様が無い表情を浮かべる3人……子供は男女で高校生ぐらいかな?もうちょい上?娘さんの方はちょっと不機嫌な感じがする。お父さんはよく見てるね。


「あの仔たちを置いていけない」

「あぁそれもあっからちぃっと案内しね」

「今選別中だから無理」

「んなもん後でできろうが……ええから早よしねま」


ここで奈緒美が口を挟んだ。

「選別って何の選別?」

「……知らない人は口を出さないでください。種を採らないと駄目でしょ」

「はぁ?F1で種取りすんの?育種でもする気?」

娘さんは絶句している。


F1というのは世界最高峰の自動車レース……ではなく一代雑種や雑種第一代の事で親と同じ形質が遺伝する固定種や在来種に対して両親の長所同士が出るように交配された雑種(交配種)の事を俗にF1と呼んでいる。

雑種強勢と言って第一世代では両親の長所同士が出やすいので栽培には適しているが、F1の子供(俗にF2)の形質はメンデルの法則で分かると思うけど、祖父に似たもの、祖母に似たもの、親に似たもの、祖父母の欠点を集めたようなものがごちゃ混ぜにでてくる。

なのでF1から種取りをする事は普通はしない。それと権利関係とかもややこしくて法律的にもモラル的にも経済的にも実用的にもほとんど意味が見出せない。

五世代ぐらい選抜していけば形質の固定ができたりするので種苗会社や農業試験場などで新しい品種を育てる「育種」を行う事はあるが、これは研究開発行為であって作物を出荷するための栽培とは根本的に目的が異なる。


「単に摘果してるだけさ」

お母さんが本当にしていたであろう作業を告げる。

「なら私が土見ながらちゃちゃっとやっとくからノリさんを案内して」

「素人ができる事じゃありません」

「私は百姓だけど?四歳からやってるからたぶんあんたより年季長いよ。それとこいつは初めてでしょ?ちょっと間違ってるし……ほらここはこう落とさないとここから腐ったり落果が多くなったりするから。修復もしておくから安心して」

「……………………」

「えっと……鶏舎とヤギ園を見せて欲しいんだけど」

「……見てどうするんですか」

「どうするかは見てからだけど……ひょっとしてニワトリやヤギってもう潰しちゃった?」

「まだ廃用時期じゃありません!休ませる期間が必要なんです!」


予想以上の結構なガルガル状態だね。

ここからどうやって警戒心を解いていこうか……って俺に警戒心MAXの女子高生の心を解きほぐすスキルは無いってば。


「卵は石灰岩とかボレー粉(牡蠣殻粉)とかが無いのはきついよね……ヤギは去年種付けしなかったから早々に泌乳期間が終わっただけでこないだの発情期に種付けしたばっかり……そんな感じ?」

ワナワナしてるけど……別に君を脅すつもりもどうこうするつもりも無いよ。


「別に取って食おうって訳じゃ……いやまぁ家畜家禽は殖やして食おうとは思ってるけどさ」

「何で……何で……」

「まぁ話を聞いたらだいたい想像は付くでしょ?……多分卵は飼料というかカルシウム分が枯渇したんだろうなぁとか、冬場の妊娠期間を除けばだいたいある筈のヤギの泌乳期間が夏前に終わるって事はこの春は出産しなかったんだろうとか……周年繁殖ならそろそろ出産していてもおかしくないし、季節繁殖なら発情期は秋口かなって感じ……休養期間って聞いた時は一瞬『こいつら何言ってんだ』って思ったけど、発言者が分かってる人と仮定して意図を読んだら凄く納得できた……頭良いなって感心したよ」

偉そうに言ってるけど大半は美野里の短期レッスンで詰め込んだ知識。特にヤギについてはほぼ受け売り。


「……お褒めいただき光栄です」

棒読みありがとう。これぐらいは別に腹も立たない。

ん?あの言い方は……君がそう言ったって事?……なるほどね。


「秋川さんたちや家畜家禽に危害を加える気はないけど信じられないのは分かる。警戒したままでも良いから見るだけ見させてもらえないかな?」

「ほら。美結よりよっぽど分かってる人らだろ。はよ案内しね」

「……まぁ私の所有物でもありませんので……こっちです」

案内されながら会話して少しずつでも警戒が解けるようにしているつもりだが……難儀だ。これって奈緒美か美野里に説得させる方が手っ取り早いって……


■■■

鶏舎は掃除が行き届いていて臭いも大してない。

「凄く綺麗にしてあるね。ここまでするのは大変でしょうに……お疲れ様です」

とても丁寧な仕事をしていなければこれはありえない。自然と頭が下がる。

「今は餌は何を?」

「どうにかこうにか水増しして使ってた配合飼料も無くなったので……もう野菜屑とか雑草を刻んだものぐらいしかあげる物がありません」

「そうだよね……少し飼料を持ってきてるから後でちょっとあげてもいい?」


肝心のニワトリさんは予想より元気そうだ。しっかり世話されていてる(あかし)だろう。

ただ構成は……現状ではある意味ありがたいのだが、品種もマチマチで雌雄同数ぐらいで合せて四十羽ほど。

ニワトリと聞いてぱっと思い浮かぶ羽が白くて鶏冠(とさか)が赤い奴が四割ぐらいと茶色というか褐色というか赤っぽい羽色の奴が六割ぐらい。ただ同じ羽色でも何かが微妙に違うんだよなぁ……美野里なら品種とかも即答できるだろうけど俺には分からん。

この構成にした奴は何がしたかったのかなぁ?

見栄えのいいオスが見世物用で「ほら卵だよ」っていう用がメスなのかな?

それにしても統一感がないし多品種に走るにしては種類が少ないし……中途半端な感じが否めない。

「どんな品種がいるの?」

「卵用の白色レグホーンとブロイラー用の白色コーニッシュ、卵肉兼用のロードアイランドレッドにニューハンプシャーと名古屋種……名古屋種は名古屋コーチンって言った方が通りが良いですか?……それらが各四ペアの八羽で合計四十羽です。何を考えてこんな構成になったかは聞かないでください。私が聞きたいぐらいですから」

返答を期待せずに聞いたのにそれ以上の答えをもらった。

「詳しいんだね」

「半年も世話しましたし、学校で習ってましたから」

「学校?」

「農業高校生でしたので」

SCC(うち)に農学部卒と農林高校出身者がいるよ。話が合うかもね」

「そうでしたか……あのう……お聞きしたかったんですが、あの栽培カレンダーを作られたのはどなたですか?」

「ん?奈緒美だけど……間違いでもあった?」

「いえ、そうじゃなくて……分かり易かったので誰が作ったのか興味が……」

「畑の手伝いに残ったのがそうだよ。後で話すといいよ」

「どうりでお詳しいんですね」

「植物マニアだからなぁ……ニワトリはこれだけ元気なら移動に耐えられるかな」

「移動ですか?」

「一緒の場所にいないと世話できないでしょ。秋川さんたちが来てくれる場合、家畜家禽も可能なら一緒に来てもらいたい。だからどうするかは見てからじゃないと決められないって事なの」


鶏舎とニワトリは一通り見たので鶏舎を後にしてヤギ園へ移動する。

向こうから畑の手入れを終えた秋川母さんと奈緒美が合流してきたから栽培カレンダーの話を振って奈緒美に任せた。やっぱり俺には無理だってば……


■■■

「……なるほどね」

ヤギ園のヤギ達を見ての俺の第一声。

白ヤギさんと黒ヤギさんってしたかったのね。


「先に言いますが、白ヤギは乳用種の日本ザーネンだと思いますが周年繁殖の兆候が見える仔は交雑種かも知れません。黒ヤギが肉用種なのか兼用種なのか微妙ですがブラック・ベンガル。それぞれ子供も含めてオス四頭メス三頭の計十四頭です。ここで生まれた仔を獣医にも診せずにそのまま飼ってたようで除角も去勢もされてません。ほんと……愚痴ってもいいですか」

「幾らでもどうぞ」

何故か俺に振られたのでしばらく「ふれあい牧場のグダグダな経営方針」についての愚痴に付き合う。

気持ちはよく分かるし、彼女が言っている事は凄くまとも。

でも、奈緒美と秋川母さんにニラヲチされるのは心外だ。

こんな状況でも十分以上に手厚い世話をしているし、頭も性根も本当に良い娘だ。ちょっと頑固なところが玉に瑕って感じだけど拘りがある人は嫌いじゃない。


「これだけいたら世話も大変じゃない?」

「まぁサオトメさんと違って大人しい仔たちなので何とかなってます」

「サ…サオトメさん?」

「あっうちの学校で飼っているヤギの名前です。五期上の伝説の先輩にあやかって付けられた名前なんですけど……これがもうやんちゃで我儘で狡賢くて……すぐ脱柵(だっさく)しては生徒の目の前で草食べるんですよ。サオトメさんのお世話は新入生の通過儀礼みたいなもんでした」

「へーそうなんだ……伝説の先輩ってどんな武勇伝があるの?」

「ノウカンで三年連続文科大臣賞って金字塔を打ち建てた人です」

文科大臣賞三つってのは聞いたことがある。

これってまんま奈緒美の事じゃね?


「サオトメさんはやんちゃで我儘で狡賢いだって」

奈緒美の性格の生き写し……奈緒美はちょっと嫌そうな顔をしている……くっ……がんばれ俺の腹筋。吹いたら負けだぞ。

「……ところでノウカンって何?」

奈緒美を見ながら聞いてみた。

「農業鑑定。農クの全国大会で開催される農業鑑定競技会の全国大会で一番良い成績をとったら総合最優秀賞として文部科学大臣賞を貰えるの」

「農林大臣じゃなくて文科大臣?」

「農業技術の成果発表になるプロジェクト発表は農林水産大臣賞だけど、農業高校は文科省管轄だから教育学習の成果になる農業鑑定は文部科学大臣賞。平板測量だと国土地理院長賞も貰えたかな」

「農業高校生の甲子園ともいわれている全国大会には農鑑だと九万人の中から千人ぐらいしか出場できないので一年生で全国大会に出場できるってだけでも凄いのに三年間トップを独占して……本当に空前絶後の大偉業です」

ちょっと目がキラキラしている。尊敬する憧れの先輩なんだろうな……美化され過ぎてなきゃいいけど……多分、目の前にその当人がいると思うよ。


「それは凄いね。まるで漫画の主人公みたいだ」

「しかも県大会では設問間違いの指摘までしたって聞いてます」

奈緒美に「それ何?」って視線を送る……

「有毒植物を選べって三択で正解がなかったの。後で調査したらイヌサフランだったかバイケイソウだったの写真のつもりでギョウジャニンニクの写真を使っちゃってたみたい。そうそうバイケイソウは東雲草(しののめそう)とも言って殺虫剤だったのよねぇ……やっぱ東雲は毒持ちだね」

意趣返しのつもりかよ。

東雲草(しののめぐさ)は朝顔の別名だろ」

「漢字は一緒でも読みが違うのよん。残りは確か水仙に似たニラとトリカブトと紛らわしい山菜で有名なニリンソウだった」

バイケイソウなんてあまり聞かないから知らなかったけど半世紀以上死亡例が無いのであまり報道はされないが山野草の誤食による食中毒発生件数はトップクラスで「特技は擬態と病院送り」という研究者もいるそうだ。


「しかしそんな間違いってあるの?出題者が取り違えるって何だかなぁって感じがするけど」

「センター試験だって毎年のように設問間違いがあるんだからあるにはあるよ。そういやあの問題は全員正解扱いになったってゲッチョが言ってたな」

「ゲッチョ?」

「学科主任だった北村先生。月曜をゲッチョって言うからゲッチョ」

「え?……ゲッチョ先生って……えっ?もしかして先輩ですか!?……あっ早乙女先輩ってご存知ですか?」

「奈緒美……自己紹介をどうぞ」

「えぇー……県立鳥坂農林高校五十一期卒業生の早乙女奈緒美です。文部科学大臣賞三つで暁大学にAOで入りました。よろしくね」

固まって目と口が開きっぱなし……あっ再起動した。

「鳥坂農林五十六期生の秋川美結です!お会いできて光栄です!」


■■■

こういう事だったら初めから奈緒美にさせれば良かったのにってのは結果論か。

家畜家禽の移動には色々と準備も必要だし、美浦にも受入施設を設ける期間もいるから今日言って今日という訳にもいかないし、WC側にも根回ししとかないといけない。

餌の問題と転地療法とでも言っておくかな。

向こうの取り分は……保存が効く物ができたら持っていくか取りに来いあたりかな?

まぁ向こう次第だけど、そこらは雪月花の領分か。


それにしてもテラアリエナスバルス病を患っているっぽいのの相手をするのは気が重いなぁ……

俺は基本的には「仏ほっとけ神かまうな」の精神なのでどうも苦手だ。


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