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文明の濫觴  作者: 烏木
第3章 難儀な人たち
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第4話 仕切り直し

嵐の後の嵐のような出来事という余計な邪魔が入ったため、木工所と製塩所の再建、水の確保、里川の河道閉塞の対処、遭難者()の処遇といった肝心の懸案はあまり解決できていない。


遭難者()については体験ステイしてもらってどうするかを彼女らに決めてもらう。


河道閉塞は決壊したので残っている土砂をどうするかが課題。

変な所に水が溜まってたりしている筈なのでそれらも何とかしないと災害が起き易くなったりするので頭の痛いところ。里川近辺への立入制限は解除したが、橋は修復しないと何かと不便。


水の確保だが、里川の取水口施設の復旧は諦めた。

水を堰き止めて分水する為の井堰は台風で三割が流出してしまったところに鉄砲水が止めになって最早原形を留めていない。

暫定的に、杭を並べて間に筵などを縛って堰き止める草堰で取水し、その間に大川から取水できるように頑張る。それと留山と美浦近辺で井戸候補地の調査。

農業用水はともかくとして生活用水は雨水を天水桶に溜めているので直ぐにどうこうという事はないが雨頼みというのもアレだし、このままだと拙いので後は淡々と進めるしかない。


■■■

油ギッシュで塩味が基本でクセのある味が多い食材。中には松茸など現代日本では高級食材にあたるものもあるが、基本的にはゲテモノが多い食事事情にストレスがマッハになっているお嬢さん方をどうしようか。ここで「こんなの食べられない」ってなったら「じゃさようなら」となるのは理解しているようで文句は言ってこないが、かなりきている様子が見てとれる。


半分から三分の一ぐらいはスーパーでも売ってるような食材なんだけど、逆に言えば半分以上が見慣れない聞き慣れない食べ慣れない食材なのでおっかなびっくり食べている。そしてその隣で子供たちがバクバク食べている図は中々シュールだ。


個人的な意見だがここの料理は美味の部類に手が掛かってると思っている。

ただ、食材が限られる時期だと似たようなものが続くのは否めない。

一回の食事で同じクセの味が大量にあると飽きがくる事もあるけど、そうでなければ毎日毎食同じメニューでも大丈夫という変人()でもなければキツイだろう。

クセが無い味というのはある意味では飽きがこない味でもあるのでパンや米飯のように毎日食べても問題ないが、クセのある味は似たようなクセの食事が続くと結構くるようだ。

美浦(ここ)で生活するなら慣れてくれとしか言いようがないけど……


それと、美浦に来て七日近くになるがいつまでタダ飯食うつもりなのかな?

まぁそこらは雪月花と美野里が何かしているようだから彼女らに任せている。

俺が人間の女性に何かして良くなった(ためし)がないからな。

ソピア(ムギと間違えて連れて来てしまったメスの子猫)をモフモフして癒されよう。この仔は暇さえあればよじ登って来るんだよな。()い奴め。


■■■

一度キャンプ場の状況を確認しておいた方が良いという意見があがってきた。

予告なしにポロポロ来られると対応に困るし、来るにしても心構えをしておきたいという事。まぁあんな事を二度三度としたくは無いので全員の所在を確認しておこうって考えも多分にある。


それに乗っかるわけではないが、ヤギとニワトリをスカウトできないかを考えてしまう。

卵用種のニワトリなら何年かはほぼ毎日卵を得られるし、ヤギは除草と肥料作りに使える上、幸運にも繁殖が可能な状態の乳用種なら冬を除けば毎日三リットル前後のヤギ乳が得られる。

他にもキャンプ場で使われていない物資がどの程度あるのかも分かったらやれる事の範囲が広がるかも知れない。布団とか網戸とか金属としての硬貨とか……

もちろん交渉して対価も払う事を前提として。


確認するといっても流石に全員で行く訳にもいかないので三~四人程度を斥候に送ろうという事になった。

うん。三人は当確だね。斥候三人衆のみか、プラスワンがあるのか、あるとしたらプラスワンは誰か、というのが検討事項。


向こうでこちらがDQN達の立ち位置にならないように、害意が無い証として飼料や食料などを持っていく。


不足していると思われるのがニワトリの飼料。カルシウム分が決定的に不足しているなら状況の説明が付く。

ニワトリは人為淘汰を繰り返して産卵期の間隔が一日に近くなった鳥と言えるので殻の原料のカルシウムを石灰岩や貝殻などで補ってやらないと破卵や軟卵といった異常卵になったり骨が脆くなったりする。さらにこういう状況が続くと下手すると産んだ卵を食べる悪癖がついてしまったりもする。

石灰岩は無いが、貝殻はあるので牡蠣やアサリの貝殻を砕いてボレー粉を作る。それと魚粉もあった方がいいので手っ取り早く干し鮎を十尾ほど拝借して粉砕する。その他としては、デントコーンや飼料用米の種取りした残りや米糠、ヘンプオイルの油粕なども用意した。これらを適切な分量で混合すればニワトリ用の自家配合飼料に近いものになるだろう。

四十~五十羽いるという話なので……成鳥一羽が一日に百十グラム程度食べるから……一日に五~六キログラム。十日分として六十キログラムぐらい持っていくという話になった。


後、念の為に美野里からヤギとニワトリのレクチャーを受けておく。

考えられる状態と対処方法、注視すべきポイントなどをインプットしておかないと向こうでワチャワチャになってしまう。


人間用の物を確認すると、塩、煮干し、開き干しといった海産物(川産物含む)とボタンやモミジのコンフィにハム、ベーコンそれと大根や茄子の漬物……塩以外は保存食ですね。

現代の量産品と異なり保存食として作られていた頃の製法で作ってあるのでハムもベーコンも常温でも大丈夫な保存食なのだ。

秋蒔きの種苗については一度向こうの状況を見てからとなった。また台無しにされては堪らない。


■■■

二日ほど掛けて色々と準備をして、増産したBDFをモグちゃん号に給油して一路キャンプ場に向かう。

来た時の道のりは約百キロメートルだったがこの距離になったのはぐるっと回ったからで、俺の簡易地図を信じるなら直線距離は北北西に四十キロメートルといった辺り。もっとも山越え谷越えの難路が予想されるので北北西に進路を取る予定はない。


モグちゃん号の乗車定員は二名なので、文昭・奈緒美ペアと雪月花・俺ペアで座席と荷台を交代しながら進む。今回はある程度地形は分かっているしオンロード車もいないので特にドラマティックな事もなく夜明け前に出発して昼過ぎに着いた。七時間ぐらいだから平均時速は自転車並みの時速十六キロメートルぐらいかな?


着いたはいいが、キャンプ場は少し壊れていた。北側(扇端側)に流出した土壌が彗星の尾のように二キロメートル近く伸びている。

どうしてこんなになるまで放っておいたんだ。ガバガバでグチョグチョでダダ漏れになってるじゃないか……

いや、土木(建設)の知識と技能と資材と機材がないと難しいか。百メートル規模の地滑りが起きて、後は雨の度に表土流出したって辺りかな。


土の帯を左に見ながら登って行き、適当な所からキャンプ場に入る。

西側から入るのは東側はWCの支配地域と聞いていたから。

今回メインで用事があるのは管理棟とふれあい牧場なのでWCのお相手は後回しにするつもり。

熱烈歓迎なんて期待しないができれば穏当なコンタクトをとりたいと切に希望しながら、地図と記憶を基にモグちゃん号を管理棟に向ける。


■■■

「翌日に離れられた方ですね。ご無事で何よりです。今日はどうされましたか」

管理棟からでてきた青年の第一声。

あぁ心が洗われる。

普通の遣り取りではあるけれど……普通っていい。


「こちらこそご無沙汰しています。先日ここを離れられた方たちの事でご報告する事と……少しご相談があります」

雪月花がそういうと途端に顔を顰める。

分かる分かるよ。


「……やはりご迷惑をお掛けしましたか。ただ我々に言われても何ともできないのが心苦しい限りです」

いの一番に抗議、苦情だと思うあたりは、所長らの人徳の成せる業かな。

「いえいえ……苦情などという訳ではありません」


立ち話も何なのと上の者を呼ぶとの事で、管理棟の応接室に案内されしばし待つ。

鉄筋コンクリート製の建物に何か懐かしい感じをうける。半年前までは当り前にあったんだよな。


ここの印象などの摺り合わせをしているとドアがノックされ、妙齢の女性で正社員の白石さん、大学生でインストラクターのアルバイトをしていた本田さんと黒岩さん(共に男性)それに居残って家畜家禽の世話などをしているという秋川家からお父さんの四人が入ってきた。


先ずは台風の後に十人保護した事、その後十九人が目の前で鉄砲水にのみこまれた事、捜索したが十五人は遺体で発見、残り四人は行方不明という顛末を伝える。

その上で墓碑に名前がないのも可哀想なのだが名前を存じ上げないので宿帳(宿泊者名簿)などで名前が分からないかというお話をする。


「そういう事でしたら探してみますが……そこまでしてあげる必要は無いんじゃないですか」

彼らにはほとほと困っていたようで、亡くなったのならもうどうでもいい感ともう二度と迷惑を被らないというほっとした感が漂っている。

探してみてくれると言うのだからこれ以上はいいか。


話題をそれぞれの暮らしぶりに移したが、聞いていた話とだいぶ違う。

やっぱり双方から聞かないと駄目だね。

端的なのは食糧事情。

備蓄食料はあくまで非常食なので、味が濃すぎたり薄すぎたり、食物繊維やビタミン類が足りてないなど栄養が偏っている物も多く、保存性と救援が来るまでの短期間を凌ぐための物でしかなかった。要するに常食するものでは無い。それを常食する事になった結果、飽きたり体調を崩したりする者が続出したそうだ。


そこで一食分のパックで渡すのを止め、味や栄養バランスを考えてまとめて調理して提供する形にし、慣れてくると食べられる野草(山菜)や畑の収穫物(現代なら捨てるような部位も含めて)で増量と栄養補給をしていたとの事。

食材調達や調理は居残り組の七人が主に担当していて、残りはたまに薪になるような木片を持ってきてくれる女子大生達が凄く良い部類で、基本的には文句や嫌味を言うか邪魔にしかならない穀潰しがデフォ……

聞きしに勝る惨状だね。

理不尽に耐えてよく頑張った。感動した。お疲れ様。


不躾ながら食料の残量を聞くと二割つまり四千食は残っているとの事。

倉庫を目的別に整理し直したら気まぐれで覗いた奴が食料が無いと大騒ぎして備蓄食料がもう無い事になり、その倉庫にあった数十食を抱えて出て行ったんだってさ。

こりゃ畑云々も誤解か何かじゃないかと疑って話を振ると三反程度の畑で細々と作っていると返ってきた。三反程度なのは「うちのかかぁと娘が『誰も手伝わんし手伝えんからうちらだけだとこれが限度』って言ってな」との事で、崖崩れ云々はよく分からないと言われた。

憶測や不安から「崖崩れが畑に影響しないか心配」→「崖崩れで畑に影響があるらしい」→「崖崩れで畑が危ない」→「崖崩れで畑が駄目になった」とデマが出世して駆け巡った可能性がある。


それにしても非常食が二割残っているって事は二割分の食料を七人が調達していたって事。

三十六人の二割は七.二人だからこの人たちだけなら自活できていた可能性が高い。

この人たちこそ「扱き使われ搾取され」だね。

本当に理不尽に耐えてよく頑張った(略


雪月花が良かったら美浦に移住を検討してはどうかと提案すると思ったより前のめりの反応だった。

彼ら彼女らなら上手くやっていける気がする。お嬢様方は今の所は足手纏い以外の何者でもないがこの人たちは即戦力として期待できるし、家畜家禽がついてくるなら諸手を挙げて歓迎する。

ただ、秋川父さんは「うちの娘が納得するかな」と零していた。

何でもヤギとニワトリの保護者を自任していて少し意固地になっているので移動を嫌がるかもと……


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