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文明の濫觴  作者: 烏木
第2章 開拓を始めましょう
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第17話 置き土産

翌朝には台風は遠ざかって行ったのか台風一過の秋晴れとなっていた。しかし、まだ風は時折強く吹いているので油断は禁物。


先ずは手分けして被害状況を確認する。

建物は予想通り(?)竹木屋(製材所)と塩小屋が全壊。他の建物は屋根に葺いていた杉皮が持っていかれたなど軽微な損傷はあるが、修復可能な範囲で基本機能は損なわれていなかった。

高床倉庫も収納物含めて被害が無かったのは助かった。蜜蜂の巣箱も無事。


田んぼは一部畦が崩れているが小規模だし収穫後なので大きな問題はない。その他には取排水枡に泥が詰まっているのが散見されるとの事。何れも春までに修復しておかないといけないけど喫緊の問題はない。

畑の方は綿が約一割、蕎麦が約二割ぐらい倒伏してしまったのが被害らしい被害で、表土流出などの被害は無かった。倒伏した物は支柱や縄などで立て直すか、諦めて引っこ抜く作業を奈緒美主体で進めている。


里川が氾濫でもしていたら危なかったかも知れないが「損傷軽微」といった辺りですんだようだ。直前に対応できたのでかなりの被害軽減ができたと思う。


そう思ったのだが、里川に来て今回の災害がまだ終わっていない事が分かった。

水量が少なすぎる。台風の後は泥水が轟々と流れているのが普通なのだが普段より少ないぐらい。これって上流で河道閉塞でも起こっているよね。


そして取水口は無残な状態になっていた。

井堰は三割ほど流出してしまい、貯水機能は失われている。この状態で取水口の水門を開いても水は里川疎水にあまり流れては来ない。

早急に復旧はしたいが、水量が減った原因を確かめてからでないと手の打ちようが無いのも事実。


■■■

「原因はあれだろうな」

近辺で高い所つまりは留山に登って里川の上流を見ていくと土砂崩れか地滑りかが起きていて河道閉塞が発生している様子が見てとれる。厄介な置き土産だ。

「距離は十キロメートルってところだ」

文昭が測距儀でおおよその距離を測ってくれた。


堰止湖になるのか崩れて土石流や鉄砲水になるかは現状では分からないが恐らくは後者になるだろう。その場合は井堰を復旧してもまた流される可能性が高く、復旧に二の足を踏んでしまう。一番良いのはさっさと崩れてくれる事。そうしたら復旧して取水できる。最悪、人手で崩す事もありうるかな?


何はともあれ河道閉塞がなんとかなるまで里川に近付くのは危険。

仮に鉄砲水の流速が秒速二十メートルだとすると決壊から十分もかからず美浦近辺に到達するだろうし、幹線道路の自動車並みのスピード(時速七十二キロメートル)で押し寄せてくる水塊に抗う術は無い。


「みんなに連絡を入れておこう……将司へ。こちら義教。応答願います。どうぞ」

『こちら将司。感度良好。どうぞ』

「上流約十キロメートルの地点に河道閉塞を確認した。里川近辺への立ち入りに制限を設ける事を要請する。どうぞ」

『たない……かげおのとん……だかい…… 現状分かる範囲で危険度を送れ。どうぞ』

「前半が聞き取れない。再送されたし。どうぞ」

『応答願います……立ち入り制限の件は了解した。現状分かる範囲で危険度を送れ。どうぞ』

ん?混信?

「文昭、混信してる?」

「あぁ聞いたことの無い感じだ」


「将司へ現在混信中。暫し待たれよ。不明局へ。当方への呼び出しか。どうぞ」

本来の無線通信手順だと自局への呼び出しと確信できるまで返信してはいけないのだが、この状況で電波発信がされているのを放っておくのは……

『こちら早天(そうてん)女子大ワンダーフォーゲル部です。応答ありがとうございます。どうぞ』

「ワンゲル部さんへ。暫しお待ちください。将司へ。そちらに混信はあるか。どうぞ」

『義教へ。こちら将司。当方に混信はない。どうぞ』

「将司へ。了解した。危険度は現状では不明。暫し待たれよ。ワンゲル部さんへ。こちら義教と申します。お待たせしました。どうぞ」

『義教さんへ。救援を求めます。どうぞ』

「ワンゲル部さんへ。救援要請は受信しました。現状を送ってください。どうぞ」


……また一つ嵐の厄介な置き土産の予感がする。


早天女子大学ワンダーフォーゲル部を中心にした十名が遭難して辰川と留山の間に幾つかある林の一つに避難しているとの事。

やり取りをして留山から約十五キロメートルぐらいの林が避難場所と特定した。

それにしても数少ない通信時間に開けていてピンポイントで周波数が合っていたなんて宇宙規模の奇跡のような確率じゃないか?メールが過去に届く確率よりは断然高いけど……

まぁ「起こり得る事は起こる」というマーフィーの法則が実証されたか。


■■■

一旦戻って対策会議。

放っておいて死なれたら寝覚めが悪いので救援には赴く。

まだ海が荒れているので船で行くのは危険すぎる。

里川に渡している木橋はダメージを受けているし、そもそも自動車が渡れる強度は無い。それに河道閉塞が決壊したら流出してしまう可能性が高いので自動車で行くとしたらモグちゃん号、蜘蛛の糸号、楠本さんのオフロード車の何れかになる。

しかし、自動車で行く事の最大の問題は燃料。軽油の残量は空に近いのだ。


「バイオディーゼルを試してみる?」

「できたのか?」

「まだ試作段階だけどヘンプオイルから作ってる。三十リットルほどがそろそろ使える筈。大丈夫だったら九十リットルぐらいなら追加生産可能」

「実験台をどれにするかって事か……」

「うちのを使おう。多目的動力装置は今後も必要だからテストベッドにする訳にはいかんだろ」


政信さんからありがたい申し出はあったが、要救助者は十人なので一度で済ませられるようモグちゃん号で向かう事にした。文昭が運転し、将司をナビ兼渉外、そして楠本夫婦がバックアップとして荷台に乗り込み四人で向かってもらう。

荷台に乗るのは恐縮したが「災害派遣で慣れてる」「長距離移動は基本的に荷台だし」と言って救急道具を積み込んで乗ってしまった。

いやいや……そういうトラックはちゃんと荷台にも座席がありますよね?

まぁ今回はモグちゃん号の荷台に要救助者を乗せようとしている訳ではありますけどね……

留山の向こうへ行く道は粘土採取で将司は良く知っているからそこまでは行ってもらい、それ以降は俺が留山から無線で誘導する。


彼女らに救援が向かったのを知らせる為、留山に登りなおして狼煙を上げ、無線機を立ち上げてもらう。さっきの通信のときにお願いしておいたのだ。

風が収まりきっていないし十五キロメートルだと視認するのは難しいかも知れないが他に手立てが思いつかなかった。

「ワンゲル部さんへ。こちら義教。応答願います。どうぞ」

『…………』

「ワンゲル部さんへ。こちら義教。応答願います。どうぞ」

『義教さんへ。こちら早天女子大ワンダーフォーゲル部です。感度良好。どうぞ』

「先程救援車を出発させました。あと二時間ぐらいで着くと思われます。がんばってください。どうぞ」

『ありがとうございます。救援感謝します。どうぞ』

「この後は救援車を無線で誘導しますので発信は控えてください。どうぞ」

『分かりました。よろしくお願いします。以上』

「がんばってください。以上」


さて、モグちゃん号の誘導だな……


○○○○○○

トラックの荷台で旦那と二人で揺られている。アコーディオン式の幌が荷台を覆っているので若干薄暗いが顔が見えないほどではない。

「座席もない」なんて言っていたけど、道具箱は強度は十分あるから座って良いらしく、座席として使っていたんじゃないかと思うぐらいしっくりくる。

三番目のパイプは竹製なので掴まると拙いが他のパイプは固定に使えるぐらいしっかりしているので特に問題はない。あくまで自分達の基準でだが……

無線機を荷台にも置いてくれているので状況把握もできている。ここら辺りの配慮も嬉しい限り。旦那と益体も無い話をしていたが、そろそろ要救助者のいる林に着く模様。久しぶりのデートの時間は終わりにして、気持ちを切り替える。


疲労困憊の十名を荷台に乗せる。疲れているときは普通のトラックの荷台に登るのも難儀するのだが、多目的動力装置の荷台は通常のトラックよりも更に高い。

ステップを置いた程度では難しいようだ。

私はおんぶして乗せたが旦那とフミちゃんはお姫様抱っこで乗せていく。

二人とも良い人がいるんだから惚れるなよ……


「先ずは食事してね」

カップにステンレス魔法瓶からあたたかいコーンスープを注いで、握り飯と共に振舞う。本当はお味噌汁にしたかったんだけどお味噌が……


人心地ついてもらった後は、医師じゃないから事前問診レベルだけど全員の怪我や病気などを確かめていく。予想通りと言えば予想通りだが、軽度の栄養失調と不安障害か心身症の疑いが多少の軽重はあっても全員に見受けられる。風雨が原因の一次性なのか栄養失調など複合的な要因による二次性なのかは診断できないが軽度から中度の低体温症も一部に認められる。


栄養失調は胃腸の調子を見ながら滋養を取らせれば良いのだが、精神面についてはストレッサーが何かで対応が変わる事もあるし……基本的にはお腹一杯食べてお日様に当たってればある程度までは軽減するんだけど、寛解するとは言えないからその後は各自に任せるしかない。そしてそこまでフォローするリソースは無い。


状況は想定の範囲内なので受け入れ準備に変更は無い事と帰路の誘導は不要なので留山局は閉鎖するよう無線連絡して撤収する。


道すがら話を聞くなんて事はしない。というかできない。精神的にそんな余裕は無いだろうというのと、悪路というか道ですら無い所を走るのだから下手に話されたら舌を噛む。詳しい話は美浦に着いて一眠りしてもらった後からで十分。


中途半端感はありますが第2章は終了です。


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