第12話 夏の日々
梅雨が明ければ夏本番。ここには夏コミも夏厨も夏休みも夏の甲子園も無いが、夕立や入道雲は健在っぽい。
ちょっと暑い気がするが、それは俺らが中山間部で暮らしていたからだろう。大都市に住んでいた人からは「すごしやすい」「まだマシ」との評価が……
地球温暖化で海面上昇するぞって思ったけど冷静に考えれば縄文海進真っ只中な訳で……確か六千年前あたりがピークだったからもう少し上がるのかな?
その後は生きている内に見れるとは思わないけど海岸付近の海底や干潟は海退に伴って沖積平野になるのか……
暑いので暑気払いにビアガーデン!という訳にもいかず、風鈴、団扇、麦わら帽子、グリーンカーテン、打ち水などで凌ぐ。
徒然草に「家は夏を旨とすべし」とあったが、雪国など冬が厳しい土地はともかくとして、寒いのは厚着して運動すればある程度凌げるし、火を焚くなど暖かくする手段は比較的簡単で豊富なのだが、暑いのは裸になってジッとしてても暑いし気温を下げる手段は限定的だから夏の暑さ対策が求められたのだろう。
匠がそこまで考えていたかは不明だが出端屋敷は結構快適だったりする。
グリーンカーテンでは、ササゲ、ヘチマ、ゴーヤー、きゅうり、インゲンを育てて……えっと基本作物です。
まだ花を愛でる余裕はありません。ごめんね朝顔ちゃん。
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そして、虫害に備えピリピリする緊張の夏、日本の夏。夏は虫の季節でもある。
セミ、ホタル、トンボ、クワガタムシ、カブトムシあたりはまぁいいでしょう。蝉時雨はやかましいけど……
カミキリムシ、カナブン、コオロギ、バッタ、キリギリス、蝶……こいつら実は害虫だったりします。蝶と蛾は明確な区別が付かない慣用的なものなのでアレだが、幼虫が作物を食害するのは変わりません。
蝿、蚊、ウンカ、蛾、カメムシ、アブラムシ、コクゾウムシ、ダニ、毛虫、芋虫、青虫、シロアリ……害虫という事に異論は少ないと思います。
彼奴らは暑くなると活発に活動しやがります。
除虫菊や蚊取草はまだ無い。株数が元々少ないのと多年草なので今夏には役に立たない。来年か再来年になれば多少は……
現状は、彼奴らを田畑で見つけたときにプチッとやったり、群れごと切り取って火攻めや水攻めで数を減らしている。ただ賽の河原状態なのは間違いない。
チャンドラたちぬこ様はバッタがお気に入りのようでよくバッタの足が毛に絡み付いている。あるあるネタとしては蝉は難易度が高いのか蝉を捕まえたときは「褒めて褒めて」もしくは「凄いだろ」とばかりに見せ付けにくる。
カエル、オタマジャクシとかトンボ、ヤゴとかカブトエビとか何時の間にか水田にいてビックリしたが除草に捕虫にとお役立ちです。
田畑は百万歩譲って諦めるとしても家屋に入ってこられるのは勘弁願いたい。そう願ってはいても隙間だらけだし、屋根に煙道は開いているからシャットアウトするのは無理っていうか現代でも無理だからせめて蚊帳的なもので寝るときは安心して眠りたい。そこでテントの骨組みや網を使う事にした。
いやぁ……室内でテント張る事になるとは夢にも思わなかった。
人間に特化してヤワになった蚊ではなく、熊や猪の剛毛を貫く蚊なんだ。くわれると痛いんだよぉ……顔をくわれたら人相変わるぐらい腫れるんだよぉ……
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夏は虫も湧くが、草も茂る。
目を放した隙に誰かが植えたのではないかと思うぐらい生える。
水田は中耕除草機という手押し式の除草機で除草する。多数のとげが付いた円筒を棒の先に付けた器具で、これを稲と稲の間に入れて押していくと除草できる。
これは正条植えでないとできない作業方法なので明治時代より前には無い器具だ。
畑に生えた雑草は引っこ抜くのだが、そのまま地べたに投げとくとそこで根付こうとがんばりやがります。ツル性の奴なんて特に強くてもう大変。なので引っこ抜いた雑草は板の上に並べて干からびさせて干草作ってます。
それと、そもそも生えないようにマルチングも試みている。マルチングというのは遮光作用のあるものを畑に敷いて日光に当たらないようにすれば草が生え難いというもの。現代だとプラスチック系のシート(黒マルチとか銀マルチとか色々ある)を被せる事が多いが、藁とか竹とかチップとかでもマルチングは可能というかスイカ畑に藁が敷いてあるのは結構普通にある。
有機物でマルチングすると欠点として(雑草抑制効果にもなるのだが)窒素飢餓が起きやすい事と、虫の発生が無視できない事が上げられる。
虫の発生具合と作物の生長度合いを確かめつつ刈り草や干草などを敷いている。
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夏の野良仕事で怖いのが熱中症と日焼け。
この期に及んで「日焼けはお肌の大敵だから外に出るのイヤ」とか贅沢を言う人がいないのは助かる。野良作業では切ったり刺されたりするので麦わら帽子、長袖、長ズボンでの作業を基本にしているが、そのお陰で日焼けはある程度防げている。日焼けすると地味に体力を消耗するのでそっち方面でも効能はある。
そして熱中症対策は、水分と塩分を適切に取ってこまめに休憩を取るのが基本。
この水分と塩分はバランスが大事でどちらかに偏るとそれはそれで害がある。そこで海水一に対して真水を二の割合で混ぜて沸かして消毒した湯冷まし塩水を補給に使っている。この割合で良い塩梅の塩分濃度になる。欲を言えば砂糖を加えて経口補水液にしたかったけど。
海水一に真水二の割合は生理食塩水の塩分濃度に近く、斉藤実氏がサイパンから沖縄を目指した漂流実験でこの割合の塩水を飲み続けても脱水症状や水中毒がでない事を実証している。親父の本棚にあった彼の著書に書いてあったが彼の行動力と精神の高さは尊敬に値する。
もっとも、安藤くんと岸本さんが帰りに桶に海水を汲んで荷車引いてくる事になってしまったのだが、勘弁してもらいたい。
そしてもう一つ侮ってはいけないのは畑仕事は案外動きが少ないという事。動きが少ないからといって楽という訳ではないのだが……
例えば草取り中はずっとしゃがんでごそごそと動くという感じで大きな動きが無い事も多い。こういう時は血流が悪くなるので結構危険がある。ましてや炎天下で水分が減っている状態だとなおさらである。起立性低血圧も酷くなると気絶する事もあるので馬鹿にできない。
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まぁしょっぺー話ばかりもアレなので、納涼祭りも企画した。娯楽は大事。
納涼祭とはいっても浴衣に甚平、金魚すくいに打ち上げ花火……とかは無理だから。
昼過ぎあたりから色々と出し物をして夕食がてら飲み食いしたらキャンプファイヤーで締めといったあたりが精一杯。
出し物は各自が用意する。個人でも良いし組でも良い。
俺は鉄板ネタの手品を予定していたが、もう一個と言われたので落研で貰った亭号で一席ぶつ事にした。ただ、演目を何にするかが悩みどころ。メインターゲットは子供たちなので人情噺よりも滑稽噺の方が良いんだろうが、彼らに分かる噺でないといけないし……数少ないレパートリーの中から搾り出す。落語家はその日の客を確認してから全員が楽しめる演目を決めているという話も聞くけどいったいどれだけのレパートリーを持っているんだろうねぇ。
食べ物も色々と用意しようという事で腕に縒りを掛けてご馳走……とまではいかないが料理を作る。普段は封印している調味料や原料も開放する。位置付けとしてはハレの日という事。だけど、乳製品と鶏卵が無いと途端に頓挫する料理の多い事多い事。無い物は無いので、今ある材料で工夫を凝らして精一杯の料理を作る。
ジャガイモを茹でて潰してポテトサラダの原型を作り、そこに片栗粉を加えて成形するとできるのが、イモ餅とかイモ団子と呼ばれる北海道ではメジャーな食べ物。
焼いたり茹でたりした物にみたらし団子のタレとか砂糖醤油とかを付けて食べると美味い。色々な食べ方があるのでどうやって食べるのが美味いかの異論は認める。
団子といえば、粳米の米粉の上新粉や糯米の米粉の白玉粉を使った和菓子も作る。今回は蓬団子とかの草団子だが、秋の収穫祭には薩摩芋の芋羊羹やササゲ餡を使った和菓子にステップアップすることを予定している。
これらの料理(?)と枝豆や焼きトウモロコシやスイカなどを食べながらワイワイやっている。
『一番!芹沢将司、エレクトリックイリュージョン!』
『七番!東山匠と江戸川美野里のショートコント十連発!』
合間に佐智恵が焼きトウモロコシを持ってきた。
美浦の甘味種のトウモロコシ、いわゆるスィートコーンは黄色一色の黄粒種か白一色の白粒種のどちらかで、黄色の粒と白色の粒が三:一ぐらいで混じっているバイカラー種は無い。バイカラー種の方が栽培し易く甘くて品質も安定しているので市場に出回るスィートコーンの大半がバイカラー種なんだけど、バイカラー種は通称F1種といわれる雑種強勢を利用した一代の栽培品種なので奈緒美のコレクター魂を刺激しなかったようだ。
「一列むいて」
おい。俺のじゃなくてそっちかよ。
トウモロコシの粒の列を一列を抜いたら、隣の列に親指を掛けて空いている方に倒すと楽に綺麗にはがれる。ただ初めに一列取るのが少々面倒くさいってだけで……この面倒な作業の報酬はその一列を食っても良いってのが我が家の相場だった。
「ノリちゃん僕のもやって!」
「あたしのも!」
子供たちの分は搾取(?)する訳にもいかないから取った一列分の粒を皿に置いていたんだが、それを赤ちゃんズがバクバク食いだした……何か凄く良い笑顔で食べてるけど大丈夫なんだろうか?
取りあえず皿を取り上げたら唸りながら床をバンバン叩いて猛抗議してくる……一歳ちょっとでトウモロコシはまだ早いよね?
「食べさせても大丈夫だから」
そうですか。お母さんがそういうならあげてもいいのか。ゴメンね。何かそのまま出てくるイメージしか無かったもので……
『十五番!早乙女奈緒美、F○Jの歌!』
『十八番!楠本奈菜、燃○系体操!』
『二十番!行灯亭よろずで饅頭こわい』
夜になったら旭広場で天体観測とキャンプファイヤーをやって、最後は佐智恵お手製の線香花火で締め。
火薬は無くても鉄粉と炭粉を紙で包めば線香花火もどきは作れる。