第9話 遭遇と発見
俺らが侵入したので美浦近辺では壮絶な自然破壊が起こっている。
十数ヘクタール単位で草原と森林が姿を消し、自然界では有り得ない場所に水が流れる溝が幾つも生じている。
農耕というのは、いや人間の営みというのは自然破壊と同義だ。
その辺りを深く考え出してしまうと世界の見え方が変わってしまうが……
俺らが他の生き物の生息域の一部を破壊してしまったのでそこで暮らしていた動物は他の場所に移ったりして新たな生存競争にさらされている訳だ。
また、逆に俺らが作った新しい環境に入り込む形で生息域を広げようと色々な訪問者が現れる事もある。
やって来る生き物の大半は俺らと生存競争を行い捕殺や撃退されるものもいるが、中には農作物をやられる事もある。実りの季節になると彼らと熾烈な闘いが繰り広げられる事だろう。
そんな中、俺らと生存競争を行わないというか俺らが行えなかった存在の来訪を受けた。
ニャーミャー……
おわかりいただけただろうか。NNNはここでも健在です。
ガレージ脇にいた子猫に先ず子供達三人が手懐けられた。
用水路に住み着いた魚を獲っては提供する食事係になり、それを見つけた大人がどうなったかは推して知るべし。
ベンガルヤマネコ系統と思われるのでリビアヤマネコを起源とするイエネコとは属レベルで異なるがNNNは分け隔てしないようだ。
正直なところ、特に衛生面でかなり迷った。
でもね。毛色や仕草がSCCの事務所に居ついた毛玉とそっくりなのがいるのよ。
ニャという鳴き声が「抵抗は無意味だ」と言っている。
人類最古の友である犬より先にぬこ様が仲間となった。
田畑に近付く鼠や昆虫を狩って、飽きたら出端屋敷のキャットタワーで眠る毛玉達を見ていると本当に癒される。
美浦に出入りする権利を有したぬこ様達を紹介しよう。
茶虎のメス「チャンドラ」
SCCの事務所に居ついた毛玉の生き写しなので同じ名前を付けた。
雉虎のメス「ムギ」
命名者は宣幸くん。「分からないけどムギって気がする」との事
鯖虎のオス「虎徹」
こっちは漆原家で飼っていたぬこ様の名前を襲名した。
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遭遇したのはぬこ様だけではない。
これまで痕跡は見つけていた狼だが、鹿や猪の多さからここは狼不在地で、いるのは一匹狼という予想の通り痩せこけたローンウルフと遭遇した。
美野里さん。
目撃情報だけでよかったんですよ?
何で連れて帰ってくるんですか?
「いやぁ~懐かれちった」って軽く言ってますが、餌付けしてどうすんですか?
鹿対策や狐対策に有効なのは認めるけどちゃんと馴致できるのが前提になるんだけどなぁ。まぁ狼は滅多に人を襲わないらしいけど……
だがしかし!滅多に襲わないという事は稀に襲うという事だから!
そこら辺はちゃんとしてもらわないと住人が安心できない!
オスの狼は奈菜さんが「スコル」と名付けた。何か別の名前を出していたけれど政信さんに「それはメスだ」と言われ「じゃぁコルンムーメで」「元ネタだし婆さんだ」「……ハティはハチ公になるし、マーナガルム……あっスコル」と……最後は北欧神話になったようだが何か元ネタでもあるの?
美野里が躾けて先住者のぬこ様とも上手くやっている。
野生の鹿や猪の内臓は色々問題があるのでこれまで食べずに肥料行きにしていたのだが、量が多くて謎工房の処理能力を越えた分は焼却処分していた。臭いが酷いけどね……
この処分部位と精肉の余剰分がスコルの餌に活用され、餌をくれる佐智恵に尻尾を振り出すまで大して時間は掛からなかった。
簡単に餌付けされやがって。狼の誇りはどうした。
誇りで飯は食えない?まぁその通りでございます。
栄養状態が劇的に向上したスコルは今日も美浦や恵森を走り回っている。
美野里が指示したのかスコルが賢いのかは分からないが、田畑の近くでは精力的にマーキングしているが、罠を設置している近辺には近寄りもしない。
田畑を目指してきた鹿や猪は、柵とキャトルガードとスコルの匂いに阻まれて迂回したらキルゾーンという感じで被害は激減し取れ高が上がる……これ以上獲れると……
真面目に塩の増産が必要だ。流下式枝条架塩田を真面目に考えよう。
桶で汲み上げるのは嫌なのでポンプとかの省力装置が欲しいな。
みんなで知恵を出し合って実現しよう。
それはともかく、スコルである。スコルはリア充になりました。
メスの狼は静江さんが「レイナ」と名付けました。
繁殖期は当分先(冬)だけど、巣穴的な犬小屋ならぬ狼小屋を作ってあげよう。
結婚祝いだ受け取れ。
イヌ科って夫婦は一生添い遂げる種が多く、狼も基本的には一夫一婦制でどちらかが亡くなるか競争に負けるまで継続するらしい。狸もそうで狸親父は浮気をしない良い旦那なのだ。
それに引き替えオシドリは毎年ペアが違うし浮気不倫なんでもありで、雛が孵ればオスは去るというぶっ飛んだ生態だったりする。まぁ鳥類には多いけどね。
オシドリ夫婦って何なんだろうね。狸親父の地位向上を!
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遭遇という訳ではないが、梅雨の中休みに西側の留山を調査したら良い物を見つけた。白っぽい岩の露頭があったのだが俺はそれが何か気付かなかった。
しかし、佐智恵が大至急剛史さんを呼ぶ事を主張して剛史さんにご足労いただいた。
「これは!」
目を輝かす剛史さん。
「いけますか?」
「大丈夫だろう。すまんがこれを切り出してくれ。それと作業場所を」
「……佐智恵よぉこの岩は何なの?……うーん……あぁ?蝋石か?」
「蝋石で合ってる。確認のため剛史さんに来てもらった。耐火煉瓦の主原料。転炉とかは無理だけど高炉や窯炉なら十分使えると思う」
「産地によって成分は違うから最終的には焼いてみないと分からないけど十中八九いけると思う」
「耐火煉瓦の原料ってアルミナとかジルコニアとかマグネシアとかじゃなかったけ?」
「用途によってはそういった物質の組成率を高めた耐火煉瓦もあるけど、蝋石煉瓦やシャモット煉瓦のような粘土質煉瓦が基礎的な耐火煉瓦。蝋石煉瓦が一番安価な耐火煉瓦だから蝋石煉瓦には不向きな用途の場合はそれに向いた組成の耐火煉瓦が使われる。断熱煉瓦なら珪藻土煉瓦が安価でお手軽かな?珪藻土欲しい」
「備前には日本最大級の蝋石鉱床があるんだけど、蝋石があったから陶器や刀工が発達したんだと思うよ。珪藻土があれば熱効率がよくなるから良いねぇ。それと陶石というかカオリナイトも欲しいね」
ちょっと石工道具取ってくるわ。今日の帰りに一人二~三キログラム持って帰ろう。でもどれ位使うのかなぁ?
「剛史さん。窯一つにどれ位の量が要りますか?」
「……二十トンほどあったら小型の窯が作れるかな?」
……舐めてた。大型ダンプカー二台分で小型って……
仮に比重を三としたら七立米弱って感じになるか。
二十トン使って小型の窯が出来た所がスタートラインだから、絶対二十トンじゃ足りなくなるし、四十~六十トンぐらいは平気で使いそうだ。手で持って運ぶのは無しだな。
いい加減軽油の残量も怪しくなってきたから初回の蝋石運搬したら封印かな?
バイオディーゼルでも作らなきゃガス欠になる。
段々と初期ボーナスが終了していく。
何か楽に運ぶ方法は無いかなぁ?みんなで考えれば何かあるだろう。
■■■
第何回になるかは忘れたが、美浦総会のお時間です。
今回の議題は二つ
『取れすぎる肉をどうするか』
『蝋石をどうやって運ぶか』
先ずは『取れすぎる肉をどうするか』
この事で悲鳴を上げているのは佐智恵と美野里だ。
「廃棄部位と毛皮の処理が追いつかない」
「薫製や干し肉の前段階の塩漬けの塩にも限界がある」
「根本的には獲り方をどうにかしないといかんか。それと塩の増産についても考えよう」
将司が方向性を打ち出したが、塩の増産と聞いて安藤くんに動揺が走った。
精神論で増産しろなんて無体な事を俺らは言わんよ。
「先ずは数を減らすにはどういう手があるかだな」
「罠を減らす、罠に掛かったのを逃がす……他には?」
実現性に難があったり弊害がありうる案も含め幾つかの方法が上がる。
「数を減らした時のリスクは何がある」
「やり過ぎて獲れなくなったらそれはそれで食料面で厳しくなる」
「田畑の被害が増える可能性が考えられる」
将司はこんな風に全員に目的、手段、影響などの情報を共有させて行くんだ。
ファシリテーターとしても優秀な奴だ。
鳴子などの非殺傷罠(?)で一時的に遠ざけて様子を見る。
謎工房の拡張と人員配置、衛生処理後の埋没処分を導入する。
革工房は防腐処置まで行って素材段階でストックする。
塩は現状維持。流下式枝条架塩田の候補地の調査と汲み上げ機構の検討を今後進める。
こんな感じで決まった。
次は『蝋石をどうやって運ぶか』
「一発目はモグちゃん号を使うとしても軽油の残量がそろそろ厳しい。その後どうやって運ぶかと、今後は粘土なども運ぶ必要が出てくる。それらの方法についてだ」
「一番の難所は里川で、次が留山の斜面ってところかな?」
「美浦の中なら水路を船で運ぶという手もあるんじゃない?」
「里川の水深は五十センチメートル程度だから歩いて渡れない訳じゃないけどやりたくないね。夏はともかくとして冬にはやりたくない」
「橋を架けるか船で渡すかを検討した方がいいだろう」
「橋を架けるとするとどんな橋が考えられる?」
「川幅が八メートルぐらいだけど橋となると十から十五メートルぐらいは必要になるか」
「吊橋、桁橋、アーチ橋……」
「荷車を曳くなら吊橋は無いな」
「安全率を十以上とすると耐荷重は五トンぐらいになるかな?車を通すとなるともっと掛かるから下手すりゃ百トンとかって数字になる」
「吊橋桁橋、というか木橋だと難しいか」
「石か煉瓦でアーチ橋なら性能面での文句はない」
「煉瓦の材料を運ぶ橋に煉瓦ってのは……」
「作る場合は石のアーチ橋だな」
「石材の発見、切り出し、運搬、加工、施工と課題はあるな」
「ただ、人が渡るだけの橋は別途用意した方が良いと思う」
「それはあるな。それだったら木橋の桁橋がいいか?」
「話を戻すぞ。それじゃぁ船で渡す場合の課題は?」
「造船と船着場の建築……他には?」
「まぁ里川を渡る程度なら動力は良いか」
「荷役をどうするかってのは?」
「動力も荷役も人力かな?」
「里川から美浦に上げるのは骨だと思うが」
「美浦側には船ごと上げて水路で運ぶのは?」
「閘門作って運河にしちゃう?」
「閘門作るのと石橋作るのとどちらが楽かなぁ」
「断然石橋だろ。水密とか水位制御とかかなり面倒だ」
「閘門の出入りで使う水量も馬鹿に成らんから止めた方が良いな」
「曳き舟は有りや無しや」
「無しじゃね?」
「よし。船は一旦置いておこう。橋を架けるのを基本に動こうか。それじゃ留山の斜面をどうやって降ろすのかだな」
「ちょっと待って。原料をこっちまで運ぶんじゃなくて加工場を向こうに作ればこっちに運ぶのは成果物だけになるんじゃない?そうしたら運ぶ量も重さも変わるんじゃ」
「……なるほど。それは有りだな」
「それなら無理に石橋にする必要もない」
「剛史さん、加工場が川向こうというのは支障ありますか?」
「いや特に問題はない。川を渡るのが面倒ってぐらいかな?」
「それじゃぁ人と手荷物程度が渡れる橋を架ければ大丈夫ですかね?」
「うん。ありがたいね」
「改めて、留山の斜面を降ろす方法について」
「歩いて降ろす、荷車で降ろす、滑り台、トロッコ……」
「ウインチで荷車ごと上下させるのは?」
「それかロープウェイかケーブルカーとか」
「片方が空荷だから無動力でもいけるかもな」
色々な意見がでてくる。今ある物で如何に楽をするかに知恵を絞る。
こちらについては次のように決まった。
加工場(窯炉)は留山の麓に作成する。
木製で人と多少の荷物を渡せる橋を架ける。
輸送には手押し車と荷車(リヤカー的な物)を使う。
石切り場と橋の袂を直線で結んでケーブルカー的な物で荷車ごと上下させる。
将来的には石橋作成と運河を見越した水路整備を行う。
匠と文昭と俺の三人がフル回転って感じになるのか……