第7話 周辺調査(南)
田植も終わり、当面必要で作れる道具類も粗方片付いたので、梅雨に入る前に地図作成を兼ねた周辺調査に取り掛かる。
地図作成といえば測量が付き物。
昔は縄を張ったり歩数を数えたりして距離を測っていて、大日本沿海輿地全図で有名な伊能忠敬先生も歩測を基本としていた。ただ、これを真似るのは難しい。
なので反則技を使う。
トータルステーションという測量機器を持っているのでこれで測量する。TSというのは、光波測距儀で距離を、経緯儀で角度(水平、垂直)を同時に測る装置で、現代では最も使用頻度の高いメジャーな測量機器だ。以前は別々の機器で測量した結果を繋ぎ合わせていたのだが、TSは全部一括で測量できる上にデータリンクもできるので、測量データをPCに取り込んだら地形図は簡単に起せる。スタンドアロンで動作するソフトを入れてて良かった。
何でTSなんて持っているかというと……俺の趣味だ。
買った当時は何に使うかなんか考えて無かった。大金が手に入って浮かれトンチキになってたんだよ。
有ったら有ったで匠と二人で遺跡のデジタル化のバイトとかもしてた。
格安価格(それこそ一回飲みに連れてってとか)でマニアックな精度のデータを起していたから教授陣や学芸員さんに感謝されたりしてたし、役に立つかは分からないけどコネは一杯できた。基本的に競合業者もいないニッチな分野だからダンピングでもないしね。
そうそう。測量自体は将司の六分儀と文昭のレーザー測距儀を組み合わせてもできる事はできる。地形図に起すのが面倒だけど……
TSだったら三角点を設置してそこを基点に測量し、隣の三角点との距離と角度を測ったら次はその三角点を基点にして測量していくというのを繰り返して測量データをPCにデータリンクすれば面倒な計算をしなくても地形図になる。測量は基点と測量先のそれぞれに人がいた方がスムーズに測れるのでいくらTSがあっても俺一人でやるのは少々無理がある。一応できなくもないけど精度と時間が犠牲になる。
原点の三角点は設置してあるので、後は適当な場所に三角点を設置しつつ周辺調査を行っていく。がんばっていきまっしょい!
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はじめは南側つまり海までを測る事にした。
南側は水田の排水路とか塩小屋までの道とかが出来ているので、肩慣らしを兼ねて測量はしているが、実質的にはSCC一行で草原の散策をしているのと大差無い状態になっている。
「タクさんタクさん!ちょっとこれ見て」
「何だ?……ん?……空木か?」
「そう。当年枝はかっぱらって行くから残りは使っていいよ」
「ありがてぇこれなら良い木釘が作れる」
何て会話を他所に俺は将司と測量している。すまんね将司。
「ゆっちゃん……あれ椿だよねぇ?」
佐智恵が少し離れた十五メートルは越える大木を指差している。
「えっ?ええっと……ふむ確かに。奈緒美さんちょっといらして、面白い物があるわよ」
「何々?ふぇっ何じゃこりゃあ!天然記念物クラスじゃない!野生すげぇー」
椿の木ってこんなにでっかくなるんだ。樹高が数メートル程度の奴しか見たことないけど、本来のヤブツバキは樹高二十メートル胸高直径五十センチメートルに達する立派な高木なのだとか。有用過ぎて五メートルもいけば切られてしまうし生長が遅いから十メートル超のヤブツバキは現代ではほとんど存在しないらしい。
「こいつは残して!切らないで!お願い!」
何か奈緒美が壊れている。中々の破壊力があったな。ヤブツバキ。
「でも挿し木用の枝は切るんだろ」
「当り前じゃない!」
うむ。平常運転だ。
「あと何本かは欲しいなヤブツバキ」
ヤブツバキは他家受粉なのでクローン間では受粉ができず結実せず種ができない。
つまり最低でももう1本クローン元がなければ油が取れないという事らしい。
何か植物採取の時間と化しているようだ。
うちの女性陣はあれだね。プラントハンターか何かですか?
美野里は食用、雪月花は薬用、奈緒美は栽培用と頭陀袋や背負い籠や背嚢とかに植物が目一杯詰め込まれている。
佐智恵は……これは緑肥ですね。本当の用途は怖いから聞かない。
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測量データを地形図に起したら気が付いたが、この平原は少し変だ。
いや変なのは弓浜か。
北の平山から下ってきて徐々に傾斜が緩やかになり出端屋敷付近ではちゃんと測れば海に向かって下っているという程度でほぼ水平と言ってもいい。
しかし弓浜近辺になると緩い登り勾配になり、一番高いところは出端屋敷より約二メートル高い。そしてそこからは海に向かってややきつめの下り勾配になっている。これが円弧を描くように続いている。
こんな地形どっかで見た様な気がするが……
思い出した。マールとインパクトクレーターのリムだ。
マールというのはマグマ水蒸気爆発の火口で、この火口に海水が入った地形としては男鹿半島の戸賀湾(四ノ目潟)などが典型例といえる。マールは基本的には単成火山だから多分再噴火の危険は無いし、近隣に円形のくぼみがあればマールと判断してもいいかな?マグマの噴出に沿って直線状にマールが並ぶ事が多い。戸賀湾には目潟(一ノ目潟・二ノ目潟・三ノ目潟)という三つの円形の湖が近隣にある。
もう一つのインパクトクレーターは文字通り隕石が落ちた跡。
クレーター内にネルトリンゲンという都市があるネルトリンガー・リースというクレーターの外縁部の地形を縮小したものにも似ている。
この場合、入り江はクレーター内に海水が入った物になる。
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翌日は御八津岬から黒浜までの海岸線を測量した。
御八津岬は出端屋敷から見て南西にあり、ここに太陽が差し掛かったらオヤツの時間になる。だから御八津岬。別に八つの津がある訳ではない。
そして黒浜は遠めに見て黒っぽい浜だったからという単純な命名だった。
里川の河口や弓浜を順調に測量して黒浜に着いたのだが……
えっと……佐智恵さん大興奮です。手が付けられません。
遠目からでも見える黒い部分は砂鉄が堆積した物でした。
大川の上流に磁鉄鉱系列の花崗岩帯があるのだろう。
大川じゃなくて斐伊川とか付けとけばよかったかな?
「義教!見て見て!こんな良質の真砂砂鉄は中々お目に掛かれないよ!芹沢さん大至急電磁石作って!あと炭も!できれば松炭が良い!なっちゃん使っていいデンプンってどれぐらいあるんだっけ?」
佐智恵は自分の領域に填まり込むと周りが見えない状態になってしまう。これは小さい頃からの気質で今更治らない。俺はもう諦めている。こうなった佐智恵を元に戻すのは物心ついた頃から俺の役目だった。佐智恵の両親でも無理だったから昔は本当に俺しかいなかった。ここ最近は雪月花も戻せるようになってくれたお陰で俺の負担は多少軽減された。雪月花。本当にありがとう。
でもね。チラッっと雪月花を見たけど「お前が何とかしろ」と目で言われた。
仕方が無い。首根っこ掴んで立たせて睨めっこ状態にしてからおもむろにアイアンクロー
「痛い痛い痛いごめんなさいごめんなさい」
耐火煉瓦が無いんだからあんまり先走るな。耐火煉瓦が無いと製鉄できない訳じゃないけど効率が悪いからな。
今日の測量はここまでにして、何か食料でも探して帰ろうかという雰囲気になったのだが美野里の背負い籠に目一杯植物が入っている。
「灰汁抜きしないと駄目だから明日か明後日の分ね」