もがいて
疲れて
休んで
堕ちて行く…
怖くなって
恐くなって
また
もがいて…
生きている
その理由…?
夢月はそっと空を見上げた。
「生きてる理由…か。」
ぽそっと呟いた。前の方では、黒板にたくさんの数字が書かれている。(ここは入試に出るぞ!などと言っている教師が書いたものだ。)
ついさっき、友人の由梨に尋ねられたことが、頭の中でぐるぐると渦を巻いている。
「なんで生きてるのか、って思わない?どうしてもこれがしたい!ってのがある人は別にしてさ…はっきり言って、生きてて楽しいことより、生きてて苦しいこととか疲れることの方が多いじゃない。」
確かにそうだと思った。由梨はこうも言ったっけ。
「地球上に生きる人みんなで心中したらいいのに。そしたら楽しいことがなくなる代わりに、苦しみも疲れもなくなるよ。」
うん…そうだね。でも多くの人間は、今のとこ生きることを選んでる。それは…どうしてなのか…。
分からない…
私には
解らないよ…
放課後、鞄は置いたまま、由梨と一緒に外に出る。校舎に沿って歩いていた。
「さっきの時間ずっと考えてたでしょ。」
不意にそう聞かれ、えっ?と反応すると、由梨は、生きてる理由、と付け足した。
「どうして分かったの?」
由梨は、転がってきたサッカーボールを蹴って持ち主に返してから
「だって夢月、ボ〜っとしてたもん。」
と答えた。
「見られてたんだ…」
苦笑しながら夢月が言う。あはは…と由梨は軽く笑う。夢月と由梨は校舎の奥の方へ行き、芝生の広がる丘へ向かう。
「それで?分かったの?」
「ん…無理。分かんないや…。由梨は?」
「私も無理〜…幸せになるため、とか聞いたことはあるけど、私はそうは思わないな…まぁ1つの答えがあるわけじゃないし、人それぞれだけどね。」
「そうだね。でも…」
夢月は言葉を濁す。どしたの?と由梨に尋ねられ、先を続けた。
「うん…汗を流して地球を汚して、涙を流して人を傷付けて…そこまでして生きてるのに、理由があるのかないのか分からないって…なんか悲しいね。」
由梨は少し黙って、遠くの町を眺めた。ここからは私達の住む町をよく見渡せる。
「まぁ人間はそんな悲しい生き物だってことで!」
由梨が、この話を打ち切ろうとばかりに言い切った。そして、こう付け足した。
「まだ高校生じゃん、私達。もうすぐ卒業だけど、それまでに少しでも見つけられたらいいなって思う。その理由。でもその前に『今』を楽しまないと!」
そして由梨は芝生に寝転んだ。
「寝ることが楽しみって…もぅ。」
夢月は呆れるが、やっぱり由梨の隣に寝転んだ。2人は長い間、笑いあっていた。
――――数週間後――――
「由梨ちゃん!こっち!」
「おばさん!」
由梨は猛スピードで走っていた足に急ブレーキをかけて、右にまがる。由梨を呼んだのは、夢月の母だった。
「夢月は?大丈夫なの?一体何が…?!」
「落ち着いて、由梨ちゃん。」
その言葉は由梨だけでなく、自分自身にも言いきかせているようだった。
「夢月はまだ眠ってるわ。もう少ししたら担当のお医者様から説明があるはずよ。」
2人は椅子に座って待った。長い沈黙だった。
やがて、その沈黙をやぶったのは、担当の医者だった。
「夢月ちゃんのお母様ですね?どうぞこちらへ。」
医者と夢月の母はそのまま2人で行ってしまった。
由梨は後から聞かされた。よく分からないけど、夢月は病気らしい。病院の喫茶店で、夢月の母と話した。
「おばさん…夢月は…何の病気なの?」
「由梨ちゃんは知らなくていいのよ。ただ…時間の許す限り、そばにいてあげてほしいの。」
由梨は紅茶を一口飲んだ。
「夢月は…助かるんだよね?」
由梨の声は震えていた。窓の外では、少し雨が降りだしていた。
「もちろんよ。」
夢月の母は涙を流しながら、微笑んで答えた。由梨は心臓をわしづかみにされた気分だった。少し微笑んで、よかった。と答えながらも、頭のどこかで覚悟を決めようとしていた。
外の雨は、だんだん強さを増して、遠くが見えなくなってしまった。この雨が止む時は本当に来るのだろうか…そう思わせるほど、強くて重い雨だった。
「由梨…?大丈夫?」
「あ…ごめん…考え事してた。」
夢月の母が言ったように、由梨は学校から直接病院へ行き、ほとんどの時間を病院で過ごした。夢月の病室で、特に何かを話すでもなく、一緒にいることが多かった。
ただ、今日は違った。
「ねぇ由梨…。」
「ん?」
「人間って悲しいよね。」
「…どうしたの?急に。」
死んでしまうから、とか言い出したらどうしようかと焦りながら、由梨は尋ねた。
「元気いっぱいに生きてる間は、生きてる理由なんて分からないのに、いざ死ぬって分かった時に、少しずつ分かってくるんだ…」
「夢月…」
「由梨…生きてね。」
―――?!
実は由梨は、夢月が死んでしまったら、後を追い掛けようと考えていた。そう覚悟を決めることで、夢月と普通に会話することができていたのだ。
夢月は続ける。
「私が死んでも、由梨の中では生きてるからさ…少しでも長生きさせて。」
笑った。夢月が久しぶりに笑った。
「生きてる理由…いろいろあるとは思う。でも、まず人は生かされてるんだと思う。その次に、生き続けるかすぐに死ぬか、選択肢があって…私が今まで生きることを選んでたのはきっと、大切な人を幸せにして、自分も幸せを感じるためだったんだよ…。」
夢月がそんなことを言う。
「選択肢って…ほとんどの人は望まないで死んでいくじゃない。自由な選択肢じゃないよ…強制じゃん…」
由梨の声はだんだん小さくなる。
「この世界の…創造主?…それが神様と呼ばれる者なのかは分からないけど…意外とイジワルなんじゃない?」
夢月はへらっと笑って言った。
「生きてる人間の量を自分自身で決めてて、どんどん新しい人間を生むかわりに、どんどん人間を排除していくの。それは古い人間だけじゃなく新しい人間も…悪い人間だけじゃなく良い人間も。すべては創造主が見てて楽しいように。」
「そんな…じゃあ私達はその創造主の娯楽のために生きてるってこと…?」
「あくまで私の世界観ね。」
そう言って夢月は窓の外に目をやり、話し続ける。
「そうなると私が生きてた理由ってのは、創造主が私の"生"を望んでたからかな。」
「じゃあどうして夢月が死にそうになってるのよ!」
涙がこぼれそうになりながら由梨が言った。後から考えると、病室で死にそうだとかって声を張り上げるなんて、とんだ常識外れだ。でも夢月は落ち着いたままで答えてくれた。
「創造主が私の"生"は必要ないって思ったんじゃないよ。ただ私の"死"を必要としてるんだと思う。意味があるのは"生"だけじゃない。"死"にも、大きな意味があるんだよ。」
由梨はもう涙をこらえられなくなっていた。それを見て、なんで由梨が泣くのよ。と言って、夢月も涙を流した。
2人は長い間、静かに涙を流していた。
"死"に近づいて初めて
"生"が分かりだす…
"生"と"死"はいつでも
理不尽で…
それなら…
「それなら…
生きてる理由なんて
知らなくていいよ…。」
由梨はそっと墓石をあとにした。
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