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欠陥電気編
導き
(そういえばここであいつらと出会ったんだっけ……)
 御坂美琴はとある橋の真ん中に佇んでいた。
 夕日は一秒一秒沈み、橋の上には影が差し始めている。さっきまで熱を帯びていた金属製の手摺りも、徐々に本来の冷たさを取り戻しつつあった。
 美琴は死ぬことを決めていたはずだった。自分が一方通行に殺されて実験は中止されて妹達は救われて……
 ―――ハッピーエンド
 しかしその中に自分はいない。黒子やあの二人はきっと悲しんでくれるだろう、しかし次第に自分の存在は忘れられ、いつも通りの日々が帰ってくる。
 それを想像すると、言いようのない寂しさが美琴を襲った。
 これでいい、美琴は何度も何度も自分に言い聞かせる。心の奥底にある自分の本心。それに言葉でフタをする。
「これで……いいんだ」
「ダメダメぜんっぜんダメだ。不正解だな美琴」
「そうだな、不正解だ」
「―――ぇ?」
 聞き覚えのある声。聞きたかったのかもしれないし聞きたくなかったのかもしれない声。御坂はゆっくりと半信半疑で振り返った。
 目に映ったのは二人の少年。いつも喧嘩を吹っかけて迷惑ばかりかけてしまっている。それなのに二人は絶妙なタイミングで自分の元へ駆けつけた。
 その事実に嬉しくなるも、御坂は同時に思った。この二人を巻き込みたくない、と。
「……そんなに慌ててどうしたのよ。何か用?」
「―――実験に関してだ。知らないとは言わせねぇぞ」
 当麻の言葉に御坂は固まる。
(知っちゃったのね……)
「既に家宅捜索は済ませてあります。ちゃっちゃと保護、されちゃってください」
「家宅捜索って……あんたら勝手に!」
「上条君という代償を払って資料は手に入れたよ。で、ようは一方通行を倒せばいいんだよね?」
 マコトの軽々しい口調に御坂は徐々にイライラをつのらせる。
「何簡単に言ってんのよ! 一方通行は他の能力者とは訳が違う。“最強”なのよ? 私ですら二百手たらずで負けるような相手に勝てるわけないじゃない!!」
 御坂の怒号が響き渡ると、辺りに静寂が舞い戻った。川のチャポチャポと流れる音が再び姿を現す。
「だ、そうだぜ? マコト」
「ここで参考データ。俺は一年程前に一方通行から無傷で逃げ切ったし、当麻には……」
 マコトはそこで一度言葉を切ると、右手にサッカーボール大の火球を生成する。ドロドロと渦を巻くそれを振りかぶって当麻に向かって思い切り投げつけた。
「のわぁっ、何しやがる!!」
 情けない悲鳴を上げながらも、当麻は右手をそれに向かって叩き付ける。
 すると、空気を裂くような甲高い音をあげて火球は空中分解した。
「この右手がある。俺には不可能な一方通行への勝利を可能にする幻想殺しが」
 美琴は謀らずも一瞬想像してしまう。
 二人が実験を食い止め、自分が元の日常に戻る。普通に黒子とつるみ普通にマコトと談笑し普通に当麻を追いかけ回す。
 最高の結末。
 思わずニヤつきそうになったところで美琴は我に返り、目を覚まそうと首を水浴び後の犬のように左右に振る。
(駄目よ。一万人もの妹達を見殺しにしてきた私に幸せに生きる権利なんてないんだから)
 美琴を締め付けるのは罪悪感か、プライドか、悲しみか。胸の奥が締め付けられているようにキリキリと痛んだ。
「これは私の問題よ。あんた達に手を出される義理なんてない!!」
 そして美琴は―――最後の救いの手を振り払った。
(もう……戻れない。戻らない)
 しかし、それを二人がやすやすと許すはずもない。
「行かせない」
「なんですって!? あんた達はあの子達がどうなっても良いって言うの?」
「お前が死ぬなんて、納得できねぇよ!」
 当麻の言葉の裏には、自分達なら何とかできる、という自信があった。だからこそ止める。
「妹達を見捨てるわけなんてない。言ったよね? 最後まで足掻け、頼れ、と。美琴はまだ全ての選択肢を試していない。俺達に任せてほしい。“絶対”助けるから」
 “絶対”。美琴はその言葉に心が揺らぐ。
(でも、もしこいつらが負けて殺されてしまったら?)
 最後の美琴のストッパーは強力だった。
 自分よりも他人。自分のせいで他人が傷つくことが許せない。御坂美琴はそんな人間だった。
「ああ、俺達が殺されたとしても、美琴は当初の計画を遂行すればいい」
「おいマコト!」
 マコトは当麻の怒声を片手を上げて遮ると、
「だから心配しないでいい。どちらにしろ妹達は助かる。俺達全員生き残る可能性をとるか確実にお前だけ死ぬことをとるか、だ」
 マコトは思い出したように、あ、と声を上げて、
「お前だけ死んでも、俺達は一方通行と戦うからな。つまり、お前が先に死ぬことは“大損”、ということだな」
 当麻は唖然とする。明らかに自分とは違う方法に。相手の退路を断ち、選ばせたい方法を選ばせる。自分とは違いあまり感情に流されず冷静。
 マコトの目は本気。そう判断した美琴は完全に追い詰められた。
「まとめるよ? プランA:俺達に任せる。勝てばハッピーエンド。負ければそのあと美琴が計画実行して三人死亡。
 プランB:美琴が勝手に計画実行。二人は一方通行と戦う。勝てば美琴一人が死亡。負ければ三人死亡。
 さあ、どちらをとる?」
 美琴はじっくり頭の中で選択肢を吟味する。
(A、Bともに二人は死のリスクを背負う。リスクは同等。成果はAが上。いや……全てにおいてAが上)
 美琴はハッとしてマコトを見る。マコトは、ようやく気付いたか、と言わんぱかりに微笑んでいた。
「……負けたわよ。お願い。私、まだ死にたくないの……だから―――助けて!!」
 ついに本音が漏れだした。二人は、当然の如くそれを汲み取った。


 ・・・


「はぁ、はぁ」
「おいおい、つっまンねェなァ。一万回も殺されてンだからちったァ学習しやがれ」
 ミサカ妹のうちの一人はまさに死の淵に立っていた。
 武器である高性能軽量機関銃の弾丸は鮮やかに反射されて銃自体を粉々にし、自分の能力である欠陥電気は空気中の酸素をオゾンに分解して一方通行を苦しめているものの、一方通行が酸欠で死亡するまでには程遠い。
 もう不気味な笑みを浮かべる悪魔から不様に逃げ惑うしかなかった。これでいい、とミサカ妹は呟く。自分は殺されるために生まれてきた。その目的を果たすのは当然の事。
 しかし、ミサカ妹の頭の中には相変わらずとある少年の言葉が反芻されていた。
 “絶対助ける”
(ミサカは……死にたくないのでしょうか……)
「鬼ごっこも飽きちまったなァ? もォ終いにすっかァ」
 一方通行は興が醒めたとばかりに顔から表情を消すと、助走をつけて、逃げ惑う少女の華奢な背中に飛び掛かった。
「!?」
 ミサカ妹の背中に一方通行の足が触れた瞬間、声を上げる間もなく吹き飛ばされた。体はヒット性の打球のような軌跡を描いた後、コンテナにぶつかってようやく止まる。
「…………」
 クローンとして生まれ、短期間で十四歳の身体にされたミサカ妹にとって、初めての痛みは、通常の人の初めてより数万倍のものだった。少年野球でデッドボールを喰らったことのない少年がいきなりプロの150キロの速球を頭に喰らったようなものだ。
 肋骨は完全に折れているだろう。最悪、内臓に突き刺さっているかもしれない。痛みで声など出ない。
「さァて、おねンねの時間ですよォ?」
 カツ、カツと一方通行の足音がカウントダウンのように迫ってくる。
(……たくない)
 一方通行が目の前で足を止めた。そしてゆっくりと気持ち悪いくらい白い手が伸びてくる。
(死にたくない)
「そいつから離れろ!」
「ギリギリセーフか」
「あァ?」
(本当に来てくれるなんて、とミサカは目から流れる液体に疑問を抱きながら喜びます)
 現れた二人を見て、少しはにかむとミサカ妹は意識を手放した。


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