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禁書目録編
魔術
「イヤ〜、今日は大変だったなぁ」
 女子中学生から必死で逃げ出したマコトは、やっとのことで寮の近くまで辿りついた。辺りは暗くなりかけており、ひぐらしが一日の終わりを告げている。
 元々今日の予定は、能力測定をサボって、家でぐだぐだする、という予定だっただけにマコトは疲れていた。人間、楽だと思っていた物が辛かったりすると、そのギャップに苦しむものだ。
 しかし、神様はマコトが一日を終えることを許さなかった。
「あれ、寮が燃えてるんですけど……。冗談……だろ?」
 自分と当麻の部屋辺りが夕焼けを凌ぐ赤さで染まっていた。
 マコトは自分自身火を使う能力者なだけに、火の恐ろしさは誰よりも分かっているつもりだった。火の恐ろしい力の一つに、移動がある。一つのものを焼くにとどまらず、次々と燃え移り、焼き尽くしていく。消防の発達していない江戸時代においては、小さな火種が街一つを焼き尽くすことも珍しくなかったようだ。
 火は大切な者や物を容赦なく奪う。マコトの部屋にも大切な物はあり、その隣の部屋には、大切な者がいる訳で、
「っ、やばい!」
 マコトは疲れた体に鞭打ち、必死で階段を二段飛ばしで駆け登る。御坂の相手なんてしてる場合じゃなかった、と済んだことを心底後悔した。
 前も見ずに駆け上がっていると、ふと何かにぶつかって体が宙に浮くのを感じ、
「うわっ」
「ゲハッ」
 無駄に長い滞空時間のあと、腰をハンマーで殴られたような衝撃が襲う。マコトは体内の空気を全て吐き出さされ、憎々しげに階段の上を見上げると
「マコト!? 大変なんだ!」
「火事か?」
「それならまだいい! 魔術師だ……」
「はぁ?」
 当麻の焦りようから見て、大変なことになっているのは分かる。しかし学園都市は科学の町。その住人にとって魔術オカルトなど嘲笑の対象でしかない存在であるため、マコトは正直当麻を信じられなかった。

 そのとき

「その通りだよ」
 カツンカツン、とブーツが地面を叩く音が響く。その音は徐々に二人に近づいてくる。 
 明らかに普通の人間ではなさそうな格好、体格をした赤髪の神父風の男が二人を見下ろしながら階段を降りてきた。目の下にはバーコードのようなタトゥーが入っており、タバコを口にくわえている。
「ハハハハ笑わせるぜ。いい年して夢見んなよな」
 マコトは馬鹿にするように笑う。
 しかし、馬鹿にしつつも、マコトの本能が、こいつは只者ではない、と告げていた。
「マコト、マジだ。そいつは魔術師なんだ!」
 当麻は必死に叫び続ける。
「まあ二人ともすぐに殺してあげるから信じなくてもいいけどね」
 男は銜えていたタバコを地面に放り投げる。
 それが戦闘開始の合図となった。
「炎よ」
 男は一度言葉を切る。
 右手には、灼熱の炎剣が生み出された。それは温度は正確には分らないものの当たった瞬間普通の人間を確実に熔かしたしまうだろう。普通の人間なら……
「巨人に苦痛の贈り物を」
 二人に向かって鞭のように振り払われたそれは、直撃した瞬間バンッという音と共に爆発し、辺りは黒煙に包まれる。
「ふぅ、やり過ぎたか。3000℃の炎の前ではもはや原形はとどめておるまい」
 男は勝利を確信していた。辺りの壁は、異様な熱によってろうそくのようにドロリと溶けている。とても人間が生き残れる状況ではなかった。
 しかしその確信はあっけなく崩れさる。
「3000℃? 俺にとってはぬるいくらいだよ」
「不幸だ……」
 どろどろに溶けているはずの二人は、何もなかったように平然と立っていた。
 男はその光景を理解するのに時間を要してしまう。そして理解すると同時に目が大きく見開かれる。
「―――何!? そんなばかな! 確かに命中したはずだ! お前達何者だ!」
 男は驚愕し、取り乱した。死ぬはずの人間が無傷で立っていたのだからやむを得ないだろう。マコトはそんな男を軽蔑の眼差しで一瞥すると
「当麻、何を焦ってたんだ。俺とお前が組んで負けた事があった?」
 マコトの言葉に当麻は自信を取り戻し、顔に笑みが戻った。
「そうだ……そうだよな! 俺達二人組めば最強だ! ははっ、俺は何を恐れていたんだか。サンキュー、親友!」
「気にすんな、行くぜ当麻!」
 マコトの言葉に深く頷き、当麻は右手を突き出す。それを確認したマコトも、当麻の右側で左手を突き出す。
 二人の視線は鋭く男を突き刺し、その自信に満ちた姿は男を焦らせるには十分だった。
「くっ……こうなったらこっちも本気で行かせてもらうよ」
 噴出す汗に嫌悪感を感じながら、男は精神を集中させた。
 しかし先ほどとは様子がまるで違う。男の眼に映るのは、殺気、ただそれだけ。
 ピンと張り詰めた空気の中、男は詠唱を開始する。
 
「世界を構成する五大元素の一つ、偉大なる始まりの炎よ
 それは生命を育む恵みの光にして、邪悪を罰する裁きの光なり
 それは穏やかな幸福を満たすと同時、冷たき闇を滅する凍える不幸なり
 その名は炎、役は剣
 顕現せよ、我が身を喰らいて力と為せ!」
 
 男がそう叫ぶと同時に修道服のボタンが弾け飛び、炎の怪物とおぼしき物体が出現した。ドロドロと渦をまく熔岩のようなそれは十字架を構え、主の指示を今か今かと待っている。
「殺せ。魔女狩りの王(イノケンティウス)
 イノケンティウス。意味は“必ず殺す”。
 男の声に従って炎の怪物が滑るようにこちらに向かってくる。しかし二人はうろたえない。マコトより先に当麻が右手で触れると高い音を上げてイノケンティウスは飛び散った。
「はっ、たいしたことねーな」 
 いつも通りの右手の効力に当麻は安堵した。
 
 しかし

「甘い!」
「なっ……」
 イノケンティウスはゴポゴポと熔岩を噴き出し再び復活した。どうやら再生速度が当麻の右手の処理速度を上回っているようだ。
「くっ」
 再び当麻が手をかざすも、消えては復活するため効果がない。
「ハハハハ! いくら不思議な力があったとしても魔術には勝てはしないさ」
「うぁ〜っ!」
 ブシュウッ、というグロテスクな音と同時に当麻の右手の手の甲が裂けた。当麻の手は血まみれで既に限界を超えている。右手はガクガクと震えだし、額からは汗が滝のように流れ出す。
「当麻、交代だよ」
 マコトがそう言いながらイノケンティウスに触れると、手に吸い込まれるようにあっけなく消えていった。
「そ、そんな、イノケンティウスがっ! お前何者だ!」
 切り札であろうイノケンティウスまでもが消され、男はパニック状態に陥る。
「悪者に名前なんて名乗りたくない。じゃあなエセ神父。消え……」
「待ちなさい!」
「ん? 新手か?」
 止めを刺そうとした瞬間、これまたおかしなジーパンをはき、赤髪男にも劣らない自分の身長ほどの長い日本刀を装備した女性が二人の間に割り込んだ。まさか男が負けるとは思っていなかったのか、その引き締まった顔には驚愕が見て取れる。
「ステイル、一旦引きますよ」
「あ、あぁ。すまない神裂」
「待……」
「七閃!」
 女性がそう叫ぶと同時にマコトの周りを真空波のようなものが切り裂いた。あまりもの衝撃にマコトは目を閉じてしまう。
「ちっ」
 目を閉じている隙に自称魔術師は外に飛び降りて、いなくなった。
 何故か当麻もいつの間にか姿を消しており、少し前までうるさかった場所に一瞬にして静寂が訪れ、マコトは一人取り残される。
「あいつ、どこに。電話してみるか……ってやばい、携帯に御坂貸した上着の中だ。まあ部屋に戻ってるだろ」
 しかし、部屋に当麻は戻っていなかった。
「心配だな。家から電話してみるか」
 アドレス帳から検索し、当麻に電話をかけると、ワンコール目でコール音が途切れた。
「スマン、マコト! 今手が離せない!」
 よほど急いでいるのか、息も切れ切れに早口で言うと、当麻は返事も聞かずに電話を切った。
(何なんだ? まあ当麻のことだから大丈夫だろ。でもさっきの奴ら、確かに普通じゃなかった。魔術師? いや、いくらなんでもありえないだろ)
 炎の怪物には少なからず違和感を感じたものの、あの程度の炎なら自分にも出せるため、マコトは全く魔術師の存在を信じなかった。
 このとき、当麻が日常と掛け離れた世界へ踏み出していることも知らず、マコトは眠りについた。

 次の日

 耳に響く電話の音でマコトは目を覚ました。
「もしもし」
「マコトか?」
「ああ。昨日はどうしたんだ?」
「いや、忘れ物しててさ。あと、俺、実家に呼ばれて今学園都市の外にいるからしばらく留守にするからな」
 当麻は明らかに会話を早く終わらせたがっていた。まるで追求されるのを拒むかのように……
 マコトには当麻が何か隠しているように感じられた。
「当麻」
「ん?」
「困ったら頼ってくれな」
 当麻から頼ってくることはないだろう。それを理解した上での気休めの言葉。偽善……マコトの脳裏にその言葉が浮かぶ。
「……ありがとうな」
 当麻は少し考えこむように間を空けると、一言お礼を言って電話を切った。
「当麻……」
 マコトには分かっていた。当麻は嘘をついていることを。
 人のよい当麻のことだ。 どうせ、マコトに迷惑をかけないようにしているのだろう。
「やれやれ……」
 相変わらずの親友に若干呆れながらも、信頼しているマコトは大して心配もせず、のろのろと朝食の準備を始めるのだった。

・・・

(魔術師と戦ったとはいえ、マコトを巻き込む訳にはいかないな)
 上条当麻は孤独な戦いを選び、己の信念のなすままに走り出していた。一人の少女を救うために。

・・・

 一方、学園都市内のとあるビルの屋上では二人の魔術師がたたずんでいた。
「あいつら何者だ? 僕の炎が全く効かなかった。しかも色黒の方に至ってはイノケンティウスまで……」
 ステイルと呼ばれた神父は学園都市の喧騒を見下ろしながら疲れたように言った。
 それを目の端で捉えながら、神裂と呼ばれた女性は抑揚のない、機械のような声で自分の情報を読み上げる。
「上条当麻の方はよく分かりませんが、もう一人は学園都市の最高戦力、LEVEL5の一人だそうです。名前は黒神マコト」
 神裂の情報にステイルは驚いた顔で振り返った。
「へぇ、あれがねぇ。黒神マコト、さすがは最高戦力といったところか……」
 憎々しげに呟きながらステイルは懐からタバコを取り出しくわえる。
「どうやら上条当麻の方が一人で問題を抱えこんだようですね」
「そりゃあいい。仕事がしやすいじゃないか。でも、いつかは借りを返すさ」
 二人はもう一度学園都市を見下ろすと、身を翻して消えた。


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