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幻想御手・過去精算編
盛夏祭
「彼はまだ目を覚まさないのか?」
「はい。まだ三日です。もうしばらく待たないと・・・」

 とある病院の一室。
 まるで空き部屋であるかのように殺風景な病室には一人の少年が横たわっていた。
 名は黒神マコト。
 学園都市壊滅推進派と戦って、影で多数の人間を救った少年である。ベッドに横たわったままピクリとも動かない。
 木山はあの現場から去った後、速やかに必要な演算を実行。アンチスキルに逮捕されたものの無事に目的を果たす事ができた。
 今は特別許可が出て、風紀委員である初春同伴の元、恩人に面会を果たしたわけだが

「お礼を言いに来たのだが、今日は無理のようだな」

 いつ目を覚ますか分からないがしばらくは駄目だろう、という診断を受けたマコトはその長い睫毛が載った瞼を開かず、ただただ苦悶の表情を浮かべている。

「とりあえず自己満足のために言っておこう」
木山はポケットから手を出し、マコトの額に載せて
「君の優しい配慮のおかげで子供達は助かりそうだ。ありがとう」

 相変わらずピクリとも動かないマコトを確かめると、また来る、と言って病室を出た。初春も少し悲しそうな顔をした後にそれに続く。
 電気を消された部屋は薄暗くなり、ぽつりとマコトだけが残された。


・・・


 八月も後半。白井黒子はとある路地裏で戦っていた。隣には御坂美琴、そして上条当麻。眼前には不良の塊、その人数約八十。
 黒神マコトが倒れた、という事実は遅からず広まった。何分マコトが起こした惨劇は規模が大きすぎたため仕方のない事だ。それを聞き付けた第七学区の不良達は、常にあった永久火炎の恐怖から解き放たれ、各地で暴れ回っていた。幻想御手事件は収束し、各々のLevelは2〜3に下がっている。しかし、数は異常だった。
 二人は高位の能力者。一人は最強のLevel0。
 しかし、それを抜きにしてもその瞳には別の強さが宿っていた。

(((マコトが帰って来る場所は絶対に守る)))

 その強い意思を持った三人に敵う者など、不良ごときの中にはただ一人としておらず、結果、第七学区の不良蜂起は、これといった被害もなく鎮圧されるのだった。


 不良達を鎮圧した後、美琴はマコトの元にいた。
 マコトが眠り始めて既に一ヶ月近くになる。
 美琴はその間とにかくがむしゃらに動いた。風紀委員の手伝いで不良達と戦い、、マコトの病室にも毎日のように見舞いに来て、常盤台中学のお祭りである盛夏祭の準備に勤しむ毎日。何かしていないと身が持たなかった。
 しかしそれもここに来て限界に達してしまった。

「マコト、明日、盛夏祭があるの。私、メイド服着てウェイトレスしたり皆の前でバイオリン弾いたりするの。
この前二人で遊んだとき盛夏祭に呼んでくれ、って言ってたじゃない。自分から頼んどいて来ないなんて許さないからね。
あんたは今から目を覚まして、みんなからありがとうって言われるの。それで明日、盛夏祭に来て私のバイオリン演奏を褒めてくれるの。それでね、それでね……ぅぅ……起きて。起きてよ、お願い……だから」

 美琴の悲しみがポタポタとマコトの顔に落ちる。これが映画フィクションなら目を覚ましてハッピーエンドなのだろう。
 しかしこれは残酷なる現実リアルの世界。奇跡なんて起きない。覚めないものは覚めないのだ。

(神様、お願いだからマコトを……助けて)


・・・ 
 

 翌日、常盤台中学、盛夏祭

 美琴の気分とは対象的に、空には雲一つない青空が広がり、サンサンと太陽光が降り注いでいる。
 盛夏祭は、普段は見られない常盤台の一面を見れるとあって、女子寮には大量の招待客がごったがえしていた。もちろんその中にはマコトの姿はない。そのことを理性は理解していても、自然と人混みにしょっちゅう目を走らせてしまう。
「お姉さま?」
 黒子が声をかけるも、それは届かずに美琴の視線は人混みから離れない。
「お姉さま!」
 肩を揺さぶって、強めに声をかけたところで、ようやく美琴は黒子を見た。
「大丈夫ですの?そろそろ初春と佐天さんも来ますわよ?」
「ぇ?ああ、うん大丈夫よ」
「・・・辛いのは分かりますけどマコトさんはいずれ必ず目を覚まします。それまでうじうじしていても仕方ありませんわ。何よりいつものお姉さまらしく元気にすごしていた方がマコトさんも喜ぶのではありませこと?今のお姉さまをマコトさんが見たらきっと笑いますわよ?」
 美琴は黒子の言葉にはっ、と声を漏らした。
(そうよね、黒子の言うとおり。あいつは心配性なんだから今の私を見たらきっと不安になる。笑顔で待ってないと)
「黒子、ありがと。私頑張るから!」
 黒子は吹っ切れた表情で接客に向かう美琴を嬉しそうに見送ると、
「さあさあ舞台は整えました。出番ですわよ?……マコトさん」


・・・


「マコト!」「マコトさん!」
「本当に驚いたよ、回復の早さが異常だね」

「……ここは?」
「病院ですの。マコトさんは一ヶ月近くも眠っていましたのよ?」
「心配したんだぞ?」
  ぼやけていた視界が段々はっきりしてきた。
自分はベッドに座っていて、周囲を三人が囲んでいる。電気が点いていることから夜のようだ。
「俺、何で病院にいるの?一ヶ月ってことはそんな大怪我だったのか?確か当麻に怒鳴り散らしてたような・・・」

マコトは難しい数学の問題を解いているかのようにぶつぶつ呟いては首を捻っている。その様子は冗談で行っていると判断するには些か無理があった。 
 当麻と黒子は唖然とする。しかし同時に思った。
忘れたままでよい、と。マコトのためにも、みんなのためにも。
「ちょっと2人は来てくれるかな?今から看護婦さんが彼の服を替えるからここから出ないとね」
  冥土返しの意図を理解した二人は顔を見合わせると、マコトに軽く声をかけて病室を出る。そのときのマコトの弱々しい笑みが、チクりと胸を刺したのは言うまでもない。
病室から出た途端に少しだけ新鮮な空気が肺を満たすのを感じる。2人は冥土返しに視線を送り、発言を促した。
「彼の記憶の話なんだけど・・・」
「その話ならまたの機会でよろしいですか?お姉様にも聞かせたいので」
「じゃあ俺もそのときに」
「そうかい? じゃあそうしようか」
 冥土返しは二人を振り返ることなく歩き始めた。


・・・
 

 再び時は本日に戻る。
 美琴は黒子の言葉で元気を取り戻し、笑顔で接客を続けていた。
「御坂さん、その服めちゃくちゃ似合ってます!」
「ありがとう、佐天さん、って初春さん……そんなに急いで食べなくても……」
「お嬢様のランチすごくおいしいです! このケーキも! う〜ん!」
「アハハハ、そんなに?」
 初春たちともいつものやり取りが出来るまでに美琴は精神的に立ち直っていた。
「御坂さーん、そろそろ準備してくださーい」
「うん、今行くわ!じゃあね二人とも」
「はい、頑張って下さいね」
「私達も見てますから!」


・・・


 美琴は水色のドレスに身を包み、ステージに立っていた。その出で立ちは、普段の男勝りの性格を完全に忘れるほど女の子らしく、どこからどう見ても清楚なお嬢様にしか見えない。
 現に黒子は、目にハートマークを浮かべ「おね〜さま〜、美しすぎますのぉ!・・・ジュルリ」とよだれを垂らしながら奇声を発している。
それ(変態)をすがすがしいまでに美琴は無視すると、目の前の大群集を見渡す。
 美琴は常盤台、いや学園都市内でも有名人だけあって、このイベントも本日のメインとなっていた。観客の期待も大きい。そう思うと、気の強い美琴にも緊張が込み上げてきた。
(う……あいつが来てないとはいえ、黒子にはビデオ撮ってもらってるし、常盤台のエースの名にかけても失敗できない……でも、やっぱり緊張する〜)
 美琴が中々演奏を始めないせいか、観客達が少しずつざわめきだした。
「御坂さん大丈「大丈夫ですの」
 初春の声を途中で遮って黒子は自信たっぷりに言った後、空間移動でその場から消えた。

・・・

 炎天下の日差しの中、マコトは当麻に支えられながら歩いていた。

「大丈夫か?」
「さすがに病み上がりの身体にこの日差しは堪えるわ。お、やっと見えてきた」
 青い顔をしながらマコトはたどり着いた。常盤台中学女子寮。
「しかしついてないなぁ、前日の夜に目覚めるなんて。ついに当麻の不幸スキルが伝染したか。恋愛フラグ乱立スキルの方が欲しかったな」
「ちょっ、マコトさん!? 心なしか入院前より毒舌になってません?つーか上条さんはフラグメーカーではありませんのことよ!」
「うるせぃ。お前さえいなきゃ俺は今ごろモテモテのはずなんだよ。あぁ泣けてきた。やっぱまだ寝とけばよかった」
「あぁ〜!神様!あの頃の純粋なマコトを返して下さい!」
 当麻がいつもよりダークな感じのマコトの対処におわれていると、ふと腰に何かがしがみつくのを感じた。そして、直後、頭にサクリと多数の剃刀のような鋭い歯が突き刺さり血がタラタラと当麻の顔を流れる。
「とぉ〜まぁ〜、私をおいて一人だけお祭りでおいしい物を食べようとするなんて許さないんだよ」
 頭を食いちぎらんばかりに歯をたてていたのは狂犬、もとい暴食シスターインデックスだった。
「ギャー、不幸だぁ〜!」とお約束の叫び声を上げた当麻に満足したのかインデックスは空中で一回転して体操選手顔負けの着地を決める。
 マコトがいつも通りの光景に苦笑していると、満足そうな顔のインデックスと目が合った。
「マコト・・・」
途端、さっきまでの明るい表情が抜け落ち、哀れむような悲しむような、そんな表情が新たに浮かび上がる。
「インデックス、ちょっと・・・」
 何かを思い出したようにインデックスに当麻が耳打ちする。耳にかかる当麻の吐息に頬を林檎のように赤く染めながらもインデックスは当麻の話を聞き終えた。
 すると、先程の表情を隠すかのように満面の笑みを浮かべ、
「階段から落ちて一ヶ月も入院するなんてマコトは意外とドジなんだね。もう大丈夫なの?」
 マコトは唐突な言葉に驚きながらも少し恥ずかしそうに笑みを浮かべ、
「ハハハハ、ゴメン心配かけたね。もう大丈夫だよ」
 インデックスはマコトの青い顔を見て「全然大丈夫そうに見えないかも」と呟くと、当麻にマコトを支えるように指示を出し、一人で常盤台のお食事を堪能しに行った。彼女なりに気をつかったのかもしれない。
「そういえば黒子はどこにいるの?待ち合わせの時間はもう過ぎてるんだけど」
「おかしいな、確かに北門に二・・・」
「どうした?」
 当麻は言葉を止めると、門のプレートを穴が空くほど見つめる。そして、プレートには“南門”。
ギギギ、と軋む首を無理矢理動かしてマコトの方を振り返ると
「かっみじょーく〜ん?」
 衝撃の事実に気がついたのか、まるで語尾に音符が付きそうなほどの笑顔を浮かべた悪魔、もといマコトが立っていた。
「ここまで案内してくれたのは誰かな?」
「わ・・・私めでございます」
 ドスが効いた声、笑っていない目。上条を地面にはいつくばらせるには十分だった。
「上条君、君は喧嘩を売ってるのかな? ただでさえ病み上がりの身体を酷使したというのに君はそれを無駄にした上にまだ歩け、と?」
「えと、えーっと……」
 上条が言い淀んでいると
「のわぁっ、いつの間に後ろに……ギャー!」
 人の気配がしたので後ろに振り返ると、先程まで絶対前にいたはずのマコトが一瞬で移動し、首元に燃え盛る炎剣を突き付けていた。当麻の額では恐怖と熱とで汗の大洪水が発生し始める。
「上条君? 君さえいなければ僕にも少しは恋愛フラグが立つし、死亡フラグも減ると思うんだぁ。だから……死ね」
「ヒィィィ」
 あまりの恐怖に当麻はバタリと失神してしまい、マコトはため息をつきながら、屍の右手に炎剣をぶち当てる。
 辺りには殺人現場のような静けさが流れており、周囲の人間(主に常盤台のお嬢様達)はひそひそと内緒話をスタートさせている。会話の内容は、あの人ちょっとやり過ぎじゃない?、とか風紀委員に通報しよう、とか鬼、とか悪魔、とか……
 マコトは冷や汗をダラダラ流し始めるとおもむろにポケットに手を突っ込む。そして緑色の腕章を取り出すと、言い放った。
「私はジャッジメントですの。この男は常盤台の生徒のスカートをめくる、という不埒な行いをしましたので天罰を加えていましたの」
 マコトの言葉遣いに違和感を覚えながらも常盤台の女子達は目の色を変え、当麻に向かって特攻していく。
「ん〜、助かったのか? やれやれ何だかんだでマコトは……って、えぇ!? どうして私に向かってお嬢様方が殺気を放ちながら特攻しているのでせう!?」
 当麻は目覚めと同時に、K−1ファイターも真っ青の状況に直面し、助けを求めるべく、必死にマコトの姿を探す。しかし待っていたのは悪魔の微笑みだった。
「当麻・・・ずっと俺のターンだ」
「不幸だぁ〜! イタタタ、腕を本来曲がらない方向に曲げないで。痛い痛い、蹴るな、あ、でもこの状況は状況で幸……すいませんすいません、だから指の爪剥がそうとしないで下さい! 不幸だ不幸だ不幸すぎます! マコトさん助けてぇ〜!」
 お嬢様方の、能力使用一切無しの攻撃に当麻は為す術も無く、断末魔が響き渡った。その光景にマコトまで怖じけづいたのは言うまでもない。
「マコトさん! 何度見ても待ち合わせ場所にいないと思ったらこんなところで何をしていますの?」
 歩こうにも当麻を犠牲にして不可能なため立ち往生していると、黒子が慌てた様子で虚空から現れた。
「いや、あの上条バカが待ち合わせ場所間違えやがったから常盤台の生徒と痛めつけてた」
 お嬢様方がこちらに親指を立てていたため、こちらも親指を立てて引き攣った笑みを浮かべる。何かやらないと殺されそうな気がした。
「それよりもうお姉様の出番が始まってますわ。その類人猿は放っておいて早く行きますわよ」
 二人の姿は虚空に消え、後にはモザイクが必要なほど痛めつけられた当麻だけが残された。

・・・

「あ、マコトさん!?」
「いつ目覚めたんですか!心配したんですよ!?」
 テレポートで会場に着くと同時に初春と佐天さんが怒ったように声をかけてくる。
「ああ、ゴメン。もう大丈夫だよ。心配かけたね」
 二人に謝りまくった後、ステージに目をやると、一人の女性がバイオリンを抱えて立ちすくしていた。普段とのギャップのせいで気づくのに時間がかかったが、御坂美琴だ。その出で立ちは、知り合いのひいき目抜きにしても美人に見える。
 しかしどうやら様子がおかしい。手足が情けなくがくがくのを遠目からでも見て取れるし、いつまで待っても演奏を始めない。表情は今にも泣き出しそうだ。

「黒子、最前列に連れてってくれない?」
「え、ああ、はい、分かりましたわ」
 黒子は意図を理解したのか、ニヤリと笑うとマコトの肩に手をかけた。

・・・

(どうしよう、体が動かない)
 美琴が硬直を開始して、はや三分が経過していた。さすがにここまで来ると客も不審に思い、会場のざわめきも大きくなってくる。それが美琴をさらに硬直させるという悪循環。
(やばいわね。一旦中止に……)
 美琴が係員に一時中断を求めようか迷っていると、ふと何もない場所から人間が現れた。美琴は驚愕する。一人はツインテールの少女。もう一人は・・・
(嘘……どうして?)
 顔は不健康そうに青ざめているものの、一番最後に見たときとは違い、目はパッチリと開いている。一ヶ月ずっと待っていた黒神マコト、その人が最前列に現れた。
 マコトは美琴の視線に気付くとニヤリとずっと見たかった笑みを浮かべ、
「ただいま」
 その一言で美琴の全身に力が駆け巡った。
そして、涙を我慢しながら無理矢理に笑みを浮かべると
「バカ……おかえり」
 吹っ切れた美琴のバイオリン演奏は人々の心に澄み渡り、大成功をおさめた。


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