緊急事態発生!
新たな登場人物
常滑雷太 ヤタガラス製薬社員
伊奈正英 ヤタガラス製薬社員
前話の続き
「やあ、本山君も来ていたのかね。」
話し合っていた二人の背後から声が掛かる。所長兼社長の津島だ。
「あ、おはようございます。」
「おはよう。二人して何を話していたんだい。」
「行方不明の宮野研究員の事ですよ。」
津島の問いに鵜沼が言った。
「ああ、彼女の事か。全く、一体どこへ行ったのだろうかね。今のところ見つかって処分されたとは聞いていないが。どっちにしろ、本当に惜しい人材を我々は失ったよ。彼女の頭脳なら充分ノーベル賞も獲れるような研究を行えただろうに。全く運命とは非情なもんだ。」
「本当ですよ。」
本山が相槌を打つ。
「しかし、彼女も本当にかわいそうですよ。あの歳で毒薬を作らされただけじゃなく、親兄弟も組織に殺されちゃ…・」
鵜沼がそこまで言った時。
「それ以上言うな!!」
津島が叫んだ。
「しょ、所長。」
うろたえる鵜沼に、津島はそっと近づいて小声で言った。
「いいか、この部屋のどこに組織が盗聴器を仕掛けているのか判らんのだぞ。一応宮野夫妻の死因は事故死と言う事になっているのだ。いらぬ疑いを掛けられたくなかったら、めったなことは言うんじゃない。」
「わ、わかりました。」
組織の監視はそれはもうすさまじい物であった。もし少しでも組織に反抗的なところを見せると、直ぐに監視役の人間がやってくる。そして一歩間違えると直ぐに粛清の対象になり、最終的に殺される。しかも、証拠も残さず。ここまで来るとソ連のチェイカーがナチスのゲシュタポ(前者はソ連共産党、後者はナチス独逸の秘密警察)なみにすごいとしか言い様がない。もしかしたらそれらよりもすごいかもしれない。津島が警戒するのも無理のないことである。
「わかればいい。さ、仕事を始めようか。」
「「はい、所長。」」
こうして、3人は仕事に取り掛かった。
「今日することは、APTXの廃棄処分についてだったな。」
津島が本山に確認する。
「ええ、そうです。いやあ、しかし本当に回収するのは苦労しましたよ。3ヶ月も掛かってしまいましたから。」
そう言って、本山は部屋の隅の机の上に置かれた回収されたAPTXが袋詰されて入っているダンボールを見た。
「仕方ないさ、世界中の支部に配られてしまっていたのだから。ま、使用された数が少なかったのがせめてものすくいだよ。」
「全くです。」
そして自分の机に座る本山。
APTX4869は結局毒薬としての使用は不安定要素が多すぎると言う事で、全ての廃棄が決定した。最も組織の連中は、証拠を残さず完全犯罪可能というキャッチフレーズのこの毒薬に期待する所大であり、廃棄を渋ったが、「じゃあなにか、これを使用して毒殺に失敗した挙句、組織の事が外部に漏れても良いって言うんだな。」と会議の席上で津島に強く言われては、廃棄に同意せざる得なかった。
この日、本山は廃棄してもらう業者を選ぶ予定であった。簡単な様であるが、これは重要な仕事である。いい加減に選んだ挙句、薬を横流しするような悪徳業者に当たるとも限らないのだ。また、口の固い業者であるのかも問題であるから、慎重に決めねばならない。
そして業者を決め、依頼の電話をし終えた時には既にお昼近くになっていた。
「所長、業者への発注終えました。」
「ああ、ご苦労様。今日は私と君は半日だったな?」
「はい、もうすぐ交代の二人が来るでしょう。」
「じゃあ帰ろうか。」
「はい。」
本山は帰り支度をするべく自分の席へ戻っていった。そして津島も同じく帰り支度を始
めた。そこへ兆度交代の伊奈と常滑の二人がやって来た。
「所長、交代です。」
「ああ。それじゃあ後は…」
そこまで言った時、机の上の電話が鳴った。津島は急いで受話器を取った。
電話の相手は組織のお偉いさんで、内容は科学部門の予算の減額に付いてであった。そのため、この電話は長電話となってしまった。彼としては予算を減らされてはたまらんから粘りに粘った。
その電話の最中に、常滑が何か言ったが、彼は「わかった。」と軽く受け流してしまった。
これがそもそもの間違いの始まりであった。
最終的に電話を三十分後に終え、津島は帰宅した。この時2人に声を掛けていればよかったのだが、不愉快な電話の後だったため、彼は黙って帰ってしまったのだった。
翌日(つまり第一話の日)昼過ぎ
「な、なにいいいい!!」
出勤してきた津島の声が部屋中に響いた。何事かと、鵜沼と本山が駆け寄った。
「どうしました所長?」
「本山君。確かAPTXは袋にまとめて、この机の上に置いたはずだったよな。」
「はい、確か昨日の帰りにそうしておきましたが、それがなにかって、あれええええ!!」
今度は本山が声を上げた。
机の上には何もなかった。
「なんでないんだ?」
「さあ?」
鵜沼が首を傾げた。
「確か昨日の午後ここにいたのは伊奈と常滑の二人だったよな?」
「はい、確かそうでした。自分は外回りでしたから。」
鵜沼が言った。
ガチャ
扉の開く音がした。3人が見ると、今言った二人が立っていた。
「おはようございます。どうしたんですか、朝から大声上げて?」
伊奈が言った。その彼へ、津島は飛びかかった。
「おい、お前ら昨日ずっとここにいただろう?ここにあったカプセルが入った袋はどうした?」
「ぐ、ぐるじいい、やめて下さい所長。」
その言葉に手を離す津島。そして彼の問いに答えたのは、ゴホゴホとむせる伊奈の後ろにいた常滑だった。
「え?あのカプセル剤ですか?あれって、頼んでおいた風邪薬だったんじゃないんでか?」
「何!?」
「ほら昨日、3つの店から補充の依頼が来ているから追加分を出して欲しいって電話中に頼んだでしょう。」
慌てて記憶を探る津島。確かにそんな事を言われたような気がしないでもない。
「じゃあ、まさか。」
「ええ、瓶詰めして出荷しましたよ。高速便で。」
その言葉に、津島、本山、鵜沼の3人の顔が真っ白になった。もし、薬が既に売れてしまっていたら、組織の情報を漏洩させたことになる。そして、すなわちそれは死を意味していた。
「馬鹿者!!あれは回収したAPTXだ。直ぐに出荷先の店に売れてないか確認しろ!!ただし、店の名前や人名を声に出すな。急げ!!」
ようやく事態を理解した二人が電話に飛びついた。
そして、5分後。
「出荷した3店全てで午前中に一個ずつ売れてしまったそうです。残りの薬の販売は差止て貰いましたが…」
常滑のこの言葉に、その場にいた全員の表情が凍りついた。もはや全員粛清されるのが決定したような物だ。
そして、この報告に、津島は腹を決めてこう言い放った。
「全員ここを脱出するぞ!!」
つづく
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