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(2)
「俺を、軍に加えて下さい」
タキがカリムにそう言ったのは、遺体なきルーシアの葬儀が終わった夜の事だった。
その日、終始無言で兄の遺影が納められた棺を見つめていた彼の第一声が、その一言
であった。
「タキ…」
困惑するカリム。
ルーシアの魂を納めた棺は、厳かに土に還された。
葬儀には大勢の弔問客が参列し、国の危機を救った偉大な英雄との別れを惜しんでいた。
サァサァと振る霧雨の中、タキの頬を伝っているのはまるでただの雨のようにも見えた。
「タキ、気持ちは分かるが…」
軍に加えるわけにはいかない。
約束したのだ。タキを守る、と。
「受け入れてもらえないのなら、俺一人でも行きます」
硬い意思の秘められた彼の言葉に、カリムは絶句する。
放っておけば、この少年は本当に一人で敵地へ乗り込んでしまうだろう。
しばし無言で見詰め合う二人。
「…分かった。入隊を認めよう。ただし…」
しばらくの沈黙の後、カリムが重い口を開く。
「軍に入る以上、上官の命令には従ってもらう。もしも勝手な行動を取った場合は軍議にかけ厳罰を処した後、直ちに隊を追放するぞ。どうだ、約束できるか?」
コクリと頷くタキ。
その決意に満ちた顔を見て溜息をついたカリムであったが、すぐに厳しい表情を作り言い渡した。
「よろしい。タキ=エイジス。クオース軍第三中隊への入隊を許可する。詳細は追って説明する。出発の準備をしておくように。以上!」
ピシリと敬礼の姿勢を取るタキの姿は、本当にこれが初めて軍隊に入る少年かと思えるほど
様になっていた。
(3)
「タキ…」
薄暗い寝室の中、ベッドに腰掛けたまま、カリムは何度目ともしれぬ溜息を突いた。
時計に目をやると、針は午前四時を指していた。
(無事でいてくれ…)
祈るような気持ちで窓の外を見る。
既に月明かりはなく、時折チカチカと瞬く星の輝きだけが、真っ暗な夜空を僅かに彩っていた。
今日中に帰ってこなければ、敵に捕獲されているか、あるいは…
ブルッと身震いして、カリムは堅く目を閉じた。
考えたくもないのに最悪の想像が脳裏をよぎる。
こんな立場でなければ、今すぐにでも外へ飛び出してタキを探しにいっているところだ。
「無事で…いてくれ…」
組んだ両手を額に押し当て、もう一度祈るように呟く。
戦争は嫌いだ。
国家の我侭に付き合わされて犠牲になるのは、いつも何の罪もない人々である。
何も生まれない。
生まれるとすれば、憎しみと悲しみだけだ。
そして、その憎しみと悲しみだけがいつまでも色褪せることなく、タキのような子供達の
世代へと受け継がれてゆく。
決して癒える事のない、傷跡だけを残して。
クオースは雄大な国ではあるが、豊かな国ではない。
国土の大部分を占める不毛の大地に作物はあまり実らず、険しい山脈を背に三方を他国に
囲まれ、常に領土を狙われている。
人工の多さが貧困に拍車をかけ、貧しい国民が生き延びるには軍に入り他国を侵略して
糧を得るしかない。
クオースもまた、生存する為に必死なのである。
サラン族が有する土地は肥沃で広大だった。気候も穏やかで、彼の地を獲ることはすなわち、
クオースの民を救うことに繋がる。
そのために戦うのである。
そこに住む先住民達の、尊い命を奪って。
カリムは貧しい家の出身であった。
両親は故郷で細々と商売をしているが生活は苦しく、カリムを含む三人の兄弟達も、七歳になると軍事学校へ入れられ厳しい訓練を経て軍人となった。
戦場で名を上げ昇格すれば、多大な恩謝が与えられ、家族を養うことができるからだ。
だが、二人の兄は四年前に戦死した。
カリム自身も幾度となく生死の境を渡り歩き、一年前ようやく伍長に昇格した。
ルーシアに出会ったのもこの時である。
ほどなく今回の侵略戦争が始まり、現在に至る。
今や中尉という地位にあるカリム。異例の昇格を遂げた彼だが、その代償はあまりにも大きなものだった。
皮肉なものである。
人を救うために、人を殺さなければならないのだから。
戦争に正義などない。
今の彼にできることは、一日でも早く、また一人でも双方の犠牲者を少なく、この戦争を終わらせる事だけである。
「…やはり、戦争は嫌いだ」
一人ごちた後で、力なく笑う。
戦争が好きな人間など、いるものか。
「…タキ…」
三度その名を呟いたカリムが目を開けると、東の空は既にうっすらと白み始めていた。
また、戦いが始まる。
のそりとベッドから降りると、カリムはやりきれない気持ちのまま、冷たい軍服に袖を通した。 |