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滅星児
作:沢渡 縁





                 第二章:謀略


(1)


「…ルーシア!!」


自分の叫び声で、カリムは目を覚ました。

背中が、汗でぐっしょりと濡れている。
ドクドクと早鐘のように鳴る心臓を押さえて、ゆっくりとベッドの上に上体を起こす。


「…また、あの夢か…」


震える手を伸ばし、横にあるテーブルの上に置いてあった水の入ったカップを持つと、
一気に飲み干した。


クオース軍兵士宿舎。

首を回し枕元に置かれた時計を見ると、午前三時を少し回った所だった。
真っ暗な部屋の中、深い溜息を突きながら、カリムはがっくりとうなだれる。

何度目だろう、あの夢を見るのは。


「…ルーシア…」


ポツリ、と再びその名を呟く。



ルーシア=エイジス。

半年前に戦場で死んだ彼の上官で、タキの兄である。

実直な男だった。

カリムより一つ年上の二十七歳。
正義感に溢れ、実戦経験も豊富で部下からは慕われていた。
嘘が嫌いで、思った事をハキハキと言う、気持ちの良い人物だった。

ルーシアはカリムの数少ない理解者であり、良き上司にして好敵手でもあった。

だが。

別れは、ある日唐突にやってきた。


あの日。

当時まだ伍長であったカリムは、クオース軍第三中隊の中佐ルーシアと共に、
激戦地でサラン兵の主力部隊と一進一退の攻防を繰り広げていた。

大量の血で赤黒く染まった大地には無数の屍が転がり、空は連日黒煙で覆われ、
肉食の猛禽類が屍を食い漁っていた。
異臭が鼻を突き、原因不明の病に幾多の戦友達が倒れた。

地獄絵図のような戦場を昼夜休まず攻め続け、ようやく戦況を有利に傾けた頃だった。

鬱蒼としたやぶの中に、カリム達はサラン軍の一団を追い込んでいた。
大振りのサバイバルナイフを構え、逃げる一団を追跡するルーシアとカリム以下、
十数名の部下達。

開けた場所では絶大な威力を誇る剣銃も、この狭い場所では小回りが効かず、上手く
扱う事ができないのだ。

もう少しで各方面に散った別働隊との包囲網が完成すると思われた、その時。

彼等の前に、一人の男が立ち塞がった。

巨大な槍を構え、黄金色に輝く羽飾りを頭に差したその男は、次の瞬間気合と共に
手にした槍を真一文字に薙ぎ払った。

四人の兵士が、宙を舞った。
まるでスローモーションのようにカリム達の頭上を超え、更に数メートル後方の地面に
叩き付けられる。

即死していた。

カリムの背中を、ゾクリと悪寒が走る。
『密林の悪魔』バルオンが、二人の目の前に立っていた。

その直後、遠方から微かに仲間達の悲鳴が上がったのが聞こえた。


「しまった!伏兵か…!!」


退却したと思われたサラン軍は、この(やぶ)の中に味方の兵を伏せていたのである。
包囲されていたのはカリム達の方だった。


「撤退だ!全軍退却!!」


素早くルーシアが指示を出すが、既に遅かった。
クオース軍は合流する手前で待ち伏せていたサラン兵達によって各個撃破されていた。

この密林は、サラン族にとって庭のようなものである。
地形的不利に加え、カリム達の装備であるナイフではサラン族の長槍には勝てない。
背中に背負った剣銃も、この薮では邪魔になるだけである。

周囲からクオース兵達の絶叫が聞こえてくる。


「くそっ…!どうする、ルーシア!」


じりじりとにじり寄るサラン兵達をナイフで牽制しつつ、カリムがルーシアに指示を求める。

このままでは、全滅する。

もはやこれまでかと、カリムが覚悟を決めたその時。


「行け。俺が退却路を開く」


ルーシアが低く囁いた。


「…なに?」


「カリム。君達はなんとしても生き延びて国に戻り、戦況を伝えてくれ」


「ルーシア…?」


一瞬、その言葉の意味が理解できず、困惑するカリム。


「俺が囮になって敵を引き付ける。君達はその隙に包囲網を突破して援軍を呼ぶんだ」


何を言っている…?

カリムは耳を疑う。ルーシアは、自分が一人この敵の大軍勢の中に
残る、と言っているのだ。

ようやくその意味を理解した脳が、カリムの体を凍りつかせる。
ルーシアはカリムの目を見据え、覚悟の表情で告げた。


「いいか、これは命令だ。…逃げろ!」


「嫌だ!!俺も戦う!!」


カリムが吠えた。
ルーシアはここで犠牲になって死ぬ気だ。


「嫌だ…嫌だっっ!!」


カリムは必死に命令を拒む。
途端、ルーシアは思い切りカリムの頬を殴った。


「バカヤロウ!!ガキみてぇな駄々こねてんじゃねえ!!」


その迫力に一瞬、目を丸くして固まるカリム。

ガシリ、とその両肩を掴み、今度は優しく諭すように続けるルーシア。


「お前がしっかりしなきゃ、誰がこの部隊をまとめていけるんだ…!」


ルーシアの瞳には揺るがぬ決意の色が満ちていた。

もう…引き留められない。

本能的に、カリムは悟る。


「カリム…いや。カリム=スレイン伍長。ただ今より君に、クオース軍第三中隊の全指揮権を託す。即刻全軍を退却させ、生き延びよ!!」


そう言うと、ルーシアは腕に縫い付けられていた勲章を剥ぎ取り、カリムの手に握らせた。

カリムの頭を、ルーシアと部下達の顔が交互に駆け抜ける。
涙が溢れ、目の前のルーシアの顔がグニャリと歪んだ。
泣きながら、最敬礼を取るカリム。この瞬間、彼はクオースの指揮官となった。

生きて、帰らなければならない。

戦果を待っている国民の為に。
多くの仲間達の命の為に。
何より…自らを犠牲にして自分達を逃がそうとする、この男の為に。

槍を構えたバルオンが、目前に迫っている。

ナイフをかざしたルーシアがバルオンに向かって走り出す。

走りながら、ルーシアは叫んだ。


「カリム!タキを頼む!あばよ!!」


突然走り出したクオースの指揮官に、サラン族がいっせいに飛び掛る。



「全軍退却!!俺に続けえええっっっ!!!」


カリムが叫び、ルーシアに背を向けて走り出す。

必ず、生きて帰る。

走りながら後ろを振り返ったカリムの瞳に、バルオン目がけてナイフを振り下ろすルーシアと、その身体を槍で貫く『密林の悪魔』の姿が焼きついていた。












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