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ラブカクテルス その44
作:風 雷人


いらっしゃいませ。
どうぞこちらへ。
本日はいかがなさいますか?
甘い香りのバイオレットフィズ?
それとも、危険な香りのテキーラサンライズ?
はたまた、大人の香りのマティーニ?

わかりました。本日のスペシャルですね。
少々お待ちください。
本日のカクテルの名前は美語でございます。

ごゆっくりどうぞ。


私は悟した。
全くこの頃の若い人は、何でも略して話したがる。
それは、お友達の間ではよいかも知れませんんが、お仕事にその様な言葉を使うなんて、大半の場合が失礼にあたります。
若い社員の方々は、そんな話しを私がしだすと、とても煙たい顔をなさって私の前から逃げようなどと考えるようですが、そうはさせません。

私は、そんな間違った若い方々に言って聞かせて、美しき言語を後世にも正しく伝えてもらうという強い信念があるのです。ですから私がもし、ここで手を抜くようであれば、何人の未来の子供達がいい加減な言葉しか話せないようになってしまうのか。
今、私が嫌われてもいいのです。
きっと近い将来、若い方々が歳をおとりになったときには、私に感謝するでしょう。
その日まで、私は努力を続けなくてはならないのです。

若い方々は、そんな私の弁を聞いているのか、聞いてないのか、仕事があるのでと、我先にと逃げていく。
全く仕方がありません。
いつもこうした感じです。
私も、自分のオフィス、いや、仕事場に戻るとしましょう。
私は背筋をピンと伸ばして、廊下のやや左側を歩いた。


そう言えば、今日からうちの課に研修生が来るからと、上司が私に世話を押し付けるように、昨日言ってきたことを思い出し、時計を見た。
もうそろそろ来るはずの時間。
私は用意した、仕事の説明に使う書類に不備がないか、もう一度確認を行なった。

5分、10分、15分。時間が経っても、研修生は現れずに、私はいよいよイライラして、電話に手を掛けたその時に、私の部屋の扉にノックの音がした。
私は初日からの、この失礼を、どうやっていじめて償わせようかと、少しウキウキした。
もしかしたら、私ったらそんな気があったのかしら。
気を取り直して、私は返事をした。

少し開いた扉から、ヒョコリと顔が現れて、私を見るなり、課長さんですか?と聞いてきた、少し色黒の若者の目はギラギラしていて、私は少しタジろぎそうになった。
結構いい男でもあった。
私は、そんなことにはごまかされずに、いよいよ攻撃を始めようと、彼に部屋に入るように言った。

研修生は、私を見るなり、課長さんあの〜と言ってきたので、言い訳からきたかと、私は少し強い口調の言葉を投げてその口に栓をした。
貴方、遅刻してきてなんですか、その態度は。失礼です。
研修生とは人から色々な事を教わる立場なのに遅刻してくるとは何事ですか。
貴方の様な方々が増えると、この国の素晴らしい文化を受け継ぐ橋渡しができなくなります。
ですから私が、貴方のそういうところから、とことん直していきます。
それを聞くと、研修生はギラギラした目を皿の様にして、よろしくと言った。
私は、堪忍袋の緒が切れる音が心に響くのを確認すると、一気にお腹に力を入れて吐き出した。

なんですかっ!その態度はっ!
反省と言う事を知らないのですかっ!

私は先手を打って、出だしで上下関係をはっきりさせ、勝利を勝ち取ったことを認識した。
しかし研修生は、なぜか分厚い辞書程もある本広げて、ハンセイハンセイと呟きながら、ヒラヒラとページを捲った。
私はその、あまりに理解できない行動に首を傾げて、彼に近づいてその本を取り上げた。
研修生は、突然のことにキョトンとしているようだったが、私はそれにお構いなくその本を見た。
表紙には見たことのない文字。しかも捲ったページにはそんな文字とともにアルファベットで、何となく読める言葉が一緒に綴られていて、きっと本当の辞書なのだろうと分かった。
ということは、
私は研修生の顔を今一度、マジマジと見て、確かに外人のような目鼻、顔立ち。
しまった。
話しになかったとは言え、私の誤解だったのだった。
私は持っていた辞書を研修生に強く突き返して、この国に来たならこの国のやり方でやらせていただきますのでそのつもりでと、その場をごまかした。
研修生は、かなりの迫力を持たせた今までの私の言葉に何の反省も感じていない顔で、はい分かりましたと、軽い笑顔で答えた。
私は複雑な顔で、その軽薄な攻撃に余裕を見せようと笑い返してみたが、口が少しひきつっているのが自分でも分かった。

私は研修生に自己紹介を促した。すると、自分に関しての情報が書いてある書類を私に出してきた。
ほらきた。
私は思った。この礼儀知らずの常識知らず。
いいですか、この国ではまず始めに、自分の名前から人に紹介します。貴方のお
国では違うのですか?
すると研修生は頭を掻きながら、ジョンですと言った。
私は首を横に振って、言った。
ダメダメダメです。
貴方、目上の人への挨拶で、自分の名前を紹介するときは、まず姿勢をピンとさせて立ち、名字と名前をきちんと言いなさい。自分の名前を省略して言うなんて失礼に辺りますよ。さっ、もう一度。
そんな言葉を聞いた研修生は、メウエとは何かと聞いてきた。
私は少しイライラしながらも、歳上の人、もしくは立場の偉い人、つまり会社では上司のことだと教えてあげると、今度は省略はイイコトではないですか?と聞いてきたので、私は当たり前ですと、強い口調でいい放った。
研修生は、仕方ないと言った顔を浮かべて、両手を体の横に揃えて伸ばし、背筋をピンとさせ深呼吸をすると、
初めまして。私の名前はジョン・ジャルニスクリスティーナゴンザレストリナスザンバルシリアンクリス・ガンナルカマールアントニーカルナシーカタルシスマイヨナンタロス・サタルスハニラニアクナスタマンニラマラマハックローニンスタンリンハウワンサクラマナノニーニョです。よろしくお願いします。と言い、少し力を抜いて、どうですかと言う表情で私を見た。
私は動揺することさえもできずに研修生の目をジッと見て、この先どういう展開にしていけばいいかを完全に見失った事を悟った。
私は、えっ次、次はじ、自分の名前、そう名前だ。名前を言えばこの場が自然に流れる。そのことに期待して、そこからサラリと手元の書類を手渡す作戦にでたのだった。そして、手早くその内容を読み上げて、研修生に向かって無理矢理分かったわねと、あいずちを促し、その後の言葉が彼の口から出る前に、ちょっと用事があるからと席を外すことにして、研修生をドアの外に追いやった。
部屋がシーンとなった時、初めて私は敗北したことを実感した。
恐ろしき文化の違い。
私は自分の言っていた事には間違いはないことを自分自身に言い聞かせて、郷に来れば郷に従えだと、意味も考えずに口に出したのだった。

私が机に腰掛けて、ため息を洩らしながら落ち着きを取り戻そうとした瞬間、私を呼ぶ電話のベルがけたたましく鳴り、体が自然にビクッと跳ねた。
慌てた手は、受話器を上げたものの、それを掴み損ねて大袈裟な音を立てて机に落ち、そのせいでまた、私の体がビクッとなった。
何とか受話器を自分の顔に近づけて返事をすると、相手が部長だったことになぜかホッとして、言葉を整えた。
そんな私を知ってか知らずか部長は私に、さっきの研修生がどうすればいいか困っているから直ぐに彼のところに来るように言ってきた。
私は今忙しいから無理だと言い逃れをしようとしたが、部長は今日は研修生の世話が私の仕事で、それ以外は後に回すよう興奮して言われ、逃げることは叶わなかった。
私は仕方なく、受話器を戻すと、研修生がいるという部長の部屋に行くことにした。


私が部長の部屋をノックして返事があったのを確認した後、そろそろと扉を開けると、そこには内の部署の人間の殆どが集まり、研修生を囲むようにして何かの話しが盛り上がりを見せているのが分かった。
私はコソコソとそこに耳を傾けると、その盛り上がりの原因が彼の名前、いや名字の長さに驚いて咲いた話題だと知って、なぜか胸がハラハラしてきた。
私はそんな中にはとりあえず入らないようにして、部屋にいることさえ気付かれまいとしていると、研修生は私に気付き、私を呼び捨てで呼んだ。
私はムカッとして彼に振り返ると、周りの視線は私をグサグサと指して、私の動きを封じた。
そこに追い討ちを食らわすように、研修生が、私が礼儀について語ったことに対して大袈裟に感動したと言いだし、その傍ら私を呼び捨てにしたことを、お茶目に自分の頭をコツと叩いて、またやってしまったよーとおどけて見せたのだった。
周りはそれに過剰とも思える反応を示して笑い合った。
私はその異様な雰囲気に、機嫌が悪そうな顔から引きつった顔へと表情を移し、一言言ってやらなければ収まらないと、口を開いた時だった。
社長がわざわざこの部署にやって来られたのだった。
全員が一瞬にして姿勢を制して緊張した空気が部屋に走った。
研修生だけはキョトンと、その一辺した皆の表情に流されずにいた。
部長は私の背中をつついて、彼を社長に紹介するように促した。
私は突然のことと、その場の雰囲気に持って行かれて、はいっと返事をしてしまった。
時既に遅しであった。
私は社長に45度にお辞儀をして、紹介を始め、
今日から内の部長に研修生として来ている、じ、ジョンです。
私は名字を省略してしまったのだった。
皆の視線がまた一斉に私に突き刺さる。
社長は、日頃から私よりも言葉の使い方や、姿勢について厳しい人だ。私は社長に目を合わせることができずに下を向き、お叱りを覚悟していると、研修生のジョンが大きな声で、
よろしくお願いします。ジョン・ジャルニスクリスティーナゴンザレストリナスザンバルシリアンクリス・ガンナルカマールアントニーカルナシーカタルシスマイヨナンタロス・サタルスハニラニアクナスタマンニラマラマハックローニンスタンリンハウワンサクラマナノニーニョと言いますと、そんな私を後目に言い放った。
それを聞いた社長は目を丸くして驚くと、よくできた若者だ。うちの社の若い者も彼に負けないようにがんばりたまえと、ご機嫌で部屋を出ていくのだった。
私は胸を撫で下ろして、大きく息をついた後に彼を見ると、研修生は屈託のない笑顔で私を見ていた。
私は思わずお礼を言った。
研修生は、えっ?何が?という顔をしたが、私は何だか笑ってしまって、彼も訳も分からずにただ素敵に笑うのであった。
そして、部屋全体が明るい声に包まれた。


廊下で社長は呟いた。
なんだ、あの長い名前は。あんなの研修終了時の証明書を出す時に読み上げるのか?
イヤだイヤだ。
そうだ!名前だけでいいか。
省略するのも日本の文化だしな。
社長は口笛を吹き、軽いスキップをした。
おしまい。


いかがでしたか?
今日のオススメのカクテルの味は。
またのご来店、心よりお待ち申し上げております。では。














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