見舞い客のいなくなった夜の病室に、保護者代理として許可をもらい居座る俺。灰原は、何も言わない。というか、言えない。
1ヶ月前に未完成の解毒剤を飲んで、声を無くしたから。
ふと何かを思い立ったようにテレビを消した彼女を見れば、くっと、袖を引っ張られる。
天井を見上げ、指で、天井を指す。
「屋上? 今日開いてるのか?」
こくん、と頷くその仕種。
コミュニケーションは前より良好だ。
伝えなきゃ、伝わらなきゃということがあるからか、灰原は感情を素直に表情で表す。元々、お互い考えることはわかるような間柄だったから尚更わかりやすい。
キャラクターものの、パジャマにピンクのスリッパを履いて先に部屋を出る彼女。
パタパタ、スリッパの音が反響する廊下。
10時をまわった時刻なので、俺は黙ったまま歩く。 階段近くのエレベーターに乗って屋上まで上がる。 いつもは鍵の掛かった屋上への扉を、灰原はポケットから出した鍵で開ける。 ざっと風が、灰原の髪を揺らした。
金網を張り巡らせた奥の方まですたすた行く彼女に声をかける。
「よく鍵貸してもらえたな」
振り返って、にんまり笑う。
『黒羽さん仕込み』
ぱばっと手話をした。
「ぇえ!」
思わず、声を上げニヤニヤ笑いの怪盗を思い出した。
『冗談よ。ちゃんと許可もらったわ。今日は流星群が見れるの。8時にね、みんなとも見たのよ』
「へー、いやてっきり、な」
『あなたこの頃忙しいみたいだから』
なんか、普通に俺のことを考えてくれてるらしい。 そーいうのは、素直に嬉しい、かなり。
俺は灰原が見ている方角に目をやった。
群青色の空の、雲の間から光が一筋流れた。
と、二つ、三つと次々に星が流れ出す。
しばらく、流れを目で追いかける。
「あ!」
『なに?』
物思いに耽っていた彼女の抗議の目。
「やべっ。願い事すんの忘れてた! こんだけ星が降ってりゃ叶えてくれるよな」
パンっと手を叩いて、俺は真剣にぶつぶつ呟く。
呆れるような視線がびしびし伝わってくる。
「――なに傍観してんだよ、オメーはしねーの?」
『歳いくつ?』
俺は灰原を後ろから抱きしめるような格好で、彼女の手を自分の手で包む。
「なんかあるだろ?」
顔を覗きこむと、目一杯逸らされた。
凹む。苦笑して、空を見上げた。
それから、15分後、『いつまで引っ付いてるつもり? いい加減暑いんだけど』のジト目と空がいつもの色を取り戻したのを見てから、病室に戻る。
時計は10:40。流石にお暇しなくては、と身仕度を始める。
ベットに潜った灰原の頭をポンポン叩く。
「またくるな」
『願い事、なに?』
少し曇るような瞳。
「灰原がこれからも幸せなように」
――最初は、早く声が聞きたいと思っていた。欠けたものがあることは不幸なのだと。
でも、灰原は笑っている。だから、この状況は幸せなんだと。
声がなくても、いとも簡単に俺の心を救い上げる彼女がいるだけで、俺は幸せだから。
『今日は夢できっとあなたに会うわ』
そう笑った。
こんなこと、言ってはくれないから。
「じゃあ、また夢で」
やっぱり幸せだ。
END☆彡 |