表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
308/1335

308 六者六様

-午前6時40分、夕闇城外郭にて-



「集合!」


「集まれ!サモナー軍団はもう出発しているぞ!」


「ムーブ!ムーブ!」


 全く。

 トルーパー達のサモナー軍団への苦手意識は分かる。

 騎乗戦闘の見せ場で先を越された事。

 先般も騎乗戦闘で溜飲を下げたかと思ったが、同時期に更に派手な騎乗戦闘をサモナー軍団が行った事。

 それらがある意味でトラウマになっているのだろう。


 でも出来る事と出来ない事があると思うのよね?

 サモナー軍団、と言っても異様なのは1人だけなのだし。


 とは言っても彼等は同じユニオンを組む仲間なのだ。

 気にせずにはいられない。



 ユニオンの構成は?

 トルーパーの数は24名。

 パーティ数にして4つ。

 支援メンバーも24名。

 これもパーティ数にして4つだ。

 13名のエレメンタル・ソーサラー。

 全属性が1名ずつ配属されているのはこのユニオンだけだ。

 メイジは2名、しかも両名ともエルフ。

 アーチャーが1名。

 バーバリアン、アマゾネス、レンジャー、ビーストハンターが1名ずつ。

 スカウト、ルーインダイバーも1名ずつ。

 支援役の生産職はアルケミストリーダーの私とウッドワークリーダーが1名。

 戦士系はアーチャー1名を除くと全てトルーパーと言う贅沢なユニオンだ。


 その共通項は2つ。

 騎乗戦闘なんです。

 私も職業柄、他の生産職との関わりもあるので【馬術】は自然と鍛えてはあったんだけど。

 これは想定外!


 もう1つは?

 ログイン出来る時間帯が大部分で合致する事。

 まあこれは大事よね?


 8つのパーティによるユニオン。

 しかもトルーパーのメンバーは、隷獣・外法蛇亀を倒したメンバーから更に厳選している。

 他にも騎乗戦闘を前提にしたユニオンは幾つもある。

 ジルドレさん曰く、厳選メンバーらしいけど。

 私がいる時点でそれはないでしょ?


 このユニオンなんだけど。

 私達はこれを便宜的に旅団方式と呼んでいる。

 支援を受けずとも、ある程度の期間、独自に活動を行える戦闘単位の意味になるんですって。

 旅団ってこんなに数が少なくていいのかしら?



「またやってるわよ?ヘルガ」


「もう発作と思った方がいいんじゃない?リディア」


 リディアはこのユニオンでもエース級の存在だ。

 ソーサラー系の弓使い。

 無論、クラスチェンジ組で、エレメンタル・ソーサラー『光』だ。

 全ての闘技大会で予選を突破。

 決勝戦にも残った実績がある。

 普段はこのユニオンに参加しているルーインダイバーのガヴィと同じパーティを組む。

 攻略組でも結構有名なのだ。

 別の意味でも有名になった時期があったけど、未だに尾を引いていると言う。

 リディアと付き合いの長いガヴィが私にだけ漏らしたんだけど。


 キースさんと1対1の対戦で、勝つ。

 これが目標らしいんです。


 ガヴィは溜息。

 私も溜息。

 とてもじゃないけどそれは夢?

 でも目標は高くてもいいのかもしれないわね。




 私はたまにしかキースさんとの接点はない。

 それでも分かる事がある。


 あの人。

 まるで気にしていない。

 何に執着しているのか?

 分からない。

 適当にプレイしているようにしか見えないのに。

 恐るべき勢いでレベルアップを果たし、その種族レベルは間違いなくトップ。

 しかも他を圧倒して、なのだ。

 マナーだから踏み込めてないけど、ログイン時間ってどうなっているのかしら?


 そんな相手にどうやったら勝てる?

 負けないように凌ぐだけでも至難じゃないかしら?



 あ、ガヴィが来た。

 ようやく出発になりそうです。

 ユニオン申請を受諾し、8つのパーティ、総勢48名からなるユニオンが組み上がる。



『トルーパー諸君!再びサモナー軍団に遅れをとる訳にはいかない!進発!』


『他の旅団と順次合流しての騎乗戦闘を行う予定です!第一陣は私達になります!』


 このユニオンで指揮官役となっているのはトルーパーの中でも最高レベルと思われる。

 それでも種族レベルは21です。

 キースさんに比べたら明らかに低く感じる。

 でもここ数日のトルーパーの戦い振りを身近に見ていてそんな感覚は吹き飛んだ。


 パーティの力。

 そしてユニオンの力。

 それは目に見えない価値があるのよね?


 あの指揮官役の男性トルーパーは口下手だと思う。

 でも行動で示すタイプのリーダーなのでしょうね。

 今では彼を指揮官役として認めていないメンバーはこのユニオンにはいないだろう。

 補佐するエルフ女性のメイジがまたいい参謀になっている。

 裏でお似合い、という噂話も流れるほど、その連携は中々のものがあった。


 でもね。

 あのサモナー軍団を意識した演説さえなければ、ねえ。

 これで何回目なんでしょ?



 夕闇城の外郭を出る。

 天気は快晴。

 遊撃部隊となって魔物に対抗するにはいい条件でしょうね。



『我に続け!』


『応ッ!』


『了解!』


 トルーパー達が先頭を駆けて行く。

 私もそれに続く。

 隊列は自然と決まっていく。

 私はいつも、隊列の中央にいる。

 私の右前にはガヴィ。

 右後方にはリディア。

 これも普段通りなのでした。


 私達は騎馬の一群は1つの生き物のように駆けていく。

 まだ見ぬ魔物の群れに向け、襲う準備は既に出来ていた。









-午前6時50分、夕闇城出城防柵前にて-



『ドワーフの同胞諸君!我等が武器を掲げよ!』


『オオーッ!』


 応える声はウィスパー機能を通して強烈な音量で響いている。

 顔合わせをしてほんの数日。

 それなのにこの連帯感。


 このユニオンは果たしてどれほどの規模であるのか?

 分からない。

 拠点防衛組はいずれ大規模ユニオンを組む事になっている。

 でもこの時点で既にかなりのプレイヤー数だと思うんだ。


 ドワーフ。

 そしてメインウェポンはメイス。

 その共通項だけで集められたのがこのユニオンの実態だ。


 僕だってメイスは好きです。

 それは否定しない。

 でも偏愛してはいない。

 サブウェポンで斧と槍を取得している。

 いや、普通はサブウェポン位、取得するでしょ?


 でもこの空気には逆らえない何かがあった。

 だから、普段から使い慣れているメイスを掲げたんですが。

 周囲も皆、メイスを持つ手を掲げている。


 壮観だ。

 掲げられている武器は、メイスのみ。


 メイス、メイス、メイス、メイス。


 壮観であるのと同時にその出自が気になるメイスもあったりする。

 様々なメイスがここに集まっていた。

 その多くは自らの好みに合わせたカスタム品だろう。


 僕のメイスもカスタムです。

 南方面では有名人のカヤさん自身が鍛えた代物なのだ。

 実際、僕のメイスに向けるプレイヤーの視線に羨望の色があったりする。



『諸君!我等が掲げる武器は何だ?』


『メイス!』『メイス!』『メイス!』『メイス!』



『その通りだ!だが今日よりメイスは単なるメイスではなくなる!メイスこそ万能の武器!即ち神だ!』


『おお!』『そうとも!万能だ!』『神武器だ!』『そうとも!』


 何だろう。

 空気が変です。

 新興宗教?

 サークル勧誘で似たような事を教室でアジってた人を思い出すなあ。



『では聞こう!諸君、スライムに逢ったらどうする?』


『殴れ!』『殴れ!』『殴れ!』『殴り殺せ!』



『ではミストに逢ったらどうする?』


『殴れ!』『殴れ!』『殴れ!』『殴り殺せ!』



『ドラゴンに逢ったらどうする?』


『殴れ!』『殴れ!』『殴れ!』『殴り殺せ!』、



『そうだ!我等はメイスで殴る!殴り続ける!ただ殴るのみ!それでいい!』


『応ッ!』『応ッ!』『応ッ!』『応ッ!』


 あの。

 皆さん?

 お酒でも入っていませんか?



『我等はメイスという名の神の信徒、ならばメイスで殴る我等の行為は神への祈りでもあろう!』


『おお!』『神!』『我等が神か!』『メイスこそ神!』



『一心不乱でメイスで殴れ!我等の祈りの力、通じない筈もない!』


『応ッ!』『応ッ!』『応ッ!』『応ッ!』



『今や巨大な亀の魔物が来ている!では我等は何をする!』


『殴れ!』『殴れ!』『殴れ!』『殴り殺せ!』


 ヤバい。

 この雰囲気は、ヤバい。

 酒じゃない?

 何かヤバめの薬でもキメてるの?

 メイスで殴る事に固執する狂信者の集団じゃないの?

 ママ、助けて。


 今度は互いに抱擁したり、体を叩き合ったり。

 互いを鼓舞し始めました。

 無論、僕にもしてくるんだけどさ。



『おう!グーディ、しけた顔してるんじゃねえ!』


『そうとも!この雰囲気を楽しまなきゃ損だぜ!』


「お、応ッ!」


 体をバンバン叩かれていく。

 そう痛くはないんだけど、皆フレンドリー過ぎるよ!

 出会って数日でもう仲間意識が強過ぎますよ!

 僕、仲間に関してはちょっとだけトラウマがあるんですよ!

 勘弁して下さい!



『我等の出番は出城の防衛ラインを突破された後だ!それまで力を溜めておけ!』


『応ッ!』『応ッ!』『応ッ!』『応ッ!』


 再びあちこちでメイスが掲げられる。

 そして呼応する声。

 その音量の大きさと来たら!


 ウィスパー機能の音量は最小レベルなんだけどさ。

 運営にもっと音量を小さくする設定を提言してみよう。



『いいか!斧にも、槍にも、ハンマーにも、ツルハシにも負けるんじゃねえぞ!』


『応ッ!』『応ッ!』『応ッ!』『応ッ!』


 またこれだ。

 同じドワーフなのにさ。

 他の武器をメインウェポンにしているドワーフへの対抗心が凄いのです。

 これはもう敵愾心と言うべきか?

 サブで斧とか槍とかスキル取ってるなんて迂闊に言えないでしょ?


 盾の裏に貼り付けてある手斧、後で予備のメイスにしておこうっと。









-午前7時30分、夕闇城外郭より南南西へ1km地点-



「来たか?」


『確認した。もうすぐ通過する』


 魔物の群れは?

 相変わらず数えるのがイヤになるような規模だ。

 それでも比較対象で概算する。


 勝率は?

 分からない。

 夕闇城での迎撃体制は知っている。

 それが順調であるのならば、勝つ事は出来なくとも負ける事はないだろう。


 最悪、夕闇城から撤退して、霧の泉に再集結するプランも用意されている。

 ここでは負けなければいい。

 キムクイ・スレイブの戦力は未知数なのだ。

 出来ればここで2つの群れ共々、討ち果たしたい所ではあるんだが。



『こちらはzin。紅蓮!聞こえるか』


 テレパスが来てた。

 zinは後続のキムクイ・スレイブの観察班と合流している。

 その群れが通過次第、後方撹乱に移行する予定の筈だが。

 意外に群れの通過が早かったか?


「こちら紅蓮。群れの通過を確認か?」


『そうだ。それに追加情報がある』


「追加?』


『別チームがサモナー軍団を確認!2つ目の群れの後方に迂回して移動してるぞ!』


「え?」


『サモナー連中の動きが読めない!俺等はどうする?』


 何と!

 確かにサモナー軍団は自由裁量で、というのは了解していたんだが。

 先に夕闇城へ到達するキムクイ・スレイブの群れを襲うものとばかり思ってました。


 これって、まさか?

 いや、多分そうだ。



 サモナーさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!

 何してんのぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!



「サモナー軍団の様子は?」


『全員、騎乗して高速で移動、それしかわからんよ』


「そこのチームによる後方撹乱は中止!こっちに来れるか?」


『今からなら夕闇城にリターン・ホームで戻った方が早いな』


「済まない、こっちに合流してくれ」


『分かった』


 zinのテレパスが切れた。

 ふう。



 この短時間でカメの率いる魔物の群れの後方へ回り込んだ、か。

 しかし恐るべき機動力。

 いや、これは当然の帰結であるのかも?

 サモナー系プレイヤーはほぼ全員がサモナーさんのフォロワーと言えなくもない。

 まあ情報の大半はアデルとイリーナ経由な訳だが。



 最初に追加で召喚すべきは、馬。

 そして補助スキル【馬術】は必須。

 定型化が早かったのは知っていた。


 それがここに来て大きな威力を発揮している。

 まさにトルーパー涙目。



『紅蓮!計算終了した。防柵への会敵予想時刻修正マイナス5分!』


「マイナス?」


『先遣部隊を確認した!魔人騎乗のスヴァジルファリ・スレイブにガルムの群れだ!』


「レッサーグリフォンは?」


『まだ上空を旋回中!』


「了解!後送してくれ!」


 さて。

 こっちの予定も確認しよう。

 トルーパー部隊は先行するキムクイ・スレイブの群れの側面を衝く筈だ。

 それも防柵にキムクイ・スレイブが到達するタイミングで。

 これに合わせてこちらからも後方から脇を抜けつつ、観察をする訳だが。


 意外に、魔物の群れの規模が大きい。

 どうなる?

 どうなるだろう?


 読めやしない。


 キムクイ・スレイブの戦力が読めないのは勿論だが、サモナーさんの動きも読めない。

 あの人、何か知らない手札を持っていそうなんだよ!


 いや、本当に。

 この大規模戦闘はどうなるんだろう?

 【馬術】はもっと鍛えてあればなあ。

 サモナーさん追っ掛けて延々と動画で記録したかったよ!









-午前7時55分、夕闇城外郭、中央の出城にて-



『魔物の先発部隊を目視で確認!』


『後続の群れに動きなし』


『クロスファイア・ポイントに接近中!』


『魔人確認!呪禁道師にダーククラウンもいます!』


「弓部隊へ!スナイプ・シュート用意!」


『了解!』『ラジャー!』『ヤー!』


 重なる応答。

 そう。

 弓矢で狙うべきは魔人。

 ここまでの戦闘でその意識は徹底されてきている。

 防戦の要、とも言えた。

 その成否で防壁部隊の負担が大きく変わってくる。

 同時に杖部隊にもだ。


 今回の大規模戦では、静かなる竹林以上に徹底している事がある。

 例外は少ない。

 旅団方式で活動する部隊、観測班と解析班、サモナー軍団、指揮本部って所だろうか?

 他は基本、同種の得物をメインとするパーティの集合体でユニオンを組んでいる。

 乱戦となれば大規模ユニオンを無制限で組み、迎撃と撤退を行う形だ。

 そう。

 乱戦になれば、負けだ。

 出来ればこの防柵で防ぎ切れたらいいのだが、それが不可能であるのは静かなる竹林で分かっている。



 1匹目のキムクイ・スレイブに対する迎撃も成功するとは限らない。

 このスナイプ・シュートの成否によっては、その成功率は大きく変わるだろう。

 それだけに、緊張する。



『カメ頭部に魔人を確認!ビーストマスターが1名!呪禁道師が1名!道の方です!』


『導くの方じゃないの?』


『再確認、コピー!』


『クロスチェック!間違いありません!』


 これは朗報だろう。

 どうやら格下の魔人だ。

 難易度的に仕留めるのは容易になったと言える。




『防壁部隊に魔物が接触!防柵戦開始しました!』


「レイナより各位!観測位置確認終了!各自狙撃目標を固定!」


『カウント開始!』


 ウィスパー機能を通してカウントダウンが始まった。

 この最外郭に設けられた防柵は扇の形になっている。

 3箇所の出城、というか砦は言わば観測台でしかない。

 私の一矢が役に立つかどうかは不明だけど、私もまた弓矢使いだ。

 狙うべきだよね!


 さあ。

 私の、私達弓矢使いの最初の獲物ちゃん、来なさい!



『スナイプ・シュート!』


 カウント・ゼロと同時に矢は放たれた。

 それは美しい弧を描いて一点に集約されていくようでもある。




『スナイプ・シュート!』


 そして第二射も放たれる。

 時間差にして、5秒。

 これは魔人が防壁を用意していた時の事を想定したものだ。


 放たれた矢は吸い込まれて行くように見えた。

 戦果は、どうなの?



『第二射にて命中を確認!』


『目標はカメの頭部上より落下を確認!』


「2名ともなの?」


『2名とも、です!』


 ここは笑う所かな?

 上手くいった。

 ここまでは、だ。


 でもキムクイ・スレイブを果たして仕留められるのか?

 それには周囲にいる魔物が邪魔だ。

 そして魔人も。



「各自の判断で魔人を狙撃せよ!」


『了解!』


「観測班!上空のレッサーグリフォンの状況は随時報告を!」


『観測継続中。上空に変化なし。繰り返す、上空に変化なし!』


 矢を次々と放ちながらも疑問を頭から払拭できないでいる。

 何故、レッサーグリフォンは動かないのか?

 こっちの仕掛けに警戒している?


 まさか、ね。



「観測班へ!空挺部隊へ通達!レッサーグリフォンに動きなし!」


『コピー!』


 防柵はまだ大丈夫?

 暫くは大丈夫だろう。

 静かなる竹林で採取した竹は全て有効利用している。

 問題があるとしたら?

 矢だ。


 弓矢部隊にはかなりの数の矢を供給してはいる。

 でも無限ではない。

 かと言って、矢による支援にも手を抜けない。

 カメの頭にいた魔人と違い、迫って来ている魔人は騎乗している奴ばかりだ。

 移動目標が相手ではスナイプ・シュートの集中砲火で確実に落とせるとも限らない。

 かろうじて、クロスファイアの形に嵌ってくれているから優勢なのだけど。


 気になる。

 魔人側ってまだ隠し玉でもあるんじゃないかしら?









-午前8時20分、夕闇城外郭、防柵中央付近にて-



『キムクイ・スレイブが防柵に、いや、出城に接触!』


『防壁部隊は後退開始!戦列を維持しつつ後退!』


「槍部隊並べ!簡易ファランクスへ!」


『杖部隊全速で後退!』


『ムーブ!ムーブ!』


 指示が交錯する中、出城が破壊される様子が見えた。

 キムクイ・スレイブ。

 この至近距離で見るのは当然だけど初めてだ。


 だけど観察する余裕もない。

 並んだ槍先がトライホーンリザードを次々と刺し、後退させていく。

 代わりに襲ってくるのはオブシディアンビースト。

 こいつ等は私達の領分だ。



「並列時間差シールド・ラッシュを!カウントスリー!」


『応ッ!』『了解!』


 岩の塊のような魔物が目の前に。

 1人では対応は無理だ。

 でも2人なら?

 3人なら?

 もっと多ければ?



『シールド・ラッシュ!』


 全員が重盾持ち。

 そして重鎧を装備。

 最低でも呪文で筋力値と生命力を底上げしてある。

 その上に力水まで使っているのだ。

 少なくとも8名が同時にシールド・ラッシュを魔物に喰らわせた筈だ。

 最初の一撃は、拮抗。

 だがそれも織り込み済みだ。



『シールド・ラッシュ!』


 時間差をつけてもう一列がシールド・ラッシュを魔物に喰らわせる。

 超重量級の魔物が転がって行く。

 本音を言えば、追い掛けて仕留めたいけど、そうもいかないのよね?



「戦列維持のまま後退!槍支援!」


『ヤァ!』


 今度はガルムの群れとトライホーンリザードが同時に襲って来た。

 交代で前線に現れた槍衾に次々と魔物が飛び込んでくる。

 絶妙のタイミングだ。

 ちょっと、危なかったけど。



『出城が破壊された!後退、急げ!』


『ムーブ!ムーブ!』


『弓部隊は後退完了、次の支援までもう少し掛かる!』


『杖部隊!早く城壁へ!』


 想定内?

 多分、想定内の筈だ。



『シェルヴィ!カメに注意!何か来るぞ!』


「ダメ!こっちからじゃ見えない!」


『ブレスだ!防壁支援!』


 戦列は乱れてなかった。

 それは幸いであったのか?

 私達は全員がフェンサーだ。

 その役目は杖部隊とランサー部隊を守る事にある。

 だがその性格故に呪文の効率は悪い。

 数で凌ぐ。

 その訓練は昨日までに何度もやってきた事だった。


 それが今、活かされた。

 多分、半分以上は偶然だっただろう。



『ストーン・シールド!』『アクア・シールド!』『アイス・シールド!』


 幾重にも重なる壁呪文。

 だがキムクイ・スレイブのブレスはその全てを粉砕し尽くした。

 直撃?

 だがまだ闘える。

 最後の防壁は私達の持つ盾、そして鎧が受け持つ事になった。

 無論、誰一人として無傷の者はいない。



「怯むな!戦列維持!」


『後退、急いで!』


「回復呪文より移動速度を優先!後退せよ!」


 私の指示は間違っていただろうか?

 分からない。

 この戦闘が終わってからでないと分からないのだろう。



『槍部隊が城郭入り口に取り付きました!』


『弓部隊と杖部隊の支援来てます!』


 夕闇城を一瞬だけ見る。

 そして前を見た。

 戦列は?

 まだ乱れていない。


「殿に出る!左翼より城郭内部へ撤退!」


『付き合うぜ!シェルヴィ!』


『右確保!』


『左翼確保!アンカー!』


 左右に並ぶのは?

 皆、フェンサー繋がりの知り合いばかりだ。

 全く。

 無茶な連中よね。



『正面!オブシディアンビースト!』


「並列シールド・ラッシュ!続けて攻撃武技!カウントスリー!」


『応ッ!』


 全員が腰を落とす。

 力を溜めて。

 今!



『シールド・ラッシュ!』


 続けて、武技だ。


『猛殴破砕撃!』『猛打割岩衝!』『猛撃巨木断!』


 各自が得物に応じた武技を繰り出す。

 魔物にもさすがに堪えたか?

 だがもう一押し。



『シールド・ラッシュ!』


 重心の浮いた魔物への体当たりとなったようだ。

 その形状故にオブシディアンビーストは転がってしまう。



『後退だ!急げ!』


『右カバー、オッケー!』


『左に付く!ホールド!』


「突出するな!後退しながら武技で応戦!」


『ムーブ!ムーブ!』


『後方、ホールド!支援来てるぞ!急いで!』


 城郭へと登る階段への入り口に支援部隊の姿が見えていた。

 そして城壁の上からも支援が飛んでくる。

 矢だ。

 そして呪文。


 どうにか、死に戻りせずに撤退が完了出来そうだ。









-午前8時30分、夕闇城中央、尖塔最上階にて-



 暇だ。

 お呼びが掛からない、というかレッサーグリフォンが動いてくれないとダメなんだよね?

 アレがいる間、こっちに活躍するだけの余地はないのです。

 本来は。


 レッサーグリフォンと騎乗する魔人以外、順調に戦況が推移しているのは見えていた。

 何と言っても尖塔の一番上の階なのだ。

 見晴らしはいい。


 おっと、いけね。

 レッサーグリフォンと魔人はキムクイ・スレイブがエリアポータルに侵入しない限り、襲って来ない。

 そういう予測だった筈だ。

 既にキムクイ・スレイブはエリアポータルの領域に踏み込んでいる。

 時折、ブレスまで吐いているようで、意気軒昂そのものだ。


 いや、他人事じゃないんだけど。

 まだ待機なのかな?

 活躍の場所がないと寂しい。

 でもね。

 今の戦場で活躍を期待されても困るんよ。

 正直言うと、おっかないんです。



『予定位置までもう少しだ。準備はいいか?』


「ちょ!まだレッサーグリフォンが残ってるし!」


『予定は予定。予定外もあるさ』


「うぉい!」


『空挺部隊もまたアレを倒す為の鍵だってさ?期待してるよ』


「ちょ!コロナ!」


『心配すんなって。弓部隊の支援がある。カウントダウンはレイナから指示を出すってさ』


 テレパスがそこで切れた。

 いや、切りやがった。

 あいつめ。

 覚えとけよ?



 周囲で待機するウチのパーティを見回す。

 全員で、6名。

 共通するのはエレメンタル・ソーサラー『風』である事。

 フライの呪文を取得しており、その使用実績がある程度豊富な事。

 そして重要であるそうだが、時空魔法も取得、レビテーションの呪文も使えるって事だ。



 本当は気軽に空を飛べると思ってたのに。

 【耐寒】も鍛えてより高く、という野望はブロンズドラゴンの出現で潰えた。

 そして今、死に戻りになりかねない戦場に出撃しようとしている。

 もうね。



『こちらレイナ!眠りダムー、だっけ?準備はいい?』


「いつでもどうぞ」


 やべ。

 つい答えちゃった。

 かと言って、今更スルーするのも難しいよね?


 ここは腹を括るか。



 やあ ∈(;ω;)∋ もっと気楽に空も飛べる筈さ!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
眠りダムーやっと読み方がわかったw
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ