308 六者六様
-午前6時40分、夕闇城外郭にて-
「集合!」
「集まれ!サモナー軍団はもう出発しているぞ!」
「ムーブ!ムーブ!」
全く。
トルーパー達のサモナー軍団への苦手意識は分かる。
騎乗戦闘の見せ場で先を越された事。
先般も騎乗戦闘で溜飲を下げたかと思ったが、同時期に更に派手な騎乗戦闘をサモナー軍団が行った事。
それらがある意味でトラウマになっているのだろう。
でも出来る事と出来ない事があると思うのよね?
サモナー軍団、と言っても異様なのは1人だけなのだし。
とは言っても彼等は同じユニオンを組む仲間なのだ。
気にせずにはいられない。
ユニオンの構成は?
トルーパーの数は24名。
パーティ数にして4つ。
支援メンバーも24名。
これもパーティ数にして4つだ。
13名のエレメンタル・ソーサラー。
全属性が1名ずつ配属されているのはこのユニオンだけだ。
メイジは2名、しかも両名ともエルフ。
アーチャーが1名。
バーバリアン、アマゾネス、レンジャー、ビーストハンターが1名ずつ。
スカウト、ルーインダイバーも1名ずつ。
支援役の生産職はアルケミストリーダーの私とウッドワークリーダーが1名。
戦士系はアーチャー1名を除くと全てトルーパーと言う贅沢なユニオンだ。
その共通項は2つ。
騎乗戦闘なんです。
私も職業柄、他の生産職との関わりもあるので【馬術】は自然と鍛えてはあったんだけど。
これは想定外!
もう1つは?
ログイン出来る時間帯が大部分で合致する事。
まあこれは大事よね?
8つのパーティによるユニオン。
しかもトルーパーのメンバーは、隷獣・外法蛇亀を倒したメンバーから更に厳選している。
他にも騎乗戦闘を前提にしたユニオンは幾つもある。
ジルドレさん曰く、厳選メンバーらしいけど。
私がいる時点でそれはないでしょ?
このユニオンなんだけど。
私達はこれを便宜的に旅団方式と呼んでいる。
支援を受けずとも、ある程度の期間、独自に活動を行える戦闘単位の意味になるんですって。
旅団ってこんなに数が少なくていいのかしら?
「またやってるわよ?ヘルガ」
「もう発作と思った方がいいんじゃない?リディア」
リディアはこのユニオンでもエース級の存在だ。
ソーサラー系の弓使い。
無論、クラスチェンジ組で、エレメンタル・ソーサラー『光』だ。
全ての闘技大会で予選を突破。
決勝戦にも残った実績がある。
普段はこのユニオンに参加しているルーインダイバーのガヴィと同じパーティを組む。
攻略組でも結構有名なのだ。
別の意味でも有名になった時期があったけど、未だに尾を引いていると言う。
リディアと付き合いの長いガヴィが私にだけ漏らしたんだけど。
キースさんと1対1の対戦で、勝つ。
これが目標らしいんです。
ガヴィは溜息。
私も溜息。
とてもじゃないけどそれは夢?
でも目標は高くてもいいのかもしれないわね。
私はたまにしかキースさんとの接点はない。
それでも分かる事がある。
あの人。
まるで気にしていない。
何に執着しているのか?
分からない。
適当にプレイしているようにしか見えないのに。
恐るべき勢いでレベルアップを果たし、その種族レベルは間違いなくトップ。
しかも他を圧倒して、なのだ。
マナーだから踏み込めてないけど、ログイン時間ってどうなっているのかしら?
そんな相手にどうやったら勝てる?
負けないように凌ぐだけでも至難じゃないかしら?
あ、ガヴィが来た。
ようやく出発になりそうです。
ユニオン申請を受諾し、8つのパーティ、総勢48名からなるユニオンが組み上がる。
『トルーパー諸君!再びサモナー軍団に遅れをとる訳にはいかない!進発!』
『他の旅団と順次合流しての騎乗戦闘を行う予定です!第一陣は私達になります!』
このユニオンで指揮官役となっているのはトルーパーの中でも最高レベルと思われる。
それでも種族レベルは21です。
キースさんに比べたら明らかに低く感じる。
でもここ数日のトルーパーの戦い振りを身近に見ていてそんな感覚は吹き飛んだ。
パーティの力。
そしてユニオンの力。
それは目に見えない価値があるのよね?
あの指揮官役の男性トルーパーは口下手だと思う。
でも行動で示すタイプのリーダーなのでしょうね。
今では彼を指揮官役として認めていないメンバーはこのユニオンにはいないだろう。
補佐するエルフ女性のメイジがまたいい参謀になっている。
裏でお似合い、という噂話も流れるほど、その連携は中々のものがあった。
でもね。
あのサモナー軍団を意識した演説さえなければ、ねえ。
これで何回目なんでしょ?
夕闇城の外郭を出る。
天気は快晴。
遊撃部隊となって魔物に対抗するにはいい条件でしょうね。
『我に続け!』
『応ッ!』
『了解!』
トルーパー達が先頭を駆けて行く。
私もそれに続く。
隊列は自然と決まっていく。
私はいつも、隊列の中央にいる。
私の右前にはガヴィ。
右後方にはリディア。
これも普段通りなのでした。
私達は騎馬の一群は1つの生き物のように駆けていく。
まだ見ぬ魔物の群れに向け、襲う準備は既に出来ていた。
-午前6時50分、夕闇城出城防柵前にて-
『ドワーフの同胞諸君!我等が武器を掲げよ!』
『オオーッ!』
応える声はウィスパー機能を通して強烈な音量で響いている。
顔合わせをしてほんの数日。
それなのにこの連帯感。
このユニオンは果たしてどれほどの規模であるのか?
分からない。
拠点防衛組はいずれ大規模ユニオンを組む事になっている。
でもこの時点で既にかなりのプレイヤー数だと思うんだ。
ドワーフ。
そしてメインウェポンはメイス。
その共通項だけで集められたのがこのユニオンの実態だ。
僕だってメイスは好きです。
それは否定しない。
でも偏愛してはいない。
サブウェポンで斧と槍を取得している。
いや、普通はサブウェポン位、取得するでしょ?
でもこの空気には逆らえない何かがあった。
だから、普段から使い慣れているメイスを掲げたんですが。
周囲も皆、メイスを持つ手を掲げている。
壮観だ。
掲げられている武器は、メイスのみ。
メイス、メイス、メイス、メイス。
壮観であるのと同時にその出自が気になるメイスもあったりする。
様々なメイスがここに集まっていた。
その多くは自らの好みに合わせたカスタム品だろう。
僕のメイスもカスタムです。
南方面では有名人のカヤさん自身が鍛えた代物なのだ。
実際、僕のメイスに向けるプレイヤーの視線に羨望の色があったりする。
『諸君!我等が掲げる武器は何だ?』
『メイス!』『メイス!』『メイス!』『メイス!』
『その通りだ!だが今日よりメイスは単なるメイスではなくなる!メイスこそ万能の武器!即ち神だ!』
『おお!』『そうとも!万能だ!』『神武器だ!』『そうとも!』
何だろう。
空気が変です。
新興宗教?
サークル勧誘で似たような事を教室でアジってた人を思い出すなあ。
『では聞こう!諸君、スライムに逢ったらどうする?』
『殴れ!』『殴れ!』『殴れ!』『殴り殺せ!』
『ではミストに逢ったらどうする?』
『殴れ!』『殴れ!』『殴れ!』『殴り殺せ!』
『ドラゴンに逢ったらどうする?』
『殴れ!』『殴れ!』『殴れ!』『殴り殺せ!』、
『そうだ!我等はメイスで殴る!殴り続ける!ただ殴るのみ!それでいい!』
『応ッ!』『応ッ!』『応ッ!』『応ッ!』
あの。
皆さん?
お酒でも入っていませんか?
『我等はメイスという名の神の信徒、ならばメイスで殴る我等の行為は神への祈りでもあろう!』
『おお!』『神!』『我等が神か!』『メイスこそ神!』
『一心不乱でメイスで殴れ!我等の祈りの力、通じない筈もない!』
『応ッ!』『応ッ!』『応ッ!』『応ッ!』
『今や巨大な亀の魔物が来ている!では我等は何をする!』
『殴れ!』『殴れ!』『殴れ!』『殴り殺せ!』
ヤバい。
この雰囲気は、ヤバい。
酒じゃない?
何かヤバめの薬でもキメてるの?
メイスで殴る事に固執する狂信者の集団じゃないの?
ママ、助けて。
今度は互いに抱擁したり、体を叩き合ったり。
互いを鼓舞し始めました。
無論、僕にもしてくるんだけどさ。
『おう!グーディ、しけた顔してるんじゃねえ!』
『そうとも!この雰囲気を楽しまなきゃ損だぜ!』
「お、応ッ!」
体をバンバン叩かれていく。
そう痛くはないんだけど、皆フレンドリー過ぎるよ!
出会って数日でもう仲間意識が強過ぎますよ!
僕、仲間に関してはちょっとだけトラウマがあるんですよ!
勘弁して下さい!
『我等の出番は出城の防衛ラインを突破された後だ!それまで力を溜めておけ!』
『応ッ!』『応ッ!』『応ッ!』『応ッ!』
再びあちこちでメイスが掲げられる。
そして呼応する声。
その音量の大きさと来たら!
ウィスパー機能の音量は最小レベルなんだけどさ。
運営にもっと音量を小さくする設定を提言してみよう。
『いいか!斧にも、槍にも、ハンマーにも、ツルハシにも負けるんじゃねえぞ!』
『応ッ!』『応ッ!』『応ッ!』『応ッ!』
またこれだ。
同じドワーフなのにさ。
他の武器をメインウェポンにしているドワーフへの対抗心が凄いのです。
これはもう敵愾心と言うべきか?
サブで斧とか槍とかスキル取ってるなんて迂闊に言えないでしょ?
盾の裏に貼り付けてある手斧、後で予備のメイスにしておこうっと。
-午前7時30分、夕闇城外郭より南南西へ1km地点-
「来たか?」
『確認した。もうすぐ通過する』
魔物の群れは?
相変わらず数えるのがイヤになるような規模だ。
それでも比較対象で概算する。
勝率は?
分からない。
夕闇城での迎撃体制は知っている。
それが順調であるのならば、勝つ事は出来なくとも負ける事はないだろう。
最悪、夕闇城から撤退して、霧の泉に再集結するプランも用意されている。
ここでは負けなければいい。
キムクイ・スレイブの戦力は未知数なのだ。
出来ればここで2つの群れ共々、討ち果たしたい所ではあるんだが。
『こちらはzin。紅蓮!聞こえるか』
テレパスが来てた。
zinは後続のキムクイ・スレイブの観察班と合流している。
その群れが通過次第、後方撹乱に移行する予定の筈だが。
意外に群れの通過が早かったか?
「こちら紅蓮。群れの通過を確認か?」
『そうだ。それに追加情報がある』
「追加?』
『別チームがサモナー軍団を確認!2つ目の群れの後方に迂回して移動してるぞ!』
「え?」
『サモナー連中の動きが読めない!俺等はどうする?』
何と!
確かにサモナー軍団は自由裁量で、というのは了解していたんだが。
先に夕闇城へ到達するキムクイ・スレイブの群れを襲うものとばかり思ってました。
これって、まさか?
いや、多分そうだ。
サモナーさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!
何してんのぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!
「サモナー軍団の様子は?」
『全員、騎乗して高速で移動、それしかわからんよ』
「そこのチームによる後方撹乱は中止!こっちに来れるか?」
『今からなら夕闇城にリターン・ホームで戻った方が早いな』
「済まない、こっちに合流してくれ」
『分かった』
zinのテレパスが切れた。
ふう。
この短時間でカメの率いる魔物の群れの後方へ回り込んだ、か。
しかし恐るべき機動力。
いや、これは当然の帰結であるのかも?
サモナー系プレイヤーはほぼ全員がサモナーさんのフォロワーと言えなくもない。
まあ情報の大半はアデルとイリーナ経由な訳だが。
最初に追加で召喚すべきは、馬。
そして補助スキル【馬術】は必須。
定型化が早かったのは知っていた。
それがここに来て大きな威力を発揮している。
まさにトルーパー涙目。
『紅蓮!計算終了した。防柵への会敵予想時刻修正マイナス5分!』
「マイナス?」
『先遣部隊を確認した!魔人騎乗のスヴァジルファリ・スレイブにガルムの群れだ!』
「レッサーグリフォンは?」
『まだ上空を旋回中!』
「了解!後送してくれ!」
さて。
こっちの予定も確認しよう。
トルーパー部隊は先行するキムクイ・スレイブの群れの側面を衝く筈だ。
それも防柵にキムクイ・スレイブが到達するタイミングで。
これに合わせてこちらからも後方から脇を抜けつつ、観察をする訳だが。
意外に、魔物の群れの規模が大きい。
どうなる?
どうなるだろう?
読めやしない。
キムクイ・スレイブの戦力が読めないのは勿論だが、サモナーさんの動きも読めない。
あの人、何か知らない手札を持っていそうなんだよ!
いや、本当に。
この大規模戦闘はどうなるんだろう?
【馬術】はもっと鍛えてあればなあ。
サモナーさん追っ掛けて延々と動画で記録したかったよ!
-午前7時55分、夕闇城外郭、中央の出城にて-
『魔物の先発部隊を目視で確認!』
『後続の群れに動きなし』
『クロスファイア・ポイントに接近中!』
『魔人確認!呪禁道師にダーククラウンもいます!』
「弓部隊へ!スナイプ・シュート用意!」
『了解!』『ラジャー!』『ヤー!』
重なる応答。
そう。
弓矢で狙うべきは魔人。
ここまでの戦闘でその意識は徹底されてきている。
防戦の要、とも言えた。
その成否で防壁部隊の負担が大きく変わってくる。
同時に杖部隊にもだ。
今回の大規模戦では、静かなる竹林以上に徹底している事がある。
例外は少ない。
旅団方式で活動する部隊、観測班と解析班、サモナー軍団、指揮本部って所だろうか?
他は基本、同種の得物をメインとするパーティの集合体でユニオンを組んでいる。
乱戦となれば大規模ユニオンを無制限で組み、迎撃と撤退を行う形だ。
そう。
乱戦になれば、負けだ。
出来ればこの防柵で防ぎ切れたらいいのだが、それが不可能であるのは静かなる竹林で分かっている。
1匹目のキムクイ・スレイブに対する迎撃も成功するとは限らない。
このスナイプ・シュートの成否によっては、その成功率は大きく変わるだろう。
それだけに、緊張する。
『カメ頭部に魔人を確認!ビーストマスターが1名!呪禁道師が1名!道の方です!』
『導くの方じゃないの?』
『再確認、コピー!』
『クロスチェック!間違いありません!』
これは朗報だろう。
どうやら格下の魔人だ。
難易度的に仕留めるのは容易になったと言える。
『防壁部隊に魔物が接触!防柵戦開始しました!』
「レイナより各位!観測位置確認終了!各自狙撃目標を固定!」
『カウント開始!』
ウィスパー機能を通してカウントダウンが始まった。
この最外郭に設けられた防柵は扇の形になっている。
3箇所の出城、というか砦は言わば観測台でしかない。
私の一矢が役に立つかどうかは不明だけど、私もまた弓矢使いだ。
狙うべきだよね!
さあ。
私の、私達弓矢使いの最初の獲物ちゃん、来なさい!
『スナイプ・シュート!』
カウント・ゼロと同時に矢は放たれた。
それは美しい弧を描いて一点に集約されていくようでもある。
『スナイプ・シュート!』
そして第二射も放たれる。
時間差にして、5秒。
これは魔人が防壁を用意していた時の事を想定したものだ。
放たれた矢は吸い込まれて行くように見えた。
戦果は、どうなの?
『第二射にて命中を確認!』
『目標はカメの頭部上より落下を確認!』
「2名ともなの?」
『2名とも、です!』
ここは笑う所かな?
上手くいった。
ここまでは、だ。
でもキムクイ・スレイブを果たして仕留められるのか?
それには周囲にいる魔物が邪魔だ。
そして魔人も。
「各自の判断で魔人を狙撃せよ!」
『了解!』
「観測班!上空のレッサーグリフォンの状況は随時報告を!」
『観測継続中。上空に変化なし。繰り返す、上空に変化なし!』
矢を次々と放ちながらも疑問を頭から払拭できないでいる。
何故、レッサーグリフォンは動かないのか?
こっちの仕掛けに警戒している?
まさか、ね。
「観測班へ!空挺部隊へ通達!レッサーグリフォンに動きなし!」
『コピー!』
防柵はまだ大丈夫?
暫くは大丈夫だろう。
静かなる竹林で採取した竹は全て有効利用している。
問題があるとしたら?
矢だ。
弓矢部隊にはかなりの数の矢を供給してはいる。
でも無限ではない。
かと言って、矢による支援にも手を抜けない。
カメの頭にいた魔人と違い、迫って来ている魔人は騎乗している奴ばかりだ。
移動目標が相手ではスナイプ・シュートの集中砲火で確実に落とせるとも限らない。
かろうじて、クロスファイアの形に嵌ってくれているから優勢なのだけど。
気になる。
魔人側ってまだ隠し玉でもあるんじゃないかしら?
-午前8時20分、夕闇城外郭、防柵中央付近にて-
『キムクイ・スレイブが防柵に、いや、出城に接触!』
『防壁部隊は後退開始!戦列を維持しつつ後退!』
「槍部隊並べ!簡易ファランクスへ!」
『杖部隊全速で後退!』
『ムーブ!ムーブ!』
指示が交錯する中、出城が破壊される様子が見えた。
キムクイ・スレイブ。
この至近距離で見るのは当然だけど初めてだ。
だけど観察する余裕もない。
並んだ槍先がトライホーンリザードを次々と刺し、後退させていく。
代わりに襲ってくるのはオブシディアンビースト。
こいつ等は私達の領分だ。
「並列時間差シールド・ラッシュを!カウントスリー!」
『応ッ!』『了解!』
岩の塊のような魔物が目の前に。
1人では対応は無理だ。
でも2人なら?
3人なら?
もっと多ければ?
『シールド・ラッシュ!』
全員が重盾持ち。
そして重鎧を装備。
最低でも呪文で筋力値と生命力を底上げしてある。
その上に力水まで使っているのだ。
少なくとも8名が同時にシールド・ラッシュを魔物に喰らわせた筈だ。
最初の一撃は、拮抗。
だがそれも織り込み済みだ。
『シールド・ラッシュ!』
時間差をつけてもう一列がシールド・ラッシュを魔物に喰らわせる。
超重量級の魔物が転がって行く。
本音を言えば、追い掛けて仕留めたいけど、そうもいかないのよね?
「戦列維持のまま後退!槍支援!」
『ヤァ!』
今度はガルムの群れとトライホーンリザードが同時に襲って来た。
交代で前線に現れた槍衾に次々と魔物が飛び込んでくる。
絶妙のタイミングだ。
ちょっと、危なかったけど。
『出城が破壊された!後退、急げ!』
『ムーブ!ムーブ!』
『弓部隊は後退完了、次の支援までもう少し掛かる!』
『杖部隊!早く城壁へ!』
想定内?
多分、想定内の筈だ。
『シェルヴィ!カメに注意!何か来るぞ!』
「ダメ!こっちからじゃ見えない!」
『ブレスだ!防壁支援!』
戦列は乱れてなかった。
それは幸いであったのか?
私達は全員がフェンサーだ。
その役目は杖部隊とランサー部隊を守る事にある。
だがその性格故に呪文の効率は悪い。
数で凌ぐ。
その訓練は昨日までに何度もやってきた事だった。
それが今、活かされた。
多分、半分以上は偶然だっただろう。
『ストーン・シールド!』『アクア・シールド!』『アイス・シールド!』
幾重にも重なる壁呪文。
だがキムクイ・スレイブのブレスはその全てを粉砕し尽くした。
直撃?
だがまだ闘える。
最後の防壁は私達の持つ盾、そして鎧が受け持つ事になった。
無論、誰一人として無傷の者はいない。
「怯むな!戦列維持!」
『後退、急いで!』
「回復呪文より移動速度を優先!後退せよ!」
私の指示は間違っていただろうか?
分からない。
この戦闘が終わってからでないと分からないのだろう。
『槍部隊が城郭入り口に取り付きました!』
『弓部隊と杖部隊の支援来てます!』
夕闇城を一瞬だけ見る。
そして前を見た。
戦列は?
まだ乱れていない。
「殿に出る!左翼より城郭内部へ撤退!」
『付き合うぜ!シェルヴィ!』
『右確保!』
『左翼確保!アンカー!』
左右に並ぶのは?
皆、フェンサー繋がりの知り合いばかりだ。
全く。
無茶な連中よね。
『正面!オブシディアンビースト!』
「並列シールド・ラッシュ!続けて攻撃武技!カウントスリー!」
『応ッ!』
全員が腰を落とす。
力を溜めて。
今!
『シールド・ラッシュ!』
続けて、武技だ。
『猛殴破砕撃!』『猛打割岩衝!』『猛撃巨木断!』
各自が得物に応じた武技を繰り出す。
魔物にもさすがに堪えたか?
だがもう一押し。
『シールド・ラッシュ!』
重心の浮いた魔物への体当たりとなったようだ。
その形状故にオブシディアンビーストは転がってしまう。
『後退だ!急げ!』
『右カバー、オッケー!』
『左に付く!ホールド!』
「突出するな!後退しながら武技で応戦!」
『ムーブ!ムーブ!』
『後方、ホールド!支援来てるぞ!急いで!』
城郭へと登る階段への入り口に支援部隊の姿が見えていた。
そして城壁の上からも支援が飛んでくる。
矢だ。
そして呪文。
どうにか、死に戻りせずに撤退が完了出来そうだ。
-午前8時30分、夕闇城中央、尖塔最上階にて-
暇だ。
お呼びが掛からない、というかレッサーグリフォンが動いてくれないとダメなんだよね?
アレがいる間、こっちに活躍するだけの余地はないのです。
本来は。
レッサーグリフォンと騎乗する魔人以外、順調に戦況が推移しているのは見えていた。
何と言っても尖塔の一番上の階なのだ。
見晴らしはいい。
おっと、いけね。
レッサーグリフォンと魔人はキムクイ・スレイブがエリアポータルに侵入しない限り、襲って来ない。
そういう予測だった筈だ。
既にキムクイ・スレイブはエリアポータルの領域に踏み込んでいる。
時折、ブレスまで吐いているようで、意気軒昂そのものだ。
いや、他人事じゃないんだけど。
まだ待機なのかな?
活躍の場所がないと寂しい。
でもね。
今の戦場で活躍を期待されても困るんよ。
正直言うと、おっかないんです。
『予定位置までもう少しだ。準備はいいか?』
「ちょ!まだレッサーグリフォンが残ってるし!」
『予定は予定。予定外もあるさ』
「うぉい!」
『空挺部隊もまたアレを倒す為の鍵だってさ?期待してるよ』
「ちょ!コロナ!」
『心配すんなって。弓部隊の支援がある。カウントダウンはレイナから指示を出すってさ』
テレパスがそこで切れた。
いや、切りやがった。
あいつめ。
覚えとけよ?
周囲で待機するウチのパーティを見回す。
全員で、6名。
共通するのはエレメンタル・ソーサラー『風』である事。
フライの呪文を取得しており、その使用実績がある程度豊富な事。
そして重要であるそうだが、時空魔法も取得、レビテーションの呪文も使えるって事だ。
本当は気軽に空を飛べると思ってたのに。
【耐寒】も鍛えてより高く、という野望はブロンズドラゴンの出現で潰えた。
そして今、死に戻りになりかねない戦場に出撃しようとしている。
もうね。
『こちらレイナ!眠りダムー、だっけ?準備はいい?』
「いつでもどうぞ」
やべ。
つい答えちゃった。
かと言って、今更スルーするのも難しいよね?
ここは腹を括るか。
やあ ∈(;ω;)∋ もっと気楽に空も飛べる筈さ!