第5話 君にたどりつく
勇者ゼルーが魔王を封印した。
しかし、封印の地を守る魔王の護衛の決死の抵抗に、勇者は命を落とした。
* * *
「おねえちゃん、おねえちゃんっ!」
「イリス! そんなに走るんじゃないの、病み上がりのくせに!」
「だ、だって、ああもう、いいから来て!」
あまりに興奮した末の妹の迫力に押され、昼食の準備の途中だというのに家の外へ連れ出される。
「アイシャ!」
「ぎゃああああっ!?」
満面の笑顔で手を振るゼルー。お化けでも見たかのようにアイシャは悲鳴を上げた。期待していたかわいらしい反応と違い、妹イリスは呆れるが、ゼルーはそんなことは気にならないようだ。猛烈な勢いでアイシャに駆け寄る。が、我に返ったアイシャは拒否を見せる。
「あんた、おうちに挨拶してきたんでしょうね!?」
「えっ」
「なんで生きてんのかしらないけど、ここに来る前に行くところがあるでしょ!」
「い、い、行ってきた、よ!」
「見え見えの嘘をつくな! 早く行って来い!」
勢いが行き場を失くし、情けない顔を作った後、行ってくる! とゼルーは駆け出した。隣の家なわけだが。
「……おねえちゃん、かわいくな……」
責めようと姉を見上げて、イリスは口を閉じた。
「父さん母さん兄貴に弟、ただいまっ!」
「ぜ、ゼルー!? おまえ生きてたのかい!?」
「うん、勇者のまんまだと面倒だから死んだことにしてもらった! じゃ、アイシャのとこ行ってくるから!」
扉から顔だけ出し、母と兄の嫁しかいなかったのに言うだけ言ってまた飛び出していく。
「行ってきた、アイシャ、行ってきたよ!」
びっくりするくらい格好よくなっているのに、びっくりするくらいあのゼルーだ。イリスはもにょもにょとした表情で元?勇者と姉を見つめる。
「続き! 約束しただろ!?」
「だからあんたの頭にはそれしかないの!?」
「ない!」
言い切った。前よりも悪化している。隙あらばゼルーは距離を詰めてくると察知し、アイシャはイリスを見た。
「……ちょっと出てくるから、お昼頼むわね」
「はーい」
* * *
行き先は、ふたりでいつも夜に罠を作った森近くの小屋。未開の森は魔王の封印によって瘴気が薄れ、光が入るようになっていた。
「どうせ封印に使ったら剣は手放すし。なんかあったらフリードは力になってくれるっていうし、面倒だから勇者やめることにした」
「フリード?」
「フリード王子。仲良くなったんだ」
アイシャが目を丸くしていることに気づかず、きょろきょろと小屋を見る。アイシャと自分の隠れ家、昔はあんなに頼もしく見えていたのに。
「この小屋、こんなに小さかったっけ」
「あんたがでかくなったんでしょ」
「でも、2年しか経ってないのに」
見上げるゼルーの横顔は、知らない青年のようで、アイシャは少し胸が痛んだ。2年は短いのか、長いのか、わからなかった。
「手紙、読めた?」
「あんなばかなこと書いて。読んでもらったから、爺さんに笑われちゃった」
「ばかなの? どれ?」
「最初の」
「俺なんて書いたっけ」
「……他のやつとやるなって」
「ああ! でも、それはほとんどの手紙に書いたような気がするんだけど」
「ほとんどの?」
「いっぱい出しただろ。アイシャ一回しか返事くれなかったけど」
思い出したように不満を浮かべる。。
「2通しか、届いてないわよ」
「え?」
「2通目は、情けないのだったし。ごはん食べたいってあったけど」
しまった、ゼルーは苦い気持ちがわきあがった。手紙を出すとき、いつも王女に渡していた。彼女が、出しておきますと笑顔で手を伸ばしてくるから。最初はわからないまま頼み、あとからはもう彼女はわかっていてやっているのだと思った。自分の愚かさが情けない。
「ねえ、まさか食べさせてもらえなかったんじゃないわよね?」
「ごめん、なに?」
「まさか食べさせてもらえなかったんじゃないわよねって。あたしのごはんが食べたいってあったから」
「……ちがうよ。アイシャのごはんが食べたかったんだ」
「やっぱり食べさせてもらえなかったの?」
「ち・がう! 食べてたよ、めいっぱい食べてた! 俺はそうじゃないと戦えないんだから!」
「なんだ。ならいいのよ」
ぜ、全然変わってない。ゼルーはアイシャを見下ろした。見た目も記憶の彼女と寸分たがわないような気がする。あのときが17だったから、今は19のはずなんだけども。
「よくないよ」
「なにがよ。こっちは心配したんだからね」
「……アイシャのごはんが食べたかったの。他の誰でもない、アイシャの作ったのが」
手をにぎる。アイシャはぎくりと緊張する。
「アイシャはわかってないんだよ、俺がどんなにアイシャを好きかって」
「し、知らないわよそんなの……」
そのまま小屋の中へ連れて行く。小屋の中は幾分薄暗かったが、十分に晴れの光でお互いが見えた。閉められる扉を心細い気持ちでアイシャは見つめた。
「あれ、結構きれいだ。誰か使ってるのか?」
「あたしが使ってたの。だからたまに掃除したのよ」
「使ったって、ここを?」
「あたし達、獲物がかからなかった罠は回収しなかったでしょ? だからあんたがいなくなってから、少しずつだけど、回収しておいたの」
「……森に入ったのか!? ひとりで!」
「記憶をたどりながらだから、ちょっと自信ないけど、たぶんもうすぐ終わるわ」
その無謀に血の気が引く。ゼルーが剣を手にしてから、魔物達は彼らの王を守ろうと活発になり、人間への攻撃も激しくなっていたというのに。
「なんて危険な真似……奥に魔物がいるって、おまえ知ってただろ!?」
「だって誰かが怪我したら大変じゃない。獣だって用もないのに足を奪われるのよ」
当たり前のことを言わせるなと眉をひそめられる。幼なじみのこういうところを愛している。けれど、その身を危険にさらすことに対して自覚が薄いのは勘弁してほしい。
「勇気じゃない、アイシャは無謀なんだ、バカなんだ」
「バカぁ!? あんたにだけは言われたくないわ、大馬鹿ゼルーのくせに!」
「いいから」
ぐっと腕をつかみ、目を見据える。
「もうひとりで危ないことするな」
「危ないって、だから、自分達のしたことの始末をしてるだけよ」
「するなったら!」
強い声に思わずからだを震わせ、悔しくてアイシャは言い返そうとした。自分はまちがっていない。けれどゼルーの顔を見て、止めた。口をとがらせ、うなずいた。
「……わかった」
「……ん」
ゼルーは手早く目をこする。まったく恥ずかしいが、しかたないと思うことにする。魔物にもしアイシャが襲われていたらと思うと寒気がした。
「相変わらず泣き虫なのね、あんたは」
やさしい気持ちになって、アイシャはゼルーの髪をなでた。ゼルーは驚いて、それから目を細めた。その熱に気づいてアイシャは自分の考えナシの行動を悔いる。近づく距離に耐え切れなくなって、目を閉じた。かすかにくちびるが触れ合う。何度もくすぐるようにかすめる。じらされている気がして、思わず口を開けた瞬間に舌が割り入れられた。調べるようにゆっくりと這うそれに頭がぼうっとするのを感じながら、行き場のなかった手をゼルーの背に回した。ゼルーは痩せぎすのアイシャのからだを折れんばかりの強さで抱きしめた。
「会いたかった」
思いやりを忘れた激しいキスに、空気が足りなくなる。勢いあまってアイシャが壁に背をぶつけても、ゼルーは止まなかった。切れ切れに、必死に名を呼ぶと、気づいたゼルーが申し訳なさそうに謝った。
「ばかゼルー」
息を吐きながら、笑うと、また切なそうに顔を歪める。だってアイシャが、と不満そうにぼそりと言いながら、またキスをしてきた。やさしさが戻っていた。
首に手の気配を感じて、脱がされるのだと察する。抵抗する気はなかったけれど、やはり緊張してゼルーにしがみついた。現れた背に、ゼルーは指を立ててすべらせる。高く甘い声が喉から飛び出した。
「それやだって、言ったでしょ! やめなさいよっ」
「だってかわいいんだもん」
「ひ、ゃあんっ」
こらえたかったのに、この感覚はその決意をかんたんにゆるめてしまうようで。恥ずかしくて悔しくて、仕返しをしたくてゼルーの肩に噛みついた。
「いでっ」
「次やったら、もっときつく噛むからね!」
しかし、痛いは痛いが、鍛えられたゼルーの肩にはそこまでのものにはならない。もっときつくと言ったところでたかが知れている気がした。その弱さ、自分が組み敷ける事実にぞくぞくしながら、彼女の胸に触れる。やわやわと指を動かすと、アイシャは息を詰めた。少しからだを離すと、ふたりのからだにはさまれていた服がすべりおち、アイシャの腕や腰にまとわりつく。ふと気づいてゼルーは両ひざをついた。顔がアイシャの胸近くにくる。
「大きくなった気がする」
「え……?」
「前は、俺の手に余ってたのに、今はちょうどおさまる感じ……ほら」
「ばか、なに言って」
「ぎゅって、つかめる」
「んっ!」
「見て、ほら。アイシャ」
ゼルーの手の中でひしゃげた自分の胸があんまりいやらしくて、アイシャは泣きそうになる。その先に吸いつかれ、また泣き声をあげる。
続いてスカートのホックを外す。すとんと下へ落ちる。動けないまま、アイシャはただあせりとまどう。
「ゼルー、だめ」
聞けるわけもない。かたく合わされた足の合わせ目に、指をねじこむ。びくりとアイシャのからだがはねる。ゆっくり何度もこすった。息がはっきりと荒くなっていく。
「……他のやつと、して、ないよね」
「……ない……」
「リッカとも」
「リッカ……?」
「あいつ、アイシャのこと好きだった気がする。アイシャへの手紙を頼もうとしたら、自分で渡せって怒鳴られたんだ」
そういうことだったのかと納得しながら、でもすぐに思考がかき乱されていく。
「ぜ、るぅ、だめ」
まっすぐに立っていられなくなって、小柄なからだがゼルーの頭を胸に抱えるように前のめりに折られた。壁に向けてあらわれただろうそこに触れたくてゼルーは下着の横から指を滑り込ませる。ぬるりとあついものがつく。頭の芯がしびれ、ふたりともが追い立てられていく。
「あっ!」
ゼルーは見えないまま、不器用に、それでも本能に従って彼女を責めた。水音が響く。
「ぜる……、や、や……」
ゼルーは腰の荷物入れにくくりつけてあった自分のマントを床に放った。アイシャをそこに寝かせる。ついで自分の腰布をゆるめた。目の前に力なく横たわる、汚され始めた愛しい娘の裸体にゼルーは興奮をおさえられなかった。アイシャの下着を脚から抜き取るなり、強引に開かせる。
「いやあっ!」
「アイシャ、大丈夫だから」
すぐさま入れてしまいたかったけれど、アイシャのおびえた声にまた指をしのばせた。甘くなっていく声。このからだの下で色づき汗ばむ肌。熱い息を吐く。もう十分に潤っていると思う。どちらにしてももう限界。
「入れる、よ」
アイシャに押し入る。熱い。やっぱりアイシャは全部全部俺を包むんだとゼルーは思った。
* * *
息がととのって、ぼそりとアイシャがつぶやく。
「痛かった」
「……ごめん」
「しかもすぐもう一回した。あたし、痛いって言ったのに」
「……すみません……」
マントにふたり寝転びながら、ゼルーは身を縮こまらせた。大丈夫だとかやさしくするだとか言って、結局そういうざまだったわけだ。
「気持ちよくて……夢中になっちゃって……ほんとすみません……」
情けないやら申し訳ないやら、2度目を終えてマントについた赤い血を見て青ざめた自分はやはりとても馬鹿だ。
「……気持ちよかったの?」
からだをこちらに向けて、アイシャが尋ねる。なんでそんなことを聞かれるのか男のゼルーにはよくわからない。あれを見てなんで。
「……気持ちよかったよ?」
「ふうん」
あまり怒っていないように見える。
「怒ってないの?」
「気持ちよかったならしょうがないでしょ」
しょうがないはアイシャの口癖。ゼルーが幸せになるために必要なことなら、やるのが当然だと思っている彼女の。胸に満ちる愛しさ。抱きしめようと手を伸ばして。
「これであたしも約束を果たしたわけだし!」
「ちょ」
せいせい、晴れ晴れした笑顔にゼルーは再び青ざめた。なんだって。まさか。飛び起き、正座をしてアイシャを覗き込む。
「こ、これきり!?」
「は?」
「あああ!? ちょ、ちょっと待てよ、俺アイシャの気持ち言ってもらったことないじゃんか! アイシャ、まさか、これ約束だからしたの!?」
「あんたさっき自分で約束って言ったじゃない」
怪訝な顔で言われ、目の前がまっくらになる。義理堅いアイシャ。そんな。
「だめだ!」
「なにが」
「だから、えっと」
どうしようどうしよう。ゼルーはぐるぐると目を回す。頭はあまり回らない。そうだ。
「賭けをしよう!」
「賭け?」
「前の剣みたいに! なにか俺ができたら、アイシャは俺の嫁になるってことで!」
アイシャはしばらくあっけにとられたようにゼルーを見る。
「……内容は、アイシャが決めてもいい!」
たいていのことならできる気がする。あのときだって、アイシャを抱けるなら剣の丘へ行くなんてなんの障害でもなかったのだから。
「んー」
少し考えてから、アイシャは思い出したように賭けといえば、と言う。
「あんた、剣を抜いてきたとき、あたしのこと村娘とか呼んだでしょ。あれむかついたんだけどなんだったのよ」
なんだか全然関係ない話。まだはらはらしたまま、とりあえず答える。
「あんときは名前呼べなかったから」
「なんでよ」
「……たいしたことじゃないよ」
「たいしたことじゃないなら言って」
もっともなお答えにゼルーは一瞬言葉に詰まる。あれは確かにたいしたことじゃない。聞けばアイシャは呆れるだろう。でも、ゼルーにしてみればなかなかどうして、切実だったのだ。
「いいから、賭けの中身を決めろよ!」
「いいわ。じゃあ、それを言ったらあんたの嫁になってもいい」
「ええええ!?」
そんな簡単でいいのか、耳を疑う。
「いいのか? あとからやめたって言っても聞かないぞ」
「なんだったの?」
確かに簡単だ。ゼルーが想定していた無理難題よりは。けれども、これを口にするのは恥ずかしかった。かなり。答えを待ってアイシャが見つめてくる。
「……あのときは、剣を抜いたばっかりで」
「そうね」
「だから、呼べなかったんだ」
「は?」
「俺、アイシャの名前呼ぶと興奮するから」
「興奮、って、それで名前呼べないって」
なにそれ。納得していない顔。なかばやけっぱちで叫ぶ。
「しょうがないだろ! あのときアイシャの名前呼ぶと……、たっ、たっちゃったんだよ、これでとうとうおまえとできるんだって思ってたから!!」
若かったんだ若かったんだよと腕に顔をうずめて繰り返した。穴があったらきっと埋まっていた。痛々しくもいたたまれない沈黙。
「………ふ、」
たまらず、アイシャは喉をふるわせる。
「あ、あははは、あははははははっ」
17歳。アイシャを抱きたくて頭がいっぱいだった。でも、考えてみたらあの頃から今までゼルーはそのままと言えるような気もして、いまさら情けなくなる。頭を振り、アイシャのからだに覆いかぶさる。
「またするの?」
「嫁ならおかしくないだろ。アイシャが言ったんじゃないか」
まさかこんなことでアイシャが押し切られてくれる気がしなくて、自分で半信半疑のくせにゼルーは懸命に押した。少し泣きそうだった。
「ゼルー」
「だめだ。アイシャは俺のじゃなきゃ」
「わかったから。そんな情けない顔しないの」
「じゃあアイシャ、俺のこと好き?」
疑いたいわけじゃない。でも、アイシャはやさしいから。
アイシャは困った顔をして、それからゼルーの耳をつかんだ。少し体を起こして、ゼルーにキスをする。腕をまわし、抱きしめた。耳にささやく。
「ゼルーがすき」
ずっと、待ってた。
離れて、信じられない気持ちでアイシャを見つめる。少し怒ったように頬を赤らめて、睨み返してくる。
「好きな相手じゃなきゃ、しない。当たり前でしょ。ゼルーってほんとにバカね」
「あ」
言葉が出ない。手をにぎると、アイシャはにぎりかえした。胸が熱くなって、キスをする。また動き出したゼルーにアイシャが眉をひそめる。
「だ、だからゼルー、そんなにいきなりいっぱいしなくても、またできるでしょ?」
「アイシャはさ」
彼女の足をつかみながら、前々から思っていたことを言う。
「あおるのとしずめるの、まちがってるよ」
* * *
そうして勇者だった青年と村娘は、末永く幸せにくらしました。←イマココ。
というわけで、めでたし、めでたし。
ここまでお読み下さってありがとうございました。少しでもお楽しみ頂けた事を祈って!
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