今日はバレンタインデー。
ただし、この男はそんな物が何だといわんばかりに、今日も競馬場に行っていた。
「依頼人も来ないし、町へ繰り出すか!」
とはその男・・・小五郎の弁であるが、コナンも蘭も学校へ行っているというのに留守にしていては、来る依頼も来なくなるに決まっている。
まずポアロで一服、パチンコ店と雀荘を梯子して、さらに新聞片手にメインレース。
そして、今帰ってきた。
「くそーっ!最近「カミナリボーイ」は調子いいからそろそろ賭けてやるかと思ったのにーっ!!」
カミナリボーイの今日の騎手は、いつもの「谷豊」氏ではなかったらしい。健闘したものの2位に終わった。
ぶつぶつと不満を言いながら、小五郎は事務所のドアに手をかけた。
開けようとすると、何かがドアにぶつかった。
足元を見ると、ラッピングされた小さな箱。
「・・・何だこりゃ?」
かがんで箱を持ち上げる。
「・・・ああ、今日はバレンタインだったっけ?」
今頃思い出す男。
「・・・という事は、チョコだよな?・・・誰からだ?蘭はまだ学校だし・・・」
鍵を開けて中に入りながらぶつぶつと呟く。
「ま、まさか・・・」
いきなり顔が緩んだ。
「もしかして、オレのファンの女の子!?」
鼻の下も伸びっぱなし。
「ああ、もしかしてもしかすると、愛しのヨーコちゅわん!?」
小躍りまでし始めた。
「ああ、きっとこのチョコを握り締めて、ドアの前で待っていたんだろうな・・・温かく迎えてやれなくてごめんよヨーコちゃーん!」
・・・誰もそんな事言ってないのに。
うきうきとラッピングを開けると、手紙も入っていた。
「おお!?これは愛のメッセージぃ!?『大好きな小五郎さんへ』なんて書いてあったりしてー♪」
手紙を抜き取ると、表に書いてある文字をまじまじと見つめた。
わりとカチッとした、見覚えのある文字で一言。
『あなたへ』
「・・・なああぁぁぁっ!!?」
爆弾でも見つけたかのように、小五郎はチョコを机の上において後ずさりした。
「え、英理ぃ!?」
明らかにおびえている。
「・・・なんだよ!期待しちまったじゃねーか!!」
いくらか気を鎮めた後、もう一度チョコと手紙を手に取った。
手紙を開ける。
『あなたへ
留守だったから置いておいたわ
どうせパチンコにでも出かけたんでしょ?』
「ちくしょー!!当たってやがる!!」
そう言いながらチョコの入った箱を開けにかかり、手紙も同時に読み進める。
『バレンタインだから、チョコをあげるわ
ありがたく受け取りなさいよ!』
「・・・余計なお世話だっての」
『そうそう、そのチョコはね、ジゴバのチョコレート・・・』
「おっ!いいじゃねーか」
箱のふたを開けた。
『・・・を使って、私が手作りしたの』
「・・・くわーーーーーっ!!!」
訳のわからない叫び声をあげて手紙を投げる。
「なんでそんな余計な事をするんだよ!?既製品をくれ、既製品を!!」
ぜえぜえと荒い息をしながら手紙を拾い上げる。
・・・結局読むのか。
『まあ、とにかく食べてみて頂戴』
そこまで読んだところで、小五郎はチョコに目をやった。
「・・・まてよ、手作りチョコって言っても、いったん溶かしたチョコを、また固めるだけなんだよな?」
形はわりと綺麗だ。
「・・・それなら英理でも、そこそこのモンが作れるかもな・・・材料はジゴバだし」
そう呟いて小さいチョコを一粒手に取り、口の中に入れた。
―今まで食べた事のない味だ。
―甘くない。
―かといって苦くもない。
―これは・・・
(しょっぱ〜〜〜〜〜〜〜〜い!!!)
小五郎は口を押さえて、必死に苦しみに耐えていた。
声が出ない。
口の中のチョコが溶けていくたびに広がる・・・塩の味。
『チラシに、「塩を隠し味にしたチョコ」っていうのが載ってたから試してみたのよ』
(隠し味だと!?隠れてねぇ!!)
涙目になりながら、その一文を読んでいた。
(み、水!)
冷蔵庫を開ける。こういうときに限ってミネラルウォーターがない。
(ああ、こうなったら水道水だ!!このチョコよりはずっとマシだ!!)
台所の流し台で口をゆすぎ、何とか一命は取り留めた。
息を切らしながら、手紙を置いたテーブルに戻る。
『どう?飛び上がるほど美味しくて、ビックリしたでしょ?』
「バーロぉぉ!!飛び上がるほどまずくて死ぬかと思ったぞ!!」
一人部屋の中で手紙に向かって怒鳴る男・・・
この状況では仕方ないのかもしれない。
『味見はしてないけどね』
「だーっ!!なんでいつもそうなんだ!?自分で味見しろ、味見を!!」
『カカオポリフェノールって、わりと体にいいらしいわよ』
「このチョコは体に悪い!!絶対悪い!!塩分取りすぎちまうだろ!!高血圧になっちまうだろーが!!」
『メタボリックシンドロームって言葉知ってる?』
「こっちが聞きてーよ!!!お前がメタボリックシンドロームの原因になるだろーが!」
『蘭もいるんだから、体には気をつけることね』
「こんなの作ったお前が言うな!!高血圧になったら、恨むぞ!!!」
『まあ、これからもしばらくは帰らないからね 英理』
「帰ってくるなー!!」
肩で息をしながら、残りのチョコをどうしようかと考えていた時、手紙の裏にも文字が描いてあるのに気がついた。
『P.S.気持ちは込めたんだからね?』
「・・・」
小五郎はふっと笑った。
「バーロォ・・・どういう『気持ち』だって言うんだ・・・?」
憎まれ口をたたきながらも、顔は嬉しそうだった。
「はっきり書けよな、そういうことは・・・」
しばらくそんな気分に浸っていた時だった。
「おじさん、ただいま!」
その時コナンは、小五郎が、
(よくぞ帰ってきた!)
と小さくガッツポーズをしていたのに気がつかなかった。
「お!帰ったか、コナン!」
「おじさん、それ何?」
指差したのはチョコの入った箱。
「チョコレートだ!食うか?」
「うん!」
と言って手を伸ばしかけたその時、
『あなたへ』
という見たことのある字が目に留まった・・・・
「や、やっぱりやめとく!」
「な、なんでだよ?」
「それ・・・英理おばさんから・・・でしょ?」
(ちっ、ばれたか・・・)
「おじさん宛ての、心のこもったチョコレートだからさ・・・ボクが貰うわけにはいかないよ!」
「てめぇ、上手い事言って、食べたくないんだろ!?おすそ分けだ、食え!!」
「やだー!!」
「うるせぇ、道連れだー!!」
蘭が帰ってくるまで、事務所内の壮絶な鬼ごっこは続いていたという・・・
その頃、妃法律相談所。
「ただいま、栗山さん!」
「ああ、先生!」
「ニャー」
「ゴロちゃんも、ただいま〜♪」
英理はお気に入りのロシアンブルーを抱き上げた。
「ずいぶんご機嫌ですけど、どちらに行かれてたんですか?」
緑の問いかけに、英理は悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「ナ・イ・ショ♪」
「・・・」
「さあ、仕事仕事♪」
いつにない表情を見た緑はきょとんとしていたが、やがてニヤッと笑った。
(ダンナの所だなぁ?)
「先生、もうすぐ復縁ですかぁ?」
「ん?何か言った?」
「なんでもありませーん♪」
数分後、二人はニコニコ笑いながらパソコンに向かっていた。
ゴロはと言えば、紙くずでサッカーを始めていた。
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