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ごくさいしき

作者: 小伏史央

世にも奇妙なショートショートコンテスト参加作品

 近くの闇で小鳥が鳴いた。ぴーひゃらぴーひょろぴーひゃらり。だだだと葉っぱも歌ってる。ぱぁんぽあぁん。よく分からない。ぼくは音へと手を伸ばす。たったったった。届かない。

 目覚めて夢だと分かるまで、布団のはじっこ掴んでる。寝汗がびたびた気持ち悪い。ちゅんちゅんちゅんちゅん。なにか音。動くとベッドが音たてる。外から聞こえる風は弱い。車も人もいないらしい。

 右腕を耳にぴたり。指が時計に届く。かちっ。九月四日、月曜日、午前五時三十二分です。ジージーした声。月曜日。日曜日はなにしてたかな。また一日中寝てたのかな。今日はタクヤは来るのかな。あーそっかー学校だ。今日からしばらくつまんない。

 きー。ぶうぅーん。車の音が。朝が早い人。だれだろう。お隣の山田さんはいつもぎりぎりだ。ほら起きて! 遅れるよ! 奥さんの声で山田さんの朝が始まる。のが、たしか、八時くらい。

 次いで話し声。おじいさん二人の会話。涼しくなってきましたなぁ。まだまだ昼間は暑いもんですよ。はぁそうですかァ。この声は好き。

 布団から出られない。だから出ない。おやすみ。

 つんのめる。小鳥の鳴き声にはまだ届かない。音が小さくなっていく。ぴーひゃらぴぃ。うわんうわんうわんうわん。サイレン。救急車じゃなくて消防車。だだだ。葉っぱがぼくを嘲笑う。どおんどおん。ぱーぱーぱーぱー。かんかんかんかん。あちこちが騒がしい。たったったった。ぼくは走った。どこへ向かっても闇だった。闇の先に光があるって、どこかの偉い人が言っていた。でも走っても走っても陰は生まれない。ぴーひゃら。小鳥がいる。あっちだ。走る。遠ざかっていく音。ぱぁんぽあぁん。あのよく分からない音。ぐーぐーぐーぐー。足がかたまる。

 ほら起きて! 遅れるよ!

 隣の山田さんがまた起こされてる。奥さんのその声でぼくも目が覚めた。

 こんこん。グッドタイミング。その音が扉のノックだとぼくは知っている。

 入るぞ、起きてるか。

 タクヤの声。高くないけど低くない。平均的な声だと思う。でもぼくはこの声が好きだ。近所のおじいさんのよりも。

 起きてるよー。

 ぼくの発言のすぐ後に、がちゃぁ。ぎぃ。おはよう。おはよー。

 今日も学校、行かないのか。

 行かないよ。

 そうか。……じゃあな。

 うん、いってらっしゃい。

 タクヤはすぐに出て行っちゃった。もっと話をしてもいいのに。つまんない。心臓どくどくとか、そんなこともない。乱暴に手を動かす。指が時計にあたった。かちっ。九月四日、月曜日、午前八時二十二分です。ホームルームまであと十分(じっぷん)弱。タクヤは走らないと遅刻する。

 ベッドから下りた。部屋の中になにがあるか覚えている。布団のかさばる音。そのままにして。のんびり歩く。床は綺麗。整頓は大事。あまり床から足を離さない。すーすー。扉に触る。障害物にあたらなかった。やったね。この前タクヤが片付けてくれてから、足をなにかにぶつけるということはなくなった。ドアノブは冷たい。く。喉が変な音した。廊下に出て、三歩だけ進んで右側にある突起がトイレのドアノブ。よしよし、覚えてる。足音は立てないように意識する。意味はない。ひまつぶし。ひつまぶしは美味しいと思う。

 便座で落ち着いていると、ぶーんと音がしているのに気付いた。ああそっか。電気をつけっぱなしにしていたんだ。スイッチはどこだっけ。覚えてなくて、もどかしくなってきた。はあぁ、はああ。溜息ふたつ。うるっときた。うっく。また喉が変。ティッシュで涙を拭こう。からから。からから。

 ティッシュきれてる。


     *


 かちっ。九月五日、火曜日、午前八時四十分です。

 今日はタクヤ来ない。今頃一時間目が始まって、英語か数学か物理か分かんないけど始まってて、先生が抜き打ちテストだぞーって言って、えーなにそれバカじゃないのーってみんな言ってる。

 こんこん。ぼくはびっくりして布団のはじを噛んだ。

 起きてるか。入るぞ。

 ……。

 入るぞー?

 学校……。

 バカかお前、自分の学校の創立記念日も覚えてないのか。

 え、今日なの。そんなの覚えてるわけないじゃん。

 ほら、弁当買ってきた。どうせお前、ろくに食ってもいないだろ。

 ビニール袋のこすれる音。びじぃ。ふにー。かっ。ぷてっ。くあらぁ。こっ。とっとっと。いただきます。……あーんぷりーず。自分で食えよ。タクヤのけちー。食わないのか。食うよ食っちゃうよわあ。すぅすぅ。ふぅ。ぱっ。箸でつまむ。おっ挟めた。やったーやったー。ぽ。落ちる。リベンジに燃える。おかずはどこだ。どこいった。かっ。とっ。わっ、こら危ねぇよ。知らないよタクヤなんて食べても美味しくないよ。リベンジ、ていくツー。ほらあーん。あーん。んぐんぐ。美味しい。うれしい。

 ごちそうさまでした。

 トイレ借りる。

 りょーかーい。あ、だけどティッシュきれてるよ。

 そうか買いにいかないとな。

 じゃあ今から買いにいこう。

 え。その格好で?

 ぼくはパジャマ姿。ずっと着替えてない。それに風呂にも入っていない。臭いかもしれない。腕を鼻にぴたり。あ、におう。

 おふろ入る。

 おう入れ。

 一緒に入ろー。

 は、はあバカかお前。

 いいじゃん見えないんだし。

 俺は見えるんだよ。

 いいじゃーん。

 さっさと入れバカ。

 ……。風呂から上がった。タオルでうしうし拭く。ごしごし。はっはっ。ぱさぱさ。顔だけまだ濡れている。仕方ない。

 玄関。タクヤと腕を組む。じゃないとぼくは歩けない。歩けるけれど歩きづらい。つらい。靴を履くのは慣れてない。タクヤにおねだり。今度は素直に聞いてくれる。ドアノブがちゃっ。扉が開く。久々のお外。太陽にも音がある。じーんじーんって、心臓の奥ににじむ音。やまびこ。やっほー。太陽は山じゃないよ。

 あ、おはようございます。

 タクヤが誰かに挨拶をする。山田さんかな。……いや違う、山田さんは会社にいる時間だ。

 だれ? そんな気持ちで組んでいる腕に力を込める。

 …………。

 その人は、タクヤに返事をせずに階段を上っていった。ご、ごん。鉄製の階段を上る音。手すりを擦る音もある。この足音はあまり聞かないから、きっと。

 ぎいぃ。がちゃん。

 その人の部屋の扉が閉まってから、いまのだれか分かるか、とタクヤが訊いてきた。

 女の子だった?

 そうそう。俺らと同じくらいの歳の。

 ああ……各務(かがみ)さんだねー。

 カガミ? 変な名前だな。あの制服、俺らとは違う学校だよな。……なんでこの時間にこのアパートにいるんだ?

 知らなーい。興味なーい。知らない女の子のことなんていいじゃん。考えるだけ時間の無駄だよ。行こう行こう。いざティッシュを買いに!

 どこの旅人だよ。

 並んで歩く。んっんっんっ。とんとんとん。ふへへへへ。なんだよ急に気持ち悪い。なんでもなーい。じーんじーん。ぼくら歩く。ぼくとタクヤが歩く。前進、前進! 車の通る音。すとっぷ。タクヤのリード。盲導人。

 ごめん俺まずトイレ。

 ここどこ?

 公園。のベンチ。ちょっと待ってて。

 公園はうるさい。人の声。小さくない。じゃらじゃらした音。装飾品? 鎖みたいな。

 おっ、カワイコちゃんはっけーん。でもなんだあれ、なに着けてんだ? めくらか? まー細けぇことはいいんだよ。ほらいくぞナンパだナンパ。よう嬢ちゃん。ねえきみカワイーねー。

 …………。

 なになに? 下向いてないでさぁ。オレらと遊ばない? 楽しいよォ?

 …………。

 おいなんだお前ら。

 うっわカレシ持ちかよ。ケッ。こんなブサイクのどこがいいんだ?

 タクヤはブサイクじゃないよ。

 あ?

 ぼくにとってはブサイクじゃないよ。

 なんだこの子、女なのにぼくって言ってらぁ。

 ……ほら行くぞ。

 うん。あ、手をつなぐだけじゃちょっと歩きにくいかも。

 ふりょーしょーねんどもは公園で楽しく遊んでいればいい。ナンパの基本をどこかで勉強したほうがいいと思う。ぼくも知らないけれど。彼らはついてこない。腕を組む。手をつなぐだけじゃ距離感がはかりにくいんだよ。風が吹く。耳をくすぐる。だだだだだ。

 ……。ぱーぱーぱー。ふーんふーんへー。がらがらがらがら。レジうるさい。ティッシュげっとはいいけれど。

 部屋に帰る。一〇一号室。がちゃぎぃ。帰宅。ただいま。

 タクヤ、今日はありがとう。

 え、あ、うん……。

 かっこよかったかも。

 …………。

 なんかいえよー。

 照れるだろこら。

 わータクヤが怒ったー。わーわー。

 ぴーひゃらりー。あれ。ぼんやり。やだやだこれは夢じゃないよ。小鳥。違う違う。ちょっと眠たいだけ。タクヤ……。タクヤ……。とんとんとんとん。ぱぁぽわあん。たったったった。

 タクヤ!

 ……なに。

 ……なんでもない。あ、タクヤ。

 なに。どうした。

 なんでもないしなんでもないよ。いやなんでもないことは確かだけど、なに、その、なに、顔近づけて。

 なんだよ。

 かっ。歯がぶつかる。

 ああ。あああ。これは夢じゃない。ほら、大丈夫。だいじょーぶ。ぼくは起きている。眠ってなんかいないし目の前にタクヤがいることもホント。ホント。嘘じゃない。

 もう寝るね。おやすみタクヤ。

 お前……。

 おやすみ。


     *


 かちっ。九月六日、水曜日、午前九時二分です。


     *


 かちっ。九月七日、木曜日、午前十一時二十三分です。

 タクヤが来ない。


     *


 かちっ。九月八日、金曜日、午前八時三十分です。

 ……………………。


     *


 たったったった。小鳥を追いかけよう。闇の中。どこが前だか分からない。体の向いている方角が前。きっとそうだと信じている。走る。とんとんとんとん。だだだ。葉っぱがいる。でも見えない。闇の中。光は闇の先にあるんだって。おかあさんが言ってた。病室のベッドで言ってたんだもん。ぴー。ずっと耳を刺激する。これだよ。これ。ぴーひゃらり。ぴー。あーあーあー。闇の中はなにも見えない。たったったった。それでも走るよ。小鳥を探す。あの小鳥。ぴーひゃらりー。ぱぁぽわあ。ちぃちぃ。うわんうわんうわんうわん。がんがんがんがん。なんできみはぼくっていってるの、きみは女の子なのに。幼い記憶。タクヤ、きみだってぼくって使ってるじゃん。女の子も使っていいじゃん。だめなの? 分からないけど……。きぃ。がー。どんどんどんどん。こっこっこっ。記憶の再生。やめたげなよ。たったったった。届かない。うぃーん。ごつごつごつごつ。く。うっく。うー。ああ。あああ。ふにふに。とっとっと。てててて。ぐーぐー。やめたげなよ。ぼくはなにも信じない。やめたげなよ。闇。光は闇の先にあるんだよ。走る。走る。前へ向かって走ろう。前進、前進。じーじーじー。がるる。しっしっ。ぴゅーん。ぴょいーん。はぁはぁはぁ。るぃん。ぴーひゃらりー。小鳥はあっちだ。走れ。走れ。もうすぐ。もうすぐ。たったったった。手をのばせ。ほら。やめたげなよ。

 おい、おい!

 あ、タクヤ。おはよー。

 お前またなにも食べなかったんだな。あれから食べてないのか。三日食べてないのか。おいどうなんだよちくしょう。なんか食うもん置いてないのか。なんでこの家冷蔵庫がないんだよ。バカかお前。おい。

 タクヤ、久しぶりだねー。いままでどうしてたの。

 はぁ!? こっちにもなぁ! 気持ちの整理ってのが。

 うーわー。ふぁーすときすがそんなにおいしかったですかー。うーわー。

 いいからもう喋るな。お前自分の状態分かってんのか? 鏡見るか?

 各務さんはきっとサボり症なんだよ。

 んなの知らねぇよ。おいアイマスク外すぞ。な。

 え、なに言ってんの。いやいやいやいやいやいや。やめてやだ。

 本当は見えるんだろ。見たくないだけなんだろ。見ろよおい。俺の顔を見ろよおい。見たくないのかよ。見ないのかよ。

 やだやだやだやだ。ひっつかまれる。男の子は強い。女の子は弱い。なんで。あっ。だめだめだめだめ。く。喉が。あ。あ。

 色色色色。だめだめだめやだ。助けて助けて。おかあさん。闇の先に光があるんだよ。走る。やだやだやだやだ。幸せの青い鳥って知ってる? 青はキライ。やめたげなよ。ぴーひゃらりー。ぼくはなにも見えないんだもん。なにも見えないのなにも見えないのなにも見えないの。ほら三回言えたよエライでしょ。く。あ。あ。

 なだれ込む色。赤はキライ。黄色はキライ。緑はキライ。紫はキライ。十人十色。ぜんぶキライ。ぼくは盲目になりたかった。全盲になりたかった。健常者は健常者らしく暮らさなければならない。食べ物のない国の人を思って、ごはんは残さず食べましょうね。く。きみは強い子だから、大丈夫だね。なにが。変な子。ぱぁんぽあぁん。

 ど。ど。ど。ど。ど。ど。

 心臓が痛い。

 じわじわぴりぴり。眩暈。白い靄。閉じていく。これが光。闇の先に光が現れた。

 たったったった。届かない。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ・短文、体言止めの使い方が秀逸。全く多すぎると思わなかった。 ・一度読み、二度読み、ちがった楽しみ方ができる。 [気になる点] ・読みにくいと言えば読みにくい。けれどそれがこの作品の味であ…
[一言]  他の方も言っておられましたが「ぼく」という表現にやられました。  年頃の女の子だって分かるまでずっと小さな男の子のイメージで読んでいましたもので。  ですからタクヤは優しいお兄さんではなく…
[一言] こんにちは。『ごくさいしき』読ませていただきました。私は企画参加者ではないですが、読んでよかったなあと思ったので色々書かせていただきます。  文体のリズムが、テンポよく且つ新鮮で読みやす…
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