善意転倒
その日、中央自動車道はお盆休みのUターンラッシュのために混雑していた。長い列が続く、笹子トンネル付近で事故が発生していた。その付近で小さな食堂をしている孝雄と良子は、それを眺めていたが、暗くなっても全く動かない車の列を見かねて、大きな釜に白米を炊き、おにぎりを作ってもっていくことにした。
昼から渋滞に巻き込まれてしまい、腹を空かせている人々がいた。たくさん握ったはずのおにぎりはあっという間になくなっていた。何かの手助けになればという、この無料のはずだった行為は、食べ物欲しさに金を出す人が出てきて、子供のために数個のおにぎりに一万円を差し出す人もいた。
孝雄たちは慌てて店に帰り、年老いた両親をも手伝わせて、再び大量のおにぎりを作った。そして、今度は別の場所に出かけて行った。
孝雄は売る気だった。
「全員の腹を満たすことができないのなら、売った方が公平だ」といい、最低千円、それよりもっと高く買う人を優先的に売れ、と良子に言った。
それから半年後、孝雄たちは小さな食堂を閉めて、駅前に大きな食事処を開店していた。渋滞の時に売ったおにぎりの収入は膨大だったのだ。しかし、良子は今でも心を痛めていた。おにぎりに一万円札が飛び交っていた。地元では欲張りと噂されていた。人の足元を見るような商売で建てた店と言われ、実家にも帰ることをためらうのだった。