一課の電話が鳴った。
「なに!コクーンの発表会場で殺人事件!」
白鳥の声に、一課に残って仕事をしていた全員が緊張する。
別の電話が鳴る。
「え?!佐藤さんのお母さんが!?
ちょっと、もっと詳しく!!」
呆然と切れてしまった、受話器を見つめる千葉に
佐藤が、慌てて駆け寄る。
「どうしたの?お母さんになにか?」
無理やり、感情を押さえつけた、平静すぎる声。
「いえ、どうも耳の遠い方らしくてはっきりしないんです。
とにかく佐藤さんのお母さんが、急に具合が悪くなって
救急車で、近くの病院に運ばれたとか」
「母は、今日、近所の老人会の御世話係で、
箱根の旅行にいっしょに行ってたのよ。
じゃ、病院は、旅館に聞けば教えてもらえるわね。
後で、電話してどんな様子か、聞くわ」
「佐藤さん、すぐ行かなきゃ」
千葉が立ち上がって佐藤をきつい眼差しで見つめる。
「何言ってるの、事件なのよ。
高木君は、友達の結婚式で今日明日、お休みだし、
千葉君だって、明日休みなんでしょ。
私が抜けるわけには・・・」
千葉が、企むような笑顔を見せた。
「実はね、僕、明日の休みは、
故郷で無理やり見合いさせられるんですよ。
佐藤さんが、僕の代わりに休んでくれると、
断る理由ができてすごく助かるんですが」
目暮警部が言った。
「さあ、白鳥君、千葉君行くぞ!」
「目暮警部!」
佐藤の声に振り向かず、目暮は足早に部屋を出た。
千葉は振り向きざま、ウインクして言った。
「御土産は、温泉饅頭でいいですからね」
佐藤は、病室のドアを乱暴に開けた。
間髪いれず、怒鳴り声。
「美和子、ここは病院よ。もっと静かにしなさい!」
佐藤は、ベットに座った母のいつもとかわらぬ元気な姿を見て、
安堵のあまり足から力が抜けて行くのを感じた。
その佐藤の体を支える力強い腕。
「え?高木君?どうして?」
腕の持ち主を見た佐藤は絶句した。
「結婚式の披露宴に出てたら、急に外が騒がしくなって、
様子を見に出たら、佐藤さんのお母さんが苦しんでおられたんです。
それで、病院にいっしょに付き添ったんですよ」
「もう、それなら、どうして私に電話を直接くれなかったの!」
佐藤は急に腹が立ってきた。
「いくら宿に電話しても、お母さんと一緒の人は、
お婆ちゃんばかりで、全然様子がわからないし、
すごく・・・すごく心配したんだから」
「す、すみません」
「美和子、まず、お礼が先でしょう。
高木さんは、苦しむ私に今まで、ずっとついててくれたんだから」
「何よ!元気そうじゃないの!」
高木は、二人の間に入って言った。
「お医者さんによると、尿管結石による腹痛だったそうで。
石はさっき出て、痛みも取れましたし、
残ってる石もないので、一晩入院したら明日には、帰れるそうです」
佐藤は、ほっと、ため息をついた。
「で、美和子、仕事は?」
「休みを無理やりもらったわよ!」
「そりゃ良かった。じゃあ、今晩お婆ちゃん達の面倒見てちょうだい。
私のせいで、せっかくの昼食台無しにしてしまったし、
せめてカラオケ大会だけでもやってあげなくちゃ」
佐藤はその場から逃げ出したかった。
背後から、高木が言う。
「佐藤さん、僕も、手伝いますよ」
佐藤は、母の頼みを聞かざるをえなくなった。
そして、今、佐藤は高木を恨んでいた。
“手伝うなんていってくれなきゃ、
事件があるから、って逃げられたのに”
お婆ちゃんパワーによる宴会はすごかった。
歌い、飲み、喰う。
「ほれ、美和子ちゃん、だったよね。天城越え、いっしょに歌おうよ」
“ええい、仕方ない。お母さんが世話になっちゃったし”
「ほら、一杯景気付けに飲んで」
ビールの大ジョッキが押し付けられる。
「佐藤美和子!行きます!!」
“もう、どうにでもなれ!!”
一時間後。
「ほら、高木君、ビール無いわよ。
どんどん頼んでよ、気がきかない」
「美和子ちゃん、ほれ、あんたの頼んだ歌、かかってるよ」
「いやあ、いいノリだね。さすが佐藤さんの娘さんだ」
佐藤を中心に盛り上がる宴会の中、
高木はコマネズミの様に働いていた。
翌朝。
高木は、部屋の隅で、目を覚ました。
座ったまま眠ってしまったようだ。
目の前は、まさしく死屍累々。
折り重なるようにして、お婆ちゃんずと、佐藤が眠っていた。
まだみんな目を覚ましそうに無い。
高木は眠気覚ましに風呂に行く事にした。
風呂から上がると、やはり風呂上りの風情の佐藤に出会った。
「あれ、まだ眠っていたんじゃあ」
「たぶん、高木君のすぐ後、目が覚めたんだと思うわ。
昨日はごめんなさいね。高木君ばかりに働かせてしまって」
心底すまなそうな佐藤は、いつもと違った魅力があった。
本庁と違って話し掛ける高木を邪魔しようとする者はいない。
朝風呂の後の、やや上気した佐藤の美しさを、
何か気のきいた、言葉で表現したかった。
「佐、佐藤さん・・」
「やあ、君達は、米花町老人会の、ツアーコンダクターさん達だね」
いきなり見知らぬ男が、二人に話し掛けた。
いかにも会社のやり手の重役タイプである。
名刺を差し出しながら言う。
「申し訳ない。突然話し掛けて。
昨日、高木さん、だったね、
君の宴会の時の働きぶりを見ていてね、
ぜひ我が、杯戸観光のツアーコンダクターに欲しいと思ったんだよ
それと、佐藤さん、だったよね。
仕事を忘れて、宴会に夢中になるのはいただけなかったが、
お客さんを楽しませるパワーはすごかった。
高木君と佐藤さん、ペアで、ツアコンしたら、
きっといいコンビになると思うんだ。
うちは、いいツアコンが不足していて、どうだい?」
「い、いいえ、僕は今の・・会社が気にいってるもんで」
「そうかい、まあ、気が向いたら、また電話しておくれ。佐藤さんもね」
男は去った。
佐藤は、クスリと笑った。
「高木君、懲戒免職食らっても職には、困らないわね。
毛利探偵事務所助手に、ツアコンか」
高木は、別のことを考えていた。
“いいコンビ、赤の他人がそう思ってくれた。
今まで、なんだか、佐藤さんに僕はつりあわないかも、
なんて思ってたけど、そうじゃないよな。
よし、自信がついたぞ!
そうだ、このまま、言ってみようか。
人生という旅で、二人でツアコンしてみませんか、
いや、えっと、二人で旅を、いいコンビで、ええと”
佐藤が大声をあげた。
「いっけない!千葉君に温泉饅頭頼まれてたんだ。
忘れないうちに、買っておかなくちゃ。じゃ、高木君、お先に」
佐藤の後姿を、高木は呆然と見送った。
“千葉、何で温泉饅頭なんか頼むんだよ〜”
一両日後。
高木、佐藤両名の、みやげ物の包装紙が、同じ旅館の物である、
と気づいた刑事達に、高木は、鬼のように厳しい尋問を受けたのであった。
(おしまい)
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