七夕のお願い
「せっかくだから、短冊にお願いでも書いていってよ」
図書委員だった私は急遽、七夕のイベントの一環として短冊にお願いを書く事になった。
図書館の教員である白井さんは、随分ノリノリで私に短冊を渡す。大学生にもなってお願い事なんて、結構恥ずかしいのだが。
ふてぶてしいとも思われたくない。かと言って、地味すぎるというのもアレだ。
少しばかり考ると、私に名案が浮かんだ。
「書けました」
白井さんはそれを裏向きにして回収する。書いたお願いは七夕の時まで誰にも公開されない仕組みらしい。
意地でも公開の日まで見たくないのだろう。それが少しばかり滑稽だ。
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そして七夕の日。図書館には笹も短冊もなかった。かわりに白井さんがやるせない顔をして貸出の受付に座っている。
白井さんは私に気がつくと、分かりやすく溜息を吐いた。それがどうにもつっかかって、私は白井さんにその態度の理由を尋ねてみた。
すると、白井さんは黙ったまま、下に置かれているダンボールに手を入れ、その中から私の短冊を取り出した。そこには『白井さんのお願いが叶いますように』と書かれている。
まあ、お願い事としては卑怯といえば卑怯ではあるが、悪くはないと自負している。白井さんのあのはしゃぎようを見たら、こう書きたくもなってしまう。
態度の理由がわからない。私は少し強めに突っ込んでみることにした。
「それがどうかしたんですか、気に入らなかったんですか」
白井さんは相も変わらず沈んだ声でこう言った。
「うん…とっても嬉しかったんだよ、嬉しかったんだけどね…」
すると、白井さんはダンボールを両手で持って、それをひっくり返した。生徒の書いた数十枚の短冊がバラバラと机へと落ちていく。そのすべての短冊に(書き方は多少変わっていたが)『白井さんの願いを叶えてください』と書かれているではないか。
私はなんとも言えない気持ちになった。確かに白井さんは人一番楽しみにしていそうだったし、その為にこう書いたのだが。まさか、私と同じことをする人がこれだけいるとは思わなかった。
そして、白井さんはポケットにおもむろに手を入れ、そこから金の短冊を取り出した。言うまでもなく、白井さん本人の短冊ということになる。
白井さんは溜息を深く吐いてから、それを机の上に裏向きにして置いた。私はそっとつまんで、ゆっくりと裏返していく。
私はそこに書かれた内容を見て、やるせなくなった。
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『皆さんの願いが叶いますように』 白井 典子