「どした?ハル、なんか今日元気ないよ?なんかあったの?」
心配そうに俺の顔を覗きこむ最愛の彼女。
けれど、俺は昨日の夜やっと決断したことを彼女に告げることにした。
「悪いけど、俺と別れて。サキ」
さっきまで楽しそうに笑っていた彼女の顔から血の気がさっと失せた。
それでも俺は構わず続ける。泣きそうになるのを必死に堪えながら。
「俺、もうサキとは付き合えない。正直、もうサキと一緒にいるのって疲れる」
彼女の口が言葉を紡ごうと震える。
けれど、彼女は言葉を発さない。
声に出したいのに出せないのだろう。
「それじゃ」
そう言った俺の顔はどんなに冷たかったことだろう。
俺の視線はどれだけサキを傷つけたのだろう。
俺はくるりと踵を返して、歩き始めた。
サキの痛いくらいの視線が俺を引きとめようとする。
一歩一歩がとても重く感じた。
「まっ・・て・・・まって・・よ・・・」
サキの普段の声からは信じられないくらいに枯れた声でサキは呟き続けた。
サキが走って俺に抱き付いてきた。
決意が揺らぐ。
けれど、俺は歩みを止めずに縋りつくサキを突き放した。
「もう、俺とサキは・・・赤の他人なんだよっ」
自分で言った事なのに、その一言は俺の心を深く抉った。
サキは地面に崩れ落ちた。
雨がぽつぽつと音を立てて降り出した。
雨はひどくなる一方なのに、サキは地面に倒れこんだまま、ただただ泣いていた。
今すぐ傍に行って抱きしめたい衝動に駆られる。
けれど、そんなことをしてしまえば俺の今の行動は全て無駄になる。
俺は一瞬も足を止めずにサキから離れていった。
俺もサキも雨でビショビショだった。
顔に張り付いた髪の毛を払った。
そのとき、俺は雨とは違う別の水滴を流していた。
そう、俺はそのとき泣いていたのだ。
こんな別れをしたのは、去年の春。
満開の桜が咲き誇る並木道で俺はサキを捨てた。
それには理由がある。
サキと一緒にいることに疲れた、そんなのは嘘に過ぎない。
飽きたわけでもない。他に好きな人ができたんじゃない。
嫌いになったなんてもってのほかだ。
理由はその全く逆だった。
俺はあまりにもサキを好きになりすぎてしまった。
好きすぎて、好きすぎて。
彼女を自分だけのものにしたくて。
これ以上、サキと一緒にいたら、彼女を傷つけてしまいそうで。
俺自身が狂ってしまいそうで。
そんな理由から俺は別れることを決意した。
悩んだ。何日も何日も眠れないほどに。
自分の命なんて彼女の大切さに比べればゴミも同然だ。
そんなサキと別れるなんて俺には死を意味していた。
けれど、俺の勝手な支配欲でサキを傷つけるなんて、死ぬより絶対に嫌だった。
それならば、俺が身を引いて、他の男と幸せになってもらおう。
そう思ったのだ。
サキも自分を愛してくれていた。
別れたときはショックは大きかっただろう。
でもいずれはそれが良かったと思う日がくるはずだ。
好きだけど。死ぬほど好きだけど。
俺にはもうその道しかないと思う。
サキがこれを聞けば、自分にも相談しないで勝手に決めるな、とか言われそうだ。
でももう別れる以外にないんだ。
本当にごめん、サキ。
好きあっているのに、会えない二人。
まるで太陽と月のようだ、と俺は思った。
ある日、俺は街中で寂しげなサキの姿を見つけた。
その姿を見て、俺は確信した。
彼女の心の中ではまだ・・・
あのときの雨が降っているのだと。
彼女の中の桜は雨の重さで散りかけているのだと。
もうこんなに時間が経っているのに。
まだ彼女は・・・。
けれど、ここで俺が折れてしまってはいけない。
俺はサキと誰かのこれからを見守らなければいけない。
ずっと、ずっと。
そして、季節は過ぎ、5年の月日が経った。
春が来るたびに思い出す、彼女との別れ。
桜が散れば、俺は心の中の届かぬ想いに気付く。
サキは未だに俺のことを引き摺っているようだ。
サキの中ではまだ雨が降っていて、彼女は雨がやんで陽がさすことを拒んでいるように見えた。
でも、サキ。
これだけは分かって。
やまない雨なんてないんだ、ってことを。
君だっていつか陽がさすことを望むようになるはずだ。
俺はそれまでサキを見守ってるから。
ずっとずっと、見守ってるから。
今年もまた、桜が咲き誇り、散っていくだろう。
でも君の中の桜は絶対に散らない。
永遠に。
|