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四年の思い

 

 鶏すらもまだ朝を告げない時間にウィンは目を覚ます。

 騎士になると誓った五歳の頃より、いつもこの時間になれば必ず目が覚めた。

 

 狭い部屋の中を見回すと、隣のベッドではロックがまだ寝息を立てている。

 起こさないように注意しながら、訓練着に着替えると訓練用騎士剣を持ってそっと部屋の外へと出た。


 寮の外は春とはいえど夜明け前の風が冷たく肌寒い。

 軽く準備運動を終えて身体を温めてから、訓練用騎士剣を振り始める。

 ビュッ、ビュッと空を切る音だけが、静まり返った朝の静寂に響き渡る。

 ウィンにとっては毎日繰り返してきた光景。


 ――違う、


 何かしっくりこなかった。

 今までイメージしてきた剣筋と微妙な狂いが生じている気がする。

 一度手を止めてから呼吸を整え、もう一度目を瞑り集中。


 頭の中に思い浮かべるのは、これまでで一番強かった親友(レティ)の影。

 その姿を今日は鮮明に思い浮かべることができた。






 ――昨日の入学式


 ざわついていた大聖堂の中の雰囲気が一瞬で静まり返った。

 

 呼吸の音、ほんの少しの身じろぎですら周囲に聞こえてしまうのではないかという程の静寂の中、一人の少女が通路の真ん中を歩んでいく。

 大聖堂の正面には高い壇が設置されてた。 

 真っ直ぐに伸びた背筋。無駄のない足運びが彼女から凛とした雰囲気を醸しだす。

 階段を昇っていくと共に揺れる金色の髪が、ステンドグラスから差し込む日の光を受けて、柔らかい輝きを撒き散らしていた。

 その少女の姿を大聖堂に集った生徒達や教官のみならず、騎士団の重鎮や神殿関係者、招待された貴族たちが注目する。

 その中をまるで力むこともなく彼女は壇上へ昇ると、ゆっくりと振り返った。

 その瞬間――そんなはずはないのだが、彼女自身が光に包まれているようなそんな錯覚を誰しもが覚える。


 とてつもない存在感。


 誰もが息をするのも忘れたかのように少女を見ていた。が――

 

 不意に、少女はそれまでの凛とした表情から、にこりと柔らかな微笑みを浮かべてみせた。

 途端に止まっていた時が動き出したかのような、どこかほっとしたような雰囲気が漂い、あちこちから吐息を漏らす音が聞こえた。


「初めまして、皆さん。新入生総代のレティシアです」

 

 レティシアの言葉。

 再び静寂が大聖堂を支配する。

 その中を落ち着いた声音が大聖堂の中を響き渡る。


「私は総代に選ばれましたが、共に学ぶ皆さんと違って騎士となるわけには参りません。ですが、私はこれまで多くの戦いを経験してきました。きっと、その経験を皆様にお伝えしていくことができると思います」

 

 目を閉じ、ゆっくりと右手を胸に持っていく。


「魔王は滅びましたが、未だ世界は多くの脅威を抱えています。皆さんは騎士としてこれらの脅威から人々を守る騎士とならなくてはなりません。共に学び、ともに励み、そしていつか私と共に戦いましょう」


 ゆっくりと一礼。

 静まり返った大聖堂にぽつぽつと拍手が起こり、やがて万雷の拍手へと変わる。

 レティシアはゆっくりと上体を起こし、大聖堂を見渡しそして花開くような微笑みを浮かべた。

 

 




 


 昨日の入学式の壇上に立つ親友(レティ)の姿。

 振り返って我が身を見れば、新入生の生徒たちのその最後尾に並んで座っていた。

 わずか四年、その四年の間にできた差がこの距離のように思えた。


 頭を振って一度息を吐き出してから、もう一度集中する。

 剣を構えたレティシアの影を思い浮かべる。

 今までは四年前のレティシアをイメージしていたが、今は成長したレティシアが剣を構えている姿がはっきりと見ることができた。

 さっきまでの剣筋の狂いは、イメージと実際の彼女の姿との差異が生じさせたもの。

 なら、今のイメージに合わせて剣を繰り出す。

 ウィンは毎日繰り返してきた光景へと再び戻ろうとしていた。


 だが、今日はそんな光景に変化があった。




 

 ――その姿は初めて見た時から変わらない。

 

 建物に身を隠してひたむきにただ剣を振るう二つ年上の少年を見つめる。


 レティシアにとっては、かつては毎日のように目にしていた光景。

 そして、自分自身も同じ時を過ごしていたあの頃――。

 今でも同じ光景が繰り返されている。

 

 毎日、家庭教師から上の姉二人と比較されていた。


 良くも悪くも従順な姉たちは、家庭教師の言いつけ通りの課題を済ませ、貴族の姫君としての教養と立ち居振る舞いなどの作法を身に着けていくのに対し、レティシアは物覚えが悪く、文字もなかなか覚えられずいつも叱られてばかりいた。


「こんなこともできないなんて、お姉さまたちは貴方の歳にはもうできていたことですよ?」


「何をどうしたら、そんなに無様な動きになるんだ。優雅さのかけらもない」


 従順な姉二人を賞賛する家庭教師の報告を鵜呑みした両親に叱責されない日はなかった。

 

 ある朝、ふと目を覚ましたレティシアはこっそりと自分の部屋から抜け出すと、薄暗い屋敷から外へと出た。


 何をしても上手くできず、周囲からは叱られる毎日。

 雇い主の態度は周囲にも影響する。

 いつしか、使用人にまで蔑みの視線を向けられていた。

 彼らはレティシアがそういう目で見られていることに気がついていないと思っているだろうが、人一倍気配には敏感だった彼女にはその視線が耐え切れなかった。

 

 逃げ出したかった。

 

 ただその一心で、まだ薄暗い屋敷の庭を歩いていく。

 広大な屋敷の庭にはところどころ警備の兵士が巡回していたが、幼くまだ小さなレティシアは見つかることなく庭を横切り門にまで辿り着いた。

 警備している若い兵士を伺っていると、「ふわぁ……」と大きく欠伸をする。

 その隙にレティシアは鉄格子を潜って、門の外へ出ることに成功した。


 レティシアにとって、屋敷の外へと一人で出たのは初めての経験だ。

 特に目的地など決めていない。

 ただ、いつもの勉強の時間が来るのが嫌で、逃げ出したかっただけ。


 まだ底冷えの残る早朝の王都をレティシアはとてとてと駆ける。

 大人でも迷うことがある広大な王都。

 わずか六歳のレティシアにとっては、大冒険だ。


 たとえ、大通りを真っ直ぐに進んでいただけだとしても。

 

 早朝すぎて、まだ街が寝静まったままの道を真っ直ぐに進んでいく。

 最初はこの小さな大冒険を楽しんでいた彼女も、まだ静まり返った街を歩いていると段々と心細くなってきた。


 まるで世界に自分だけしかいないような。


 ――怖い。

 

 ――でも怒られたくない。


 自分でもよくわからない感情に突き動かされ、とりあえず歩いてはいるものの、だんだんと元気がなくなってくる。


 その時だった。


 しょんぼりとしながらも歩いていたレティシアの視界に、一人の男の子が入った。

 棒切れを握り、一心不乱に振り回している。

 剣術の練習だろうか。

 兄であるレイルズも剣術を習っており、その洗練された動きから比べればかなり荒削りだったが、それでもレティシアは彼のその動きに目を奪われてしまっていた。


 拙い動きではありながらも、その躍動感。

 歯を食いしばって棒切れを振るうその目には強い意思の光を宿している。


 まだ幼い彼女はそれを雰囲気として感じ取っていた。

 ちょっとした冒険中で人恋しくなっていたというのもあるだろう。

 じっと見ていると、男の子がその視線に気がついたのかこちらを見た。

 思わず、びくっとしてしまうが好奇心が勝ってきて、レティシアは勇気を振り絞って男の子へと近づく。


「なにしてるの?」


「たんれんしているんだよ」


「それ、おもしろい?」


「おもしろいかどうかわかんないけど、気持ちいいよ」


「レティもやっていい?」


 男の子は頷くと、レティシアは近くに落ちていた棒切れを拾って、男の子と並んで振り回す。

 それを男の子はしばらく眺めていたが、ふぅと溜息を吐くと一緒に振り始めた。

 男の子は棒切れを振りながらも、時々レティシアの様子を伺っている。

 それは戸惑いの色もあったが、どこか心配している色も混ざっていた。


 レティシアにとってはいつ以来かの、人に気にしてもらえる喜び。


 仕事があるから、今日はここまでと告げる男の子にレティシアがまた明日も来てもいいかと恐る恐る問いかけると、男の子は不思議そうな表情を浮かべて頷いた。

 浮かれた気持ちになり、家出していたことをすっかり忘れてしまったレティシアは、帰ってから両親にも家庭教師からも厳しい叱責を受けたが、それでも彼女にとって喜びのほうが優っていた。


 ――自分の居場所を見つけたような気がしたから。

 

 それからは毎日のように男の子のところへレティシアは通った。

 家庭教師にねだり、棒切れ――木剣も作ってもらった。

 しばらくすると、両親は夢遊病のように屋敷を抜け出す末姫に全く関心を示さなくなった。

 嫡男のレイルズや上の姉二人が優秀であると、家庭教師が褒めちぎるので三人にばかりかまけたのである。

 レティシアにとっては都合が良い。


 男の子――ウィンはレティシアにいつも合わせて、訓練を積んでいた。

 街を走る時も、レティシアが走る速度に合わせて無理をさせない。

 木剣を使っての訓練でも、レティシアの打ち込みを捌きつつ、彼女に怪我をさせないようにゆっくりと教えてくれた。

 ウィンにとって当たり前のことだったが、これまで家庭教師から言われた通りのことを言われた量だけ無理矢理にさせられていただけのレティシアにとって、それが何より嬉しかった。


 家庭教師から課題として渡された本や、屋敷にあった本を持ち込むと、ウィンは喜んでそれを読んでくれ、一緒に記述されている内容を考えてくれた。

 理解できなかったところは家庭教師みたいに、頭ごなしに教え込んだりせずに二人で考え込んだ。


 そしてウィンと出会って一年過ぎた頃にはレティシアにも、自分がどんどんと成長していくのを感じていた。

 レイルズや上の姉たちの剣術訓練や、魔法の勉強を見ていても、だんだんと凄いとも何とも思わなくなっていた。

 家庭教師にしても、もう見限られていたということもあったが、立ち居振る舞いは別としても剣や魔法を彼から教わろうとは思わなくなっていた。

 

 その力量はすでに見切っていた。

 

 だから彼らはレティシアの実力に気づくことができなかった。

 あの、運命の日――レティシアが『勇者』として神託を受けたその日まで。




 黙々と剣を振るっているウィン。

 レティシアはそっと胸に手を当てて、目を瞑る。


 旅の間、どんなに辛いことがあってもウィンのことを思い浮かべれば元気が出た。

 勇気が湧いてきた。

 どんな辛いことがあっても、きっと彼なら自らの意思を曲げずに歩み続けていると信じられたから。


 ――私を導いてくれたのはあなた。あなたと出会ってから、私は勇者としてだけでなく、ここまで人として折れることなく来ることができた。


 ウィンが振る剣の相手がレティシアにははっきりと捉えることができる。

 その影の姿は四年前のレティシア自身。

 多少、上方修正されてはいるが、今の自分の実力には程遠いイメージだ。


 だけど――


 隠していた気配を一気に開放する。

 訓練用の騎士剣を抜いて、一気に陰から飛び出していく。


「お兄ちゃん!」


「な……レ、レティ!?」


 圧倒的な剣気をウィンに叩きつけながら、一気に間合いを詰めていった。


 ――これが今の私の実力。


 レティシアにとって最も傍で並び立っていて欲しい少年。


 ――私はあなたなら、いつかきっとここまで辿り着けると信じているから。


 そして二人の剣が四年ぶりに交差した。


レティ視点の過去でした。

次回はウィンVSレティです。少しずつ話を動かしていきます、

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