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勇者と剣聖②

繋ぎの回です。若干説明回になってますがお許しを。

なお、本作について活動報告でお知らせをしております。

 帝国騎士団本部。

 帝都シムルグを中心とした東西南北の四つの方面騎士団を統括する中央騎士団本部と、帝都シムルグと要人警護を主な任務とする宮廷騎士団本部が入っている建物。

 その周囲には騎士団関連の施設が建てられており、その建物の一つにロイズ隊は執務室が与えられていた。


 部屋には隊長のロイズ、副長のケルヴィン、そしてロック、ウェッジ、リーノの執務用の机と椅子が並べられているのだが、本来は一人の十騎長のもとに十人の騎士が部下として配属するため、部屋の中はどこか閑散としていた。


 騎士団でのロイズ隊の役割は偵察任務が主となる。

 日頃、部隊は偵察任務のための訓練を積むことになるのだが、他にも騎士として一般兵士たちへの戦闘訓練も施さなければならない。

 そして当然、訓練の合間には書類仕事も存在する。


 帝国騎士団の人手不足によって、後方部隊の人員補充が間に合わない現在、ロイズ小隊はそのしわ寄せをもろに受けてしまい、日々の仕事をこなすのが精一杯な状況だった。 

 

 隊長のロイズはエルステッド伯爵という貴族としての顔も持つため、隊を留守にしがちだった。

 本来、騎士団に所属する間は家柄や身分は無視されるのだが(無論例外もあって、さすがにコーネリアのような皇族であれば、当然その身分は考慮される)、エルステッド領はここ最近情勢が緊迫しているペテルシアに隣接する地域である。

 その土地の領主である以上、騎士団に所属するとはいえロイズが対処をしないわけにもいかない。

 

 そのため、ロイズが一週間ぶりに自分の隊の部屋を訪れた時、部下たちから一斉に恨めしそうな視線が飛んできた。


「なんだ? えらく皆疲れてるみたいじゃないか。特にロック。顔色悪いぞ? 大丈夫か?」


「……ええ。二週間も経って、このところようやくラウル様に関しての質問攻めが弱まってきたところですよ……」


「珍しいですね、隊長。ご領地のほうは大丈夫なのですか?」


「ありがとう。良くも悪くも進展なしというところかな。私が領地にいなくても、向こうにいる妻たちが上手くやってくれているよ。私は帝都からできる援護の方法を考えていればいい」


 ロイズはケルヴィンが差し出した水をグイッと飲むと、ふぅと息を吐きだし、額に吹き出た汗を拭った。


「たいちょ~、あたしらに割り当てられてる訓練兵の人数を、もっと減らしてもらうことは出来ないんですかあ? あたしたち、学校の授業もあるんですけど……」


 リーノの弱々しいぼやきに同調するようにウェッジも頷きながらロイズを見た。

 ロック、リーノ、ウェッジの三人は任務以外にも、騎士学校の学生として最低限の出席も求められるのだ。


「喜べリーノ。今日ここに寄ったのはその件だ。しばらく兵士の訓練につかなくて良いぞ」


「え? 本当に!?」


「やった! うわあ、助かる。最近、学校での課題に追われてて、禄に睡眠時間も取れなかったんだ!」


 ロイズの発言に、それまで疲れ果てどこか暗い表情だったロックとリーノの顔が輝いた。

 しかし、そんな彼らとは逆にケルヴィンは顔をどことなく嫌そうにしかめていた。


「なんだ、副長。嫌そうな顔をして?」


「いえ……隊長のことですから、どうせ裏があるのでしょう?」


「はっはっは、さすが副長。当然、別に任務があるな」

 

 愉快そうに腹を太鼓腹を揺すって笑うロイズに「ですよねぇ」「だと思った」と、ロックとリーノもがっくりと肩を落とす。

 だが、すぐに顔を引き締めてロイズの発言を待った。


「それでどのような任務なのです?」


「誘拐事件の捜索だ」


「誘拐事件ですか?」


 ケルヴィンが眉をひそめた。

 そういった事件は通常、街の治安を守る衛士隊の役目のはずだ。

 騎士団が関わるような仕事ではないはずである。


「数日前にベーモンド伯爵家のイザレア嬢が誘拐された。上級貴族が被害者ということで衛士隊から騎士団へ協力要請が来たのだよ。イザレア嬢は君たちと同じく騎士学校の学生で、准騎士だ。歳は十八だな。」


「誘拐? 実は家出とかじゃないんですか? 駆け落ちとか……」


「被害にあったと思われるその当日は、騎士学校の女子領から帝都にあるベーモンド伯邸に帰宅する予定だったそうなのだが、屋敷へと至る道の途中にご令嬢のものと思われるネックレスが見つかった。

 犯人と揉み合った際に千切れたのだろう。付近の住民から争うような物音を聞いたという報告も上がっているんだ」


「なるほど」


「貴族のご令嬢なのに、護衛はつかなかったんです?」

 

 ロックの問いに頷きながら、ロイズはまた額に吹き出た汗を拭き、水を飲んでから口を開いた。


「イザレア嬢は准騎士だ。《身体強化魔法》も使えるし、腕に覚えもある。普段から護衛も付けずに街にでることがあったようだ。

 その彼女が抵抗をしたにも関わらず誘拐されてしまった。犯人の目的が何にせよそれなりの戦力があると思っていい」


「でも、隊長。なんであたしたちにその任務が下りたんですか?」


「うちの小隊だけというわけじゃない。適任だろうということで、偵察任務が専門の小隊が三つ。つまり一個中隊で捜索にあたることになった。どこも人数が揃っていない中途半端な小隊だな。

 真っ当な人数が揃っている隊は、今夜から行われる剣聖様の晩餐会の警備に追われることになるから、半端な隊にこの任務を割り当てたんだろう。

 というわけで今日の昼から、この任務に当たる各小隊と衛士隊とで会議を行う。それまでにここにある書類に目を通しておいてくれ」


「わかりました」


 ケルヴィンが代表して書類を受け取る。


「そっか。今夜ラウル様の歓迎式典が開かれるんだ」


「ウィンはコーネリア様の従士だから、参加することになるのかな?」


「いいな~。ご馳走とか出るんだろうな」


「確かに出るだろうが、ウィンは従士だから従者の控室だと思うぞ」


 席に戻りながら呟くリーノに、ロイズが書類へと目を落としたまま言う。

 

「え? ウィンの奴は晩餐会に出席しないんです?」


「何だ、ロック。ウィンの奴、晩餐会に出たがっていたのか?」


 ロックの問いにロイズは意外なことを聞いたとでも言うように、目を瞬かせた。


「いえ、ウィンの奴はそうじゃないんですが、レティシア様が出席されるので」


「レティシア様はご出席されるのか。珍しいが……まあ、仲間の来訪を歓迎する晩餐会だから出てもおかしくはないのか」


「ええ、まあそうなんですけどね」


 ロックはレティシアが招待を受けたのはウィンが出席するからだろうと考えていた。


(ウィンが出ないんじゃ、レティシア様はがっかりするんじゃないかな?)



 ◇◆◇◆◇ 



 何の先触れもなく唐突に友好国王族の来訪を受けた帝国の官僚たちは、慌ただしく歓迎式典の準備に走り回ることになった。


 リヨン王国という大国の王太子で【剣聖】と名高いラウル・オルト・リヨン。

 国賓である。

 国を挙げて歓待せねばならない。


 これに悲鳴を上げているのは何も帝国の官僚たちばかりではない。

 シムルグにあるリヨン王国の公館にいる役人たちも、帝都中を走り回ることになった。


 ラウルの姿格好は旅装束で、とても王子に相応しい格好とは言えない。

 帝都中にある皇族貴族御用達の大商会を駆けずり回り、王族に相応しい服と装飾を至急仕立てることになった。

 緊急時に備えて、公館には相当な額の金貨が蓄えられいるのだが、急ぎの仕事ということもあって職人に大金を積んだことで、蓄えていた金貨の半分近くが無くなってしまったほどである。


 とにかく、帝国とリヨン王国公館の役人たちによる獅子奮迅の活躍によって、どうにかリヨン王国王太子歓迎の式典と晩餐会の用意が整ったのは、ラウルがウィンと剣を交えた日から二週間ほど経てからのことだった。



 ◇◆◇◆◇ 



 レムルシル帝国の皇宮の大広間。


 ここでは今、リヨン王国の王太子にして【剣聖】ラウル・オルト・リヨンを歓迎する式典が終わったあと、そのまま晩餐会が開かれていた。

 皇室主催の晩餐会は、帝都に滞在する帝国の有力な貴族たちが招待され、歓談にふけっていた。

 帝国皇帝アレクセイは歓迎の式典には出席し簡単に歓迎の言葉を述べた後、体調不良を理由に既に辞去している。

 

 式典が終わり晩餐会の主賓となったラウルは、顔ににこやかな笑みを貼り付けて、給仕から受け取ったワイングラスを片手に次々と挨拶に訪れる貴族たちを相手にしていた。

 旅の間、まったく手入れが為されておらずボサボサだった頭髪はきちんと刈り込まれ、無精髭もきちんと刃があてられている。


【大陸最強】【剣聖】の称号を冠する剣士だけ会って、鍛えあげられた精悍な肉体。そして大国の王子に相応しい気品のある涼し気な目元をした端正な容貌。


 至急仕立ててもらったとは思えないほど、職人が腕によりを掛けて作った礼服に身を包んだその立ち姿は、まさに大国の王子として英雄として相応しい姿である。

 有力貴族たちの挨拶が終わると、彼の周囲には華やかに着飾った貴族の姫君たちが続々と挨拶に訪れていた。

 

「やあ、楽しんでいるかい?」


 そんな咲き乱れる花の中、若い男性であれば踏み入れるのに躊躇してしまう輪へと、平然と足を踏み入れて来て声を掛けたのはレムルシル帝国の皇太子アルフレッドである。


 丁度ラウルは伯爵家の令嬢だという少女と話をしているところだった。

 ご令嬢はラウルの腕へと豊満な胸を押し付けながら、並みの男であれば蕩けてしまいそうな笑顔を浮かべていたのだが、男性が近づいてきたことに一瞬「邪魔をしないで」というふうに不服そうな表情を浮かべた。

 しかしその近寄ってきた男性が自国の皇太子であることに気づくと、慌ててラウルから身を離した。

 周囲の娘たちもアルフレッドの登場に、名残惜しそうな表情を浮かべながらも一礼をして二人から離れていく。


「やあ、アルフレッド。盛大な歓迎をしてもらって、とても楽しませてもらっているよ」


 ラウルは若い娘たちから開放されて内心ホッとしながらも、親しげな笑みを浮かべてアルフレッドを迎えた。


「と言いたいとこだけど、本当はこんな大袈裟なことにはしたくなくて、変装して偽名まで使ってたんだけどな」


「あれだけ目立つ場所で派手な行為をしておいて、大袈裟なことにならないわけがないだろう?」

 

 アルフレッドは自身のもつワイングラスを、ラウルのグラスへとチンッと合わせた。


「隣国の王族で、世界を救った英雄の一人だ。そんな君が訪れたとなれば、国を挙げて歓待するしか無いよ。ましてや、この情勢だしね」 


 国は違うといえど、どちらも王族であり年齢も近い。


 二人はラウルが勇者一行の一人として帝国へ訪れた時以前から、立場的にも対等な友人同士として付き合っていた。

 グラスを合わせて乾杯した二人は、ワインで唇を湿らす。

 そんな二人に会場中の女性たちが熱い視線を向ける。

 アルフレッドが現れたので仕方なくラウルのもとを離れたものの、やはり大国リヨンの王太子にして名声もあり、怜悧な容姿のラウルが気になって仕方が無いようだ。


「ほらほら、花も恥じらう可憐な乙女たちが君に熱い視線を送っているよ」


 アルフレッドが彼女たちへ向けてワイングラスを軽く掲げてみせる。

 

「君も応えてあげなよ」


 アルフレッドに促されて、ラウルも仕方なく微笑みかけた。

 この宴の主役と言っても良い二人の微笑みを向けられた、宮廷の花たちはどこか恥ずかしげに、それでいて嬉しげに囁き合っていた。


「そうそう。その調子だよ」


「俺はこういうのが苦手だから剣の道に進んだんだけどな」


「とか言いつつ、なかなか堂に入ってるじゃない」


「当たり前だ。一応これでも王子だからな。だけど、君みたいにずっと愛想良くは出来ないぜ」


 表情とは裏腹にラウルは隣に立つアルフレッドにだけ聞こえるくらいの小声で悪態を吐いた。


「ラウルく~ん、笑顔が崩れそうになってるよ?」


 そんなラウルにアルフレッドも小声でからかいの混じった声音で返す。


 いまは王族同士が談笑中であるためか、誰もが二人に遠慮して近づいてこないが、実はアルフレッドにもラウルに劣らず宮廷の花たちが群がっていたのである。

 その花たちの間を飄々とした態度でくぐり抜けていく友人の真似は、ラウルにはとてもできない。


 その時、


「コーネリア皇女殿下、メイヴィス公爵令嬢レティシア様。御入来!」

 

 声とともに会場が一瞬静まり返り、それからどよめきが会場中に満ちた。


「おっと、もう二人の花のご登場だ」


 アルフレッドの視線の先、大広間の入り口から二人の少女が会場内に入ってくる。

 会場中の視線が、入り口をしずしずと進む少女二人へと注がれる。

 その多くが男性のものであった。

 黄金に輝く髪と美貌を誇るレティシアと、黒く艶やかな髪を持ち清楚な雰囲気を放つコーネリア。それぞれが太陽と月のように対照的な雰囲気を持つ美しい少女たちである。

 二人の周囲もまたアルフレッドとラウルと同様に、あっという間に人の輪ができた。

 まず最初に有力な貴族たちが押しかけ、その周囲にまだ若い独身の男性たちが話しかける機会を伺っている。


「うんうん。うちの妹も大人気で良かったよ」


 その様子を眺めながら、アルフレッドは目を細めていた。

 二人は会場中の男性ばかりか女性たちの視線も集めている。

 相手は自国の皇女と公爵令嬢にして勇者。

 女性たちも、さすがにこの二人相手では嫉妬の感情よりも憧憬のほうが優るのだろう。

 

(ん? あれは……)


 だから、すぐにラウルはその視線に気がついた。

 一人の令嬢がレティシアへ暗い感情が込められた視線を送っていることに。


「おい、あれは誰だ?」


 気になったラウルは隣に立つアルフレッドに彼女の素性を聞き出そうとしたが、アルフレッドがラウルが示す先を見た時には、すでに令嬢の姿は消えていた。


「何かあったのかい?」


「いや……」


 レティシアの美貌とその勇者としての名声。

 中には同じ女性として嫉妬の感情を抱くものがいてもおかしくはない。

 結局ラウルは「いや、なんでもないよ」と誤魔化した。  

 例え危害を加えようと考えた所で、レティシアの社会的な地位と実力は生半可なことでは傷つけることさえかなわない。


 それよりもラウルには心配なことがあった。


(レティ、苛ついてなければいいが。あとで俺のとこにとばっちりこないだろうな?)


 ラウルの位置からは小柄なレティシアの姿は人垣で隠れてまるで見えなかったが、今彼女の顔は笑顔を貼り付けながら不機嫌オーラを漂わせているであろうことは察することが出来た。

 

(そういえば、レティと初めてあった時も晩餐会だったんだよな。あの頃のレティは――)



 ◇◆◇◆◇ 



(人形みたいな奴だな)


 それが、ラウルが初めて勇者と呼ばれる少女に出会った時に抱いた印象だった。

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