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誇り高き国

時系列では1日前『旅の剣士』、『噂』『休日』『誇り高き国』が同じ日の出来事です。


 ウィンとレティシアはお昼を食べてお腹を満たすと、帝都の街並みの中を散策することにした。

 アクセサリーを売っている露店を冷やかしたり、アクセサリー以外の小物を売っている露店などを覗いて歩く。

 そのうちに、二人は中央広場とは違う広場で、大きな天幕が張られているのを見つけた。

 天幕は非常に大きく、ざっと見ただけでもそこらの中くらいの宿屋程度であればすっぽりと収まってしまうくらい。

 

「あれはなんだろう?」


「何かの見世物かも? 覗いてみる?」


 そういえば、先ほどの店で隣に座っていた恋人たちが言ってたなとレティシアは思い出す。

 天幕の入り口には大勢の人々が集まっている。

 どうやら旅をしながら芝居をする劇団の天幕のようだった。


「演目は……えっ!?」


 入口前に立てかけられた看板に書かれた演目を読んだレティシアが声を上げる。


「どうしたんだよ?」


「えっとね、それが『囚われの王子様と美しき勇者の悲恋 ~邪悪なる魔導士との対決! ~』ていう演目なんだけど……」


「――囚われの王子様と美しき勇者の悲恋……?」


「物語だと普通は囚われのお姫様を王子様が救うのが定番なんだけど……」


「この美しき勇者って、やっぱりレティのことなのかな?」


 二人は無言で顔を見合わせる。


 お芝居はどうやら大盛況らしい。

 魔王を倒した勇者メイヴィスの人気は庶民の間でも圧倒的である。


「何だか、私を題材にしたお話がいっぱい作られていることは知っていたけど、こうして実際に目の当たりにすると、ちょっと気恥ずかしい……」


 周囲に聞こえないように声を潜めてウィンに囁きかける。


「それもそうか。俺はちょっと興味があるんだけど……」


 ウィンは看板に書かれている文字をジッと凝視している。 


「……どうする? 覗いてみても私は別に構わないよ?」


(お兄ちゃん、もしかして「悲恋」ってところを気にしてくれているの?)


 ウィンがレティシアとその王子様と呼ばれる人物が恋に落ちたと思い、そのことに嫉妬してくれているのだとしたらとてつもなく嬉しい。

 もっとも、そういったことは絶対にあり得ないことなのだけど。


「お兄ちゃんが見たいなら見ようよ。私もお芝居なんて随分と久しぶりだし」


「そうだな。物語だものな。レティがどんな勇者として見られてるのか、興味あるし」


 二人は入口前に出来ている行列に並ぶと、チケットを購入して天幕へと入って行った。



 ◇◆◇◆◇ 



 外の行列に並ぶ人の数から大方予想はできていたものの、天幕の中は大勢の人々が詰めかけ熱狂に溢れていた。

 入って正面に舞台があり、その前側に敷布が床一面に敷かれていた。

 客たちは思い思いの場所に座って芝居を鑑賞できる。


 ウィンとレティシアも空いている場所を見つけることができた。

 どうやら入場制限をしているらしく、窮屈に感じずにすんだ。


「凄いなぁ、大人気だね」


「ちょっとびっくりしちゃった。楽しみだね」


 もう客席は満席の状態。

 その誰もが芝居の始まる時間を今か今かと待ち望んでいる。

 天幕の中は芝居への期待による熱気がこもっていた。

 

「お兄ちゃん、始まるみたい」


 天幕を明るく照らしだしていた魔法の光源が一斉に消えると客席が闇に閉ざされた。

 と、同時に舞台だけが明るく照らしだされる。

 どうやらこの劇団では複数人の魔導士がいるらしい。

 かなり大手の劇団のようだ。

 

「皆様、お待たせいたしました! 帝都シムルグの皆さん、一年ぶりでございます。ル・ルーム劇団へようこそ!」


 舞台奥、暗幕から出てきた団長の男が一礼をすると、空気がビリビリと振動するような大歓声と拍手が湧き起こる。


「これから私どもが皆様をお導きしますのは、皆さんご存知のかの勇者メイヴィスが、とある王国にて邪悪なる魔導士と対決し、見事囚われていた王子様をお救い申し上げた時の物語でございます。それでは皆さん、一時の物語の中の世界への旅へと、どうぞごゆるりと楽しんで行ってらっしゃいませ!」

 

 団長の前口上に一度、しん、と静まり返っていた客席が再び拍手と歓声に包まれた。

 そして幕が上がると芝居が始まった。




 芝居の内容はとある王国の王子を誘拐した邪悪な魔導士が、王子を生贄とした邪神復活の儀式を行い、王家の転覆と王国の支配を目論んだところを、間一髪のところで王の請願を受けた勇者メイヴィスが救出するというものである。


 絶体絶命のところで救い出された王子は見目麗しき可憐な勇者に一目惚れし求婚を申し込むが、勇者は世界を救わねばならないという重い運命に、泣く泣く二人は別れることを選択するというものだった。


 一座の美しい女優が演ずる勇者メイヴィスと、邪悪な魔導士(一座の座長だった) が対決する場面では、一座の魔導士たちの演出する光魔法や音魔法で効果的に舞台が盛り上げられており、ウィンも思わず物語の世界へと引き込まれた。

 そして美形の俳優が演ずる救い出された王子様の求愛から、勇者が恋と使命との狭間で葛藤し続ける場面。

 

 二人の揺れ動く心が役者たちの情感溢れる熱演によって描き出され、客席の至るところから感動の啜り泣きが聞こえてくる程だった。

 

 物語の王道展開であるお姫様を王子様が救い出し、二人は永遠の愛を誓い結ばれるというものではなく、勇者が女性で救われる側が王子様という若干の違いはあるものの、それでも非常に心打つ内容であった。

 しかも二人は結ばれること無く、別れてしまうという悲恋の結末であることが、なおさら客の心を揺さぶった。

 

 やがて芝居が終わり幕も下りると、客席からは盛大な拍手と歓声が劇団の役者たちに贈られたのだった。



 ◇◆◇◆◇



「レティ、今見たお芝居の内容って本当にあったことなの?」


 芝居を見終わり満足して三々五々に帰っていく人々の流れに沿って歩きながら、ウィンは隣を歩いているレティシアに話しかけた。


「ううん、大分脚色されているかなぁ……」


 主役である勇者メイヴィス――その当人であるレティシアは、小首を傾げて答える。


「王子様と恋のお話なんて無かったよ。そもそも、この時に生贄にされそうになっていたのはリアラだったし」


「リアラ?」


「リアラ・セイン。私の仲間だったお姉さん。だから私、恋なんてしてないし安心してね? お兄ちゃん!」


「あ、安心って何をだよ……」


「ふふ……」


 頬を掻きながら少し赤くなったウィンの顔を見上げて、レティシアは小さく笑うのを見て、ウィンは照れ隠しにレティシアの頭をやや乱暴にクシャクシャと撫でてやった。


「でもね、生贄にされそうになっていたのが王子様じゃなくてリアラだったというだけで、このお芝居の中身自体は本当にあった事なんだよ?」


「そうなんだ」


「でも、邪悪な魔導士というのも歪曲されているね。実際には本当はとても良い人で、とても悲しい人だった……」


 微笑みを消したレティシアは、瞳だけがどこか遠くを見るように深い色に染まっている。


「どんな人だったのか聞いてもいいかな?」


「……そうだね。ちょっと長いお話になるから、どこかお店に入ってお茶でもしながら話そうよ」


 二人は手頃なお茶を飲めるお店を探して入る。

 ひとまず芝居を見て興奮してしまったので、喉の渇きをお茶で潤す。


「さっきのお芝居はね、実は魔王の誕生へと繋がっていたお話なの」


「魔王!?」


 そしてレティシアは語りだす。


 それはこれからも伝説となって語り継がれていくだろう物語の世界を、勇者として駆け抜けて行った本人だけが知る真実のお話――。



 ◇◆◇◆◇ 



 ――時を遡ることおよそ四十年前の出来事である。


 アルファーナ大陸の北部に、セインという名の小さな王国があった。


 ほぼ一年中、雪によって国土の大半が覆われた国である。

 短い春と夏にかけて細々と作物を作り、山羊や羊、そして海へと船を出して魚を取る、取り立てて産業もない国。


 長く厳しい冬には干した魚や肉、保存の効く野菜を食べ、時には凍死者や餓死者を出しながらも、春が来るのを耐え忍ぶだけの貧しい国。

 霊峰セブレスと峻厳な山々に囲まれ、冬は港も凍りつくなど交通路も悪く、南に位置した大国の野心からも無視されてしまう程度の王国だ。


 だが、この国へと赴いた旅人たちは口を揃えてこう言う。


 ――誇り高き王国、セイン。


 厳しい自然環境を生き抜くために、人々は争いを考えるどころではなかった。

 互いに支えあい、一丸となって働かなければ生きることができなかった。


 それはこの国の王族とて例外ではない。


 国王、自らが国民の先頭に立って畑を耕し、放牧を行った。

 この国の人々にとって、王族とは決して雲の上の人ではなく、言うなれば家族の大黒柱。

 父親のような存在だった。

 しかし、ともすれば非常に身近にも感じるこの国の王族たちを、国民のすべてが敬意を表していた。


 特に竜殺しの英雄であり【剣聖】の称号を持つ若き国王、メルヴィック四世は国民にとって自慢の国王だった。

 彼は貧しい財政状況の中、代々の王たちが少しずつ貯めた財貨を国民のために惜しげも無く投資した。

 有望そうな若者を、外国の学校へと次々と送り込んだのである。


「資源がない。作物もない。ゆえに産業を発展させることもできない。

 無い無い尽くしの我が国だが、それでも誇れるべき財産がある。

 それは我が国の民たちだ。厳しき自然にも耐えうる賢き民たちだ。

 民よ学べ! 

 今はまだ、我が国は辺境の弱小国だが、我らは人の力で大国へとのし上がって見せる。学と見識を持つ人財を育てるのだ!」


 政治、経済、宗教、建築、冶金、考古学、歴史学、建築、農業、治水、精霊工

学、魔法工学、ありとあらゆる分野に若者を送り込んだ。 


 そして持ち帰った知識を国民へと普及させていったのである。


 識字率が向上した。

 精霊の力を借り魔法と併用することで、作物の収穫量を爆発的なまで増産させることに成功した。

 また、外国から資源を輸入し独自開発した魔法工学によって、遺跡から発掘される古代の魔力道具にも匹敵する、高品質の道具を次々と生産。

 輸出を行い、国庫を潤した。


 辺境で、ともすれば人々から忘れ去られてしまいそうな小さな貧しかった国は、わずか十数年という短い期間の内に、みるみる力を蓄えていったのである。


 そしてついに学者、技術者を狙い国境を接していた大国が侵攻した。


 青年から壮年へ、そして老年期に差し掛かっていた国王は、自ら自国で造り出した魔法剣を手に戦った。

 総人口の少ないこの国では、国王自らが先頭に立って戦わねばならないのである。


 しかし、相手は大陸の列強の一つとして数えられている隣国。

 諸外国はセイン王国の負けを予想した。


 だが――。


 予想を覆し、勝利を収めたのはセイン王国。

 峻厳な山間という土地の利を活かし、竜殺しの英雄である国王自らが先頭に立って鼓舞。

 士気高いセイン王国の騎士や兵士たちは、数で勝る隣国を圧倒してみせたのである。

 また、諸外国に散っていったセイン王国出身の民たちも陰から支援した。


 有力な商会の中枢にいる者。

 もしくは自ら商会を構えている者。

 外国で任官し出世し、爵位を頂いた者。


 彼らは貯めこんできた莫大な財貨を、遠い祖国の為に湯水のように惜しげも無く注ぎ込んだのである。

 財務を担当した大臣が使い切れずに悲鳴を上げたとまで言われる、前代未聞なまでに豊富な資金によって、一兵卒に至るまでが魔力の込められた強力な装備で身を包み、厳しい風土で鍛え上げられたセイン王国軍。


 彼らは紛うことなく大陸でも最強の一角に数えられる程の実力を身につけていたのである。


 わずか数ヶ月で逆に王都にまで攻めこまれた隣国は降伏した。


 セイン王国の王都は戦勝に歓喜した。

 勝利を決定づけ、一足先に国へと戻ってきたメルヴィック四世を国民は歓呼の声で出迎えた。


 折しもその日は、メルヴィック四世のひ孫にあたる姫の生誕祭であった。

 正確に言えば、ひ孫が誕生に間に合うようにメルヴィック四世は帰国したのである。


 メルヴィック四世は後妻として娶った王妃と共に、王宮のバルコニーから戦争の勝利と幼き姫の生誕を祝うために、国中から集まった国民へとにこやかに手を振っていた。

 侍女の少女の腕の中で、生まれたばかりの姫が、ぷくぷくとした両腕を天へと伸ばしながらキャッキャッと笑っている。


 セイン王国はまさに繁栄の絶頂を迎え、国民の誰もが敬慕する王家とともに、明日への幸福を夢見、歓声を上げたその時――メルヴィック四世の身体からすさまじい閃光が放たれ人々を襲った。


























 セイン王国は滅亡した。

 生き残った者はわずか数人だけであった。


(陛下を守ることができず、ワシだけが生き残ってしまった……)


 セイン王国が滅亡した時、まだ青年だった彼も、今ではすでに老境へと差し掛かろうとしていた。


 十代後半という若さで、エメルディアにある大学で魔法学を主席で卒業した天才と呼ばれた彼は、大恩あるメルヴィック四世を守ることができなかった。

 宮廷魔術師としてメルヴィック四世のすぐ側にと控えながら、目の前で国王が何か(・・)に変貌して行く様を、ただ呆然と見ることしかできなかった。

 メルヴィック四世だった存在から、膨大な力が膨れ上がり――彼はとっさに障壁を張った。


 張れてしまったのだ。天才ゆえに――。


 閃光が収まり彼が気がついた時には、周囲は瓦礫の山しか残っていなかった。

 生きている者は見当たらな――いや、彼が咄嗟に引き寄せた侍女の少女の腕の中にはお包みの中で、スヤスヤと眠る生まれたばかりの姫。


 無意識の内に姫を抱いた侍女を庇っていたようだ。


 彼自身も左腕と左足を失っていた。


 簡単な治癒魔法で癒やし、わずかに残っていた生き残り数人と共に姫を連れて、死の国となってしまった祖国を離れた。


 その後、あのメルヴィック四世の身体に入った存在が伝説の魔王であることを知った。


 それからの彼は、魔王を滅ぼすことに全てを捧げた。

 古今東西のありとあらゆる文献を調べ、あらゆる古代遺跡から発掘される武器を調べ、禁忌とされる研究も行った。


 そして、三十年以上もの時が流れ――。


(陛下。ワシはすでにあの時の陛下よりも年老いてしまいました。ですが、お待たせした甲斐はございましたぞ。必ずや、陛下を解き放ってご覧に入れまする)


 男の口元に浮かぶのは歓喜の笑み。

 彼の前に積み上げらた研究の成果――それは常人が見れば狂気に満ちたモノばかり。

 天才が狂った末に禁断の手段へと手を出し、外道へと堕ちることでようやく到達できた極み。


 後悔はない。


 男の瞳に宿るのは、狂気ではなくどこまでも明瞭で冷酷な強い意志。


 人という有限の身で、魔王という計り知れない存在へと挑むには、全てを捨てる必要があった。


(いま、全てを掛けて――!)


 長い時を掛けて魔法陣を準備した。

 希少な触媒を用意し、夥しい犠牲を払って、呪文詠唱のための前儀式も行った。

 そして贄となるべき少女を用意した。

 少女は本来、男にとっての主筋であるが、目的を達成するには犠牲にせざるを得なかったのだ。


 あとは、魔法陣を起動させる。

 それで、魔王を滅ぼし、敬愛するメルヴィック四世を解放することが叶う。


 その時。


 後は呪文を詠唱するだけと顔を上げた男の前に、いつの間にか一人の少女が立っていた。


「どこから入ってきた、小娘。ここには、ワシの弟子や護衛たちがいたはずだが?」


「悪いけど、眠らせてもらった」


「何者だ? きさまは……」


 震える声で男は少女の名を問うた。

 いや、本当は男は少女のことを知っていた。

 魔王と戦う準備をしていたのだ。

 男は立場的にも、隠されている情報にも触れることができた。

 調べる過程でおのずと彼女の存在にたどり着くことになる。


 恐ろしいまでに整った顔立ち。

 金色の髪、まだ十を一つ、二つ上回った位の世間では子どもと呼んでも良い年齢。

 そして、全身から溢れ出す魔力によって、淡く金色に輝いてた。



「メイヴィス」


 勇者メイヴィス。


「おまえが……おまえが!」


「あなたを止めに来た」


「止めるだと!? おまえがか! このワシを止めるというのか!」


 声を絞りだすように、男は絶叫した。


「なんで今さらなんだ。どうして、今になってだ! なぜ――」


 挫折と絶望を何度も目にしてきた。

 血を吐くほど研究しても、魔王はおろかその配下の高位魔族にすら歯が立たなかった。

 気が狂うほど思い悩み、そしてついに禁忌にまで手を出した。


 人の心を捨てた。


 そんな男が――勇者の少女を前にして、その矜恃も何もかもかなぐり捨て、身も蓋もなく泣き喚き、怒鳴り散らした。


「なぜだ! どうしてもっと! もっと!」


 本当はわかっていた。

 それは、勇者である少女に言っても仕方がないことだ。

 彼女にもどうしようもないことなのだから。

 それでも、男は言うしかなかった。


「どうしてもっと――早く生まれて来てくれなかったのだ……」


 慟哭。


 勇者である少女から放たれる気配。

 あの日――メルヴィック四世から感じた気配とはまるで真逆。

 それでいて、寸分も引けを取らない圧倒的なまでの力。


 ――勇者とは魔王と対を為す存在。


 いま、男の前に間違いなく魔王と伍する存在がいた。


「どうして……もっと、早く……っ!」


 崩れ落ち、男は両手を着く。


「もう、引き返せない。ワシはもう……多くの犠牲を払ったのだ。それをいまさら……いまさら、無駄にしろと言うのか。無駄死だったというのか……」


 男の独白を聞き、それまで怜悧な光を宿していた勇者である少女の瞳がわずかに揺れる。


「引き返せる。確かにあなたが行ってきた事は決して許されることじゃない。でも、間違いは正すことができる。罪を償うことはできる。これ以上、罪を重ねる必要はないわ」


 勇者である少女が訥々と語る。


「ワシは……自らが守らねばならない方までをも犠牲にしようとした。多くの命を手に掛けた罪深き存在だ。そんなワシの願いだが……聞いてもらえないだろうか。あなたに託しても良いのだろうか?」


 涙で濡れた顔を上げ、男は自分の孫くらいの年齢の勇者を見上げる。


「あの方を……そして陛下の魂を、救っていただけないだろうか?」


「大丈夫。私が全て――救ってみせる」


 その言葉を聞き、男は年甲斐もなく泣き崩れた。

 悔恨と、そして歓喜の涙を流して――。



 ◇◆◇◆◇ 



 お茶を飲んでいた店を出てウィンは、レティシアを彼女の住んでいる寮まで送り届けた。

 別れ際のレティシアは本当に楽しんでくれたのか、とても綺麗な笑顔を浮かべてくれていた。

 

 そしてウィンは真っ直ぐに騎士学校寮の自室へと帰らず、再び帝都の大通りを歩いている。

 すでに陽は地平の彼方に沈み、暮れ始めた街の通りには家路に、または仮の逗留場へと帰る人々で溢れかえっていた。

 食べ物を提供するお店には、今日のこの日を締めくくるために酒の入った盃を片手に、料理に舌鼓を打つ客たちで賑わっている。


 レティシアが語った話がウィンの心の中から離れない。


 魔王が誕生した瞬間に居合わせてしまい、主と故郷を失い、そして運悪く生き残ってしまった男の壮絶な人生。

【聖女】とまで呼ばれ、レティシアの旅路を支え多くの奇跡を起こしてみせたリアラ・セインの過去。


 そして、勇者レティシア・ヴァン・メイヴィスの――幼馴染みが別れてから、四年間に渡って歩んできた過酷な旅路を、背負わされたものを少しだけ垣間見せられて、ウィンは言葉が見つからなかった。


 まだまだ知らない勇者としてのレティシアの姿があるのだろう。


 レティシアは、自分の話で場を重たくしてしまったためか、少し困ったような笑みを浮かべていた。

 だが別れ際、


「楽しかったよ、お兄ちゃん!」 


 嬉しそうにウィンへと手を振って女子寮にある自室へと帰って行ったレティシアを見送りながら、もう二度と彼女が勇者として力を振るう機会が来なければいいなと思った。


(また、一緒に色々二人で見に行こう。世界にはまだまだレティシアの知らない楽しい一面があるはずだから)

●セイン王国の設定

 北の不毛な大地を領地とした小さな国家。資源もなく、わずかな農産物が特産といった、他国からはちょっかいかけるだけ金かかるし、無視しておこうまで思われていた国です。


 しかし、メルヴィック四世は学者と技術者による立国を目指し、その結果として戦史文明から発掘される魔法道具に匹敵するアイテムを創りだすようになりました。

 大国が侵攻を始めた時、他国が鋼の騎士剣を装備していた所、セインは一般兵ですらRPGでラスダン前の街で帰るレベルの装備を身につけていました。


 魔王降臨が本編より約40年前になります。


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