魔族③
「いいえ。私はこの子をもう一人ぼっちにするつもりはありません。危険なのは分かっていますけど、ここから逃げるつもりはありませんから」
「いや、しかしですねローラさん」
「魔族が来るっすよ? 俺たちとそこの翼人の子が狙われているっすよ。ローラさんも巻き込まれるっす!」
ポウラットとルイスの説得にも、ローラはイフェリーナを抱き上げながら頑として首を縦へと振らなかった。
どうやら情が移ってしまったらしい。
家の前で押し問答をしてる三人を見ながら、オールトは魔法によって快癒したばかりの左腕の調子を確かめる。
「怪我をされていた腕は、問題は無さそうですね」
「ええ、おかげさまで」
オールトが振り返ると、ローブを身に着けたまだ若い魔導士風の男がにこやかに声をかけてきた。
派遣されてきた騎士たちの中で、唯一の魔導士の男である。
胸元には宮廷魔導士の証である、五芒星形が刻まれた金のペンダントがぶら下がっていた。
「それは良かった」
そう言うと、彼もまた押し問答をしている三人の方へと目を向けた。
「どうも説得は失敗に終わったようですね」
「みたいですな」
ローラが胸を張り、ポウラットとルイスがすごすごと引き下がっているのが見える。
「まあ、あれほど幼い子供でしたら、戦闘の邪魔にならないように面倒を見ていただけるだけでも助かりますけどね」
魔導士の男は目を細めながら、小さく舌打ちをすると「命の保証はできかねますがね」と笑う。
「意外でした。宮廷魔導士ってのは、もっと高慢ちきな態度の奴らばかりかと思っていました」
「あはは、よく言われます。ですが、ここだけの話――」
魔導士の男は声を潜めると、
「戦いに出される者の出自はそう身分が高いわけではないので、あまり庶民と変わらんです。もちろん例外もいますけどね」
「なるほど」
魔導士の男はオールトを促すと畑の向こうに広がっている草原へと向かって歩き出した。
周囲の被害をなるべく抑えるべく、広大な草原地帯で魔族を迎え撃つことになっている。
二人が並んで歩いて行くと、視線が集まるのを感じた。
草原には五人の騎士が待機していた。
オールトの報告を受けた冒険者ギルドは、敵が魔族ということですぐに騎士団へ騎士の救援を要請した。
だが、派遣されてきたのはこのまだ若い魔導士と、彼を指揮官として騎士が五名のみであった。
「――ちょっと! 相手は魔族なのよ? たったこれだけの戦力でどうにかなると思っているの!?」
この件を担当した冒険者ギルドの職員ルリアは激高したものである。
オールトは少し迷ってから口を開いた。
「正直なところ、あんたはこの戦力で勝てると思っているのか?」
「……勝てる程度の相手であれば良いなと思っています」
率直なオールトの物言いに魔導士の男は困ったような表情を浮かべて答えた。
魔族は強さによって、魔王を頂天として公候伯爵級の高位、子男爵級の中位、騎兵級の下位と三段階の階位に分類される。
なかでも伯爵級以上の魔族は名付きと呼ばれ、固有名を名乗っていた。
魔族は階位が上がれば上がる程力も強い。
五百年ほど過去に公爵級の魔族が顕現した際には、当時隆盛を誇っていた一つの文明を一週間ほどで滅ぼしたとされる。
現在、魔物と人類の戦いにおける最前線は、レムルシル帝国の北西部に接する隣国にまで迫っていた。
だが、その状況に危機感を覚えていたのは帝国北西部国境に住む者たちと、最前線で戦う帝国の軍人だけ。
最前線から遠く離れた帝国中枢部の人間たちは、魔物との戦いをどこか遠い世界の出来事と考えていたと言っていい。
帝国はいまだ戦火に包まれておらず、大陸対魔同盟の要請に応じて騎士団と兵士を派遣したことで全ての対処は終わったと考えていた。
「――とまあ、上はこういう考えですからね。魔族は最前線でも滅多と遭遇することがない事から、あなたがたの報告を虚偽である可能性が高いと判断しています。また、ギルドからの報告にあった『ヴェルダロスという固有名を持つ魔族である』という情報よりも、『コボルトを大きくした人型の魔族』という情報を重視したようです。名付きの魔族は伯爵級以上の高位魔族ですから、それほどの存在が現れるとは思えないと考えたのも無理は無いかもしれません」
前例にないことは起こり得ないとでも考えているんです、何度か舌打ちをしてから魔導士の男は肩をすくめて見せた。
どうやら小さく舌打ちをするのが魔道士の男の癖らしい。
「……大して戦力にはなれないかもしれませんが、俺たちに降りかかった火の粉のようなもんです。できる限り俺たちも戦いたいと思います」
「期待しています」
オールトの言葉に魔導士は頷くと二人は地平線の彼方、沈みゆく夕日を見つめる。
空が赤く染まっている。予告された三日目の夜が訪れようとしていた。
日が沈み夕闇が濃くなる頃――。
「お兄ちゃん……」
騎士たちから少し離れた場所に待機していた冒険者たちのほうが、先に異変に気がついた。
レティが草原の一角に視線を固定したままウィンにしがみつく。
数秒遅れて、どうせ家にいても危険であるならと一緒にいた、イフェリーナが同行してきたローラへと抱きついた。
レティの視線の先、墨を流し込んだように闇が濃くなる。
「……なんだぁ? たったのこれっぽちなのかよ?」
闇からにじみ出てくるかのように犬頭の人型魔族ヴェルダロスが姿を現した。
「明らかにコボルトや妖魔なんかじゃないぞ、こいつ」
「魔族だ……間違いない」
「くそ! 上がきちんと報告書を読まないから!」
騎士たちの呻き声が、彼らの背後に陣取っているウィンたちにも聞こえてきた。
「見くびられたもんだぜ。おい、お前ら? これが生き延びるための戦いだってこと、本当にわかってるのか? 今日は容赦なく殺すぜ?」
立ち塞がる騎士たちを無視して、死を宣告した冒険者たちへと殺気を向けるヴェルダロス。
先日にも感じた圧迫感が冒険者たちへと押しよせる。
ヴェルダロスと冒険者たちの間に挟まれている騎士たちも含め、その場にいる全員の背中に氷を入れられたかのような冷たい戦慄が走る。
「こ、これは……」
(……正面から殺気を受けると、ここまでなのかっ!)
圧迫感から身を守るように盾を目の前にかざしながら、オールトは横目でレティを見下ろす。
レティはウィンの背後に隠れるようにして縮こまっている。
(……あの時もこれだけの殺気をまともに受けていたのか)
オールトはこの幼い少女の精神力に感心する。
気の弱い者であれば、この圧迫感で意識を失ってしまいそうだった。
戦いに慣れている騎士や、冒険者でさえ萎縮しているのに大した精神力である。
大したものといえば、イフェリーナを胸に抱きしめているローラもまた、ヴェルダロスに背を向けて必死にこの圧迫感に耐えていた。
だが、全員耐えているだけである。
誰もが圧倒されていた。
この魔族が放つ、底知れない殺気に騎士たちでさえも身動きできずにいた。
唯一人を除いて――。
冒険者たちの視界の隅で、影が動く。
ウィンが一歩前へと歩み出ると、剣を鞘から抜き放ちヴェルダロスへと突きつけた。
「……お前なんか、お前なんかに! 絶対に負けないんだからな!」
レティを背後へと庇うようにしながら、顔を真っ赤にして叫ぶ。
その叫びが一同をヴェルダロスの呪縛から解き放つ。
「ちっ! ――敵は魔族! 対魔戦闘用意! 抜剣せよ! 手はず通りで行くぞ!」
指揮官の魔導士の男が叫ぶと同時に。
『我に力を!』
騎士たちが魔法を唱和、身体が一斉に光りに包まれた。
『我、氷雪の理を識りて、楔と成さん!』
さらに騎士の一人が呪文を詠唱、ヴェルダロスの足下に生まれた冷気が一瞬で凍結、動きを止める。
同時に、大地から生まれた砂礫の槍が、ヴェルダロスの胴体部へと伸びる。
錐のごとく鋭く尖った先端は、人間であれば手応えもなく串刺しにしただろう。
「オラァッ!」
ヴェルダロスが今日も右手に持った巨大な棍棒を振り回すと、魔力で生まれた砂礫の槍は粉々に砕け散り、周囲を土埃が舞い上がった。
そこへ魔法を詠唱していなかった騎士三名が突っ込んでいく。
魔力が込められた騎士の振るう長剣の銀光が、土埃を瞬時に切り裂いた。
「――手応えが無い!?」
「おら、こっちだ!」
上空へと跳んで逃れたヴェルダロスが、正面から斬りかかってきた騎士へ棍棒を振り下ろす。
盾と棍棒が衝突、鈍い衝撃音。
「防いだ!」
オールトが思わず叫んだ。
騎士は盾を頭上にかざし足を踏ん張り、オールトの左腕を砕いたヴェルダロスの棍棒を見事に受けきってみせた。
攻撃を弾かれた形となったヴェルダロスは、大きく後方へと跳躍して体勢を整えようとする。
『――鋼の閃き、虚空を斬り裂く千刃と成せ!』
そこへ始めに戦闘開始の指示を出して以後、魔法の詠唱に集中していた魔導士の男が攻撃魔法を解き放つ。
反射的に全身を丸めるようにして、防御の姿勢を取るヴェルダロス。周囲に生まれた無数の鋼の煌きが、ヴェルダロスへと襲いかかった。
そこへ騎士たちが炎弾を一斉に叩き込む。
「すげー……」
固唾を呑んで戦いを見守るウィンの耳に、誰かがこぼした呟きが届いた。
左腕にしがみついているレティも、ウィンの背後から恐る恐る覗くようにして戦闘を見つめていた
(強い! 凄い! かっこいい!)
ウィンが憧れている騎士たちが、目の前で凄まじい戦いを繰り広げている。
胸が踊った。
冒険者たちが捌ききれなかったヴェルダロスの重たい攻撃に圧されもせず、逆に弾き返している。
「強い! やっぱり騎士は強いよ!」
興奮して思わずレティへとしゃべりかける。
「やっぱ、かっこいい! 僕もあんなふうになりたい!」
炎が、風が、岩で出来た槍が、次々と生成され叩き込まれる。
魔力の輝きを宿した鋼の光が縦横無尽に闇の中で閃く。
ヴェルダロスが攻撃をするために体勢を整えようとした瞬間、距離をおいた場所から魔導士の男が大威力の攻撃魔法を叩き込んだ。
騎士たちの近接攻撃の直後に攻撃魔法を叩き込み、常に先手を取り続ける。
見事な連携。
「……でも、お兄ちゃん。あの犬の人さん。どんどん怖い感じが大きくなってるよ?」
食い入る様に見つめるウィンへ、レティが震える声で囁く。
「え?」
ウィンが聞き返すと同時に、
「う、うわ……」
連続で叩きこまれた炎弾によって生まれた煙幕の中からヌッと伸びたヴェルダロスの左腕が、正面にいた騎士の頭を鷲掴みにして持ち上げる。
「ま、待て!」
仲間を巻き込むのを恐れ、攻撃魔法の嵐が一瞬止まった。
そして――。
ドスッという音とともに捕まっていた騎士の胸を、ヴェルダロスの右手が貫いた。
ビクンッと小さく震え、全身から力が抜ける騎士を無造作に放り投げる。
そして、すぐ近くにいた騎士へとギロリと目を向けた。
視線を向けられた騎士は即座に距離を取るように大きく横手へと跳躍する。
肉体強化魔法によって格段に身体能力が向上している騎士の跳躍力。その動きは至近距離で見たら消えたように見えるだろう。
しかし、一瞬にしてヴェルダロスは騎士に追いつくと、
「おっせぇな!」
回し蹴り。
頭へと蹴りを叩きこまれた騎士の首からボギョッという音がした。
そのまま騎士の身体は蹴りだされた方角へと、力無くボロ屑のように吹き飛び転がる。
「おいおいおい、もっと楽しませろよ」
あれだけの攻撃を受けつつも、まるで無傷。
ヴェルダロスが乱ぐい歯を剥き出しにして哄笑を上げた。
「……イリザ。俺たちの武器にも付与魔法を」
オールトがイリザへと囁くような声で指示をする。
勝てるとは思えないが、せめてもの足掻き。
ドンッという爆発音とともに、また一人騎士が殺される。
胴体を綺麗に吹き飛ばされ、手足だけが四方に散らばった。
「う、うあああああああ!」
イリザが支援魔法を唱え始めた時、
「おい、ウィン!」
ウィンがヴェルダロスへと真っ直ぐに走りだす。
「なんだ!?」
怯んでいた魔導士の男が、自分の横をすり抜けていったウィンに声をかけるが、彼は止まらない。
「くそ、ただの剣じゃ倒せないぞ――『刃よ、我に従え! 我、剣の理を識りて、刃に現す!』」
魔導士の男を置き去りにして走るウィンの剣が強く輝く。
「こないだのガキか! どうやら最初に死にたいのはてめぇのようだな!?」
また一人、騎士の頭を吹き飛ばしたヴェルダロスが絶叫して突っ込んでくるウィンへと向き直る。
「あまり効果は長持ちしませんが! 『我、魔の理を識りて、汝に命ず! 我が力! 此方に宿りて、力を示せ!』」
舌打ちをして、魔道士が魔法を詠唱。
瞬間――ウィンが加速したように速くなる。
一瞬でヴェルダロスの懐へと潜り込んだ。
下段から剣を斜めにヴェルダロスの胸を切り裂いた。
更に振り切った刃を引き戻し、突き出すが半身になって躱されてしまった。
「いい腕だ! 俺様と出会わなければ、良い剣士になれただろうな!」
振り下ろすようにして殴りかかるヴェルダロスの拳を、ウィンは掻い潜るようにして避ける。
しゃがみこみざまに横一線、足を狙って斬撃を放つが後方へと飛び退かれた。
大きく飛び退きざま、ヴェルダロスの口に赤黒い光が集まると次々と射出してくる。
その光弾をウィンは後方へとジグザグに飛びながら避けていく。
「くそ、飛び込む隙がねぇ……」
「あの肉体強化の魔法、俺らにもかけられないっすか!?」
「掛けられないことはないのですが、持続時間は短いですし、効果も薄い!」
「だが、ウィンの奴は!」
「ええ、私も驚いています。思ったよりも効果が出ています! ですが、そんなに長い時間は持たない!」
魔導士の所まで前進した冒険者たちは、戦いへと介入できないことへ歯噛みをしながら戦況を見守る。
ウィンとヴェルダロスが高速で接近しては切り結び、離れ、すぐにまた攻撃を繰り出す。
「あれじゃ、攻撃魔法を打ち込む隙もないわ!」
イリザは先程から援護射撃を加えようとしては、魔法を中断していた。
「ああ、うぜぇ! ちょこまかとっ!」
次々と魔力の光弾を撃ちだすヴェルダロス。
いつの間にか、ヴェルダロスの攻撃速度が上がってきている。
意外に手こずっているのにイラついているのかもしれない。
ウィンの足下、すぐ至近へと光弾が着弾する。ウィンは爆風を利用して、空へと舞い上がった。
跳躍力も飛躍的に上昇している。
瞬時に間合いを詰めたウィンは剣を上段から振りおろした。
「ダメです――攻撃は当たっているのに、私の付与した魔力が弱すぎて!」
舌打ちをしつつ、悔しそうに顔をしかめる魔道士の男。
ヴェルダロスは赤黒い光を纏った左腕で、ウィンの全身全霊の一撃を受け止めていた。
ウィンの刃はヴェルダロスへの身体に届いていない。
大きく腕を振り払われ、ウィンが吹っ飛ぶ。空中で体勢を立て直し着地。
そこへ、ヴェルダロスが襲い掛かる。
拳が、蹴りが、弾幕のように繰り出される。
一撃でも攻撃をもらうわけにはいかないウィンは、後退しながら必死で避ける。
大きく距離を取ろうとウィンが隙を伺うが、ヴェルダロスはぴったりと追撃を仕掛けた。
「いけない……もう強化の効果が……」
ウィンの身体を覆っている魔力の白光が、少しづつ弱くなってきていた。
それに伴い、ヴェルダロスの攻撃がウィンを掠めるようになった。
蹴りが左脇腹を捉えかけ、ウィンは剣を縦に構えると、左手を剣の腹に当てて力負けしないように防御する。
「強化魔法を掛け直すとかできないのか!?」
「一度掛けた魔法は効果が切れるか、私よりも強い魔力を持った人しか上書きできないのですよ!」
オールトの怒鳴るような声に、舌打ちをしつつ魔導士の男も叫び返す。
「くそ! 何もできねぇっす!」
悔しげに吐き捨てるルイス。
ポウラットは拳から血が滴るほどに握りしめた。
その時、この逼迫した戦場には場違いな歌が聞こえた。
「なんだ!?」
一同が振り向く。
「お兄ちゃんが、負けるはずなんてないっ!」
振り向いた先、空に幾重もの魔法陣を浮かべ、その輝きに照らされたレティが立っていた。
ウィンの身体が一際強く輝きに包まれた。
イフェリーナを抱きしめながら、ローラは目の前に立っているもう一人の小さな少女――レティの異変に気が付いた。
彼女はただジッとウィンとヴェルダロスの戦いを見つめ続けていた。
ウィンが飛び出すまでは、騎士たちの戦いを恐る恐る見ていただけなのに。
騎士たちが無残にも殺されていった時は、ローラがイフェリーナにその光景が見えないよう、そして自身も目を背けたように、彼女も怯えたように目をつぶっていたのに。
今は、何かに魅入られたかのようにウィンとヴェルダロスの戦いを見つめている。
(恐怖でおかしくなっちゃった?)
ローラがそう思ったのも無理は無い。
やがて、レティの小さな唇から声が漏れ始める。
鳥の囀りを思わせるような、小さい、小さい、か細く、それでいて透き通ったような美しい歌声。
ローラは思わず、レティも抱きしめようと手を伸ばす。
その瞬間――。
彼女を中心として、風が巻き起こった。
吹き付ける風に目を細めつつ、ローラはなんとかレティへと目線を向ける。
レティの周囲に浮かび上がる、複雑な紋様が描かれた幾つもの光の円。
ローラは知らなかったが魔法陣である。
「……ぃちゃんが……」
「え?」
歌が途切れレティが小さく呟く。
その呟きは風でほとんどかき消されてしまい、ローラの耳にはほとんど聞こえない。
「お兄ちゃんが、負けるはずなんてないっ!」
今度は聞こえた。
いままで怯えているだけだったレティの絶叫。
離れた場所で戦いを繰り広げているウィンへと届けと言わんばかりの力強い叫び。
同時にウィンの身体が輝きに包まれる。
「私の魔法を上書きした!?」
魔導士の男が驚愕の声を上げる。
「あのガキか!」
ヴェルダロスも気がついた。
幾重にも魔法陣を展開する、レティに向かって光弾を放とうと手を無造作に向ける。
ヴェルダロスの意識がレティへとそれた、
「やっつけちゃえ!」
レティの叫び。
ウィンの持つ剣がより強烈な閃光を放つ。
それまで以上に爆発的に加速したウィンが一瞬で間合いを詰めると、無防備にも突き出されたヴェルダロスの腕へと光の刃を振り下ろし――あっさりと切断した。
「ギュアアアアアアアアアアアア!!」
騎士たちの魔力が込められた剣に、渾身の魔力が込められた魔法に、何の痛痒も感じていなかったヴェルダロスが悲鳴をあげた。
切り落とされた腕が塵と化して霧散する。
「グギギギギ……」
まるで劫火を思わせる赤い目で腕を切り落としたウィンを睨めつける。
「があああああああああ!」
怒りに任せヴェルダロスが口から光弾を放った。
だが、その射線上にいたウィンの姿が一瞬で掻き消えた。
離れた場所からですら、目で追うことが難しい程の速さ。
そして驚くべきは自身の爆発的な身体能力の上昇に対してすぐに順応してみせたウィンの勘の良さ。
目標を失ったヴェルダロスの光弾は、イフェリーナが助走に利用していた小高い丘を貫通。吹き飛ばし、その先の森へと着弾。
直後、爆発と轟音が轟く。巨大なキノコを思わせる雲が立ち昇る。
あの光弾が帝都の方角へ飛んでいたら――。
一同はゾッとする。
先ほどまで連射していたものとは違う、都市一つを軽く破壊できる光弾。
ヴェルダロスが本性を現し始めた。
ウィンもその威力を警戒して、接近戦を挑む。
横一線に切り払い、上段から剣を振り下ろす。
ヴェルダロスも今度は受け止めようとしない。
レティの魔力によって光の刃と化しているウィンの剣は、たやすくヴェルダロスを切り裂いてしまう。
残った右腕に赤黒い光を纏わりつかせ、ウィンの光刃と打ち合う。
互いの魔力がぶつかり合い、威力を相殺する。
人外の速度で間合いを取ろうとするヴェルダロスを、今度はウィンが常識をはずれた速度で追撃する。距離を取らせない。
夜の闇を白と赤の光が奔る。
幾度目かの攻防の後、ヴェルダロスは体勢を低くすると、ウィンの足下を目掛けて回し蹴りを放った。
ウィンはそれを後ろへ飛び退いて避ける。
そして回し蹴りを放つことで、低い位置へと下がったヴェルダロスの顔面へ向けて、高速の突きを放とうと大地を蹴って跳躍。と、ヴェルダロスの口に赤黒い光が収束した。
――誘い込まれた!
見守るしか無い冒険者たち、魔導士、そしてたったひとり生き延びた騎士が同時に思う。
回し蹴りを放ち体勢を低くしたのは、無防備にも見える頭頂部へウィンの攻撃をおびき寄せるため。
いかに身体能力が上がっていても、空中では避けることもできない。
ヴェルダロスの両目が凶悪な輝きを増す。
瞬間、ウィンは剣を突き出すようにして投げ――超高速で飛んだ光刃がヴェルダロスの生み出した赤光に接触。口元で爆発した。
当然。至近距離での爆発はウィンをも襲う――こともなく、柔らかい羽毛を思わせる光がウィンを優しく包み込み、爆発の衝撃を和らげる。
ウィンをジッと見つめ続けていたレティは後ろを振り返った。
純白の翼を拡げたイフェリーナがローラの前で、赤い瞳を輝かせて立っていた。
銀色の髪を風になびかせながら、右手をただ真っ直ぐにウィンの方へと向けている。
風を己の意思のまま自由自在に操ってみる、風の精霊の守護を受けた半神半人の種族――翼人イフェリーナの風の防御魔法。
レティにはそこまではわからなかったが、イフェリーナが何かをしたことだけは悟る。
同い年くらいの少女へと、出会ってから初めてにぱっと笑みを向けた後、再びウィンへと視線を向けた。
レティの視線の先で――彼女にとって、どこまでも強く、気高く、この世で最も信頼する少年が、爆発によって空中高く飛ばされ地面へと落ちてきた剣を空中で掴むと、爆発によって頭部を吹き飛ばされ棒立ちとなっているヴェルダロスの胴を横一文字に断ち切った。