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魔族

残酷な描写があります。苦手な方は注意してください。

 里を滅ぼされたあの夜、翼人たちは子供たちを家の中へと隠すと、森から現れた妖魔たちと戦った。


「いい? リーナ。絶対に家の外に出てはダメよ?」


「大丈夫だ。父さんは強いんだぞ。ゴブリンだろうと、オーガだろうと負けないさ」


 森の中でゴブリンを見たという報せを受けて、イフェリーナの両親もまた彼女へ家の中で隠れているように言い聞かせると外へと出て行った。


 天空から雷を召喚し、荒れ狂う大気の刃が妖魔を粉砕し切り刻む。

 外から響く轟音。強烈な閃光。妖魔たちの断末魔の叫び。

 まだ幼いイフェリーナの精神が、恐怖に耐えられなくなったのも無理はない。

 いつの間にか意識を失っていた。

 

 やがて目が覚めた時には、周囲からは物音一つ聞こえなかった。

 

「……ケホッ……コホッ……」


 部屋の中に満ちる煙に咳き込む。

 屋根が崩れ落ち、部屋の半分を埋め尽くしていた。

 射し込む月明かりの中、ようやく通れるだけの隙間を柱の間に見つけて外へと這い出す。

 

 そして――イフェリーナの目の前に、変わり果てた里が広がっていた。


 昨日まで笑い合っていた里の人々が、見るも無残な姿で血に染まり物言わぬ骸となっていた。

 ふらつく足取りで里の中を歩いていく。


 そして出会った。

 月明かりに照らしだされ、里を燃やす炎を背にその巨大な人影は立っていた。

 何か丸いモノを足で弄んでいる。

 イフェリーナは恐る恐る近づいていく。

 転がされていた丸いものがゴロリと転がって、反対側をイフェリーナに見せた。


「……お父さん?」



 それはこの里で一番の使い手だったイフェリーナの父親の首。

 イフェリーナにいつも優しい笑顔を浮かべて接してくれていた、大好きな父親の首から下が無い。


「お……お父さん!」


「おっと……もう一匹いたのか」


 影がイフェリーナへと手を伸ばす。

 ギラつく野獣のような瞳。犬や狼を思わせる頭部。そして、鋭い犬歯の見える口。


「こいつはお前の親父か? 強かったぜ。魔族の俺がここまで追い詰められるとは、さすがは翼人といったところだな。まるで手応えのない人間の騎士と違って手ごわかった。わざわざこんなところまで来て正解だったぜ」

 

 言いながら、犬頭の魔物はイフェリーナに向かって近づいてくる。

 家の屋根も背丈のある巨体がイフェリーナを見下ろす。


「そういえば翼人ってのは精神の奥底で、仲間同士繋がっているそうだな。さすが精霊に近い半神半人の種族といったところか」


 悪魔は手を伸ばして、恐怖で身動きのできないイフェリーナの胸ぐらを掴むと、顔の前まで持ち上げる。


「お前は餌だ。運が良かったな、生かしておいてやろう。お前という餌に釣られてやってくる翼人が来なくなるまでな。殺さずにいてやるよ」


 イフェリーナの顔に、犬頭の魔族が血生臭い息を吹きかかる。

 恐怖で目を見開いているイフェリーナに獰猛な笑みを浮かべながら。


 それから幾度か同胞の里の異変に気づいた他の里の翼人たちが、里を訪れた。

 イフェリーナの悲しみと絶望の心に触れ、遠くに住む翼人たちが彼女を救い出そうとしたのだ。

 しかしイフェリーナを助け出そうとした翼人たちは、それを待ち伏せていた犬頭の魔物によってことごとく殺されてしまった。

 さながらイフェリーナという蝋燭の灯りに誘い込まれる虫けらのごとく――。

 やがて、翼人たちが里へ来なくなった。


 いつ殺されるのかわからない。

 いつも怯えていた。


(誰か、助けて!)


 ――死ぬのは怖かった。生きたいと強く思った。


 強く思い続けたイフェリーナの心、それは他の里の翼人たちへと伝わってしまう。

 逆に言えば、他の里の翼人たちの心も彼女には伝わってくる。


 ――諦め。


 その思念が届いた時、イフェリーナは一人で生にしがみつくことを決めざるを得なかった。

 

 もう二度と誰かから抱きしめてもらうこともない。

 言葉もかわせない。

 笑いかけてももらえない。

 静寂に支配された滅びた里で、ただ一人生き続ける。


(――お前という餌に釣られてやってくる翼人が来なくなるまでな。殺さずにいてやるよ)


 その翼人たちがもう来なくなってしまった。

 もうイフェリーナには餌としての価値も無くなってしまった。


(――殺される。嫌だ。怖い。死ぬのは嫌だ。死にたくない。もっと生きていたい!)


 そして――。


「みーつけた!」


 男の子の声がして――イフェリーナはゆっくりと夢の世界から覚醒する。

 


 

 ……ううっ……うっ……。


 ローラは繕い物をしていた手を止めると、部屋の中を振り返った。

 小さなお客様、翼人の少女――イフェリーナが眠ったまま泣いている。

 すでに日は天頂に達する刻限であったが、ローラはイフェリーナを起こさないように、静かに立ち上がると、彼女の頬にそっと触れ涙をすくう。


 昨夜、イフェリーナは、お腹いっぱいになるまでシチューを食べた後、横になった途端に糸が切れてしまったかのように眠ってしまった。

 湯浴みで身体を綺麗にしてもらい、何ヶ月ぶりかで温かい食事を満腹になるまで食べ、どっと疲れが出てしまったのだろう。

 里が滅んでからろくな食べ物も食べていなかったのは、ひどく痩せ細ったイフェリーナを見ればわかることだ。


(まだこんなに小さいのに、よく頑張ったわね)


 何重にも袖を折っただぶだぶの服から覗く、イフェリーナの固く、ギュッと握りしめられた拳をそっと包むようにして握る。

 すると、イフェリーナがゆっくりと目を覚ました。

 彼女の赤い瞳は、しばし周囲に視線を彷徨わせると、ローラの顔へと視点を結ぶ。


「怖い夢でも見たの? 大丈夫、ここは安全だからね。怖くなんて無いのよ」


「……あのね……リーナはね。餌なんだって……リーナがここにいると、悪い奴がやってきて、皆をいじめるの……」


 顔をグシャグシャにして泣くイフェリーナ。

 

「大丈夫よ? 悪い奴はみんながやっつけてくれるわ」


(どうか、みなさん気をつけて……)


 イフェリーナの言葉に不吉な予感を覚えつつ、ローラは冒険者たちの無事を願いながら少女をあやし続けた。

 

 

 




「うわあ、凄かったな。かっこいい!」

 

 犬頭の大きな魔物が振るう丸太の様な棍棒を受け止めるオールト。

 一撃を受けたものの、刹那の一瞬で槍を引き戻し衝撃を弱めてみせたルイスの槍さばき。

 そして、イリザの火球の魔法からのポウラットの必殺の攻撃。

 ほんの僅かの間に見せた、熟練した冒険者たちの連携攻撃に、ウィンはまばたきをすることも忘れて食い入るように見つめていた。

 コボルトが前のめりに倒れた瞬間、ウィンは息すらも止めていたことに気が付き、何度も息を大きく吸い込んだ。


 身体が熱く感じる。

 震えが走る。

 木剣を握りしめる右手のひらに汗を搔いていた。


「凄い、凄いよレティ! かっこいい! 僕もああなりたいよ!」


 大人の冒険者たちが醸し出す雰囲気、武器を下ろす姿。

 ウィンは興奮に目を輝かせレティに話しかける。

 しかし、興奮するウィンとは裏腹にレティは黙ったまま、強く彼の左腕を握ってきた。

 腕を強く握りしめてくるレティに驚いて目を向ける。


「どうしたんだよ? レティ」


 そこでウィンは自分の左腕を掴んだまま、小さく震え続けるレティに気がついた。


「……怖い。怖いよ、お兄ちゃん。あの犬さん、まだ……死んでない」


 コボルトは胸を剣で貫かれ、倒れ伏している。

 その剣の柄に手を掛けて、いまポウラットが引き抜こうと引っ張っていた。


「ええ? 死んでるよ! 大丈夫だよ、みんながやっつけたから!」


 ウィンの言葉にレティが小さく首を振る。


「あのね? なんか変なものが見えるの。あの犬さんの周囲に、なんか怖いものが集まってる」

 

 レティはウィンに抱きついてきた。


「怖いよ、お兄ちゃん!」


「怖いもの? そんなもの見えないけど、何が見えるの?」


「レティにもよくわかんないの。あのお姉ちゃんがおっきい火を作った時に似てるけど、全然違う怖いものが集まっているのが見えるの」


 レティはイリザを指さしながら泣きそうな表情を浮かべる。

 

「おーいお前ら、もう大丈夫だ。どうした? 初めて見た戦闘は恐ろしかったか? ちょっと、ルイスのやつがポカやらかしたが、何てことはない。いい勉強になっただろう?」


 レティの様子に気がついたのだろう、オールトがウィンたちの方へと歩いて来ようとしていた。

 髭面の強面を、精一杯の優しげな笑顔で取り繕うとしている。


 ――レティには自分にはない才能がある。


 ウィンは一緒に鍛錬をしている時も、勉強をしている時も、常々そう感じていた。

 剣も、魔法も、レティはウィンが身に付けた技術を僅かの時間で吸収して会得してしまう。


 物語の中に出てくる騎士、英雄、偉人、聖者、そして勇者。

 常人を超えた力を持つ者たち。


 レティはもしかしたら、彼らに匹敵しうる才能の持ち主なのかもしれない。

 物語の主人公になれる素質――。

 ウィンには感じ取ることができないが、レティにはもしかしたら――。


「……オールトさん」


(レティがそう言うのであれば、あれはまだ死んでいない!)


「どうした? ウィン」


「レティが……レティがそいつ、まだ死んでないって!」


「どういうことだ?」


「うわ……ああああ!?」


 ウィンが告げると同時に、ポウラットの悲鳴が周囲に響き渡った。


「……なに!?」


「ポウラットさん!」


 コボルトが立ち上がっている。

 剣で胸を貫かれたまま――。

 ポウラットは尻もちを付いたまま、愕然とした表情を浮かべて犬頭の魔物を見上げている。


「バカな! 心臓を貫いているのに! 魔物といえど、身体の作りは生物と同じはず!」


 ある程度の治癒も終わり半身を起こしたルイスと、治癒しきれなかった傷に包帯を巻いていたイリザが驚愕の視線で犬頭の魔物を見つめている。

 

「……ククク、ハーッハッハッハ!」


 野太い声で哄笑を上げる。


「イヤイヤイヤ、なかなかやるじゃないか? 冒険者っていうの? 思わぬ掘り出し物だったわ! こんなに楽しめるとは思わなかったぜ?」


「コ、コボルトが喋った?」


「ああ、喋るぜ? 喋っちゃおかしいか? まあ、俺様はコボルトなんかじゃねぇ。ヴェルダロスと名乗る存在だ」


 驚きで思わず声を漏らしたイリザに律儀に返事を返す。

 哄笑とともに、胸を貫いていた剣が抜けていく。

 音もなく、血が噴き出ることもなく、手で触ることもなく勝手に抜けた剣は、一瞬空中で浮かんだまま静止した後、カランッという軽い音を立てて地面に転がる。


「里に殺さずに生かしておいたガキに誘われて来る翼人を待ちぶせていたんだが、最近はまるでこなくなっちまってな。退屈していたところなんだよ。だから、少し俺と遊んでくれよ?」


 人差し指と中指を曲げて、オールトたちを手招きして挑発してみせる。


「この化け物め!」


 叫ぶと同時に、オールトがヴェルダロスと名乗った魔物に向かって走った。

 突進の勢いそのままに、右手の斧を振り下ろす。

 オールトの豪腕が振り下ろす斧の刃は、岩をも穿つ達人の刃。

 しかし――。

 渾身の力を込めたオールトの一撃を、ヴェルダロスは棍棒を持たない片手で受け止めていた。

 手のひらには刃先が食い込んでいない。


「いい一撃だが、俺にはただの刃は効かないぜ? 魔族だからな。魔族と戦うには、魔法か魔力を込められた武器しか通用しない。知らないのか?」


 受け止めた斧の刃を砕き掴むと、そのまま振り払った。

 斧の柄を握りしめたままのオールトが、大地から根を引っこ抜かれたように吹き飛ばされる。


「ぐっ……化け物め……」


 木の幹に叩きつけられ、オールトは呻き声を上げた。


「オールト!」


 ルイスの側で治癒魔法をかけていたイリザが立ち上がると、口早に魔法の詠唱を開始する。

 立ち上がったオールトが再び走りだした。


「おいおい、得物も無しにどうしようってんだ?」

 

 オールトは右手に握りしめていた斧の柄を、ウェルダロスへと力いっぱい投げつける。

 咄嗟にそれを手で払いのけるヴェルダロス。


『刃よ、我に従え! 我、剣の理を識りて、刃に現す!』


 イリザの魔法が完成する。

 その目標は、先ほどヴェルダロスの胸から抜け落ち地面に転がっていた、ポウラットの剣。

 オールトはそれを拾い上げると、斬りかかる。


「付与魔法か、面白れぇ!」


 オールトの剣が縦横無尽に振り回される。

 付与魔法によって魔力を宿し、淡く輝く剣身が空中にその軌跡を描き出す。

 得意とする得物である斧でなくても、オールトの剣技は十分に一流の域へと達していた。

 しかし、当たらない。

 ヴェルダロスはその巨体に見合わぬ、俊敏さでオールトの剣を軽々と避けていく。


 そして――。


「おらよ!」


 避けるに徹していたヴェルダロスが、不意に右手に持っていた棍棒を振り回す。

 至近距離で剣を振り回していたオールトはそれを避けられない。

 咄嗟に盾をかざして身を守ろうとする。


 ドゴンッという爆発音のような音を立てて、棍棒と盾が衝突。


 オールトは吹き飛ばされると大地に叩きつけられた。

 振り切っていた剣がオールトの手を離れて逆の方向へ、イリザの横を抜けてウィンとレティの側にまで飛んでいって突き刺さる。


「おっと、つい力が入りすぎてしまった。残念だ、その腕じゃもう戦えないだろう?」


 棍棒を受け止めた鉄の盾は無残なまでに凹んでいた。

 盾を支えていたオールトの腕は、ヴェルダルスの棍棒を受け止めた衝撃で、まるで内部から破裂したかのように血にまみれていた。

 筋肉を、皮を破って骨が覗いている。


「オールト!」

 

 ポウラットがオールトの下へと駆け寄る。

 無事な右手を首へと回し、ポウラットはオールトを担ぎ上げた。


「おっと、逃げ出すつもりか? そう簡単に俺が逃すと思ってるのかよ?」


 嘲笑の色を浮かべて言うヴェルダロスに、オールトはポウラットの肩を借りてヴェルダロスから離れようとしながら、


「貴様から逃げ出しているんじゃない、俺はただそこから離れているだけだ」


「なに?」


『――炎弾よ、穿て!』


 イリザの全魔力を込めた、火球がヴェルダロスの背に着弾。爆炎を噴き上げた。


「やった!?」


 確かに命中したのを確認し、イリザが喜色の混じった声を上げる。

 しかし――。


「甘ぇよ!」


 ヴェルダロスが棍棒を一振りした。

 暴風のような突風に炎が吹き散らされる。


「確かに俺たち魔族は魔法か魔法によって強化された武器でしか倒すことはできねぇ。だが、その程度の魔法なんざ、翼人どもの魔法と違って防ぐまでもない!」


「そんな……」


「まあ、多少は痛かったけどな。少しは楽しめたが、しょせん人間なんざこの程度か。翼人も来なくなったし、さっさと貴様らを始末してあの餌にしていたガキも殺すとするか」


「化け物め……」

 

 オールトは唇が切れるほどに噛み締め、ポウラットは蒼白を通り越して土気色の表情でヴェルダロスを見つめていた。

 イリザは全魔力を使い果たしてしまったのだろう。

 地面にへたり込み、激しく喘いでいる。

 そのそばで槍を失ってしまったルイスが、予備の武器である短剣を抜いて上体を起こしていた。

 

 一方、ポウラットは迫り来る圧倒的な恐怖で足が竦んでしまい、一歩もその場から動くことができないでいた。

 目の前にヴェルダロスが立つ。

 その野犬のようにギラつく瞳に射抜かれて、ポウラットは肩に担いでいたオールトを取り落とし、地面に無様に尻餅をついた。

 全身がおこりのように震え、ガチガチと歯が音を立てる。

 もはや立ち上がるだけの力を失ったオールトも、身動きできずに死を待つより他はない。


「あばよ、退屈しのぎにはなったぜ?」


 ヴェルダロスが棍棒を振り上げる。

 そして――。


「ギャアアアアアアアア!!」


 ヴェルダロスの胸に、先ほどポウラットが突き刺した時と同様に剣先が飛び出していた。

 絶叫を上げるヴェルダロス。

 淡い輝きに包まれた刃。

 魔力が込められた刃で傷つけられたため、今度は無視ができなかったようだ。


「だ……誰が?」


 痛みをこらえて仰ぎ見たオールトの疑問に答えるように、ヴェルダロスの背中から胸へと剣を貫いた者が、その広い背中を蹴ると同時に剣を引き抜いて後方へと着地する。


「ウィン!」


 オールトの手を離れて飛んでいったポウラットの剣を構えてウィンが立っていた。


「ク……ガキが、なかなかやるじゃないか。なんだ遊んで欲しいのか?」


「バカ、逃げるっす! ウィン!」


 ルイスが叫ぶ。

 しかし、ウィンは剣を両手で構えるとヴェルダロスへと走りだした。

 子供とは思えぬ凄まじい速度で間合いを詰めていく。

 

「ちょこまかと!」


 ヴェルダロスが棍棒を振り回す。

 ウィンは棍棒が届く直前で後方へと飛んで避けた。

 棍棒の生み出した風圧が、ウィンの軽い身体を吹き飛ばす。

 ウィンは空中で体勢を整えると綺麗に大地へと着地した。

 そこへ、ヴェルダロスは犬のような口を開くと犬歯をむき出しにした。

 口に魔力による光が集まる。

 そして次々と光弾をウィンに向かって射出した。

 その光弾をウィンは少刻みに右に左にとステップを踏みつつ躱しながら、再びヴェルダロスとの距離を詰めて行く。


 至近距離にまでウィンに接近されたヴェルダロスは、口を閉じて光弾を撃つのを止めると、再び棍棒を振り回す。

 振り回された棍棒の下をウィンは身を屈めて掻い潜った。


 子供だからこそできる小さな体躯を生かしての動き。


 ブオンッと耳元で轟音が通り過ぎて行く。

 ウィンの焦茶色の髪の毛が、暴風に晒されて千切れそうなくらいに引っ張られる。

 しかしそれを無視して、ウィンはヴェルダロスの太腿を薙ぐように斬りつけた。


「油断さえしてなければ、その程度しか魔力の込められていない剣は、俺にはほとんど効かねぇよ!」


 事実、わずかに切り傷ができているだけだ。

 懐に潜りこまれたヴェルダロスが、棍棒から手を離してウィンへ殴りかかってくる。

 振り下ろされた拳を避けると、ウィンは拳を繰り出したヴェルダロスの腕を足場にして駆け上り、犬面に向けて鋭い突きを放つ。

 その剣先を首を捻ることで避けたヴェルダロスは、腕からウィンを振り払うと同時に、空中にいるウィンへと回し蹴りを放った。

 空中に放り出された感じになったウィンは、凄まじい速度で迫るヴェルダロスの足へと左手を伸ばし、肘を曲げて衝撃を吸収。逆に推進力にして蹴りだされた方向へと勢い良く飛ぶ。


 と、同時に叫ぶ。


「レティ!」


「何!?」


 飛んで行くウィンの視線をヴェルダロスが追って、その方向へと顔を向ける。

 視線の先にはイリザの使っていた魔法――その数倍規模で膨れ上がった火球を頭上に浮かべたレティの姿があった。


「何だと!?」


 ヴェルダロスへと真っ直ぐに視線を向け、レティが手をヴェルダロスへと振り降ろした。

 強烈な熱気が大気を掻き回し、暴風と共に渦巻く豪火がヴェルダロスを包み込む。 

 そして轟音とともに天頂まで届くような爆炎を噴き上げた。


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