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翼人の里②

 ドンドンドンッ――


 激しく入り口の扉を叩かれて、ローラは寝床から起き上がった。

 扉を叩いていたのはローラが雇った冒険者の三人。

 十代後半くらいの青年と、十歳にも満たない男の子と女の子という三人パーティーだ。


「どうされたんです? あら、その子――」


 ウィンとレティの背後に隠れるようにして、立っている小さな女の子。

 ガタガタと震えている。

 ローラはすぐにこの女の子が盗んでいた犯人だと察したが、


「どうぞ、中に入って」


 家の中へと招き入れる。

 少女の背中に翼があるのを見て、一瞬目を見張った。

 子供たち三人を中に通したが、ポウラットだけは外に佇んだままだった。


「ローラさん。俺はすぐにギルドに走ります。そこでお願いしたいことが……」


 ポウラットはこれからギルドへと走る間に、少女をとりあえず落ち着かせてやる事と事情を聞き出せたらお願いできないかローラへと頼む。


「そうね。女の子から事情を聞くなら、私のほうがいいかもしれないわね」


「すいません。依頼主であるあなたにお願いするのは筋じゃないかもしれないのですが……」


「大丈夫、僕もしっかり聞いておくから」


「ああ、頼むぜ? ウィン。あ、それと……」


「街へ戻るなら、馬を貸してあげましょうか? 馬に乗れる?」


「それは助かります」


 ローラに馬を用意してもらうと、すぐにポウラットはシムルグへと向かって走りだした。

 その背を見送るとローラは家の中へと戻る。


「とりあえず、お湯を沸かすから身体を綺麗にしましょう? 女の子がそんなに汚くしていちゃダメよ」


 背中の翼を縮こませて、自分を見上げてくる少女へローラは優しく微笑んだ。







「すまねぇ! 誰かこれから討伐任務を受けられないか!?」


 帝都シムルグ冒険者ギルド東支部。

 深夜にもかかわらず、何人もの職員と冒険者たちがウロウロしていた。

 魔物は夜行性も多いので、冒険者ギルドはずっと営業を続けているのだ。

 飛び込むなり大声を上げたポウラットへ、中の人々の視線が集中する。


「どうかされたのですか?」


 ギルドの職員の一人が声をかけてきた。

 ルリアは交代したのだろう、姿はなかった。


「ゴブリンがいた。多分集落があると思う。遭遇して一匹殺してしまったので、できるだけ早めに討伐できるやつらを集めたい」


「ゴブリンぐらい、お前さんのパーティーでやったらどうだ? それとも一人なのか?」


「俺のパーティーは三人なんだよ。そのうち二人は子供で駆け出し!」


 飛んできた声にポウラットは叫び返す。

 ゴブリンは仲間の血の匂いに敏感だ。相当離れた場所であっても、嗅ぎつけてくる。

 翼人の集落で襲ってきたゴブリンを屠ったあと、ポウラットはレティに頼んで四人まとめて空を飛んで逃げ出した。

 いつまでもあの場にいれば、仲間の血の匂いでゴブリン共が集まってくるからだ。

 そしてもう一つ、ゴブリンの習性として厄介なのが敵討ちである。

 奴らは現場に残された匂いで人間が仲間を殺したことを知るはずだ。

 すると、復讐として近場の村や旅人を襲いかねない。

 ゴブリンに手を出した以上、早めに討伐する必要があった。


「仕方がねぇな。その場所まで案内してくれるなら、報酬次第では俺たちが引き受けてやってもいいが」


「本当か? 案内はする。依頼主と依頼内容、報酬に関してはギルドへの依頼書に書かれてあるはずだ」


 ポウラットは職員に、担当者がルリアであることを告げる。

 職員は頷くと一度カウンターの中へと戻って、中から冊子を取り出してきた。

 中から依頼書を出して、申し出てくれた四十半ばくらいの無精髭をはやした冒険者へと見せる。彼は、依頼書を見ながらポウラットからゴブリンとの遭遇した経緯を簡単に聞き出した。


「……なるほど。報酬に関しても問題なさそうだ。俺たちのパーティーで引き受けよう。」


「助かる。俺はポウラットだ」


「オールトだ、よろしく。仲間を紹介するからついてきてくれ」


 男はそう言うと、卓にポウラットを案内する。

 卓にいる男女が仲間なのだろう。

 落ち着いた雰囲気を醸し出していることから、オールトたちは相当熟練したパーティーのようだ。

 労せずして腕利きの冒険者たちと渡りをつけることができたことに、ポウラットは安堵の息を吐く。


「そっちの若い男がルイス。見ての通り、槍を使う」


「よろしくっす」


 少し灰色がかった長めの黒髪を後ろで一括りしている二十代後半くらいの若い男だった。

 卓に得物と思われる槍を立てかけ、ビールの入った陶盃を掲げて挨拶をしてくる。

 ところどころ凹みや傷の付いた鉄製の胸当てを身に着けており、シャツの下から覗いて見える腕の筋肉も盛り上がっていた。


「で、こっちがイリザ。驚け、魔導士だ」


「イリザよ、よろしくね」


「へぇ!」


 イリザと名乗った二十代半ばくらいの女性。ゆったりとしたローブを身に着け、濃い茶色の髪を方まで伸ばしている。

 武器を身に帯びておらず、イリザは魔法のみで戦闘する魔導士だった。


「魔導士がいるなら心強い!」


 イリザが差し出してきた手をポウラットは力強く握った。

 魔導士と名乗れる程の魔法の使い手は希少である。魔導士はどこのパーティーであっても引っ張りだこなのだ。

 魔導士が所属しているだけで、そのパーティーは一流であると呼んでも過言でないと言えるくらいに。


「それと、俺の得物はこれだ」


 ルイスの槍の側に立てかけてあった、分厚い刃の付いた片手斧と鉄の盾を指さすオールト。

 赤茶けた頭髪で髭面のこのオールトが、鉄製の盾を構え斧を振り上げている姿を想像する。

 出会った敵は彼を見ただけで蜘蛛の子を散らすように逃げ出すんじゃないか?  そう思えるほどに迫力がある。

 斧使い、槍使い、魔導士。

 なかなかバランスの取れたパーティーである。


「ポウラットだ。剣を使う。あんたらみたいな強そうなパーティーにゴブリン退治程度の仕事を受けてもらってすまない。感謝している」


「問題無いっす。それで、ポウラット君の仲間は?」


「俺の仲間は依頼主の家で待機しているんだ。子供二人だけど。まだ駆け出しなんだ」


 ポウラットは少し恥ずかしさを覚える。

 このいかにも冒険者パーティーという構成のオールトたちに対して、自分の仲間は子供が二人。

 冒険者と名乗るのもおこがましい、まるで自分たちが子供のお遊びをしているだけのように感じたのだ。


「ははは、なあに気にすること無い。下調べは駆け出しの頃には皆やった。そしてあんたらはきっちりと仕事をして、俺たちにつなげたんだ」


「誰もが最初からベテランなわけじゃない。誇りを持っていいわ」


「ああ、ありがとう」


「じゃあ、挨拶も終わったところで仕事の内容を確認したい」


 オールトがギルド職員から受け取った依頼書を卓の上に広げた。

 それをルイスとイリザの二人が覗き込む。


「ポウラット君が遭遇したゴブリンの討伐。恐らく集落があると思われるから、その討伐だな」


「ゴブリンロードもいるかもしれないっす」


「いるだろうな。まあ、俺たちの敵じゃない。現地まではポウラットのパーティーが案内してくれる。彼らはまだ駆け出しだから、主な戦闘は俺たちが行う。討伐に関しての報酬は俺たちが、下調べに関しての報酬はポウラットたちがもらう。それでいいか?」


「問題ない」


「なら、すぐに準備をして出発するぞ」








「すまん、待たせた! って、え!?」


 再び、ローラの家。

 討伐を引き受けてくれた冒険者を引き連れて戻って来たポウラットは、中へと飛び込むような勢いで入るなり絶句した。

 囲炉裏を囲んで子供たち三人は、昨夜の夕御飯の際に頂いたシチューの残りを食べていた。


 ウィンとレティ――そしてもう一人。


「……その子、あの翼人の子か?」


 ポウラットが街へと戻っている間に、湯浴みだけでなく髪まで整えてもらったらしい。

 炎に照らされて銀色に輝く髪、純白の翼。

 エルフ族の貴種、ハイエルフと並ぶ翼人種。神や精霊に近いと呼ばれる一族の血を引く少女は人形のように整った顔立ちをしていた。

 服はローラのものを借りたのか、大きめの服を着せてもらい余った袖は折られている。

 わざわざ背中の翼を外へと出すために、服の背中に穴まで開けてもらっていた。


「翼人なんて初めて見たわ」


 魔導士のイリザが思わず感動の声を漏らす。


「この子、ずいぶんとひどい目にあったみたい」


 ローラがポウラットに言った。

 シチューをがっついているその姿は、伝説になりかけている種族の姿ではなく、どこにでもいる普通の子供。

 

「まだ小さいのに……」


「話はできました?」


「ええ」


 翼人の少女の名前はイフェリーナといった。

 ある日、彼女の住む翼人の里は犬頭の人間とゴブリンたちに襲われた。

 寝静まっている夜半の出来事だったらしい。

 イフェリーナは両親に家の中に隠れていなさいと言われ、寝床の中で震えていたらしい。

 家の外で怒鳴り声や、大きな音が何度も響き渡り、やがて家に火が燃え移ったそうだ。そしてイフェリーナは恐怖で気を失ってしまったらしい。

 気が付くと、周囲は静けさに満ちていたそうだ。 

 イフェリーナは運良く家が全焼をまぬがれたおかげで生き延びることができた。

 

 だが、彼女を除いたそれ以外の翼人たちは――。

 

 ポウラットとオールトたちも黙ってシチューを食べている、翼人の少女へと目を向けた。

 イリザに至っては涙ぐんでいた。


「仇、取ってやろう」


 オールトの言葉に子供たちを除く全員が頷いた。

 







「犬頭の人間か……」


「人間というより妖魔ね。多分、イフェリーナにはまだ妖魔と人の区別はわかんないでしょうから」


 腕組みをするオールドの呟きを、イリザが訂正する。


 囲炉裏を囲んでウィン、レティ、ポウラットの三人と、オールト、ルイス、イリザの三人が車座となって座っている。

 ローラはイフェリーナを膝に抱えている。

 どうやら懐かれたらしい。

 

「犬頭の妖魔と言うとコボルト、それか獣人族くらいしか思い浮かばないっす」


 獣人は大陸のはるか南に勢力を持ち、大陸でも北方に位置するレムルシル帝国では滅多と見かけることはない。

 総じて屈強な身体つきをしており、見かけるとしたら冒険者か傭兵をしている者が多かった。


「いくらなんでも、獣人が妖魔と一緒に行動を共にしていると思えないわ。コボルトって線が強そうね……」


 コボルトはコブリンと同様に繁殖力の強い妖魔である。

 ゴブリンと同様に簡単な武器を振り回す程度の知恵を持つが、強さはあまり変わらない。

 

「あとは場所だが、どの辺りになるんだ?」


「そうだなぁ、徒歩で行くとどのくらいになるんだろう?」


「あれ? 一度行ったならわかるんじゃないっすか? あ、それとも周囲を探索しながらだったんすか?」


「いや……実は空を飛んで翼人の里まで行ったんです」


「「「は?」」」


 オールトたちが一斉に「何を言ってるんだ、お前?」という表情を浮かべたのを見て、ポウラットは、


(やっぱ、そうなるよな)


 自分の反応が正しかったのだと、安堵の溜息を吐いた。









「うほ! こいつはすげぇ!」


「これは楽しいっすね!」


「いや……いやいやいや、ありえないわ」


 オールトとルイスの二人が、楽しそうに周囲の景観を楽しんでいる一方で、魔導士であるイリザは頭を抱えていた。

 今、六人は半透明の光の膜に包まれて川の上空を、翼人の里を目指して飛んでいた。


「呪文の詠唱も無しに、それもこんな大人数。こんな……こんな、信じられない」


「どうしたんだよ、イリザ。この子、スゲーな。お前よりも凄いんじゃないか?」


「レベルが違いすぎるわよ!」


 呑気に笑いながら声をかけてきたオールトにイリザは叫んだ。


「この魔法の理不尽さがあなたにわかる!? 空を飛ぶ魔法ってとんでもなく難度の高い魔法なの! それを呪文の詠唱も無しに、飛べると思ったから飛んだなんて聞いたら、どんな宮廷魔導士でもひっくり返るわよ!」


「イリザさん、これってやっぱりそんなに凄いんですか?」


 理不尽さに怒りしかこみ上げてこないのか、興奮しているイリザにポウラットが恐る恐る聞く。


「魔法はね、イメージが大切なの。頭のなかで絵を描くと言ったらいいかしら。それもぼんやりとではなくて、かなり明確なイメージが。そのイメージを呪文で固定化し、効果を具現化させるんだけど、この子は呪文も無しに魔力を垂れ流しにして、無理矢理自分の意思を具現化させてる」


 イリザはこの大魔法を行使している小さな少女――レティを見た。


「つまり、簡単にいえば力づくで道理を捻じ曲げてるの! こんなの私たち普通の魔導士から見たら、理不尽以外の何物でもないわ!」


 魔力をレティという女の子は、直感的に操ることができる天性の才能を持っているようだ。 

 さらに誰が教えたのか、魔法に関しての基礎知識は知っているようだった。

 しかし、まだ足りない。圧倒的に魔法に関する知識は少ない。

 

 いま、イリザがレティから感じ取れている魔力の量――例えるなら、人を空に浮かべるのに必要な魔力がコップ一杯分だとしたら、レティはそのコップに桶で水を注ぎ込んでいるようなもの。

 それも、飛び続けている間中延々と。

 無尽蔵の魔力――まさしく垂れ流していると表現するのが相応しい。

 もしも、この子が魔法に関する知識を得れば――。


「まあ、ようするにこのお嬢ちゃんが凄いことは分かった」


「何者なんっすかね? この子……」


 四人の視線がレティへと集中する。

 どこか畏怖の念が込められた視線が集中していることも気が付かずに、ウィンとレティの二人は楽しそうに、時には笑い声を上げるのだった。



魔法の説明がわかりづらかったらすみません。


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