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翼人の里①

(おいおいおい、待て、ちょっ、待って、おいマジ飛んでる。やばいって!)


 ウィンと、レティ。そしてポウラットの三人は、月明かりに照らされながら、空を飛んでいた。


(お、落ちねえだろうな? これ、死ぬ、死ぬぞ? 落ちたら間違いなく死ぬぞ?)


 例えるならばシャボン玉だろうか。薄い、半透明の光の膜に三人は包まれていた。

 足下を見下ろせば、草原を横切るように流れている川が黒い帯のように見える。

 

「アハハ、凄いでしょ? お兄ちゃん!」


「凄い凄い、レティ!」


 みっともなく手足を振り回しているポウラットを尻目に、子供たち二人は楽しそうに笑い声を上げている。


「気付かれないように、追いかけるぞ。できるか、レティ?」


「うん」


 レティが頷くと、三人はさらなる上空へと昇る。


「んな、バカな……」


 ポウラットは呆然と呟く。

 魔法に詳しいわけではない。

 だが、今この状況が常識では考えられないことくらいはわかる。

 冒険者にも魔法が使える者はいる。

 没落した貴族の家の者や、戦争によって仕える主を失った騎士の家の者が冒険者となっている者も多いからだ。

 彼らの多くが魔法を使えるため、魔法書を読む機会のない平民であっても、火種を点ける魔法程度であれば、幾ばくかのお金を払えば教えてもらうことができた。

 だから、ポウラットも魔法を目にしたことはある。

 ポウラットが目に出来る程度の魔法であれば、決して大層な魔法ではないのだろうが、それでもこんなにも簡単に使いこなせるものなのだろうか。


「こ、これ、レティがやっているのか? レティって魔法が使えるのか!?」


「そういえば、レティはいつから飛べるようになったの?」


「うーん……さっき?」


 二人の問いに小首を傾げて答えるレティ。


「飛べるかなぁって思ったの」


「やっぱり、レティには魔法使いの才能があるよ!」


「ええ? レティ、お兄ちゃんと同じ騎士がいい!」


「ほ、本当に大丈夫なんだろうな? 落ちないよな? おい?」


「大丈夫、大丈夫!」


 ウィンは光の膜に両手をつけて下を覗きこんでいた。

 

(こいつも大概、大物だよなぁ)


 気がつけば、ポウラットは滝のような冷や汗を搔いていた。

 シャツがぐっしょりと濡れていて気持ちが悪い。

 ポウラットは目を閉じてこめかみを揉んだ。

 引きつった笑みを浮かべる。もはや笑いしか出てこない。

 笑っている内に、徐々に落ち着きを取り戻してくる。

 確かに足下が不安なことには変わりはないが、子供たちが落ち着いているのに自分一人だけ慌てているのがバカらしくなってきた。

 

「……とりあえず、見つからないように慎重にな」


 ジタバタしても始まらない。

 自力でどうにもできない上に、考えてみれば滅多にできない空中を飛ぶ体験をしているのだ。

 ならば、楽しんだほうが得ではないか。

 思考を変えて、周囲を見回す。


 月が、雲が、ずいぶんと近く感じられた。

 遠くに見える大量の光の点は帝都シムルグだろうか。

 シムルグから伸びている大河が、月明かりを反射してキラキラと輝いて見えた。 また外壁の大門から伸びている街道が、まるで白くて太い線を引いたように、草原を、森林を貫いて、どこまでも伸びているのが見て取れた。

 いつの間にか足下も黒々とした木々に変わっている。

 草原から森へと切り替わっていた。


(スゲーぜ。こういう体験ができるから、冒険者は止められねぇ!)


 ポウラットも冒険者である。

 こういう、未知の刺激を求め、憧れ、楽しむ素養は十分にあった。




 




 森の中。

 小さな泉を中心に、少し開けた場所があった。

 木を利用して作られた家屋だったと思われるものが数軒。ただし、家屋の多くは燃え落ちたのか、炭化した柱だけが残っている。

 畑は荒れ果て、森の植物が村を飲み込もうと侵食を始めていた。

 絵に描いたような廃村。

 不思議なことに、村からは外へと伸びる道が一本も存在していなかった。

 外部に続いているのは、泉から流れている小川が一本。ただそれだけだ。

 

 焼け残っていた家屋の一つ。

 焼け残り崩れかけた家屋の柱の隙間から、少女は畳んだ翼を柱に引っ掛けないように注意しながら中へと潜り込んだ

 辛うじて部屋と呼べる程度の広さの空間。

 明かりもなく薄暗い。

 ただ、崩れた壁の隙間から差し込んでいる月明かりだけが少女を照らしている。

 何日も着たきりなのだろう。髪も翼も埃でドロドロになりくすんだ灰色になっている。

 少女は部屋の隅でうずくまると、大事に胸に抱え込んでいたキャベツに齧りつく。

 人の里で盗んできた食べ物だった。


 少女がこの村で一人ぼっちになってから数ヶ月――最初は畑に残っていた作物を食べていたが、じきにそれも尽きてしまった。

 食べ物を探して森をさまよった。

 木の実、食べられる野草、キノコ。

 人よりもはるかに長い寿命を持つ彼女たちの種族は、成人すると他種族には年齢を計り知ることが難しいが、少女の年齢は外見通りの幼さだった。

 限られた知識で得ることが出来る食べ物には限界があった。

 川を下っていけば人間の街があることは大人たちから聞いて知っていた。

 外部と隔絶されている村ではあったが、外との交流が無いわけではない。

 彼女の村の大人たちは空を飛び、翼を隠して人の街と交流し様々な物資を手に入れていた。

 だから、川を下れば人間の街があり、そこには食べ物もあることを知っている。


 ある日、森の中でどうしても食べ物が見つからず、ついに少女は空腹に耐えかねて翼を羽ばたかせて、森の外へと出た。

 川沿いを下って行くと、大きな畑と鶏や豚、羊といった家畜を飼っている家があった。

 食べ物だ。

 羊や豚のような大きな動物は彼女にはどうしようもなかったが、鶏なら捕まえることができる。

 そして、野菜や玉子も。


 悪いことをしている自覚はあった。

 鶏小屋へと忍び足で近づき、恐る恐る玉子を2個手に取りポケットに突っ込む。

 畑には瓜が実っていたので、一個もぎ取り抱えて急いで帰った。

 玉子を生のまま啜り、瓜は地面に叩きつけて割って夢中で食べる。

 甘い味が口の中に広がる。

 涙がポロポロこぼれ落ちた。


 その日以来、少女は食べ物への欲求を抑えきれずに、その家に通うことが増えた。

 罪悪感から、時には森で採ってきた茸や木の実をその場に置いてきた。

 

 幼くても分かっていた。

 いつまでもこういう悪い事が見つからないはずがないと。

 だから――。


「みーつけた!」


 柱の隙間から、人間の男の子が顔を出してにっと笑っているのを見て、少女は齧っていたキャベツから口を離すと、ただポロポロと涙をこぼした。






「ひでぇな、これは」


 あの翼人の少女を追いかけて見つけた、翼人たちの隠れ里。

 明らかに何かに襲撃された痕跡。

 森の植物の侵食度合いからして、この里が滅んでまだ半年程度といったところだろう。

 作物は全て枯れてしまい、中には収穫もされずに腐り果てているものもある。


「みーつけた!」


 ポウラットが村の惨状を見まわっている内に、ウィンが少女を見つけたという叫び声が聞こえた。

 声が聞こえた方向、半ば崩れかけている家屋へと走って行くと、レティが立って柱の隙間を覗き込んでいる。


「この中か?」


 ポウラットの問いにレティが頷いた。

 柱の隙間は子供一人がようやく潜れる程度。


「おい、ウィン。中はどうなってる? 誰かいるのか?」


「女の子が一人だけ!」


「俺は中には入れそうもない。連れ出せるか?」


「大丈夫」


 崩れてしまいかねないので、下手に柱を除けたりしない方がいいだろうと判断してウィンが出てくるのを待つ。

 

「よっと」


 ウィンが柱の隙間から這い出してくる。

 

「ほら、大丈夫だから出ておいで」


 ウィンに続いて、少女が這い出してきた。

 服は木の枝にでも引っ掛けたのかボロボロで、ボサボサに伸びるままになった髪も、背中にある翼も埃や泥でドロドロになっている。

 貧民街の子供たちのほうがまだ小奇麗かもしれない。

 だが、そんな感想よりも――。


(おお、本当に翼人だ!)


 噂や物語でしか聞いたことがない本物の翼人の少女に、ポウラットは感動していた。

 エルフ族の貴種、ハイエルフと並ぶ高貴な種族。地方によっては神として崇められるほど、神秘的な一族。

 伝説にもなりかけている翼人の少女は、齧りかけのキャベツを大事そうに抱え、ウィンとレティの間に挟まれてポロポロと涙をこぼしている。


「大丈夫? どっか痛い?」


 同い年くらいのレティが少女の顔を覗き込み、頭を撫でていた。

 ポウラットは一つ溜息を吐く。

 さすがに、こんななりの幼い少女に、盗みの罪を問い詰める気にはなれなかった。

 むしろ、よくこんな状態で生き延びてこれたと思う。

 だが、これだけは聞いておかねばならない。


「なあ、何があったのか話せるか?」


 ポウラットが事情を聞こうと、少女へと近づく。

 しかし、少女は「ひっ……」と喉の奥で小さな悲鳴を上げて後ずさる。

 それを見てポウラットはガシガシと頭を掻いた。

 

「うーん……とりあえず、どっか落ち着ける場所で話そうか。レティ、ローラさんの家まで飛べるか?」


「うん、飛べると思う」


「じゃあ、詳しいことはそこで聞こう。この子の身なりも何とかしてあげたいし、それに――」


「何かいるよ!」


 ポウラットの言葉をウィンが遮った。

 腰の帯に結わえていた木剣を両手で構えている。

 言われてポウラットも気づいた。

 周囲にみなぎる、冷たい、どこか怖気を誘うような空気。

 廃屋を背にして後ろを取られないようにしながら、ウィンとポウラットが少女二人を庇うように前に出る。


(深入りしすぎたか!?)


 後悔と同時に、茂みが揺れて何かが飛び出してきた。


「あ、あ、あ、いやいや……」


 か細い悲鳴と、短く浅い息を繰り返しながら翼人の少女が頭を抱えてうずくまる。


「大丈夫だよ。お兄ちゃんがやっつけてくれるよ?」


 少女の頭を撫でながら、レティが彼女を励ましている。

 二人を背にして、ウィンが前に立った。


「ウィン、無理するな。こいつなら、俺一人でもなんとかなる」


 姿を現したのは人の子供より少し大きい程度の人影。肌は浅黒く、額に小さな角がある。

 簡素な衣服を身に付け、手にはサビの浮いた剣を持っていた。

 ゴブリンと呼ばれる妖魔である。

 繁殖力の強い妖魔であり、ゴブリンロードという王種を中心に群れで集落を作る。

 人里近くに集落を作ることが多く、また大繁殖をしやすいためもっとも人に被害を与えることが多い魔物だ。

 ただ、子供程度の体格が示す通り力もそれほど強くないため、冒険者を名乗るくらいの実力があれば、一対一であればまず負けることはない。

 ポウラット一人でも何とか倒せる。

 

「うおおおおおおお!」

 

 雄叫びを上げながら、ポウラットが剣を振り回す。

 ゴブリンは後ろに跳んで逃げた。

 ポウラットの攻撃範囲ぎりぎりのところで、ゴブリンは踏みとどまると、背後の子供たちとポウラットの様子を伺っている。

 

「おおおお!」


 ポウラットが剣を横薙ぎに振るう。

 ゴブリンはその攻撃をガキッ! っと剣で受け止めるが、ポウラットの力に押されたたらを踏んだ。

 駆け出しから一人前へとなりつつあるポウラットの剣技はまだまだ荒い。

 力任せに振り回していることが多い。しかし、ポウラットの強引な剣は少しずつゴブリンの体力を削り取っていく。

 妖魔といえども身体の作りは変わらない。

 やがてポウラットの剣先がゴブリンを捉え始めた。

 ゴブリンの血が飛び散り、徐々に動きが鈍くなっていく。


(よし、とどめだ!)


 追い詰めたと判断、必殺の一撃を繰りだそうとするポウラッド。


「うおおおおおおお!」


 気合とともに繰り出した剣先――が、空を切った。


「なに!?」


 ゴブリンは横に転がるように大きく跳躍。そして傷をものともせずにポウラットの背後に向かって走りだす。


「しまった!」


 気づけば、背にしていた廃屋からずいぶんと距離を取らされていた。

 ゴブリンに攻撃を繰り出しながら追っている内に、知らず知らずの内に離れてしまっていた。

 ゴブリンは最後の力を振り絞って一直線に走る。

 その先にいるのはレティと翼人の少女の二人。

 もっとも戦闘力の無さそうに見える、幼い女の子二人が目標だった。

 せめてもの悪あがき。

 だが、攻撃をかわされ体勢を崩してしまったポウラットが走りだすも、間に合わない。


「くそ!」


 ゴブリンが少女たちまであと数メートルというところで飛びかかる。

 サビた剣をふりかぶりうずくまる少女二人へと迫る。

 

 その瞬間――。


 ギャンッ!


 ゴブリンが悲鳴を上げて大きくのけぞった。

 少女たちの前に立っていたのは、、木剣を握りしめ、空中へと突き出した格好のウィン。

 ゴブリンが跳躍してレティと翼人の少女に斬りかかったと同時に、その横合いから、全力の突きをゴブリンの顎下に打ち込んだのだ。

 もんどりうって地面に叩きつけられるゴブリン。

 その無防備な腹を目掛けて、駆けつけたポウラットが剣を振り下ろした。



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