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 深夜をポウラットが、早朝をウィンとレティの二人でと、見張りの順番を決めた三人は、鶏糞の匂いを気にしながらも、畑の位置からは見えない鶏小屋の陰で隠れていた。


「来たか……」 


 毛布に包まって畑の方をずっと見張っていたポウラットは、音を立てないようにそっと隣で眠るウィンの身体を揺すった。


「おい、起きろ。お客さんがいらしたようだぜ。レティも起こしておけ」


 ポウラットと同様に毛布に包まり眠っていたウィンは、目を覚ますとレティをそっと起こす

 鶏小屋の陰から畑の方向を見ているポウラットの横から、ウィンも覗く。

 畑に確かに小さな人影が見える。

 犯人に張り込んでいるのがバレてしまってはマズイので、明かりを点けることはできない。

 幸いにも今夜は天気もよく、月が出ていたおかげで辛うじて人影だと認識できた。


(やはり貧民街の子供だったか……)


 人影の背丈から見るに、レティと同い年くらいではないだろうか。

 満足に食料を得ることができず、畑から野菜を盗んでいるのか。

 地面に四つん這いになって、ウィンの下から覗きこんでいるレティを一瞬見落として考えこむ。

 

(だけどなぁ……だとすると、どうして足跡が消えていたのかがわからないんだよな)


 






 眠ってしまったレティを小屋に置いてウィンの案内で畑にあったという足跡の場所へ向かった。


「でかしたぜ、ウィン」


 ポウラットが見ると確かに小さな足跡が残っていた。


「あっちに流れている川へ向かって続いてるんだ。辿ってみようかと思ったけど、僕一人で行かないほうがいいかなと思って」


「ああ、その判断は間違ってないぜ」


 河の流れている方向を指さすウィンを促し、二人で足跡を辿っていく。

 草原に出て少し進むと、わずかに丘陵となっていた。

 足跡はそこを越えて川の方に向かっている。


「シムルグとは逆方向だよね」


「そうだな……丘を見つからないようにぐるっと回って、川沿いに貧民街へ向かったのか。あるいは近くに村があって、そこのガキが盗みに来ているのかもな」


「村があるの?」


「街の周囲には村があちこちあるもんなんだよ」


 丘の――といっても、大した高さではない――頂きに立つと、川が見えた。

 橋がなければ渡れない程度には広い川幅で、水がゆるやかに流れていた。

 

「急に歩幅が広くなってる。ここから走ってるんだ」


 小さな足跡は一直線に川へと向かって続いていた。

 ウィンがその足跡を辿って走りだす。

 ああいうところは子供だなと思いながら、ポウラットもその後を追って歩き出した。


「あっ」


 不意にウィンが声を上げる。


「どうした?」


「足跡が無くなってるよ……」


 ウィンが立っている場所へ到着すると、確かに足跡が途絶えていた。

 川まであと数メートル手前というところでだ。

 

「どこにも足跡見つからないよ?」


「どういうことだ?」


 二人で火の点いた薪の明かりを頼りに、周辺を隈なく調べたがあらたなる手がかりを見つけることはできなかった。






(今飛び出して行って取り押さえることもできるが……)


 だが、どうやって姿を消したのかがわからなければ、迂闊に手を出すこともできない。

 ポウラットが聞いたことがないだけで、もしかしたらそういった能力を持った魔物が存在しているかもしれない。

 もっとも、野菜や玉子を盗む程度の魔物であれば、大した強さではないだろう。

 しかし取り逃がしてしまっては、討伐を引き継ぐはずの冒険者に情報を提供することもできない。


 情報は金になる。

 討伐に有益となる情報でもあれば、報酬が上乗せされるかもしれない。


「あいつがどこへ逃げたのか、後を追うぞ」


 ポウラットの言葉に、ウィンとレティが頷いた。

 小さな人影は、今日の収穫物を手に入れたようだ。ヨタヨタと畑の外へと向かって歩き出す。

 やはり丘陵を目指しているようだ。

 人影が中腹に差し掛かったくらいで、三人は身を潜めていた鶏小屋の陰から出てきた。

 気付かれないように、姿勢を低くして慎重に後を追う。

 

 畑に差し掛かった。

 どうやら小さな人影の今日の獲物はキャベツらしい。

 スープの具にも良く、塩と香辛料とで発酵させて保存食にもよく用いられる。

 キャベツが植えられていた場所には、大きな葉の上に、煎じれば良い傷薬となる苔が乗せられていた。

 

「丘を登り切ったら走りだすみたいだから、急ぐぞ」

 

 ヨタヨタとした足取りのおかげで、小さな人影の歩行速度はかなり遅かったが、丘の頂まではもう少しのところまで登っていた。

 やがて小さな人影が丘の頂へと辿り着く。

 影は一呼吸置くと、丘の向こう――川へと向かって走りだしたようだった。


「走れ!」

 

 ポウラットの鋭く小さな号令とともに、三人が走りだす。

 ウィンもレティも、早朝の走りこみの成果が出て、ともすればポウラットを追い越しかねない速度で走っている。

 すぐに丘の頂へと辿り着いた。


 そして――


「な、にぃ……」


 影の背中に生える一対の白い翼――月明かりに照らされて、真っ白い翼を力強く羽ばたかせて小さな人影が空へと浮かび上がっていた。


「……翼人。本で読んだことがある」


 ウィンがポツリと呟いた。

 山岳部や森林部に住んでいる人々。

 その最大の特徴は、背中に生えている一対の翼。それ以外はほぼ人間と同じ外見を持つ種族だ。

 

「なんだって、こんなところに……」

 

 翼人は強大な魔力を持っている種族であり、地方によっては人間から神のごとく崇められるほどの列強種族の一つでもあった。

 だが、太古の昔に魔族によって壊滅的なまでの被害を受けて、数を減らしてしまった。

 噂では翼人と交流を持つ村も存在すると聞いたことがあるが――。

 

「なるほど。走ってたのは丘を助走するのに利用していたんだな。しかし、足跡の謎が解けたのはいいがなぁ」


「追っかけるのは無理だよね……」


「冒険者ギルドで引き継ぐにしても、犯人は翼人でしたってか……信じてもらえるのか」


 諦めの混じった声音で話しながら、ウィンとポウラットは呆然として立ち尽くした。

 半ば伝説化してしまったような種族との遭遇――さらには空を飛ばれてしまっては、これ以上追いかけようがない。

 どうやら川上の森を目指して飛んで行っているらしい。

 走って追いかけようにも、すでに川の向こう側を飛んでおりそれも難しかった。


「飛ぶ前に捕まえればよかったか……」


「でも本で読んだら、翼人ってとっても強いらしいよ」


「……だてに神のように崇められていたわけじゃないってことか」


 人影は小さかったので、翼人とはいえ子供なのだろう。

 だが、子供を捕まえたら今度は大人の翼人が取り返そうとするかもしれない。


「どうしたの?」


 ウィンとポウラットの二人があーでもないこーでもないと、考えているのを見てレティが二人の顔を覗き込むようにしながら不思議そうに聞いた。


「お空を飛んでる人、追いかけないの?」


「追いかけようにも、空を飛ばれちゃあなぁ」


「やっぱり、張り込んで盗もうとしたところを捕まえるしかないよ」


「だけど、捕まえようとしても空を飛べるんだぜ?」


「罠を作るとか」


「うーん、でもそれで、怪我でもさせたらどうするんだ? やっぱり、ベテランの冒険者に頼むしかないかなぁ」


「ええ? 僕たちでも捕まえられるよ。ランディさんに話して明日もお休みもらってくるから」


「追いかけないの?」


 レティは再び同じ問いを二人にした。


「空飛んでるし、追いかけようにもこんなに暗かったら」


 どうするべきか頭を抱えているポウラットの代わりに、ウィンがレティの問いに答えた。

 川幅はかなりの広さだ。

 向こう岸に渡ろうにも、流れは緩やかだが水深がどの程度あるのかがわからない。

 走るにしても、この暗さでは足元が見えずに危なすぎる。


「だったら、飛んじゃえばいいんじゃないかな」


「え?」


 ウィンはレティの言っている意味が理解できずに聞き返した。

 ポウラットも視線をレティへと向ける。


「飛んじゃえばいいんだよ、お兄ちゃん」


 レティがもう一度言った。

 同時にウィンとポウラットは、頬を風が撫でていったように感じた。


 レティがウィンを見てにっこりとほほ笑みを浮かべる。

 ポウラットは思わず、その笑顔を見入ってしまう。


 ウィンが一人で下調べにいった際、見せることがなかった表情だ。

 人形のように端正な顔立ちのレティが微笑みを浮かべているその表情は、まるで名のある芸術家が描いた絵画で見られる精霊たちのように、儚げで幻想的な美しさを醸し出していた。

 

 天頂から三人を照らし続ける月光すらも、レティの下に収縮しているかのように感じられる。

 いや、実際に月明かりに照らされているレティの身体が輝いているように見えた。

 ポウラットが思わず目をこすりレティを見直そうとして――感じる浮遊感。


「「う、うわぁ!?」」


 三人の身体が夜空へと浮かび上がっていた。


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