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入学

 後半、ちょっと急ぎすぎかもしれません。

 なので、いつかもっと詳細な回想を差し込むかも。

 シムルグ騎士学校。


 帝都シムルグの南に位置したこの学校、かつては皇帝が住まう宮殿であったが、数代前の皇帝が東に新宮殿を作ったため、今は学校の校舎として利用されていた。

 何代にも渡っての増改築が行われた結果、その異様なまでの大きさは大陸でも有数の大きさを誇ることになり、この帝国においても現宮殿に続いて二番目の大きさであった。

 騎士学校としての教育機関だけでなく、内部には騎士団の詰所、宮廷魔術師たちの研究室も存在する。

 そして、彼らが教官として生徒たちを指導していた。


 ――ついにここまで来た。


 そびえ立つ、かつての王宮への城門を前にしてウィンは足を止めて目を細めた。


 戦時は固く閉められ難攻不落を誇り、平時は他国より訪れる使者たちへ帝国と皇帝の威光を示した城門も今は解放されており、馬車や多くの人々が出入りしている。


 入学式である今日は、出て行くよりも入っていく馬車のほうが多かった。

 多くの馬車に家紋が入っている。

 今日入学するために帝国中から集まった貴族の子弟たちだ。


 家紋こそないものの、それなりに立派なこしらえの馬車は、裕福な商家や地主の子供が乗ってきているのだろう。

 よくよく周囲を見回してみれば、お付きの人はおろか馬車にも乗らず、徒歩にて学校に向かって歩いている人間はウィン一人だけだ。


 ハンナから買い取った(譲り受けたのではなく、買い取った)、使い古されてところどころ綻びが目立つ肩がけカバンを担ぎ歩き出す。


 馬車は門の前までしか入ることが出来ないらしい。

 学校への入学資格は十歳から十六歳まで。

 馬車から降りた少年、少女たちはみな同じ方向へと歩いている。

 彼らもまた、使用人と思しき従者に荷物を担がせ、腰には家から持ってきたであろう、立派な剣を腰に携えていた。


 彼らの流れに乗って同じ方向を目指して歩いていくうちに、入学式が行われる大聖堂が見えてくる。その前には幾つかの天幕が張られており、数人の係官が次々と訪れる彼らを整理しようと必死になっていた。


 今日は日差しも強く、汗ばむような天気だった。


 待たされることに慣れていない貴族の子弟や、富裕層の子息たちが係官に詰め寄ったり、列から外れたりして混沌とした状況を招いている。

 そもそも、彼らの多くが荷物を自分で持たずに使用人に持たせているため、広場とは言えど既に人であふれかえっていた。

 

「きみきみ、使用人は一度別の広場のほうで待機してもらっていいか?」


 あまりの人の多さにまごついていたウィンに一人の中年の係官が声をかけてきた。


「あれ? 入学許可証を持っているのか」

 

 懐に大事に仕舞っていた一枚の書状を見せる。

 試験合格者に手渡されたこの許可証。

 これをもらったその日から、三日間は寝床に入ってもニヤニヤと眺めてしまい、寝不足となってしまったのは内緒だ。


「ええ、自分もこの春からここに通うことになりました」


「ああ、なるほど。主人の付き添いとして入学したんだな。で、主人はどこだい? もう手続きは済んだのかな?」


「いえ、自分は一人なんですけど。あと、手続きはまだ済んでいません」


 ウィンの言葉に軽く目を見張る係官。


「こいつは驚いたな。格好からして貴族や地主の子というわけでもなさそうだし、良く入ることができたな」


「ええ、まあ……」


 一応、古着屋で買ってきた新しい服に身を包んではいたものの、使い古された肩掛けカバン。

 この日のために古道具屋で前から目をつけていた中古の剣を腰に携えたウィンの姿は、いま広場に集まっている人々の中では浮いていた。

 使用人たちの中に混じっても、まったく違和感がないどころか、むしろ彼らの方がよっぽど小奇麗な格好をしている。


「ふーむ。ウィン・バード君か。ついてこい」


 係官は天幕の一つにへと歩いていくと、受付をしていた係官にウィンの入学許可証を渡し制服と鍵を受け取りウィンに渡す。


「制服と寮の鍵だ。大聖堂の横に更衣室がある。そこで制服に着替えてくるといい」


「助かります。ありがとうございます」


「あと、一人で来たのなら荷物や脱いだ服はここで預けることができる。着替えたら持って来い」


「わかりました」


 一礼し、言われたとおりウィンは大聖堂へと歩き出す。

 首が痛くなるほど高いその建物に入り、言われたとおり更衣室に使用されている部屋へとはいる。

 部屋といっても、その広さはホールと読んでも差し支えなかったが。


 部屋の中ではすでに着替えている者たちも多く、顔見知り同士なのだろう、いくつかのグループができており彼らは思い思いに談笑していた。

 部屋の隅、若干空いている場所を見つけてカバンを放り出し、制服へと着替えはじめた。


「おい、そこの平民」


 嘲るような口調で声をかけられ振り返ってみると、数人の少年たちが立っている。

 同い年くらいだろうか。

 それぞれが絹で作られた上等な服を身に付け、渡された新しい制服を持って立っている。


「誰の従者だ?」


「いえ、誰の従者でもありません」


「そうか、ならそこを空けろ。おれたちがそこで着替える」


 彼らの先頭に立つ少年が、ウィンを押しのける。


「邪魔だな」


 吐き捨て、置いてあったウィンのカバンと剣を足で押し退ける。


「何をする!」


 思わず、声を荒げ剣と荷物を拾い上げる。


「きさま!」「ジェイド様に向かって何て無礼な!」


 取り巻きの少年たちが激昂し、腰にそれぞれ携えている煌びやかな剣に手をかける。


 だが――


「まあ、おまえたち」


 手を上げて彼らを制したのはジェイドと呼ばれた少年だった。


「彼は平民だ。無学無教養な平民に高貴なる我々は、寛容な精神で接するべきだろう」


 そう言うと彼はウィンに向かって手を差し出した。


「すまなかったな。まさか君の持ち物だとは思わなかったのだ」


 ジェイドはウィンの手を握りにこやかに微笑みを浮かべる。

 顔は笑みを作っているが、その目は笑っておらず他者を見下すことに慣れた、傲慢さを宿していた。

 

「なぜ、こんなところにゴミが置いてあるのかと思ったよ。この伝統あるシムルグ騎士学校は、貴様のような平民がいていい場所ではない。身の程を知れ」


 小声で言い放つと、ウィンの手を離すと絹のハンカチで手を拭き着替え始める。


 唇を噛み締め、改めて開けた場所を探すウィン。

 今の侯爵とのやり取りを見ていた周囲の者たちは、隅っこを見つけて着替えを再開したウィンへ今度は関わってくることがなかった。


「さすがクライフドルフ将軍閣下のご子息だ。平民にも謝るとは」「侯爵家の御嫡男ジェイド・ヴァン・クライフドル様。我らとは器が違うのだ」


 最後にジェイドが呟いた小声は、どうやら周囲に聞こえなかったようだ。

 表面上はウィンに謝罪し友好的に握手を求めたように見える。

 

 結果的にはウィンが場所を確保することに繋がった訳だが、さすがの彼であっても悔しさを感じずにはいられなかった。







「よう、災難だったな」


 入学式を終え今日はもう特に予定もなく寮へと戻る新入生に混じり歩いていると、後ろから肩を叩かれた。

 赤い髪を短く刈り込みツンツンに立たせた少年が立っていた。


「おれはロック。ロック・マリーンという名前だ。よろしく」


「ウィン・バードだ」


「やっぱりおまえだったか」


 やっぱりとはどういうことだ? 


「寮の同室者、聞いたことがない名前だったからな」


「え? てことは新入生全員と知り合いなのか?」


「さすがに全員ってことはないけどな」


 ロックは笑うと、ウィンの横に並んで歩き出す。


「おれの実家は商家で、そこそこ成功している方なんだ。だから、ある程度はパーティーに顔を出しているし、大体の顔触れはわかる。まあ、騎士の子供とかってなると知らない奴も出てくるが。で、寮の部屋割りを見たら見たことがない名前がある。そして、見たことのないお前がいた。だから声を掛けてみたのさ」


「なるほど」


「さっきお前に絡んでた奴は、クライフドルフ将軍閣下の息子だ。候爵位を持つ、立派な門閥貴族ってやつだ。取り巻きどもは、その一門の子息だろうな。おまえも騎士を目指すんだろ? だったら、ああいった奴らの不興を買わないように気をつけろ」


「ありがとう、そうするよ」


 だが、ロックの警告は無駄に終わってしまう。始めて行われた模擬戦闘授業において――









「くそ……くそ!」

 

 今日から始まった訓練用の騎士剣を使用した模擬戦の授業。

 ジェイドは剣を握り締め、目の前に悠然と立つウィンを睨みつけた。


 こんなみすぼらしい平民(ウィン)に、将軍の息子であり高貴なる侯爵家の血を引く自分が負けるはずがない!

 

 歴史や戦史、数学などの座学においても、魔法においても目の前の平民(ウィン)の成績は決してかんばしい物ではない。

 家庭教師からそれぞれの家で学んできた他の生徒たちとは違い、ウィンはレティの持ってきた本による独学である。

 どうしても基礎学力において他の生徒たちから遅れを取ってしまっていた。

 さらには魔力もまた少ない。

 貴族たちは有力な血筋との婚姻を重ねることによって、平民より強い魔力を持つ。

 地主や商家の子息たちも魔力においては貴族に劣ってしまう。

 だが、そのなかでも目の前の平民(ウィン)は、さらに少ない魔力だった。

 

 だから劣等生である彼を徹底的に痛めつけてやろうと思い、彼に声を掛けた。

 騎士剣に魔力を流し、威力と切れ味を強化。

 伝統あるこのシムルグ騎士学校の目障りなゴミを叩きのめし、身の程を知らせてやろうと思ったのだ。


 ところが――


 キン! 


 一瞬で間合いを詰めて来たウィンによって剣を叩き落とされてしまう。

 慌てて拾い直し、油断しすぎたかと思い構えるが、再び剣を合わせると叩き落とされてしまった。


 惨敗である。


 しかも、他の生徒たちが見ている前でだ。

 結局、教官が授業の終了を告げるまでの間に、ジェイドは九回も剣を叩き落とされることになった。


 ――おのれ、おのれ、おのれ! ゴミ虫の分際で!


 取り巻きたちが近づけないほどの怒りの形相を浮かべ、授業で使用した訓練用騎士剣を片付けている平民(ウィン)の背中を睨みつける。


 ――絶対に許さん!


 ジェイドの目には暗い憎悪の光がある。


 ――この俺様をコケにしやがって。ただで済むと思うなよ!


 








 そして――

 一年の最後に行われる准騎士選抜試験。

 この選抜試験に勝利、もしくは優れた戦闘技術を披露できれば騎士候補生から准騎士の身分が与えられる。

 学生ではあるが、就学中に任務に就くことができるようになるのだ。

 逆にここで落とされてしまうと、また来年も一年生として出直しとなってしまう。


 

「勝者! ―――――!!」



 試合に勝った対戦相手の歓喜の声を聞きながら、ウィンは目を閉じた。


 今年から試験が変更され、離れた距離から魔法による遠距離戦を行ったあと、接近して剣による模擬戦となった。

 そしてウィンの対戦相手は、魔法――それも攻撃魔法が得意な生徒となった。


 魔力の少ないウィンが使える攻撃魔法は少ない。

 そして、相手の攻撃魔法の威力はウィンの攻撃魔法の比ではなく、彼が張った障壁もあっさりと破られてしまい、ウィンの一年目の試験は終わってしまった。


 大の字に倒れて荒い息を吐いているウィンを、離れた見物席からジェイドが暗い笑みを浮かべて見つめている。

 自分に恥をかかせたウィンへの復讐はまだこれからだった。


 次回でようやくレティとの再会のシーンのはず。

 

 騎士学校はプラハ城をイメージしています(うまく描写できなくて、申し訳ない)。

 

 

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[一言] ごみ虫に手も足も出せず無様に惨敗する奴は一体何なんだろうと真剣に考えてしまった。
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