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お仕事開始

「大声出してごめんなさいねぇ」


 二十代後半くらいだろうか――ローラと名乗った依頼主の女性は、ポウラットを人さらいと間違えたことをあやまりながら、三人を小屋の中へと招き入れてくれた。

 ローラの足元には茶色い毛並みの牧羊犬が、耳をピンっと立ててジッと三人を見つめていた。

 だが、三人が主であるローラに招かれて小屋の中に入ってくると、チロチロと炎を上げている囲炉裏の側へと歩いて行き丸くなった。


 ちょうど、夕食時ということもあってローラは夕食を作っていた。

 鶏の肉と畑で採れたという野菜を入れたシチューだった。

 炉端に掛けられた鍋はグツグツと煮込まれ、香草の香りが食欲を誘う。

 出会い頭にローラの絶叫に驚いて、怯えたようにウィンの背後へと隠れていたレティも、視線が鍋へと釘付けになっていた。


「どうせ見張りは夜にしてもらうんだし、一緒に食べる? 夕御飯まだよね?」


「えっ? でもいいのかな? 僕たち、ちゃんと食べ物を持ってきてるよ?」


「遠慮しないの。いっぱい作りすぎちゃったし、おばさん一人じゃ食べきれないわ」


「ウィン、お言葉に甘えて頂こうぜ」


 ウィンのお腹も、しきりに空腹を訴えていた。

 保存食である干し肉に硬いパンと、鶏肉と野菜がたっぷりと入っているシチューとでは勝負にもならない。

 炉辺の近くに座り込んだウィンとレティは小さな木の器によそってもらい、木の匙で食べ始める。

 

「熱いから気をつけてね」


「うん!」

 

 ふぅふぅと息を吹きかけて、熱いシチューを食べるとお腹から温まる。


「うう~……熱い」


「レティ、ちょっと待って。冷ましてから食べような」

 

 しばし、ウィンとレティの二人は黙って食べることに集中する。


「いや、食事まで頂いてすみません」


「いいのよ、うちにも同じくらいの歳の子がいたの。育ち盛りの子供がいたから、ついついたくさん作りすぎちゃうのよね」


 ウィンの空いた器にシチューのお代わりをよそいながら笑うローラの顔を見つつ、ポウラットはシチューをすくった。

 鶏肉がゴロゴロ入っていて旨い。

 ワインかビールがあれば最高だろうなと思う。


「そっちのとても綺麗なお嬢ちゃんの口にあって良かったわ。着ている服もいいものだし、口にあわないかと思ったけど」


「いえ、とても美味しいですよ」


 いつも食べている、パンの粉を入れて嵩を増したポタージュに比べると、格段にご馳走である。


(ウィンはともかく、意外にレティも食い意地が張ってるな)


 良いとこのお嬢様だろうに、庶民の食事だろうとまるで関係なく一生懸命に食べている。

 

「あまり口に詰め込みすぎちゃダメだよ」


 口の中いっぱいに詰め込もうとするレティを注意しながら、ウィンは小屋の中を見回した。

 ローラ以外の住人は、彼女から貰った肉の塊に齧りついている牧羊犬しか見られない。


「そういえば、ここにはおばさん一人なんですか?」


 ウィンの問いにローラは一瞬沈黙し、目を伏せた。


「主人と子供が生きていた頃は、家族でここに住んでいたんだけどね……今は、帝都で暮らしているわ」


 ローラの家はシムルグの街の中にあり、家族はローラの両親と三人だけで、亭主と子供を去年に病で亡くしたということだった。

 

「主人が残した畑と家畜たちを守るために、両親と私とで交代でこの小屋に泊まりこんで世話しているのよ」


 亡くなった亭主と子供のことを思い出したのか、どこかしんみりとした表情を浮かべている。

 ゴホンっと、ポウラットは場の空気を換えるため咳払いを一つした。


「ええっと、それで、被害はどのくらい出てるのですか?」


「鶏が数羽と玉子、それに野菜といったところかしら」


「牛とか羊には被害が出ていないのですか?」


「それが全く」


「なるほど」


(となると狼や魔獣の仕業じゃ無さそうだ。これは鼬か狐の仕業の可能性が高い気がするが、妖魔の可能性もあるか)


「何か物音とか、獣の声とかはしなかったんですか?」


 ウィンも食べる手を止めて、ローラに聞いた。


「特に何も――あっ!」


 二人の質問にウンウンと唸っていたローラが、目を大きく見開いた。


「そういえば、いつの間にか鶏小屋の前にキノコや香草が置かれてることがあるんです」


「「はい!?」」


 思わず、ポウラットとウィンは顔を見合わせた。

 

「それは被害のあった夜です?」


「ええ、本当にたまになんですけど。鶏とか玉子を盗られた時に置かれてることが多いです」


「実は今日のシチューにも、置いて行かれた香草とキノコが使ってあるんですよ」と、どこかのほほんとした顔で言うローラ。

 そのローラとは対照的に、ポウラットは考えこむ。


(人間の仕業か?)


 物が置かれているとなると、獣でも魔物でもない。

 だが知恵を持つ者の仕業であることは間違いない。


「この周辺に住んでいる人で、俺たち冒険者が今日訪れていることを知っている人はいらっしゃいますか?」


「うちの両親くらいしか知らないかと」

 

(もしも近隣の住民や、貧民街の連中が犯人だったら、俺がここにいることはバレないほうがいいな)


「ウィン。食べ終わったら、鳥小屋周辺をちょっと調べてみてくれないか?」


「わかった」


「えぇ!? レティもお兄ちゃんと一緒に行くぅ」


 器の中に残っていたシチューをかきこむように食べると、ウィンは勢い良く立ち上がる。

 それを見て、レティもまた立ち上がろうとしたが――。


「レティ、ちゃんと残さず食べないとローラさんに失礼だよ」


 ウィンが注意する。


「でも……」


「とりあえず、レティはここでお留守番だ」


 ウィンはともかく、万が一にも貧民街の人間が犯人だったりしたら――。

 頬を膨らませて不満の意思を示すレティと、その彼女を説き伏せているウィンを見比べる。

 こんな上等な服を着ている、どこぞのお金持ちのお嬢様にしか見えないレティは、確実に人さらいの対象になるだろう。


(万が一、ここで攫われてみろよ……俺まで縛り首になるじゃないか)

 

「レティも冒険者なのに!」


「そういえば、この子も冒険者なんですね」


 ウィンが小屋を出て行った後、レティが俯いて泣きそうな声で呟いているのを聞き、ローラがどこか感心したような声を出した。


「ええ。ちびっこいですけど、こう見えて獣を追っ払えるくらいには腕が立つことは確かです」

 

(実際のとこ、このガキどもの剣の打ち合いはガチでヤバイからなあ)


 子供が騎士ごっこと称して、木の棒を打ち合って遊んでいるのとはまるで違う。

 木剣での打ち合いは、大人でも数回打ち込むだけでも息切れがしてしまう。

 だがこの子供たちは、傍から見ていると二人で剣舞を踊っているかのように、立ち場所をクルクルと入れ替わりながら高速で剣を打ち合い続ける。


 冒険者ギルドも、理由なしに仕事を斡旋しているわけではないのだ。


「死んだあの子も生きていれば、ちょうどレティちゃんと同じ年なのね……」


 ローラがポツリと漏らした呟きに、ポウラットはレティの方を振り向き、


「レティ?」


「どうしたの?」


 二人はレティの異変に気がついた。




 晩御飯を食べている内に日も落ちて、周囲は暗くなっていた。

 ウィンは囲炉裏から燃えている薪を一本拝借すると、松明代わりに使用して鶏小屋の周辺を歩く。

 明かりを持って近づいたので、丸くなって寝ていた鶏小屋の鶏たちが起きだしてゴソゴソしていた。

 

(うーん、何もないなぁ)


 しばらく周辺の地面を見て回るが手がかりになりそうなものは見つけられない。

 

(畑のほうが地面も柔らかいし、足跡が残ってるかも……)


 作物が植えられている畑の周辺をつぶさに見て回る。

 

「あった!」


 細長く土を盛り上げられている畝には、幾つもの足跡が残っていた。

 複数人の足跡があったが、これは恐らくローラのものか両親のものだろう。

 その足跡に混じって明らかに子供のものと思われる小さな足跡があった。

 ローラの子供は二年も前に亡くなったという。となると、犯人のものの可能性が高かった。


 足跡を追っていくと、やはり小屋のある方角ではなく、畑の外に広がっている草原へと続いていた。

 その方角の先には、川が流れている。

 シムルグの街には北東から南西に向けて大河が流れており、その大河へと流れ込んでいる支流の一つだ。

 川上には日が落ちて墨で塗りつぶしたように暗い森が、こんもりと茂っているのが見える。

 

(一人で行くのはダメだよね)


 畑の外、川の方角へと足跡が向かっているのだけを確認してウィンは小屋へと駆け戻った。


「ポウラットさん!」


 小屋の戸を思いっきり開き、中へと飛び込む。

 途端、ポウラットとローラの二人から「「シーッ!」」と静かにしろと手振りで示された。

 見ると、レティが小屋の隅っこの方で小さな身体をユラユラとさせていた。

 ウィンは頷くと物音を立てないように、ポウラットへと歩み寄り声を潜めて話しかける。


「レティ、眠っちゃった?」


「ああ、さっきまで起きてたけどな。というか、いつもあんな感じなのか?」


「どうかしたの?」


 どことなく、ポウラットの態度に変な感じを受けてウィンは聞いた。


「いや、お前が出て行った後に様子がおかしくてなってな――」


 ウィンが出て行った後、レティは感情が抜け落ちてしまったかのように無表情になってしまったという。

 

 ――まるで人形のように。


 部屋の隅へと行き座り込むと、ポウラットやローラが幾ら話しかけても返事もしない。

 二人が困惑していると、やがて食事を摂った事による満腹感で睡魔が襲ってきたのか、レティはうつらうつらと船を漕ぎだした。

 そこへウィンが帰ってきたらしい。


「俺も、ローラさんもびっくりしたぜ。レティの家ってどんな家なんだ?」


「うーん、僕といるときはそんな感じになったこと無いし、家のことは知らない」


「ふーん……良いとこのお嬢様って感じなのに、こんな時間に家に帰らなくても騒ぎになってないんだ。あまり家で良い扱いを受けていないのか……」


(もしかしたら、妾腹の子供なのかもしれない……)


「それよりもおかしな足跡を見つけた。畑の外、小屋とは反対側に続いてたよ」


「でかしたぜ、ウィン」


「レティはどうしよう?」


「今夜は見張りをしないといけないからな、今のうちに寝かしておこう」


 ポウラットがローラへ振り向く。


「ええ、大丈夫。それにしても、この子に何があったのかしらね。私にはまるで何かに怯えているかのように見えたわ……」


 いつの間にか、レティは床で丸くなっていた。

 そのレティの隣で、牧羊犬も丸くなっている。

 本格的に眠り込んでしまったレティのために、ローラが毛布を持ってきてくれた。

 ウィンはローラから毛布を受け取ると、そっとレティへと掛けてやる。

 床で丸くなった際に乱れてしまったレティの柔らかい金色の髪を少し整えてやった。

   

「ウィン君がいなくなって、レティちゃん心細くなっちゃたのかな? ウィン君がちゃんと守ってあげないとね」


 ローラの言葉にウィンは大きく頷くと、小屋の入り口で待つポウラットへと駆け寄った。


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