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新たなる動き(仮)

サブタイトルが思いつきませんでした(爆)。

「申し訳ございません。閣下」


 帝国騎士団の本隊。

 その一角に設営された幕屋にて執務をしていたジェイド・ヴァン・クライフドルフは、背後から掛けられた聞き覚えのある声と気配に顔を上げた。

 声の主はクライフドルフ侯爵家の腹心である初老の騎士のもの。現在は内密に任務を帯びて、行動しているはずだった。


「クラウスか。何かあったのか?」


 すでに夜も更け始めている。 

 夜襲を防ぐためと明日からの行軍の用意もあって、いま陣内では夜番に割り当てられた騎士たちと兵士たちが忙しく往来している。

 初老の騎士――クラウスが誰かに見とがめられる危険が増すが、それを承知の上で別任務を指揮している彼がここに来ている以上、何か問題があったのだろう。


「申し訳ございません。閣下よりお預かりした騎士、全て失う醜態を犯してしまいました」


 クラウスの謝罪を聞き、ジェイドの顔が一瞬険しいものとなる。


「何があった?」


「勇者メイヴィスの邪魔が入りました。またエルステッド伯の騎士団が邪魔を。捕虜も出てしまうという事態に」


「失態だな」


「申し訳ございません。処罰はいかようにも」


「次で返せ。勇者の姿は確認をしたのか?」


「は」


「ならば十分だ。殺された騎士たちから素性が漏れることは?」


「身元が割れるようなものはございません」


「捕らえられた者たちを消せ。それと、こちらの素性が割れそうな者の口を直ちに封じておけ。手段は問わん」


 クラウスの気配が融け込むように消える。

 ジェイドは読んでいた書類を執務机の上に放り投げた。


(勇者メイヴィスはアルフレッド皇太子との見合いの為、皇族の別荘に行くという話だったが、ここでその名が出てくると言うことは、エルステッド伯爵は皇太子と繋がりがあるということだ)

 

 クライフドルフの派閥の中から、失ってもさしたる影響がない、フェイル千騎長と数人の幕僚を指揮官とした先遣隊五百騎。

 騎士たちの多くがクライフドルフの息がかかっていない者で構成されていた。

 派閥の中で影の薄かったフェイルは、指揮官として任命されると、張り切ってジェイドたちの思うように動いてくれた。

 偽情報によって誘導されていることを疑いもせず、偶然にも演習を行っていたペテルシア軍三千騎へと突撃を行った。

 当然のことながら、六倍の戦力差である。

 奮戦むなしく、先遣隊は本隊の到着を待たずして壊滅してしまった。

 かろうじてフェイル千騎長は戦線を離脱したが、本隊に合流したところを拘束した。

 フェイル千騎長には、後にこの不幸な敗戦の責任を取ってもらう予定である。


(ロイズ・ヴァン・エルステッド伯爵とケルヴィン・ワーナーか)

 

 両名ともに故ザウナス将軍の幕僚だった者たちだ。

 ジェイドの父であるウェルト・ヴァン・クライフドルフ侯爵が、軍内部での勢力を強める際、ザウナスから引き離した。

 魔王軍との戦いで多大な功績を挙げ千騎長の地位であった二人を、帝都で名ばかりの役職を与え実権を握らせず、飼い殺しの状態にしていたが、例のクーデターの際に十騎長にまで降格。

 さらに今回の先遣隊に着任させ消すつもりだった。


(まさか、十騎長の降格を利用するとは)


 アルフレッド皇太子とも、帝都で内勤に就いているうちに政治力を駆使して伝手を作ったのだろう。

 あのウィン・バードが部下となったのも偶然とは考えにくい。

 戦いに巻き込まれる前に、平民を後方へと護送するという大義名分を得て後退している為、敵前逃亡の責は問えない。

 勝手に自領の騎士を動かしたという事実はあるが、元々諸侯の一人であり自領の危機回避の為であると強弁されれば罪は問えず、またエルステッド騎士団が牽制しているおかげで、ペテルシア軍は先遣隊五百騎を討ち取った勢いのまま進行することが出来なかったとも言える。


(父上に動いていただく必要があるな)


 伯爵領へと封じて動かれては面倒だと帝都中央で飼い殺しにしていたのが、今では逆に中央に置くほうが危険な人物となりつつある。

 ジェイドはペンを取ると、帝都の騎士団本部にいる父へと向けて手紙をしたため始めた。


 冒険者の一報から端を生したこの事件。

 盗賊に扮したペテルシア王国による侵攻であると主張するレムルシル帝国に対し、ペテルシア王国側はそのような事実はなく、軍事演習中の部隊に対する帝国側の奇襲及び、挑戦であると抗議を返した。

 双方真相を知る者は口を閉ざし、レムルシル帝国とペテルシア王国の国境線近くはにわかに緊張が高まっていく。





 ドリア村での戦闘から数日後。

 トルクの村で唯一の生き残りとなってしまった少女セリの護衛も兼ねて、ウィンたちは村を訪れていた。

 トルク村は荒れ果てた状態だった。

 いくつもの建物が焼け落ちていた。

 無事な建物はほとんど残っていない。

 そこかしこに放置された屍が転がっている。

 腐臭が漂っていた。

 野犬やネズミ、それに魔物に食い散らかされ原型を留めていない遺体。

比較的まともな遺体でも、虫が湧いて肉が溶け骨までも見えているものもあった。

 セリはトルク村へ一歩入るとその変わり果てた村の惨状に目を見開き、その場で崩れ落ちた。

 うずくまったままえずくセリ。

 リーノがセリを支えながら、風通しの良い木陰へと連れて行った。

 ウィンとロック、ウェッジの三人は近くのネストの街から呼び寄せた兵士たちに指示し、遺体を一か所へと回収していった。

 セリの証言からネストとトルク村を結ぶ街道沿いも捜索する。

 遺体をそのままにしておくと、疫病が流行る原因となりかねないからだ。


「リッグスさん……」


 遺体の中からウィンは、顔見知りの人物を見つけてしまった。

 ウィンが冒険者となった時、いろいろと面倒を見てくれた恩人である。

 ウィンは黙って冷たくなったリッグスの身体を担ぎ上げる。

 知らず、涙が溢れて来る。

 ふと気が付くと、セリも兵士たちが遺体を集める作業を手伝っていた。ウィン以上に悲しみが強いであろうに、気丈にも歯を食いしばりながら。

 そのセリを支えるようにリーノが付いていた。


 兵士たちは遺体を一か所に集めると、焼け残った村の建物の材木などを集めて火を放つ。

 本来であれば一体ずつ埋葬して弔ってやりたいところである。

 しかし、管理する者のいない墓地に遺体をそのまま埋葬すると、野犬が掘り返したり、この地に漂う怨念や瘴気によって遺体が不死の魔物となり兼ねない。

 赤々と燃え上がる炎が、村人の安息を祈る一心に祈り続けるセリの顔を照らし続ける。

 夜空へ舞い上がる火の粉が、まるで天に昇って行く魂のようだとウィンは思った。





「さて、これからどうするかだよな」


 ドリアの村人たちの埋葬を終え、ウィンたちは帝都シムルグへと戻って来ていた。


「誰か、身を寄せられる人はいないの?」

 

 リーノの言葉に、セリは小さく首を横に振る。


「母はトルクの村から外へと出たことが無い人でした。父はエルフですから、きっと血のつながっている人がいるとは思いますけど……」


 セリは耳を隠している頭の薄布に手を当てて、困ったような微笑みを浮かべる。


「そう……ね。ハーフエルフだもんね」

 

 リーノが頷く。

 エルフ族は自身の血に他種族の血が混じるのを極端に嫌った。

 長い寿命を持っている彼らは、命短し他種族を見下す傾向にある。

 恐らく人の血が混じったセリを受け入れることは無いだろう。

 エルフの里でのセリの扱いを見たウィンとロックには良く分かる。

 

「だから、帝都でどこか働くところを見つけようと思っています」


「だけど、今の帝都の情勢はマズいぜ? 帝国とペテルシアの国境付近が不穏なことになってるから、そっち方面の連中が避難民になって帝都や、クレナドなんかに流れ込んでるらしい」


 商家の息子であるロックはその手の事情に明るい

 街の城壁の外は避難民で溢れかえっていた。

 粗末な小屋が幾つも作られ、貧民街が拡大している。

 治安も急速に悪化しつつあり、帝都の衛兵や宮廷騎士団はその対応に追われつつあった。

 避難民の全てが街の中へと入れなかったわけではなく、正当な市民税を払って新生活を送ろうとしている者たちもいた。

 そんな彼らも生きていくためには仕事が必要であるが、急速な人口の増加によって人手は余りつつあった。

 それでも若くて頑健な肉体を持った若者であれば、兵士として志願する道もあったが、若い娘となると仕事が限られてくる。

 それもハーフエルフであれば尚更である。

 セリはトルクの村を整理した際、持ちだしていた換金できる品物で市民税を払い、帝都の中へと入ることが出来た。

 市民税を払ってもお金がわずかに手元へ残っていたので、そのお金で当面を凌ぎながら仕事を探すつもりだった。


「そうだ、セリさんさえ良ければ、いいところがあるよ」


 ウィンがセリへと紹介したのは、自分が世話になっている『渡り鳥の宿木亭』。


「え? ……良いところかな?」


 ロックが首をかしげる。

 ウィンが働いている姿を見ていたが、給金も安い上に仕事も多く、ロックには決して良い職場には思えなかった。


「確かに給金は安いけど、食事は賄い付きだと思えば、そんなに悪くないかなって」


「でも、ウィン。お前はどうするんだ? セリさんがここで働くことになったら、お前の仕事がなくなるんじゃないか?」


「これから戦争になりそうかって話だし、宿で仕事をしている暇もなくなると思う。そうしたら、宿も人手不足となって働き手を探す必要があるわけだし、だったら最初からセリさんを紹介しておけば、俺もセリさんも得じゃない?」


「私はどんな仕事でも構いません」


 結局セリのその一言が決め手となって、ウィンたちは『渡り鳥の宿木亭』へと赴いた。

 丁度昼時の忙しい時間が終わったばかりで、まだ完全に客が引いたわけではないが、マークが一人でも注文に対応できるということで、ランデルとハンナが話を聞いてくれた。

 ウィンとロックの二人がセリの事情を説明していく。


 村が賊に襲われ彼女を一人残して全滅してしまったこと。

 身寄りもなく、またハーフエルフという事情も手伝って、仕方なく帝都へと出て来た。そしていま住むところと仕事を探していること。

 ペテルシア王国との緊張が高まったせいで、ウィンは当面騎士団の任務が優先されるようになるため、宿の仕事を続けることが難しいということ。


「なるほど。で、君は何が出来る?」


 話を聞き終えると、ランデルはセリに問いかけた。


「炊事洗濯、掃除などは大丈夫かと思います。あと、字も読めますし計算もできます。それと魔法も少しなら……」


「魔法はいらん。だが、字が読めるのはいいね」


「そうだねぇ。ウィンがいなくなるって言うのなら、どのみち人を雇わなければならないし。字が読めるなら願ったりかなったりじゃない。あたしは反対しないよ」


 冒険者や行商人といった旅人を相手にする商売である。

 ハーフエルフという種族に関しては、ランデルとハンナの二人は偏見を持つことは無い。

 話はトントン拍子に決まり、明日から仕事をしてもらうということになった。





「ここ、狭くていろんな物が置いてあったりするけど、好きにしちゃっていいから」


『渡り鳥の宿木』亭の裏庭にある小さな物置小屋。

 両親を亡くしてこの宿に引き取られた後、ウィンが長年暮らし続けてきた思い入れのある場所。

 騎士学校の寮に住んでいるウィンは、セリにそこへ住んでもらうことにした。

 ウィンに続いておっかなびっくりセリが小屋の中へと入ると、中を見回す。

 

「ボロボロだから、少し補修した方がいいかもしれないけど。こんな狭いとこでごめんね」


「大丈夫です。修繕も得意ですから」


 申し訳なさそうな顔をして謝るウィンにセリが微笑みを向けた。

 実際、彼女は別に気にしていない。

 奉公人であれば、こういう部屋を与えられることは珍しい話ではないと聞いていた。

 屋根裏部屋とか、誰かと一室を共同で使うこともあると聞く。

 大人が四人も入れば手狭になってしまう程度の小屋だが、個室であると考えれば上等な部屋といえた。

 しばらく使われてなかったと見えて、小屋の中は少しかび臭いが籠っていたが、空気を入れ替えて掃除をしてやれば問題ない。

 後は防犯上の問題で、建物を少し補修する必要があるくらいか。

 ウィンが小屋をセリへ明け渡すために、残していた僅かな私物を整理していると、


『我は命ずる理を為す力、在りし日の姿へ回りて戻せ』


 呪文の詠唱が聞こえるとともに、小屋全体が光に包まれた。


「な、なんだ?」


 驚いたウィンとセリが外へと飛び出す。

 外で待っていたロックたちが姿勢を正して立っているのが見えた。

 彼らの視線の先を追っていくと、一人の女性が目を閉じて魔法を行使している。

 壁に当てた右手から波紋が広がるように光が広がり続け、朽ちていた壁の板切れが、屋根が、見る見るうちに小屋が建築された当時の姿へと戻っていった。

 やがて、光が収まった。

 かつてのぼろ小屋がまるで今建てられた新築のようになっていた。

 長年ウィンを苛ましてきた壁の隙間も完璧に塞がっている。

 女性はふぅと小さく溜息を吐くと、声もなく様子を見守っていたウィンたちを振り返った。

 深い碧の瞳に、透き通るような白い肌。そして銀色の髪。

 何より特徴的なのは人より長いその耳であろう。


「大賢者ティアラ様……」


「あなたにお話がある。騎士団本部まで来てほしい」


 ウィンの目を真っ直ぐに見つめ、大賢者にしてエルフ族の姫であるティアラ・スキュルス・ヴェルファは告げたのだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 貴族側の無能のフリ担当がジェイドで騎士側の昼行灯タイプがロイド。かな? どちらも当初のイメージとは違う活躍ぶりだなぁ。 特にジェイド。学生上がりの高慢貴族どころじゃない冷酷っぷり
[良い点] キャラ立ちがしっかりしてるためキャラを覚えやすい 主人公の強さが程よい [気になる点] 場面の移り変わりが激しすぎて頭の整理が追いつかないためもう少し時系列を読み手が認識できる書き方も…
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