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エルフの里②

「……お願い……殺さないで……お願い」


 うずくまり、か細い声で泣きながら震える少女。

 ウィンは戸惑った表情でケルヴィンとロックを振り返る。

 二人とも、困惑したような表情を浮かべていた。


「……痛い」


「あ、ご、ごめん!」


 少女の右手首を強く握ったままだった。

 ウィンは慌てて手を放す。

 彼女は掴まれていた手首をさすりながら、自らの身体を隠すように小さく縮こまった。


「ええっと、ほんとにごめん。君に危害を加えるつもりはないし、その、ほら、何もしないよ」


 ウィンは引きつった笑顔を浮かべると、両手を広げて少女から一歩後ろに下がり彼女に危害を加えないとアピール。

 まさか女の子とは思わず、ウィンの心臓も驚きでバクバクと脈打っていた。


「言葉……帝国の……人ですか?」


 うずくまったまま、ウィンの顔を見上げてくる少女。その表情にはまだ怯えの色が浮かんでいる。


「えっと……」


 ウィンはケルヴィンへ視線を向ける。

 ケルヴィンが頷くのを確認してから、ウィンは彼女と目線を合わせるべく膝立ちの姿勢を取った。

 少女は質素な服に身を包み、スカーフのような薄布を頭巾のように結わえている。典型的な村娘の格好だった。多少土汚れはあるものの、衣服に乱れはない。

 今は涙で潤んでいるものの、大きな瞳が綺麗な少女だった。年頃はウィンと同じくらいだろうか。目元が少し腫れているが、整った顔立ちをしている。


「自分たちは帝国騎士団の者です。私はウィン騎士候補生。あちらがこの班の責任者でケルヴィン十騎長。そしてロック准騎士。あなたのお名前は?」


「セリ……セリ・トルクです」


「セリさんか。怖がらせてしまってごめんね。手、大丈夫だった」


 ウィンの問いにコクンと頷く、セリという名の少女。と、毛布をはがされた時にずれてでもいたのか、頷いたと同時にふわりと頭に巻いていた薄布がほどけて落ちる。


「あ……」


「君、耳が……」


 人間の者よりも長い耳。


「嫌、見ないで!」


 目をきつく閉じ、両手で自身の耳を押さえるセリ。


「ハーフエルフですか」


 彼女の瞳の色は濃い茶色。エルフ族は例外なく水色か青色系統の瞳である。このような瞳の色のエルフは存在しない。

 ウィンのハーフエルフという発言に、より小さく縮こまって震えるセリ。


「大丈夫、大丈夫だから」


 セリが落ち着くまでウィンたちはゆっくりと待つことにした。どうせ何もすることが無いので、時間はたっぷりとある。

 しばらく時間が経過しても何もされないことに安堵したのか、徐々に彼女の身体の震えが収まって来た。


「君はトルク村の人だよね? 何があったのか話せる?」


 ウィンのその問いかけに、セリはそっと頭を上げる。セリの目から再び涙が零れ落ちた。だが、先程よりは落ち着いているように見える。

 そして彼女は語り始めた。トルクの村を襲った、あの日の惨劇を。







『おい、リーズベルト。おいっ!』


『なんだ? さっきから』


『いいのか、帝国の騎士。あんなところに閉じ込めておいて。帝国と揉めたりしたらどうするんだよ?』


『俺が知るか! 長老たちに言え!』


 吐き捨てるようにエルフのリーダー――リーズベルトは、言った。

 不機嫌そうな表情を浮かべ、人間たちが閉じ込められている石造りの建物から一刻も早く去りたいとばかりに足早に歩き出す。

 リーズベルトのその思いは、先程閉じ込めた時にちらりと見えた娘を見て、より強くなっていた。

 頭に巻いたスカーフで隠していたようだが、特有の魔力であの娘が何者なのかが分かってしまう。


 ハーフエルフ――長老たち曰く、汚れた血を持つ者。


 森の中で暮らすエルフと言えど、常に集落周辺で生活しているわけではない。狩りや採集に出かけたりして、人の暮らす領域近くまで赴くこともある。

 中には人間の街に憧れて集落から出てしまう者もいた。

 それはいい。

 彼らが持ち帰る人間の情報は重要なものだ。

 だが、そうして外の世界へと出て行ったエルフを誘拐する者たちがいる。

 エルフは例外なく容姿が整った者が多い。

 それは人間よりも、神や精霊に近い存在だからとされている。彼らの王族であるハイ・エルフの始祖は世界樹より生まれた精霊だったと言う伝説も残っているくらいだ。

 その整った容姿は人間たちの欲望をくすぐるらしく、時に性的な対象とした商品として扱われてしまう者もいた。それが女性であれば、望まない子供を産んでしまうこともある。


 人間とエルフの間に生まれた、ハーフエルフ。

 それはエルフたちにとって、屈辱の証であり、決して許されない存在だった。 

『気に食わねぇ……糞どもが』


【エルフは恩を受けた者には、必ずその恩に報いよ。しかし、誇りを汚した者には相応の報いを】


 それがエルフの掟である。

 だからこそ、リーズベルトは苛立ちを抑えつけることができない。

 長老たちの保守的な考えから、恩を仇で返してしまっていることに。

 リーズベルトは長老たちの待つ集落で一番大きな建物へと向けて歩きながら、あの日、彼らと出会った日の事を思い出した。古き戦友たちとの思い出を――。








『くそ! こらえろ! ここで踏ん張らなければ、一気に戦線が崩壊する。我らエルフの誇りに掛けて!』


 叫びながらリーズベルトは飛び掛かって来た蜘蛛のような魔物を切り捨てた。


(数が多すぎる!)


 肩で息をしつつ周囲を見回す。

 百人近くいた仲間たちは、すでに三分の一程度しか残っていない。それもリーズベルトを含め、満身創痍。傷ついていないものは一人も残っていなかった。


 壊滅的状況である。


 戦闘を開始してから、すでにかなりの時が経っていた。エルフは他種族に比べ膨大な魔力を持っているが、限界はある。

 リーズベルト自身、すでに魔力も体力も底を尽きかけていた。

 彼と肩を並べて戦っているエルフたちもまた、肩で息をしている。

 彼らが相手をしている魔物――牛並の大きさを持つ蜘蛛型の魔物であったが、さっきまで闇雲に飛び掛かって来ていたのが、今は傷ついたエルフたちを半包囲してじりじりと距離を縮めようとしていた。


 無我夢中となって戦うことで忘れていた疲労を、ほんの一息つかせることにより思い出させるために。


 一度思い出してしまうと、疲労というものは鉛をつけたように手足を縛りつける。

 ギチギチと牙を鳴らしながら、蜘蛛型の魔物が包囲を狭めてくる。真綿で首を締めるがごとく、じわじわと彼らに恐怖を与える為に。


 それを演出しているのは――。


(いや、あれに関しては後だ! むしろ去ってくれて幸運だった。あんな化け物と戦ったところで勝ち目はない。それよりも今は目の前の困難をどうするかだ)


 頭を振って、この魔物の軍団を指揮していた存在を打ち消した。あれはこの戦場からは移動した。今の彼らには関係ない。


 援軍は望めない。


 危機的状況なのはどこも一緒だろう。魔王の出現以来、生きとし生ける者たちはどこの戦場でも敗北の連続であった。

 

 勝ち目のない消耗戦。まさに絶望との戦い。


 ましてや、リーズベルトたちの近くに援軍となり得る味方は存在しなかった。いや、いるにはいたが当てにはできない者たちばかりだ。


(くそ、どうやらここまでか。なら、一匹でも多く!)


 リーズベルトはすでにぼろぼろになった剣を握り締め、残された僅かな魔力を剣に通す。身体を強化し、いまにも飛び掛からんとしている蜘蛛型の魔物を睨み付ける。


『来るぞ! エルフの意地を見せろ! 一匹でも多く、道連れにしろ!』


『『『おおっ!!』』』


 リーズベルトの叱咤の声に、仲間のエルフたちも応える。剣を握り締め、残された魔力を掻き集め最後まで戦おうという意思を見せる。

 蜘蛛型の魔物たちも牙をギチギチと不気味にこすり合わせながら、大地を蹴って飛び掛かって来た。

 まさに死闘。血が、肉が、飛び散る。一つ、また一つと命が散っていく。

 リーズベルトたちは死に物狂いで剣を振るう。だが、数の差は圧倒的だった。

 まるですり潰されていくようにエルフたちは圧倒され、立っている者が減っていく。

 時間の感覚が失われる。どのくらい戦い続けているのか。

 リーズベルトもすでに何体の魔物を屠ったかわからない。

 また一体、すでに刃の先端部分が折れてしまった剣を魔物の頭部へと、力尽くで突きさした。


『後ろだ、リーズベルト!』


『ちっ!』


 近くで戦っていた仲間の声で、無理矢理振り向こうとして――ずるりと足が滑る。


(しまった!)


 味方の血か、魔物の体液か。足を取られて体勢を崩す。

 何とか踏ん張ろうとするが、溜まった疲労からか両足に力が入らずリーズベルトは魔物に押し倒された。


(ここまでか)


 上に圧し掛かった魔物の牙が迫る。

 警告してくれた仲間も、すでに他の魔物と交戦状態にあり援護は望めない。

 リーズベルトは覚悟を決めた。


 その時――。


《爆ぜろ!》


 リーズベルトに圧し掛かっていた蜘蛛型の魔物の頭部が、一瞬の刃のきらめきの後に弾け飛んだ。


(な、何が?)


 崩れ落ちてくる魔物の下から何とか這いだし、リーズベルトの目に映った光景は――。


「外側に壁を作ってエルフたちを中へ! 衛生兵、大至急負傷しているエルフの戦士たちに治癒魔法だ。急げ!」


 長く伸ばした金髪を後ろで括り、切れ長の青い瞳を持った青年。その人間の騎士は良く通る声で、部下たちに次々と指示を飛ばす。


『に、人間? 人間が我々を援護……だと?』


「立てますか?」


 声を掛けられ、リーズベルトは彼を助け起こそうと、手が差し出されていることに気が付いた。


『あ、ああ。すまない』


 感謝の言葉を返し、その手を掴んで立ち上がる。

 リーズベルトに圧し掛かっていた魔物を斬った人間の青年。にこやかな表情を浮かべた優男だった。

 立ち上がりながら、夢ではないかとリーズベルトは疑っていた。本当の自分は魔物に倒された衝撃で死ぬ前の夢でも見ているのではないかと。


『まあ、人間がエルフに援軍というのは信じられないかもしれませんが、私たちもここを抜かれて背後を突かれてしまうのは非常に困りますので。というわけで、うちのザウナス将軍よりあなた方を援護しろと命令を受けました』


 リーズベルトをエルフたちの指揮官と判断したのだろう。青年がエルフ語で話しかけて来た。


『と言いましても、二百程度しか戦力を割くことができなかったのですが』


『いや、すまない。助かった』


 頭を下げるリーズベルト。援軍となる味方は存在しないと思っていた。

 隣の戦場で戦う人間という種族は、戦いの最中においても派閥争いで味方の足を引っ張り合う者たちばかりだと思い込んでいた。


 その彼らにまさか助けられようとは――。


「おい、ケルヴィン。いつまで遊んでいる。戦うしか能が無いんだから、さっさと行って一掃して来い」


 先程指示を下していた騎士が、歩み寄って来た。エルフであるリーズベルトから見ても、整った顔立ちをした青年だった。


「無茶言わないでくださいよ、ロイズ先輩。確かに戦うことが大好きですけどね。さすがにあの数を一掃って言うのは無理ですよ」


「泣き言を言ってる暇あったら、さっさと行け」


「はいはい」


 口では渋りながらも、その表情は喜悦を浮かべケルヴィンと呼ばれた青年は魔物の群れの中に飛び込んでいく。

 独特の魔法を使っているのか、彼が剣を振るたびに、その刃先に触れた魔物の身体が弾け飛ぶ。

 強い。

 リーズベルトの目から見ても、彼が卓越した剣士であることが見て取れた。 

 体液が飛び散りケルヴィンにも降りかかる。しかしケルヴィンはそれを拭う事すらせず、逆に嬉々として次の得物へと飛び掛かって行くのだった。


「ふん、戦闘狂が……」


 ロイズはケルヴィンの戦う姿をしばし眺めた後、いまだ少し呆然としているリーズベルトの方へと向き直った。


『あなたがエルフの指揮官でよろしいか? 私はレムルシル帝国軍北東方面騎士団所属、ロイズ百騎長です。方面司令ザウナス将軍の命を受けて支援に来ました。我々はあなた方の指揮下に入れと命令を受けています。ひとまず、我らの下で怪我の治療と体力の回復を行った後、我々を指揮していただきたい』


『……人間の騎士が俺の指揮下に、だと?』


 信じられない一言だった。

 全ての種族が魔物に対して協力体制を取っているとはいえ、他種族の指揮下に入ると言うのだから。

 だが、ロイズは不敵な笑みを浮かべつつ片目をつむって見せた。


『ま、そのほうが揉めないでしょう。一つの狭い戦場で二人の指揮官というのは混乱の源です。この戦場で地の利はあなた方にありますし、魔力の回復が完全には間に合わない以上、エルフの皆さんには後方から私たちを指揮、援護してもらった方が効率的というものですよ』


 怪我を癒し、僅かばかりの体力と魔力を回復したエルフたちは、ロイズとケルヴィンを中心とした人間の騎士たちが戦闘を行う後方で指揮と支援に徹した。

 戦場の一角で生まれた人間とエルフの混成軍は、犠牲者を出しつつもどうにか魔物の活動が弱くなる夜明けまで戦い抜き、戦線の崩壊を防ぐことが出来たのだった。


(俺たちは恩には必ず報いる。それが戦友ともなれば絶対だ)


 思考から醒めたリーズベルトは長老たちの待つ建物の前で足を止めてにやりと笑う。

 世界樹の若木の根元から、強烈な閃光が放たれていた。


(悪かったな、ケルヴィン。すぐにそこから出してやるさ。それにあの娘にも悪い事をしたな。汚れた血? 知るか、んなもん。あの娘には罪は無いだろう。さっさと出してやって、美味い飯でも食わせてやって、俺たちは酒でも酌み交わそうぜ)


 旧友へようやく受けた恩を返す時が来たとの思いに笑みがこぼれるのだった。 






 世界樹の根元。その宙に幾重もの複雑な紋様が描かれた魔法陣が浮かび上がる。そして更に一際眩く光を放つと徐々に輝きが収まっていく。

 光が収まると、そこには二人の人影があった。


「ふぅ、ありがとう。ティアラ。送ってくれて」


「問題ない。それよりも、レティの大切な人に会うのが楽しみ」


「お兄ちゃんはもう着いてるかなあ。でも、便利よね。この魔法。世界樹が根を張る場所ならどこにでも行けるんでしょう?」


「どこへでもというわけじゃない。芽が出ていて、きちんと目印の魔法陣が必要」


「おかげでお兄ちゃんと合流できるし、アルフレッド殿下には感謝だわ」


「人間の社会は理解できない。勇者だから自由に行動できなくなるとか、いろいろとおかしい」


「ちょっと冷える?」


「転移の魔法は時間がかかりすぎる。夜になってしまったから」


 歩きながらレティシアは小さく身震いした。


「ここは昼もあまり陽が射さないし、夜は冷え込む。上から羽織るものでも取って来る?」


「ううん、大丈夫」


 話しながら、レティシアとティアラの二人は集落の中心へと向けて歩き出す。

 先程の転移の魔法による輝きのせいか、すぐにエルフたちが集まって来た。


『ま、まさか……姫さま!?』


『このような僻地へ、どうして?』


 大賢者と名高いエルフの王族であるティアラと、勇者であるレティシアを歓迎する民たち。ティアラは彼らに手を挙げて応えると、口を開いた。


『夜分遅くに来て、ごめんなさい。帝国からお客様が来ていると思うんだけど……』


 顔を見合わせるエルフたち。

 彼らの中から、四人のエルフたちが進み出て来た。


『おお、姫様。これはこのような遠方にまでようこそおいでくだされました。我ら里の者一同、心より歓迎申し上げます。さて、本日はどのようなご用件で参られましたかな?』


『帝国より騎士が参っている筈なのですが、まだ到着していませんか?』


『騎士……ですと? 我らの領域に侵入した騎士であれば、確かに連れて来て石牢へと』


『牢!?』


 ティアラと長老たちの会話を黙って聞いていたレティシアが会話を遮った。


『牢とはどういう事かしら?』


『姫様、こちらの方は?』


『勇者メイヴィス』


 長老たちの顔から一気に血の気が引いた。







「お兄ちゃん!」


 バンっ! という激しい音とともに魔封の石牢の扉が開け放たれた。


「レ、レティ?」


「あれ? レティシアさま?」


 石牢の扉で息を荒げて立っているのは、帝都シムルグにいるはずのレティシア。

 毛布に身をくるみ、床に寝転がっていたウィンは驚いて飛び起きた。


「な、何でこんなところにいるんだ?」


「大丈夫? お兄ちゃん、何もされてない?」


「何もされてないって、いや、まあ、閉じ込められてはいるんだけど……」


「良かった……」


 レティシアは安堵した表情を浮かべて、ウィンにそっと抱き着く。

 背に手を回されて、思わずドギマギしてしまうウィン。


「な、何で、レティがここにいるんだ?」


「もちろん、お兄ちゃんを助けるためだよ!」


「え? レティシアさまが参戦してくれるのか!?」


 ウィンと同様に寝ていたロックが飛び起きた。


「レティシアさまがいれば、絶対に俺たち勝てるじゃないか! なあ、ウィン!」


 抱き着いたまま、満面の笑顔でレティシアがウィンを見上げた。

 魔王、魔物の大群すらも滅ぼせるレティシアが味方となれば、ペテルシア軍がどれだけの人数いようとも、敵にすらならないだろう。


「そうか、ロイズ隊長の小細工ってレティシア様のことだったんだな!」


 歓声と共にロックはウィンを見たが――。 

 ウィンはレティシアの肩に手を置くと、そっと引き離す。

 

「ダメだ、レティ。君はここに来てはいけない。帝都に帰るんだ」


 レティシアは目を見開きロックは言葉を失った。

 薄暗い部屋の中で、俯き加減のウィンの表情は見えない。

 

「どうして……? どうしてダメなの?」


 しかし、ウィンはレティシアに答えず、ケルヴィンへと身体を向けた。


「ケルヴィン副長。ロイズ隊長の小細工というのは、自分をダシに使って、レティ――勇者レティシア・ヴァン・メイヴィスを利用することでしょうか?」

 

 ウィンの問いに、ケルヴィンは答えない。答えないことがそれが正しいことを意味していた。


「自分を、俺を使ってレティを利用するつもりでしょう? レティは強い。レティが参戦すれば、ペテルシア? それこそペテルシア騎士団の全軍が出撃したところで、レティ一人で蹴散らせる。そりゃあ、帝国からしたら、レティの力は喉から手が出るほど欲しいでしょうね! だけど、それをレティへとお願いして、レティの意思で参戦させるんじゃなくて、俺を使って、レティを利用しようとするだなんて、やり方が汚すぎませんか!?」


 ウィンは全身の血が沸騰しそうなほど怒りを覚えていた。拳を握り締め、唇を血が滲むほど噛みしめる。

 ウィンは気付いてしまった。


 自分がレティシアの弱点となっているという事実に――。

 

 勇者であり、侯爵令嬢である彼女はその身分のために戦場へと立つことは無い。

 周囲がそれを許さない――建前としては。

 本音の所では、帝国としてはレティシアの力を利用したいはずだ。だが、その武力故にレティシアの意思に反して利用することは何人たりとも出来ないはずであった。


 ウィンが絡まなければ。


 ウィンが絡んでしまうと、レティシアは彼を優先してしまう。

 恐らく、今ここにきているのもそのためだろう。

 レティシアの意思を誰も自由にできない。

 だがそれは、逆に言ってしまうと例え周囲が制止しようとしても、彼女を本当の意味で制止できる者はウィンを除いて存在しないのである。

 そこをロイズは利用したのだ。

 ウィンをダシにすることで、レティシアを呼び出すことに。

 

「レティ、君は帝都に帰れ。この戦いに参加してはいけない」


 ケルヴィンを睨み付けながら、ウィンは背中越しにレティシアに言う。


「申し訳ございません、副長。確かにレティ――いえ、勇者メイヴィスが参戦すれば、我々は確実に勝てるでしょう。ですが、このようなやり方を自分は認めることができません」


 ケルヴィンは一つ溜息を吐いた。


「レティ、ちょっと来て」


 ウィンはケルヴィンに敬礼をすると、背後で固まっていたレティシアの手を取ると石牢の部屋の外へと歩き出した。

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[一言] ウィンは無辜の民草の命より自分の誇りの方が大事らしい 思ったよりずっと小さい男で残念
[一言] 侯爵令嬢→公爵令嬢ですね
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