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エルフの里①

 馬で踏み入ることもできない程、深い森。

 周囲の木々は大人が手を繋いでようやく一周できるほどの太い幹を持ち、頭上には生い茂った葉によって陽光が遮られていた。

 ここは人の領域外の世界。多くの命を育む深淵なる緑の世界。

 そこに住む者こそ、森の支配者エルフ――人よりも強大な魔力を持ち、長命を誇り、高い文明を築く者。

 種族の特徴としては長い耳と薄い水色の瞳。そして白皙の肌。細い身体つきだが、しなやかな筋肉を備え、その数百年という長命によって積み重ねられた経験は、人のそれを遥かに凌駕する。

 彼らの都はアルファーナ大陸の中央にそびえ立ち、大陸中に根を張ると言われる世界樹の麓に存在する。

 その地に足を踏み入れることを許された、わずかな人間によって伝えられた、その優美で華麗な風景は、竜族と並んで地上の覇者の種族の一つと讃えられている彼らの都に相応しい。

 神ですら恐れた魔王によって率いられた魔族、そしてその配下の魔物達が大陸を完全に制圧できなかった理由の一つとまでされる。

 大陸中にある森奥深くは彼らエルフ族の領域として、人間の各国家は不干渉を原則としてきている――同様に、エルフたちも森の外の世界へと干渉することは、外の世界へと興味を示す変わり者以外では、滅多といないはずなのだが。



「……で、副長。これからどうします?」


「そうですねぇ……」


 ケルヴィンはチラリと周囲を取り囲んでいるエルフたちを見た。魔法を使う間は与えてくれなさそうである。少しでも余計な動きをすれば、射抜かれてしまうだろう。

 ウィンは森に入って二度目の小休止の際に、何となく見られているような気がするとケルヴィンに伝えていた。

 ケルヴィンもウィンからの忠告を聞き入れると、何らかの魔物がこちらの様子を伺っているのかもしれないと考え、三人で警戒はしていたのだが――。


「まさか、あの視線の正体がエルフとは思いませんでした」


「どう考えても、友好的な雰囲気じゃないですよね?」

 

 ロックが引きつった笑みを浮かべる。


「エルフは人間の世界に関してはあまり干渉しないと聞いていたんだけど。それにロイズ隊長から話は通っている筈じゃなかったんですか?」


「私もエルフの皆さんからこんなに歓迎されるとは思っていませんでした。騎士団の人間が包囲されたという話も、今まで聞いたことがありません」


 どちらにしろ相手の出方次第でしょうね。


 そう呟きながら、ケルヴィンがウィンたちの前へと進み出た。両手は敵意が無いことを表すために上に挙げたままである。


『動くな! そのままでいろ!』


 ウィンの足下を狙って矢を射かけたエルフの男が鋭い声を発する。エルフ語だ。

 列強種族であるエルフ族の言葉は、騎士学校でも必修科目の一つである。

 その声に従い、ケルヴィンが足を止めた。

 ウィンはチラリと周囲を伺う。

 見える範囲でエルフが五人は確認できる。が、恐らくはそれ以上いるだろう。

 

『我々はレムルシル帝国騎士団の者です。ロイズ十騎長、もしくはロイズ・ヴァン・エルステッド伯爵の名で、我々が貴方がたのもとへと訪問すると連絡してあるはずですが?』

 

『そのような話は聞いてない』


「おかしいですね……先方とはそこで合流する手はずだったのですが」


 ケルヴィンは首を傾げながら、小声でつぶやいた。


『武装を解除しろ。ひとまず拘束させてもらおう。話は我々の集落で聞かせてもらう!』


 ケルヴィンと話していた男がリーダーなのか、彼が片手を挙げて合図をした。 離れていたところから弓矢で狙っていたエルフたちの中から数人が進み出て、ゴブリンに突き刺さったままのウィンの剣はもちろん、地面へと放り出された二人の剣を回収する。

 そして、三人へついてくるよう促すと歩き出した。


「これから、どうするつもりっすかね、奴ら」


「今のところ、危害を加えられる様子はなさそうだけど」


 三人とも縛られはしなかったが、後ろから短槍を突き付けられている。縛られなかったのは歩きにくい場所ゆえか。

 ウィンは腰の短剣をそっと撫でる。三人とも騎士剣と短槍は取り上げられてしまったが、短剣やナイフの類だけは所持を許された。

 どこから魔物や獣が出てくるとも限らない森の中である、自分の身は自分で守れと言う事なのかもしれない。

 

「一応、彼らの都市へと連行するつもりのようですね。元々、私たちもそこへ向かう予定だったのです。ある意味、護衛付きでそこまで案内してもらえると思えば気楽でいいじゃないですか」 

 

 ケルヴィンは最初から、何かに襲われたらエルフ族に戦ってもらうつもりのようだ。相変わらず柔らかい笑みを浮かべた呑気な表情である。

 実際のところ、連行中の彼らの態度は武器を突き付けられているだけで、それ以上の行動を起こすようには見られない。無論、反抗の姿勢を見せればその限りではないだろうが。


「ま、この状況では私達に出来ることはないですからね。大人しく彼らの言うことに従いましょう」


 ウィンもロックもそれでいいのかと顔を見合わせたが、確かにケルヴィンの言うとおり。今の彼らにできることは何もない。

 大人しく彼らの言うとおりにした方が良さそうだ。歩きながらウィンは背後を歩くエルフ達のリーダー格と思われる男の気配を探る。

 先程から彼だけは異様なまでに剣呑な雰囲気を醸し出していた。

 ロイズ隊長から自分達の事に関しての連絡がエルフたちへと届いていないのならば、確かにウィンたちはエルフたちの領域を犯した危険な存在なのかもしれない。

 だから十分に警戒するのは分かる。

 しかし、あのエルフのリーダーの視線――どこか昏い光を宿した目。ただの警戒から来るものというより、何か別の意思を感じる。今にも切りかからんと殺意すら込められているようにウィンには感じ取れた。

 リーダーの放つ異常なまでの敵意は、周囲も何となく察しているのだろう。他のエルフたちもどこか緊張した雰囲気で歩いていた。

 だからこそ、ケルヴィンはどこかおどけたような調子で歩いているのかもしれない。

 どこか緊張をはらんだまま、一行は粛々と森の中を歩いていく。エルフたちの集落を目指して。








「うわあ…………」


「………………」


「これは……何とも素晴らしい……」


 集落の規模は村程度。列強種族と呼び称されるには慎ましいと言っていい大きさでしかないが、その景観の雄大さは補ってあまりあるものだった。

 集落の中央部。そこにそびえる淡く輝きを放ち続ける一本の巨木。

 周囲の木々によって陽の光が遮られているにもかかわらず、巨木の輝きが集落を明るく照らし出していた。巨木の根元には、渓流から流れ込む水でできた池が形成され、水面にその輝きが反射し、正に幻想的な光景を作り出していた。


「なあ、ロック。俺さ……レティが勇者として本当に厳しい旅をしてきたのは分かってる。でも、心のどこかでうらやましい気持ちもあったんだ。世界中を旅して、いろんなものを見て、様々な人たちと触れ合って……大変だったんだろうなと思うけど、どうしても羨ましかったんだ。本当に、世界は広いなあ……」


「……そうか」


 ウィンは思わず足を止めて食い入るようにその景観を見つめてしまった。

 エルフたちも自分たちの集落を誉められるのは悪い気がしないのか、特に急かしもせず足を止め待ってくれた。

 

「あの不思議な輝きを放っている大きい木は世界樹?」


「いえ、正確には世界樹の若木です。地下深く、大陸中に張り巡らされている世界樹。その根から生えてきた若木ですね。森の奥深くにエルフたちは、世界樹の若木を中心として都市や集落を作ると聞きました。それにしても、世界樹の若木がこれほど美しいとは……」


 会話が途切れしばし、三人は声もなくその光景を見入り続けた。

 

「若木でこれなら、世界樹そのものはどれだけ美しいんだろう……いつか、見ることが出来たらいいなあ」


『おい、もういいだろう。そろそろ行くぞ』


 促され、エルフの集落へと一行は歩を進めていく。

 集落の中央、世界樹の若木へと近づくにつれて、その全容が見えてくる。

 

「光の粒が光ってる?」


 近づくと、世界樹の若木そのものが輝いているのではなく、小さな水滴のようなものが若木から湧き出し、その粒が淡い燐光を放っているのが見えた。それが遠くから見ると、若木を輝かせている正体だった。

 連行されている事実を忘れ、ウィンはただその光景に圧倒されるばかりであった。







『入っていろ』


 三人が連れてこられたのは、木製の建物が多いエルフの集落の中で、唯一石造りの建物だった。

 牢屋として使われているのだろう。

 今度こそ武器を全て取り上げられたウィンたちは、その石造りの建物内へと閉じ込められた。

 

「……どうなるんですかね、これから」


 ロックが建物の壁を叩きながら呟く。かなり頑丈な造りのようだ。

 建物の窓は採光と換気を兼ねた小さなものが二つ。人の頭が通るか通らないかくらいの大きさしかない。唯一の出入り口は入口の扉だが、がっちりと外から錠を閉められていた。

 

「これは、さすがに脱出は難しそうです」


「……食事とかもらえるのかなあ」


 ウィンは少し空腹を訴えている腹をさすりながら言った。武器と一緒に携帯食糧の入った袋も取り上げられてしまっている。


「……食い物が無いのは痛いよな。それよりも副長、魔力の事に気付いてます?」


「ええ。完全に封じられていますね。これは帝都の封魔結界と似ているようですが。恐らく魔法式は違いますね。エルフの魔法でしょうか」


「え? 気付かなかった……」


「まあ、ウィンは魔力がほとんど無いからな。気付かないのも無理ないだろうけど」


「帝国の封魔結界は、帝都を囲んだ六つの塔と帝都中央部の塔。合わせて七つの塔に設置されている、魔力増幅用の儀式魔法陣を起動することによって始めて展開できるのですが、ここにはそのようなものは見当たりませんでした。ロック君は魔力の異変を感じたのはいつ頃からでしたか?」


「俺が魔力を封じられたように感じたのは、この建物の中に入ってからですね」


「私も一緒です。つまり、この建物にだけ魔力封印の魔法が掛けられていることになる」


「魔力の封印って、そんなに難しい事なんですか?」


「そうですね。魔法の発動を阻害する魔法、もしくは個を対象とした魔力封印の魔法であれば幾つか心当たりはあります。しかし、場所を限定し、その場所へと入った不特定多数の者の魔力を封印するのは非常に困難な魔法でして、少なくとも個人単位で行使――いえ、勇者様や大賢者様、聖女様クラスの魔力があれば可能かもしれませんが、私が知る限りでは使える者は聞いたことがありませんね」


「そんなに難しい事なのか……」


 ウィンの呟きにケルヴィンは頷く。


「そうですね、付与魔法を他者に施す場合、自身に施すよりも効果が低くなることは知っていますね? それは対象者が持っている魔力が、他人から受ける魔力の影響に対して抵抗してしまうからと考えられています。魔力封印の魔法も同じことが言えるのです。先程、個人を対象にした魔力封印魔法が存在するとは言いましたが、その魔法も相手を圧倒するくらい強大な魔力が必要でして、普通の人間の魔法使いでは対象者の魔力を弱めるくらいが精一杯でしょう」


「でも、今は完全に魔力を封印されてる感じなんですよね」


「はい。ロック君の言うとおりです。ザウナス閣下がクーデター起こされた時と同様に、完璧に封じられていますね」


「エルフ族はそこまで魔力を持っているのか……」


「確かにエルフは人よりも大きな魔力を持っていますが、それでも空間内の不特定多数の魔力を封じるほどの魔力は持っていませんよ。恐らくは世界樹の若木を利用した魔法だと思いますね」


 ウィンは採光用の窓から外を覗き見た。

 ここからでも見える。淡い輝きを放つ美しい巨木。


「あの光は、世界樹から湧き出る魔力なのか」


 思い返してみれば、レティも本気を出した時、魔力が外に溢れ、黄金色の輝きに全身を包まれていた。世界を支える世界樹と同様の現象が個人で起こせる――改めて、レティが規格外であり勇者となってしまった理由が分かる。


「武器も取り上げられ魔力も封じられたらお手上げっすね。飯もないし、寝るくらいしかすることがないか」


 ロックは床に腰を下ろした。この部屋には机や椅子と言ったものは見当たらなかった。毛皮の敷布と――。


「毛布は結構あるようですね……ん?」


 部屋の奥、隅の方に乱雑に積み上げられている毛布のような物へとケルヴィンが歩み寄ろうとして、足を止めた。


「どうしたんです? 副長」


「いえ、いま何かが動いたような?」


 足を止めたケルヴィンの横へと並び、ウィンも目を凝らす。すると、確かに毛布がわずかに上下しているように見えた。

 ケルヴィンがウィンに目配せをした。ロックも音を立てないように慎重に中腰になる。

 ウィンは足音を立てないようにゆっくりと毛布の山へと近づく。そして、一度ケルヴィンとロックを振り返り、二人が頷いたのを確認すると――毛布を引きはがし、その下に潜んでいた人影の手首を掴んだ。


(あれ? 思ったよりも細い……?)


 細く華奢な腕。


「――――ッ! イヤ……放して、お願い殺さないで……」


 か細く、涙交じりの小さな声。


「え? お、女の子?」


 ウィンに左手の手首を掴まれたまま、毛布の中に蹲った少女がカタカタと震えながら、恐怖と涙を浮かべた目でウィンを見上げていた。



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