斥候
場面変更が多くてすみません。構成力が欲しい。
「さて、どんな感じだ?」
かつて、この周囲一帯を縄張りとした山賊団。その頭領だった男が、目の前にそびえ立つ巨木の枝へとよじ登っている、手下の一人に問いかけた。
「野営の支度に入ってからの大きな動きはありやせん。幾つか斥候か何かで出て行った奴らもいますが、そいつらもまだ戻って来てませんぜ」
帝国騎士団の先遣隊が野営している広場。そこからおよそ、百ルール(一ルールが約一メートル) 離れた先。
炊事用に火を焚いている為、夜の帳が訪れて深い闇に包まれた森の中にあっても、彼らの様子はよく見て取れた。
枝の上から帝国騎士団を監視している男は、元々狩人として生計を立てていた男で、手下達の中でも一際目の良い男だった。
(さて……おっそろしい程に順調だぜ)
百ルールという距離は、夜という時間を味方につけていなければ、決して安全な距離を保てているとは言えない。昼であれば、相手に優れた目を持つ者でもいれば、簡単に見つかってしまう距離であるし、下手をすると周囲を偵察する斥候部隊にも見つかりかねない距離だ。
(まったく、相手の行動が最初から分かっていれば、これほど簡単な仕事は無いぜ)
頭領は薄暗い中、月明かりを頼りに手に持った一枚の紙へと目を落とした。
二日前の日付と共に、帝国騎士団の印を押された正式な指令書。いや、正確にはその写しである。本物は、野営している騎士団を統率するフェイル千騎長とその幕僚の手元にあるはずだ。
いや、そちらが本物と言うのは間違いかもしれない。なぜなら、今頭領が手にしているその指令書もまた、間違いなく先遣隊より二日程遅れて後発している本隊より出されたものなのだから。
「こっちに近づく部隊はいないか?」
「まったく見られませんね。斥候に出た連中も、お頭の言った方角ばかりへ向かっていやす」
「なるほど。これに書かれた内容は確かなようだ」
指令書で騎士団の行動は、彼らに完全に筒抜けの状態だった。
フェイルという千騎長は、上の者に対してお追従と贈賄によって昇進したような男であり、とても千騎長の器ではないと聞いている。本隊から、いや正確には騎士団本部から届く指令書に逆らう行動はせず、記載されている作戦行動そのままを行うだろう。
現に、帝都シムルグを進発してからずっと監視を続けていたが、先遣隊は指令書の指示の範囲内でしか行動していなかった。
最初は圧倒的武力を持つ騎士団のすぐそばで監視してくるようにと言われ、恐怖と共に捨て駒扱いなのかと元山賊だった男達は怒りを覚えた。しかし、逆らったところで命は無い彼らは渋々その命令に従って監視を始めたものの、思ったよりも簡単に事が運ぶおかげで、今ではかなり余裕を持って行動をしていた。
彼らの行く先々で、集団の野営した痕跡を偽装する作業も手慣れて来た。
何しろ、どこまで騎士団が進出してくるのか、その安全な距離が保証されているのだから。
「お頭ぁ、奴らは本当に軍人なんですかねぇ? うちの新人ですらあそこまで緩かったら殴り殺すところですよ?」
「見張りまでが居眠りしていたり、酒を飲んだりしてますよ。はは、焚き火に照らされてるから、良く見えますぜ」
「お頭ぁ、いっそ俺達で襲っちまいますか?」
頭領と共に、枝の上に登っている男からの報告を聞いた他の手下が言った。
「馬鹿野郎。俺達は言われている通りにやっていればいいんだよ! わざわざ好き好んで報酬以上に働く必要があるか!? 命あっての物種だぜ」
「……そうっすね、お頭」
とはいえ、あれだけ緩み切った帝国騎士団の状態を見てしまっては、思わずそういう考えが浮かんでしまってもおかしくはない。
(もっと手勢があれば……)
山賊に過ぎない彼らであってもそう思ってしまう程に、帝国軍の有様はひどいものであった。
「とにかく、言われたとおりの仕事をしろ。指示通りに奴らを誘い込めばいいんだ」
「……信用できるんですかね、奴ら」
「信頼するも何も、俺達はもう奴らの言葉に乗っかるしかねぇんだよ」
頭領は手下の問いに答えると、内心で皮肉っぽく笑った。
言われるがままに仕事をこなしてきたが、その奴らとて自分達を完全に信頼はしていないだろう。状況が不味くなれば、山賊団上がりの頭領を含め手下達も簡単に切り捨てるに違いない。その程度の信頼関係でしかない。
いずれにしても、奴らの言うとおりに動くしかない。今さら、他に選択肢は無かった。
「何か変化があれば、すぐに知らせろ」
今のところは、奴らからもたらされる帝国騎士団の内部情報は、信頼の置けるものだった。その情報以上の動きを見せない限り、自分達の仕事は上手くいくだろう。
(とっとと、このクソったれな仕事を終わらせて、酒と女が欲しいものだぜ)
「何か、言いやしたか? お頭」
「何でもねぇ」
「お、斥候に出ていたと思われます騎士達が一隊戻って来やした」
手下の報告に頷きながら、頭領はどっかりと部下の登っている木の根元に腰を下ろした。
ここまで来たら、もう腹をくくるしかない。
決して彼らは油断をしていたわけではない。だが、緩み切った帝国騎士団に少し拍子抜けをしていたのも事実だ。
だから、見張りをしていた者もそれを見逃してしまった。
たった今、斥候から戻って来た部隊が、先遣隊の本営へと報告しに行くと思われる隊長一騎を残して、まるで他の部隊を避けるかのように不自然な動きで騎士団と合流していくのを。
出撃した時には確かに帝国騎士団小隊規定数である六騎だったはずが、一騎増えていることに気付かなかったのである。
「平民を保護しただと?」
「ええ、どうやら賊軍に襲撃された村の生き残りのようです。森の中を彷徨っていたところを、我が隊が見つけて保護しました」
「勝手なことを……後方に送るにしても、明日にでも戦闘になるかもしれんのだ。平民ごときに貴重な戦力は割けんのだぞ!」
「一緒に従軍してもらうより他ないでしょう。幸い、狩りで山歩きの経験があるとかで長距離を歩くことと、この周辺地域の土地勘はあるようです。幸い、我が隊には女性騎士もいますし、面倒を見させましょう」
「簡単に言ってくれる……何か問題があれば、今度は降格程度で済むと思うなよ? ロイズ十騎長」
「……正騎士どころか、いっそ除隊処分でも私は構わないんですがね?」
ロイズの言葉に、フェイルは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「もういい。その平民は貴様の部隊で保護しろ」
「ま、少女達に手を出すような馬鹿が騎士にいるとは思えませんが、我々で大切に保護します」
ロイズは表情だけは真面目に取り繕うと、でっぷりとした腹を突き出しながら敬礼した。どしどしと身体を揺すりながら本営の幕屋を出て行く。
その後姿をフェイルは憎しみを湛えた目で見送った。
「閣下に対してあの口の利きよう……不敬ですな」
横に控えていた幕僚の一人が呟く。
「……ザウナスの残党が、調子に乗りおって」
「ロイズ千騎長……いや、今は十騎長ですか。奴は危険です。クーデターには参加していなかったとはいえ、なぜ除隊処分されなかったのです?」
「危険だからこそ……奴らを野放しにはできない。騎士団の内部において監視する。閣下はそうお考えのようだ」
幕僚の問いにフェイルが答える。
「除隊処分とでもすれば、所領へと戻ってしまう。そうなっては何をやらかすかわからんからだそうだ」
「なるほど」
(むしろ、伯爵領へと戻してしまえばいい)
フェイルは上級将校だけに許されている、高級な葡萄酒を口にする。
(あの借金だらけの貧乏伯爵を、どうして侯爵閣下はあんなにも恐れられているのだ。クーデターには参加していなかったが、理由などどうとでもこじつけて、伯爵家を取り潰してしまえば良かったのだ。兵を挙げたところで、奴のあの悪評では味方する諸侯も少ないはず。金もないから、傭兵を雇うこともできない。何とでもなるはずだ)
「まあいい。平民が混じっていては作戦行動に支障を来たす。以後、奴の小隊は後方へと下げておけ。戦闘の際にもだ。それと、その旨をしっかりと記録に残して置け。平民を保護したという部分は記載しなくていい。ロイズ小隊の身勝手な行動で、我が軍は行軍に多大な支障を来たしたことだけを記録しておけ。降格処分が妥当かと具申しますと意見も添えておく」
幕僚が一礼して、すぐさま自分の部下を呼び寄せるのを眺めながら、フェイルは暗い目で書類へと目を落とす。
フェイルは五十を超えてようやく千騎長となった。一方で、ロイズは三十前にはすでに千騎長となっていた男である。
おそらくは借金に借金を重ねて地位を買い取ったのだろう。フェイル自身も子爵家の出であり、莫大な金を積んで千騎長の地位に就いた。
だからこそ、自分より若く、そして早く出世したロイズが妬ましかった。
軍議で何度か会う機会があったが、ロイズはその度に下衆を見る様な目でフェイルを見ていた。
(いつも見下しおって。見てろ、貴様から十騎長の地位すらも奪い取ってやる)
昏い笑みをこぼしつつ、フェイルは葡萄酒の杯を傾けた。
「とまあ、そういう理由で恐らく私は後方へと配属されるだろう」
ロイズは副長であるケルヴィンと合流すると、部下達の幕屋ではなく小隊長達用の幕屋へと歩を進めた。
「どうも私には手柄を立てさせたくないようだし、フェイルには私が平民達を保護したことで、後方へと追いやる理由も与えてやった」
「切り札はこちらにあるのです。いっそ命令を無視されて、前へと出られては?」
「本人は戦いたくないだろう。私もできればそうしたくない。そもそも情報の上では、帝国の方が数で勝って有利ということになっている。我々はせいぜい後方から高みの見物でもさせてもらえばいい」
「……フェイル千騎長もお気の毒に」
言葉とは裏腹に、ケルヴィンの顔には笑みが浮かんでいる。ロイズは禿げ上がった頭をガシガシと掻くと、重たい身体をどっかりと椅子へと預けた。
(さすがに疲れた)
ここ数日、ロイズは幾つか策を施していた。
フェイル千騎長とその幕僚たちは、斥候への出撃命令以外に伝令を寄越さず、軍議にもロイズは呼ばれることは無かった。幕屋こそ、他の先遣隊の幹部達と同じ場所に設営されてはいるものの、それ以外は見事なまでのシカトぶりだった。
そのおかげで、事は上手く進んだのだから良しとするべきかもしれない。
(少しは体重が落ちたか? 妻たちの料理が懐かしい……)
たっぷりと肉づいた腹回りを見下ろしながら、ロイズはここ数日に施した策を思い返すのだった。
時はしばし遡る。
斥候任務へと就いたロイズが率いる小隊は、一刻ばかり馬を走らせると小休止を取った。
小休止の合図を出して、馬の足を止めたロイズは、部下達に馬を降りてから集まるようにと指示を出した。
「さて、どうやら内通者がいるようだ。それも上層部に」
にこにこと微笑みを絶やさないケルヴィンとは対照的に、真顔でロイズは部下達に告げた。
その言葉にウィンは顔をしかめ、ロックはふぅと一つ溜息を吐く。リーノとウェッジはお互いの顔を見合わせた。
「まあ、薄々そんな気はしていたのですが、隊長はどのようにお考えなのです?」
「ペテルシアの本隊か、それとも雇われか。野営の跡地を作ったり、騎馬の痕跡を残しつつ我々先遣隊の動きを誘導している者達がいる。地理に詳しい事から、現地で雇われた者達だろうな」
恐らくは部下達に教える為であろう。一同を代表して質問したケルヴィンの問いにロイズは、たっぷりと脂肪のついた顎を撫でると、腰に結わえてある小袋から糧食の干し肉を取り出して齧りつきながら答えた。
「でも、アベルに聞いた話だと、二百程度の勢力とか。とてもそんな小細工を施せるほど余裕があるとは思えません」
「ペテルシアから、増援が来たとか?」
「それこそないだろう。ペテルシア方面の国境警備は厳しくなってるはずだ。もし入って来たなら、とっくに情報が上がってくるはず」
「その通りだ。そこに引っかかっている」
ウィンとリーノ、ロックの意見にロイズは頷いた。
「私の勘では、帝国騎士団内部で手引きをしている者がいるな。あるいは貴族か。国境付近に領土を持つ貴族が手引きをしている線もあると思っている。二百という数だ。だが、輜重部隊がいるようには見えない。補給も兼ねて村を襲撃しているのかとも考えたが、全ての村から略奪することへの意味も見えてこない。何者かが支援していると考えた方が自然だ」
「この方面で国境付近の貴族領だと四つ挙げられますね――ブレセア伯爵領、レンブラント侯爵領に……」
ロックがこの方面を治めている大貴族を挙げながら、ロイズの顔を見た。
「後は、エルステッド伯爵領とクライフドルフ侯爵領――だ」
ウィンがロックの言葉を引き継いだ。
「そうだ。今、挙げた四つの貴族の家の内、ブレセア卿とレンブラント卿に関しては、軍閥系の家系ではない。そもそも両卿ともに高齢でほぼ隠居に近い。軍に関係しているのはエルステッド、そしてクライフドルフ将軍のみだ」
「……証拠はあるのですか?」
リーノが恐る恐るという態度でロイズに問いかける。
「さっきも言ったが勘だ」
「失礼ですが、隊長。その推察ですと、貴方も十分に嫌疑を抱かれそうですが」
「十騎長の私ではできることが限られている。とはいえ、確かに私にもペテルシア軍に手引きをして、帝国騎士団に不利益を与えることは可能だな。だが、それならばここで言う必要もないということで信用してもらうしかない」
「そうですね」
ウィンは頷いた。
「どちらにしろ、このままでは我々は賊軍によっていいようにあしらわれかねない。このまま座して負け戦となるのはごめんだ。だから私も少し小細工をする」
ロイズは注目する部下達を見回すとにやりと笑みを浮かべる。
その笑みを見て、その場にいた全員が、
(うわあ、なんか悪い事考えてるよ……)
と思ってしまったのは、無理もない事だった。
「やれやれ、まさか騎士団に入って冒険者の真似事をすることになるとは思わなかったぜ」
「俺だってそうだよ」
「とか言いつつ、お二人ともなかなか慣れた動きですね」
「……自分は、冒険者のギルドを出入りしていたこともありますので」
「ウィンに付き合っていれば、自然とこうなりますよ……」
どこか乾いた笑いを浮かべつつ、ロックは自身の後ろを歩くケルヴィンに答えた。
ロイズの言う小細工を実行するべく、ケルヴィン副長を班長としたウィン、ロックの三人は、街道から外れて森の中をかき分けて進んでいた。
当然のことながら、獣道を進むことになる。そのため、馬を降りて徒歩での行軍だ。
騎士団の訓練によって、山中踏破訓練などは行われている。あの、定期巡回討伐任務でも魔物を探索するのに、森の中へとかき分けて行く必要があった。
先頭を歩くのはウィン。
時折手渡された地図と方角を確認しつつ、邪魔な小枝を払いつつ進んで行く。
「ケルヴィン副長は、森の中での活動は経験あるのですか?」
「恥ずかしながら、あまり経験は無いですね。せいぜいが魔物の討伐が二、三度ある程度です」
「なるほど。副長もロックも足下には十分注意して。虫と山ビルはさっき塗り込んでもらった草の汁で避けることは出来るけど、ぬかるみと枝にも注意してね」
「虫が寄って来ないだけでも大助かりですよ」
「さすが、冒険者ギルドに出入りしてただけあるなあ」
「子供の頃から色々教えてもらって来たからね……みんな、無事だといいけど」
口を開きながらも、ウィンはペースを落とさない。
慣れた手つきで枝を払い、足場を固め、後ろに続くロックとケルヴィンが歩きやすい道を指示して行く。
ウィンが即席で作った害虫避けの塗り薬。森の中では茂みに身を潜めた魔物や、獣よりも虫から媒介される病が怖い。
魔法によって治癒が可能とはいえ、今は単独先行だ。治癒魔法の使える衛生兵がいない為、ウィンの冒険者としての経験はケルヴィンにとって思いがけない収穫だった。
早朝に出発してから数刻が過ぎ、そろそろ日が天頂高く昇った頃合い。森の中では一日の長があるウィンが昼食のための大休憩を取るべく、ケルヴィンに許可を伺おうとした時だった。
生い茂る木々によって見えにくいが、確かに右斜め前方の茂みが不自然な動きをしたように見えた。
(魔物? それとも獣だろうか?)
ウィンは足を止めると、音を出さないようにして手信号で後に続くロックとケルヴィンに前方への注意を促す。
(森に入った後に、何となく視線みたいなものを感じてたけど……)
まだ結構距離がある。何が近づいてきているのかわからないが、この距離で気が付いたのは幸運だった。
(どうします?)
ウィンは振り向くと、ケルヴィンの指示を仰ぐ。部隊の指揮権は副班長であるケルヴィンが預かっている。ケルヴィンは頷くと、ウィンの横へと並んだ。
「近づいている存在が何か、わかりますか?」
「いえ、ですが真っ直ぐにこちらへと向かってきています。隠れてやり過ごせればいいですが、獣であれば臭いでバレるかと思います」
「ふむ……数が分からない状態での戦闘は避けたいところなのですが、こちらへと向かって来ている以上立ち向かうしかなさそうですね」
ウィンは出来るだけ音を立てないように騎士剣を抜いた。
魔力はまだ通さない。
魔物であれば、魔法を使用した際の魔力を感知されてしまうからだ。
騎士剣へと通す魔力量は、ウィンですら使える程のたかが知れた量ではあったが、わずかであっても接近している何者かに気配を悟られたくは無かった。
ケルヴィンとロックも剣を抜いた。
二人とも森の中を行軍するにあたって盾は持ってきていなかったので、ウィンと同様に両手で剣を構える。
周囲に木々が生い茂っている為、剣を振り回すことは出来ない。出合い頭にウィンは突きを放つ体勢をとる。
第一撃をウィンが放つ。標的が複数だった場合と、また突き刺した剣が抜けなくなるといった状況に備えて、ケルヴィンとロックが支援へと回る。
やがて、茂みをかき分けて飛び出してきたのは――。
「ゴブリン!?」
妖魔に属する魔物。人よりも小柄であり、武器や道具を使う知恵を持つ。ある程度、戦いの心得があれば、そう苦戦する相手ではない。ましてや、ウィン達は完全に体勢を整えた状態である。
飛び出してきたゴブリンは、目の前に突如として現れた人間達を見て一瞬立ちすくんだが、今度は奇声を上げて躍りかかってくる。
だが、その直線的な動きはウィンにしてみれば隙だらけだ。
ウィンの鋭い踏み込みと共に突き出された剣先は、錆の浮いた片手斧を振り上げたゴブリンの胸中央部から背中までを貫いた。
「大丈夫か? ウィン」
ロックは近寄ると声を掛けた。
「うん。相手が勢いをつけて突進して来てくれたおかげで簡単だった。でも、気を抜かない方がいい。こいつ、俺達を見ても逃げなかった」
「ええ。明らかに何かから逃げてきていましたからね、このゴブリンは」
「ということは……?」
「何かが追って来てるってことだよ!」
言葉と同時に、ウィンはゴブリンから剣を抜く途中で後方へと飛び退いた。
今しがたまでウィンが立っていた場所に、一本の矢が突き刺さっている。狙いはウィンの足だったのだろう。
「これは、ちょっと話が違いませんか……隊長」
ケルヴィンが呟くと、手にしていた剣を地面へと放り投げた。
「……ですよねぇ」
同じように武器を放り出すとロックは両手を挙げ、ウィンも短剣へと伸ばした手を上に挙げる。矢の飛んできた方向を睨み付ける。
巨木の枝の上。そこからこちらを見下ろすようにして弓矢を構えているのは――深淵なる森の支配者であるエルフ族だった。
距離単位 1リル=約1ミリ 1チェル=約1センチ 1ルール=約1メートル 1ケール=約1キロ
適当だなあ、我ながら。