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野営①

 

「それにしても、准騎士どころか騎士候補生まで頭数に入れる必要があるとか、帝国騎士団も堕ちたもんだ」


「全くだ。ザウナスに加担した馬鹿どものせいで、俺達は余計な苦労をするし、他国の騎士団には笑われてしまう」


「平民が騎士になることができるということが、そもそも間違っているのだ。思い上がりも甚だしい」


 帝都を進発した帝国騎士団の先遣隊五百騎は、順調に歩を進め、明日にでも問題の山賊に扮したペテルシア軍と思われる一団が出没するという地域へと進出していた。

 日が落ちて、開けた場所に野営用の幕屋が幾つも作られると、騎士達は熾した火に鍋を掛けながら糧食をがっついていた。明日から戦闘の可能性があるということで、士気高揚の狙いもあってか、少量であれば飲酒も許されたため、騎士達は物足りないながらもほろ酔い気分で、与太話に興じていた。

 彼らの話題は、ペテルシア軍との戦いの展望を語る生真面目な者達と、酒、女、そして彼らの中で異分子となっている学生騎士達について語る者など様々だった。

 その中で学生騎士達を話題にしている騎士達は、やはり平民騎士であるウィン達を槍玉として上げていた。

 ザウナス将軍によるクーデターに加担していた騎士達の多くが平民出身者だったこともあり、貴族階級、騎士階級出身騎士によって構成された先遣隊の多くの者達が、彼ら平民出身騎士に対して良くない感情を抱いていた。


「何か、雰囲気悪いわね」


 焚き火に薪を追加しながら、リーノが顔をしかめた。


「俺のせいかな?」


 ウィンはあからさまに見えないように、周囲の様子を伺う。先程から視線を感じる。興味だけではない、明らかに侮蔑的な意図を含めた視線だ。


「いや、ウィンだけじゃなさそうだ。俺への風当たりもあるようだし」


 マリーン家という下手な貴族よりも力を持つ商家の出身ではあるが、彼らに視線と嘲笑を向けている騎士達にとっては平民出身者という事だけで十分なようだ。


「騎士の位を手に入れるのに、どれだけ金を積んだんだ? あいつら?」


「よせって。聞こえるぞ?」


「金なんか持ってるもんかよ。ただの人数合わせだろうよ。あと、間違えるな。あいつらは准騎士。正騎士じゃない」


「まあ、槍でも持たせて立たせておけば、数だけはいるように見えるしな」


「そういえば、まだ准騎士にも昇進していない騎士候補生の学生もいたか? 帝国の騎士団の紋章も軽くなったもんだ」


 明らかにこちらを挑発するような態度と声量だった。


「……あいつら」


 ロックが拳を握り締め立ち上がろうとして――その彼の肩を押さえたのは、一緒に火を囲んでいたウェッジだった。


「あいつらは、俺達が喧嘩を売ってくるように仕向けている」


「……お、お前、喋れたんだ」


「ちょっと、ウェッジの事を何だと思ってたのよ」


 思わず驚きの声を上げたロックに、ウェッジ本人ではなくリーノが文句をつけた。

 ウィンも目を丸くしてウェッジを見た。

 騎士学校では交流がなかった男だが、そういえば一緒の班となったのに彼の声を聞いたのは始めてだ。


「あれでも上官。奴らは気に食わない俺達を挑発して喧嘩を売るように仕向け、上官に背いた罪で処分としようとしている。無視するのが一番」


 それだけ告げるとウェッジは腕を組むと目を瞑り、そのまま動かなくなった。


「な、何て言うか、意外に渋い声なんだな。お前……」


 毒気を抜かれたのか、ロックは焚火の明りに照らし出されたウェッジの横顔を、まじまじと見つめた。

 黙したまま、微動だにしなくなったその姿は、どこか悟りを開いた聖職者のようだ。


「しかし、あの人達ってウィンがあの勇者レティシア様のお師匠様だってこと、知らないのかしら?」


「見た所、騎士階級の出身者か、低階級の貴族出身者じゃないのか? それなら、祝宴にも呼ばれていないだろうし、ウィンの顔を知らないってこともあるだろう」


 ロックは帝国の上層部が、平民出身のウィンが手柄を立て、名声が高まるのを忌避しているように感じていた。そうでなければ、あのクーデターの件で手柄を立てているにもかかわらず、いまだにウィンを騎士候補生のままに据え置くはずがない。


「あたしだったら、レティシア様が怖くてあんな言葉は吐けないけどなぁ」


 勇者にして公爵令嬢のレティシア。例え有力な貴族であったとしても、彼女の発言は影響力が大きく、下手をすれば家が傾きかねない。



「ま、ウィンだけでなく、俺まで平民騎士として文句をつける対象としている点に関しては、一貫した態度ということで感心はできるけどな」


 ロックの実家であるマリーン家も下手な貴族よりもよほど力を持つ家である。彼の出身を踏まえたうえで、ウィンと同様に平民出身の准騎士であるロックに対して、平等にそういった態度をとっているのであれば、それはある意味大した行為であった。

 とはいえ、侮蔑されている本人達にしてみれば、納得できるものでは無いし、ただ単にロックの素性を知らないだけという可能性の方が高かったが。


「あちゃー、マズいよ……」


 リーノが目を伏せながら小さな声で、三人に注意を促した。

挑発に乗って来ない四人に痺れを切らしたか、一人の騎士が歩み寄って来たのだ。


「おい、おまえら!」


 足取りが確かでない。明らかに酔っ払っていた。

 どうやら許可されている以上に酒杯を重ねているようだった。


「お前達、平民騎士がでしゃばるから、俺達みたいな正統な騎士様が苦労することになってるんだ。ああん? わかってるか、こら」


「なんだ、こいつ……」


(平民騎士を揶揄する前に、まずは自分達、お偉い正統騎士様の規律を正せよ!)


 ロックの呟きと内心の声は、四人の思考に共通したものだっただろう。


「ザウナスが、お前達平民騎士が、馬鹿なことをするから、俺達が無駄な苦労を背負い込んでるのがわかってるか?」


 言ってることが滅茶苦茶だ。どうやら相当酔いが回ってるらしい。

 彼と共にいた仲間の騎士達もまた相当酔っているのか、彼を止めるどころか逆に煽り立てていた。


「どうせお前たち平民出身の騎士は、いざ敵を前にしたら逃げ出すのが落ちだろう? よし、俺様が本当の騎士というものがどういったものなのか教えてやろう」


 すらっと剣を抜く酔っぱらった騎士。


「ち、ちょっと。剣を抜くと冗談ではなくなりますよ? 行軍中の私闘は軍規に違反します」


 リーノが慌てて言った。


「授業だよ、授業。お前ら学生なんだろう? 先輩騎士である俺様が、お勉強熱心な学生さんに剣の稽古をつけてやろうと言うんだからいいんだよ」


「ダメだ、こりゃ。相当酔ってる」


 ロックが呆れた表情で、首を振った。


「どうしよう? 一応上官命令になるのかな? 従わないとまずい?」


 リーノは誰か止めようとしてくれる騎士がいないかと周囲を見回したが、こちらをじろじろと見ているものの、止めようとするものはいなかった。誰もが明日にでも敵と遭遇し、戦いになるかもしれないという事実に興奮している。なかなか眠りにつけない彼らにとって、むしろ良い退屈しのぎだとでも、思っているのかもしれない。


「ほら、どうした。立てよ。俺が教えてやるって言ってるんだよ。そっちの嬢ちゃんからやるか? ああ?」


「……この、酔っ払い。いい加減にして欲しいわ」


 リーノが酔っぱらいの騎士に聞こえない程度の小さな声で悪態を吐いた。

 リーノとて、まだ正騎士ではないにしても、准騎士として誇りを持っている。言われなき侮辱を受ければ、腹も立つ。

 酔っ払いの騎士とその仲間達はにやにやと嫌らしい笑みを浮かべ、抜いた剣をちらつかせていた。彼らとの一戦は避けられそうもない。そう判断したウィン達も、仕方なく剣を取って立ち上がった。

ウィン達と、酔っぱらい騎士とその仲間達との間で緊張が高まって行き――。


 不意にすさまじい剣気。周囲が一瞬で静寂に満ちた。


「な、に……これ……」


 リーノの小さな呟きが異常なまでに周囲に響き渡る。


「何をしているんです?」


 平和そうな笑顔を浮かべ、ケルヴィン十騎長が立っていた。

 決して強い口調ではなく静かな声音。剣には手を掛けていない。だが、その如何にも人畜無害そうな表情とは変わって、その全身からは強烈な剣気が放たれていた。


「少し酔いが回りすぎていませんか? 明日の行軍に備え、身体を休めておけと命令があったはずです。戦いに備えて、休息を取ることも任務だと、騎士学校の教官から教わりませんでしたか?」


 誰も口を開かない。ケルヴィンの――ただ一人の十騎長が放つ気によって、この場にいる者達全ての者が気圧されていた。


「日課の鍛練をしたいということであれば、彼らの代わりに上官である私がお受けしましょう。部下にとって貴方がたは上官ですからね。誘われれば断るわけにもいかないでしょうからね」


 静かに告げながら、ケルヴィンはゆっくりと酔っ払った騎士の前に立つ。


「さて、まずは貴方からでよろしいです?」



 ケルヴィンはまだ剣を抜いていない。

 だが、二十代半ばという若さに似合わず、ケルヴィンの落ち着き払ったその物腰からは、歴戦の戦士の雰囲気が醸し出されていた。その剣気を真正面から受けてしまった酔っ払い騎士とその仲間たちの表情は、一気に酔いが醒めたように、凍り付いた表情を浮かべている。

 この騒ぎを酒の肴にしようと見守っていた周囲の騎士達も、半分以上が腰を浮かせていた。


 その中で――。


(ほう?)


 ケルヴィンは内心で感嘆していた。

 正騎士達がケルヴィンの放つ剣気によって醜態を晒しているその中で、ウィンとロックの二人だけが表情を変えていなかった。二人ともいつでも動けるように身構えてはいるものの、他の騎士達と違い身体を硬直はさせていない。

 ウィンとロックの二人は、レティシアとの手合せを繰り返している為か、実力が飛躍的に上昇していた。あの尋常ではないレティシアの剣気を何度も浴びているのである。少々の事では動じない。


「いや、俺達は……その……十騎長殿の手を煩わせるような……」


 先程までの威勢はどこへ行ったのか。しどろもどろに答弁しつつ、そろそろっと後退る酔っ払いの騎士達。


「どうもお酒が進み過ぎてるようですが? 営倉入りをご希望ですか?」


「いや、どうも。ちょっと……」


「おい、ほら行くぞ」


 そそくさと、酔いが醒め、青ざめた表情で自分達が居た場所へと戻る騎士達に視線を送り、ケルヴィンはやれやれと言いたげに頭を振った。


「彼らは貴族の出だったと思いますが、無軌道で暴力的。騎士の器とは到底思えませんね」


 後半は囁くような小さな声でつぶやくと、ケルヴィンはふぅっと一つ大きく息を吐いた。


「やれやれ、明日から出撃だというのに、元気ですね。折角気を利かして、私達十騎長以上の騎士は、離れた所に幕屋を張りましたのに。戦いを前にして興奮する気持ちは理解できますが、自身の感情も切り替えるようにできないと、いざというときに力を発揮できませんよ」


 誰にともなくケルヴィンは告げると、まるで何事もなかったかのように、ケルヴィンはウィン達四人の下へと歩いて来る。

 周囲もざわめきながらも、十騎長に対して立ち上がり敬礼した。

 ケルヴィンも答礼をしながら、四人の前に立ち姿勢を正す。


「明日、我々は隊に先行して斥候任務に就きます。なので、とっとと身体を休めておくようにとのロイズ隊長のお言葉です。良いですね? 休める時に休むのも任務だということを忘れないように」


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